過去のものを引き継ぎ、自分の表現を生み出したデヴィッド・ボウイ
──一時は京都に滞在していたほど日本と日本文化に心酔したボウイですが、イギリス人の血を引くハリーさんも共感するところはありますか?
ありますね。なぜなら、イギリスと日本は共通点がたくさんあるから。まず島国であること。それから細部へのこだわりに対して一切妥協がないところ。例えば江戸切子や着物の刺繍や着付けの文化、お城の石垣もそう。東京の街も、京都の街も、地方へ足を伸ばしても、とにかくどこへ行っても職人さんの技に感銘を受けます。それらは紛れもなく世界トップクラスのクオリティですし、ボウイもそこに惹かれたのでしょうね。そう言えばちょっと前に、長野県の小布施町にある葛飾北斎の天井絵を見てきたんですよ。極彩色と言ってもいいくらい色鮮やかな作品だったのですが、この映画のポスターを見てそれを思い出したんです。この映画のポスター、本当に素晴らしいですよね。さまざまな色が混じり合いながらもそれぞれちゃんと主張していて、まるでボウイの人生そのもの。彼の唯一無二の個性は、星の数ほどちりばめられた“色”によって構成されているんだなと再認識させられます。
──ハリーさんは、ボウイの生き様からどのような影響を受けましたか?
「個性」が美しいものであることを、ほかのどのアーティストよりも強く訴えていたのがボウイでした。僕は、父親がイギリス人で母親が日本人なのですが、初めて日本からイギリスへ移住したのが11歳の頃でした。当時は自分の個性が嫌で嫌で仕方なかったんですよ。クラスで唯一のアジア人というだけでからかわれたり差別されたりしてきたので、とにかく目立ちたくないし、普通でいたいと思っていました。でも20代になり、ボウイという存在を知ったことで、ようやく自分の個性を受け入れられるようになっていったというか。もし10代の頃からボウイを知っていたら、どれだけ僕のイギリスでの生活がもっと彩り豊かなものになっていただろうか……という気持ちはまだ残っていますね。
──ボウイのクリエイティブからの影響もありますか?
デヴィッド・ボウイは、過去のものを引き継ぎながら新しい作品を作っていく人だったんですよね。ギリシャ神話からソウルミュージック、ジャズなどに影響を受けつつ、それらを組み合わせて自分だけのオリジナルの表現へと昇華していった。そうやって、人から何かを受け継いで、それを自分の誇りとして持ち続けているところには影響を受けているかもしれないですね。特にジャーナリストだった父親は、僕にとって圧倒的な存在でした。昨年他界したのですが、父がしていた結婚指輪を身に付け、その仕事や生き様を忘れないようにしたいと思っています。
──ボウイだけでなく、お父様からの影響も大きかったのですね。
実は先日、都庁で東京観光大使に任命されたんです。1964年に日本に移住し、オリンピックを通して日本を世界に伝える役割を担っていた父の意思を受け継いだような、エモーショナルな1日でしたね。当日は、彼が父親……つまり僕の祖父から譲り受けた時計や、僕がウィンチェスター大学に通っていた頃に父親からもらったネクタイなども身に付けて出かけてきました。何かを受け継ぎ、それを大切にするというこだわりは、ボウイのみならず英国人特有のものかもしれないです。
──おっしゃるように、ボウイが革新的な音楽を生み出せたのは、先人たちの作品を取り入れ、自分なりの方法で咀嚼しミックスしていったからだと思います。
「interpretation(解釈)」の能力に長けていると言いますか。古今東西、あらゆる作品を自分の色に変え、まるで絵を描くように混ぜていく。ボウイの作品って、そういう意味では絵画的ともいえますね。
亡き父とボウイを重ねて……
──ボウイは数々の名言を残してきましたが、印象に残っている言葉はありますか?
僕が最も感銘を受けたボウイの言葉は2つあります。1つは「I don't know where I'm going from here, but I promise it won't be boring(ここからどこへ向かえばいいのかわからない。だけど、それは決して退屈なものにはならないだろう)」というもの。それともう1つは「Confront a corpse at least once. The absolute absence of life is the most disturbing and challenging confrontation you will ever have(一度は『死』と対峙すべきだ。誰かの死を目の前にして感じる絶対的な『不在』は、あなたがこれまでに経験したことのないほどの不安と困難を伴うだろう)」というものです。
──特に後者の言葉は心に響きますね。喪失感、欠乏感を知ることで人生の素晴らしさに気付くと言いますか。
おっしゃる通りです。ボウイのこの言葉は以前から知っていたのですが、父が去年他界したときにその意味を強く思い知らされました。僕はまだ父の死を乗り越えることができていないのですが、彼の人生を祝うことはできるようになりました。きっとそれが、映画の中で使われていた「I love life very much indeed」というボウイの言葉へとつながっていくんでしょうね。
──お父様とボウイという存在を、どこかで重ねているところはありますか?
あると思います。父は一流のジャーナリストでしたが、圧倒的なカリスマであるボウイとはもちろん違います。それでも優しさ、温もり、人生に対する感謝の念みたいなものは共通している気がしますね。話はちょっと逸れますが、実は先日フランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」という、「安楽死」をテーマにした映画を観たんです。僕は父の介護を経験したので、多くのシーンで感情移入しまくってしまいました。映画の中で、主人公の父親は安楽死というある意味人為的な死を選択しようとするのですが、それはこの映画を観る前日に看取った父とは180°違う概念にあると思いきや、最終的には「人生の美しさ」を描いていました。そういう意味ではこの映画も「ムーンエイジ・デイドリーム」も、「I love life very much indeed」という根底に流れるテーマは同じだなと思いました。
──ところで、ハリーさんが今オススメしたいボウイの1曲はなんでしょう?
ええ!?(笑) なんだろう。うーん……「Changes」ですかね。僕はこの曲について、「人生はいろんな変化が訪れるけど、それを受け入れ楽しむ力を身に付ければ、人生を全うし愛することができるのでは?」というメッセージの歌だと解釈しています。
──では、ボウイの遺伝子が受け継がれていると感じるアーティストというと?
これまた難しいなあ……あまりにも存在が偉大すぎて。もちろん吉井さんや布袋寅泰さん、海外だとColdplayやMuseのように、部分的にボウイを感じるアーティストならいます。最近だとハリー・スタイルズが「ボウイっぽい」などと一部の海外メディアで言われていますが、ちょっとそれはピンとこないかな(笑)。あ、でも米津玄師さんのクリエイティブには、ボウイを感じるところはあるかもしれない。「何これ?」と、作品ごとに僕らを驚かせるようなところとか。本人はボウイをそんなに聴いたことがないかもしれないけど、無意識であれ意識的であれ、ボウイの“イズム”と共通のものを感じますね。
──最後に、改めて本作の見どころをお聞かせください。
この3年間、僕たちはコロナ禍と向き合いながら、これまで味わったことがないような絶望や混乱、口に出せないようなフラストレーションを感じてきました。そうした中、自分の人生がどこへ向かっているのかがわからなくなってしまった人、人生への情熱を忘れかけてしまった人がもしいるのならば、ぜひともこの作品を観てほしい。もしデヴィッド・ボウイが自分の人生や作品を通して発信し続けた「愛」をこの作品から感じ取ることができれば、これからの人生をどう生きていくべきか、なんらかのヒントを得られるのではないでしょうか。
映画「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」
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2023年3月24日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他公開 IMAX® / Dolby Atmos同時公開
ストーリー
現代において最も影響力のあるアーティストにして、“伝説のロックスター”デヴィッド・ボウイの人生と才能に焦点を当てた作品。30年にわたり人知れずボウイが保管していたアーカイブから選りすぐった未公開映像と「Starman」「Changes」「Space Oddity」「Moonage Daydream」など40曲にわたるボウイの名曲で構成されている。デヴィッド・ボウイとは一体何者だったのか──。全編にわたりデヴィッド・ボウイのモノローグで紡がれた、デヴィッド・ボウイ財団唯一の公式認定ドキュメンタリー映画となっている。
スタッフ
監督・編集:ブレット・モーゲン
音楽プロデューサー:トニー・ヴィスコンティ
サウンドエンジニア:ポール・マッセイ
サウンドエンジニア:デヴィッド・ジャンマルコ
音響・楽曲編集監督:ジョン・ワーハースト
音響監督:ニーナ・ハートストーン
配給:パルコ ユニバーサル映画
プロフィール
ハリー杉山(ハリースギヤマ)
1985年1月20日生まれ、東京都出身。英国人の父、日本人の母を持つ。11歳で渡英後、英国最古のパブリックスクール・ウィンチェスターカレッジに入学し、ロンドン大学に進む。フジテレビ系「ノンストップ!」、テレビ東京「東京GOOD!」、NHK BS1「ランスマ倶楽部」などにレギュラー出演中。俳優としては連続テレビ小説「まんぷく」「カムカムエヴリバディ」などに出演した。
ハリー杉山 (@harrysugiyama) | Twitter