日々の景色の色が変わるように、音楽の聞こえ方も変わっていく
──今はどれくらいレコードを所有してるんですか?
古いレコードをいっぱい持っていたんですけど、コロナ禍になったタイミングで一気に断捨離しました。なので、今はかなり少なくなっちゃいました。古いレコードの中には触っているとザワザワする念を感じてしまうようなものもあって。
──それは満島さん自身の思い入れも入ってるからでしょうね。
そうだと思います。最近、お気に入りのレコード入れをアメリカの木工デザイナーの方に作ってもらったんです。そこに入る分だけのレコードを持ち続けようかなと思ってます。
──一緒に生きていけるような感覚でいられるレコードだけを近くに置いておきたい、と。
そこまで重い気持ちはないけど、そうですね。そもそも同じアルバムを繰り返し聴くタイプでして。
──特定の音楽の中に深く入り込んでいく、みたいな感じですか?
そうなんです。映画も一緒で、同じ作品をずっと観ていたい。1年間に何本も観るより、1本の映画を繰り返して観ていたいという。そうするとその作品が自分の日常と絡みだしていくのがすごく面白いんです。
──作品が日常とシンクロしたり、共振していくということですか?
そうそう。共振するんです。例えばお料理する動きや音と、音楽や映画がセッションするようになったり(笑)。そのアルバムが好きで好きでしょうがないというわけでもないんですけど、ずっと聴いてると「あ、今日は違って聞こえる」ということが起こる。レコードは特に、湿度でも違うから。日々の景色の色が変わるように、音楽の聞こえ方も変わっていく。その現象がすごく好きなんです。
──その共振の度合いはデジタル音源よりもレコードのほうがきっと高いでしょうね。
そう思います。同じ作品を聴き続けていると、一部になりはじめることもあるくらい。全部混ざり合っちゃうんですよね。
──ちなみに今はどんな作品を聴き続けてるんですか?
Wintergatanというスウェーデンのバンドの作品をよく聴いてます。メンバーのビジュアルはパンクバンドみたいなんですけど、音楽性やパフォーマンスは「ピタゴラスイッチ」みたいな感じで(笑)。自分たちで音を鳴らす機械を作ったり、タイプライターを使って音を出したり、オルゴールみたいな楽器をずっと回していたり。
──それは日常的な共振ポイントもたくさんありそうですね。
「あれ、こんな音も入ってたっけ?」という発見が聴くたびにあって楽しいですよ。
満島ひかりが愛聴するレコード2選
──本日は「RECORD STORE DAY」をスポンサードしているTechnicsのターンテーブル「SL-1200MK7」を用意しているので、ここからは満島さんお気に入りのレコードを2枚ほどご紹介いただけたらと思います。満島さんはTechnicsというブランドに対してはどういうイメージを持っていますか?
Technics……ターンテーブルだったり、ヒップホップ寄りのイメージがあります。もちろんTechnicsのロゴは知っているんですけど、正直機材のことについては全然わかっていなくて。これから改めて、音楽やモノを作ることをちょっと学んでみたくて。機材についても少しは勉強したいと思っているんです。
──「SL-1200」はディスコやクラブなどの現場においてDJを支え続けてきたTechnicsの人気シリーズで、今回用意した「SL-1200MK7」はその最新モデルなんですよ。では、実際にお気に入りのレコードをかけながらお話を伺えればと思います。
黒柳徹子「チャック・オン・ステージ」
……やっぱり1枚はこれかな。黒柳徹子さんのレコードです。2016年にNHKのドラマで無謀にも、徹子さんを演じたことがありまして。
──「トットてれび」ですね。
はい。ドラマの際に、私みたいなマニアックな人間が反応するもの、黒柳さんを演じるうえで心のエネルギーになるようなアイテムはないかなと思って調べたらこのレコードと出会って。このレコードには黒柳さんが1人でスタンダップコメディ的なトークショーをしている模様が収録されているんですね。黒柳さんがニューヨークに留学に行ったときにスタンダップコメディを観て「自分もあれをやりたい!」と思ったらしいんです。タイトルもユニークですよね。
──それをレコードに収録するのがいいですよね。
そうなんです。ドラマの撮影が終わるまで毎日1回は聴いてました。
──冒頭の「カルテット」の撮影時のエピソードもそうですが、満島さんは役と向き合ううえでレコードをはじめ、耳からインスピレーションを得ることが多いんですか?
確かに耳から情報を得ることは多いかもしれない。目から入ってくる情報や動きって無限すぎるなと思うところもあって。限定された世界から入ってくる深さがないと、プライベートな気持ちに届かない気がするというか。ごまかせない気持ちがレコードにあり、音にあるのかもしれないです。
──満島ひかりの芝居論という意味でも興味深い話です。あとは、圧倒的に耳がいい方なんだなと思います。
モノマネとかも得意なタイプです(笑)。黒柳さんのように幼少期から音楽やクラシックが身近にある環境にいらっしゃって、今でも毎年のようにクラシックコンサートを主催されている方を演じるからこそ、彼女の性質も含めて耳のみで捉える情報は大事でした。このレコードでは黒柳さんの息継ぎも聴けるので、「あ、これくらいの分数をしゃべり続けられるんだ」「こういうときは話のテンポが速くなって、こういうときに遅くなるんだ」と、かなり感じられました。黒柳さんになるための魔法の資料というのを除いても、最高のレコードです。ぜひご家庭に1枚どうぞ(笑)。
初恋の嵐「初恋に捧ぐ」
──では、もう1枚レコメンドをお願いします。
どれにしよう……初恋の嵐の「初恋に捧ぐ」にしようかな。私はこの作品のCDを買ってから、ボーカルの西山達郎さんがこのアルバムの完成前に急逝されていたことを知ったんです。高校生の頃かな? たまたまテレビを観ていたら、初恋の嵐のミュージックビデオが流れていて、「あ、好きかも」と思ってすぐにCDを買いに行ってそれからずっと聴いてました。ラジオに出演したときに「好きな曲を紹介してください」という流れで、初恋の嵐の曲をかけたら、それが縁となってNHK-FMでオンエアされた初恋の嵐の特番でナビゲーターもやらせていただいたこともありるんです。
──それは感慨深いですよね。
この「初恋に捧ぐ」がアナログ化されたのは2015年なんですよね。歌詞カードを見ないでも歌えるくらいたくさん聴いてるので、レコードでも聴けるようになってうれしかったです。いつか「初恋に捧ぐ」をカバーしたいなんて思っていたんですけど、スピッツさんがカバーしましたよね。「草野(マサムネ)さんが歌うなら私の出る幕はない!」と思って(笑)。とはいえ、ほかの曲も全部好きなので、いつか歌う時が来たらいいです。
満島ひかりが持参したレコード一覧
- 黒柳徹子「チャック・オン・ステージ」
- 初恋の嵐「初恋に捧ぐ」
- 満島ひかり「群青」
- 矢野顕子「ごはんができたよ」
- Lux Prima「Karen O & Danger Mouse」
レコードをかけるのは癒やしの時間
──普段はどんなときにご自宅でレコードをかけるんですか?
朝も聴きますし、仕事から帰宅したときもよく聴いてます。今の時代は、周りにデジタルのものがあふれているから、アナログなものに積極的に触れたいのかもしれない。自分でレコードプレイヤーに針を落としてボーッとしながら音楽を聴いて、再生が終わってるのに気付かないであわてて針を戻すとか、そういう時間に癒やされている気がします(笑)。
──レコードで音楽を聴く、その所作にも癒やされるというか。
そうなんです。そうだ、今年のお正月に俳優の後輩たちが家に遊びに来て「ヤバい! レコードあるじゃん! 聴いていい?」って勝手にレコードをかけ始めて、みんなで踊ったりしてました(笑)。一緒に遊びに来ていた5歳の子も踊り出したりして。
──ご実家の話じゃないですけど、それもパーティじゃないですか(笑)。
確かに(笑)。子供たちのレコードに対する反応は見ていて面白くて、完全にデジタルにあふれた時代なんだなと感じます。モノに触れて当たり前と思って生きてきた中で、今触れられないものが多くなってきて「触れたい!」という気持ちに私はなったりするけど、子供たちは紙ジャケットのCDを触って、もちろんレコードにも触れて聴いて「え、紙で作ってるの?」とか、ビックリするような言葉を返してくるので(笑)。そういうのもすごく新鮮ですよね。