Creepy Nutsインタビュー|アルバム「アンサンブル・プレイ」で築き上げる、自意識を通過したフィクショナルな世界

Creepy Nutsがニューアルバム「アンサンブル・プレイ」をリリースした。

彼らの作品、特にアルバムやEPという“楽曲の集合体”としてリリースされる作品は、約1年のスパンでコンスタントにリリースされていることも影響してか、自分たちの置かれている状況やそこで生まれる自意識を反映し、そのうえでその時々に打ち出すべきサウンドやラップをドキュメント的に描く側面が強かった。そして、そのときの変化やゆらぎ、マインドを包み隠さずノンフィクションで描き切った2021年9月発売のメジャー1stアルバム「Case」は、そういったCreepy Nuts作品の傾向における1つの頂点だったと言えるだろう。

そして新作となる「アンサンブル・プレイ」は、アニメ「よふかしのうた」の主題歌となった「堕天」や、映画「極主夫道 ザ・シネマ」の主題歌「2way nice guy」など、フィクション作品との連動も作用して、前作とは対照的とも言える、フィクションやストーリーテリングをリリックの中心に据えた作品に仕上がった。そこからはフィクションという手法をアルバムの総体として構成できる力量の確かさを感じられるとともに、その隙間からはR-指定の“根本的な自意識”を垣間見ることができ、強いフィクション性と、その背景にある実存が透けて見えるようなリリシズムとラップが印象に残る。そしてDJ 松永の手がけるトラックも、インタビューで本人が語っている通り、インスト曲も含めて楽曲ごとにまったく異なったカラーを表出させ、これまで以上のバラエティを感じさせる。作品の軸をエゴではなく普遍性に置くことで、ポジティブな意味でお互いの持つ“作詞家性”“作曲家性”を伸ばし、Creepy Nutsの作品的な飛距離と寿命をこれまで以上に長くした「アンサンブル・プレイ」。そんな本作のリリースを受けて、音楽ナタリーは2人にインタビューを行い、ポップグループとしてのCreepy Nutsの存在感を提示する今作の制作背景などを聞いた。

取材・文 / 高木“JET”晋一郎撮影 / 大城為喜

離れたものをそのままフィクションとして書こうと思った

──「アンサンブル・プレイ」は、自らを語るいわゆる“俺の話 / オレバナ”ではなく、フィクションをテーマにした楽曲が中心になっていますね。

R-指定 前作「Case」が、“Creepy Nutsが現在見ている景色”を表も裏も含めて書き切った作品だったので、そこから連続的に作品を作り出しても、その“現在見えている景色”がそこまで変わらなかったんですよね。

DJ 松永 僕らはデビューからいろんな変化をさせてもらったし、だからこそコンスタントに作品を出しても、そこでさまざまな景色を表現できたと思うんですね。「Case」を作った先にはそこまで大きな変化がなかったし、来年までに今以上の変化が起きるのかといったら、それは確証を持てないなって。

──もう松永くんが閉会式に出た東京でのオリンピックはしばらくないだろうし(笑)。

DJ 松永 そうそう(笑)。

R-指定 そこでまた変化と自意識を書くとなったら、自分で何かを起こしていくしかなくなりますよね。映画「ナイトクローラー」の主人公みたいに、自分で事件を起こすしかない(笑)。

DJ 松永 自作自演だ。急にサグなスタイルになったり(笑)。

R-指定 でも、そういう道に走るラッパーの気持ちがちょっとわかるようになった。それぐらい書くテーマが欲しいと思ったし。幸い、いろんなタイアップのお話がリリックのお題や刺激になりましたけど、そっちの道にいかなくて済んだのは幸運だったぐらいに思いますね。

Creepy Nuts

Creepy Nuts

──そういう意味でも映画「バイプレイヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~」の主題歌だった「Who Am I」のように、「お題に対して自我や自意識で回答する」というのが「Case」の中心線だったとしたら、今回は「お題に対して自意識を通過させたフィクションで回答する」のが「アンサンブル・プレイ」の中心線だと思いました。

R-指定 特に「Case」の時期は、「自分と離れているものに対して、自己を投影してつなげる」というのがテーマだったんですけど、今回は離れたものをそのままフィクションとして書こうと思ったんですよね。今回のアルバムではアニメ「よふかしのうた」の挿入歌だった「ロスタイム」が最初にできた曲だったんですけど、あの曲は原作者のコトヤマさんとも話し合って作った曲だったんですね。コトヤマさんは、僕らの「よふかしのうた」からインスピレーションを受けてマンガ「よふかしのうた」を書いてくれたように、僕らの歌を聴いてくれていて。それで挿入歌の話し合いのときに、「夜の街を散歩しているような情景描写を聴いてみたい。『灯取虫~ヒトリムシ~ feat. SHINGO☆西成』(R-指定のソロ楽曲)みたいな空気感をイメージしてます」とおっしゃっていて。それで松永さんのビートにもピッタリのものがあったので、そこから作り出したんです。

ついにフィクションに手を出したか

──おそらく「Case」だったら「その風景を見ている自分自身」を書いていたと思うけど、今回は「風景が自分の心の中にどう映っているか」になっています。だから作品への自意識の投影の仕方が、似て非なるものになっている。

R-指定 そうなんです。情景を見る自分が主軸じゃなくて、情景描写が主軸。夜景がどう見えているのか、その夜景はどういうものなのか。それがメインで、自分の感情を呼び起こすための情景ではないんですよね。そういうフィクショナルな楽曲を作ることに手応えを感じたし、そういった作り方が積み重なったので、今回は全部フィクションに絞ろうと。ラップの出発地点からフィクションがうまい人、それが様になる人も当然いますけど、個人的な意識としては、自分が何者なのかということを知らしめる俺語り、ボースティングの期間があって、その先にストーリーテリングがあるとより説得力が増すと思うし、その順番は自分の中で意識もしていて。そういう意味でも、作品ごとに自分たちの現状を語ってきて、「Case」でそれをより深化させることができたからこそ、今回は完全なフィクションを書いても違和感なく、そこに説得力を持たせられると思ったんですよね。

R-指定

R-指定

──前作収録の「LAZY BOY」は、“ご存知のCreepy Nutsの生活”を描いていたと思うし、そういった“極端な俺語り”を経たからこそ、今回のフィクションにも意味合いを持たせることができたというか。

DJ 松永 まさしくそうだと思いますね。360°自分たちの話をした「Case」がなかったら、今回のアルバムは「急にどうした?」ってなるのかなって。そして「Case」のときは、Rが明らかにリリック制作に疲弊していた(笑)。

R-指定 確かになあ。

──インタビューでも「『Case』のリリックは自傷行為」と話していて。

DJ 松永 だから、あの内容を書き続けて名声を得ることは果たして幸せなのか、ほかにも人間が幸せになる方法はあるんじゃないかなと(笑)。僕もエッセイを書いてますけど、敵を刺して終わりじゃなくて、「冷静に考えると自分にもそういう部分があるよな」みたいに、最終的にその矢を自分に返さないとまとめられないタイプなんですよね。ラジオだと脊髄反射で攻撃しますけど(笑)。

──今回も曲の間にトークを収録したラジオ盤が用意されていますが、そこでの脊髄反射具合はお互いにひどいです(笑)。

DJ 松永 確かに(笑)。そういう、自分にも矢を刺す作業をずっとRは続けてきたし、「Case」のリリックはその最たるもので。寿命を削るような作業だったからこそ、フィクションの方向性に進んだ今回のリリックは、メンタルヘルス的な意味でも安心しましたね(笑)。それに自分の人生と考え方を、これだけバラエティのある形で書き続けたRのリリックは、本当に稀有だと思うんですね。そして、その人が完全なフィクションに手を出したら作品が無限に広がるな、これから途轍もないことが起きるなと思いました。そもそも、単純に友人として遊んでいた頃から、Rは妄想のトークをするのがうまかったし、フィクションの才能があることはわかっていたんですよ。だから、ついにそこに手を出したかと、これはエラいことになるぞとワクワクしましたね。

少ない手数でヤバいと思わせる難しさ

──作品の到達距離も伸びたと思います。例えば「2way nice guy」は、主題歌となった「極主夫道」のキャラクターを表しているとも、Rくんと松永くんを投影しているとも感じることができるし、それとはまったく切り離したフィクションとしても楽しめる。そういう意味でも普遍性を増したポップスとしての性格がより強くなったからこそ、メッセージの到達距離がより伸びたなと。

R-指定 いろんな人生が1曲の中で交錯するような制作が、梅田サイファーや客演でできたのも大きいですね。「2way nice guy」はMC TYSONの「I Need feat R-指定」のような曲を1人で書いたらどうなるかというイメージでもあって。

──トラックとしても、ホーンセクションが強調されたディスコティックのトラックというのは、日本のヒット曲の方程式とも通じていますね。

DJ 松永 あれはサウンド面ではヒット曲は意識していないというか、むしろ見えない骨組み部分に、日本のドメスティックな方程式を流用してきた感じなので、どうやってサウンドで違和感を出すかというところに苦労しました。今回のアルバムのトラックはめちゃめちゃ計算して作りましたね。海外のチャートを聴くとワンループの曲が多いし、2コードの曲とかも普通ですもんね。

DJ 松永

DJ 松永

──特にトラップが広まって以降はその傾向がすごく強い。トラップが現代のパンクと言われる理由の1つでもあると思うし。

DJ 松永 それは音楽知識がなくても感性でヒット曲を作れるということだと思うんですね。だけど日本の音楽チャートは、しっかり座学で勉強した音楽理論ありきの曲がだいたいですよね。

──良し悪しの話ではなく、展開が複雑な曲、何度も転調するような曲のほうが受け入れられやすいという傾向は感じますね。

DJ 松永 だからブレずにヒップホップでありつつ、ドメスティックな構造をCreepy Nutsに組み込むチャレンジもしてみたいなと思いました。「2way nice guy」も頭サビとそれ以外ではコードを変えて、印象的なブレイクを入れて、BPMもひさしく作ってなかった130ぐらいにして。ラスサビ前でも間奏を作って、歌唱が入る時間をなるべく少なくしてみました。前だったら、あそこは声を入れてたもんな。ヒップホップというジャンル自体が曲中をほぼ言葉で埋めることがスタンダードだし、もれなく我々もうそうだったので、新しい試みをしてみたかったんです。

──派手だけどループ的な印象もありますね。

DJ 松永 Rのフロウに関しても、1番と2番で同じような構成にしてもらったり。だからインパクトはあるんだけど、聴き疲れないことは意識しましたね。

Creepy Nuts

Creepy Nuts

──確かに情報量のコントロールをすごく意識した作品だと思いました。Creepy Nutsの作品は情報量過剰な部分も魅力だったと思うし、それは「理解されたい」という欲望とも通じると思うんだけど、今回はそれをコントロールしているなと。

DJ 松永 あー、そうかも。情報量に関してはだいぶニュートラルになってると思う。

R-指定 ラッパー的な「俺のすごさはこれだ!」「俺の思いを知れ!」みたいな作品を続けてきたからこそ、今回はそういう「カマそう」みたいな感情は抑制的になってると思いますね。スキル的にカマすという部分でも、1ついいフロウが見つかったらそれで進むみたいな、手数の削ぎ落とし方をしたと思います。一方でそれによる難しさもあるんですよ。少ない手数でヤバいと思わせるというのは、その一手に技術や強度を込めないといけない。それに、フロウの手数を絞ることで、同じフロウの中でラップをグルーヴさせるために韻の数自体を増やす必要があったし、韻をどう踏むかという意識がすごく強くなってると思う。