クリープハイプが1月22日にニューシングル「愛す」(ブス)をリリースした。
昨年12月にAC部制作の「愛す」のミュージックビデオが公開されると、「なんだこれは」「曲が入ってこない」と、情報量が多すぎる映像に困惑の声がSNSで次々と挙がった。クリープハイプとAC部がタッグを組むのは、2018年2、3月期のNHK「みんなのうた」に採用された「おばけでいいからはやくきて」以来約2年ぶり。「逆にもうブスとしか言えないくらい愛しい」という繊細かつねじれた思いを歌う珠玉のラブソングのMV制作を、アバンギャルドな作風で知られるAC部にクリープハイプはなぜ依頼したのか。音楽ナタリーではその狙いを探るべく、クリープハイプの尾崎世界観とAC部による対談を企画した。
取材・文 / 清本千尋 撮影 / 草場雄介
全力でぶつかり合いたかった
──クリープハイプとAC部のコラボは2018年2、3月期のNHK「みんなのうた」で放送された「おばけでいいからはやくきて」以来となります。
安達亨(AC部) クリープハイプというバンドのことは知っていたのですが、楽曲をもらって僕らと「みんなのうた」スタッフとでやり取りをして作ったので、このときは直接クリープハイプさんと顔を合わせる機会がなくて。
板倉俊介(AC部) クリープハイプさんには「『みんなのうた』をやりませんか?」とNHKさんからオファーが来たんですか?
尾崎世界観(クリープハイプ) そうですね。「みんなのうた」をやらせていただけるのはすごくうれしいことだけど、同時に勘違いされたくないという不安もあって。自分たちが持っている毒を、どうやったら「みんなのうた」を通して伝えられるのか、AC部にああいう映像を付けてもらえて自分たちのファンにもしっかり届いたと思います。NHKの制作の方がこの曲を気に入ってくれたからこそ、AC部に映像を頼んでくれたはずだし、作品がいい形で着地したことがうれしかったです。「おばけでいいから~」で映像を付けていただいた頃から、ずっとAC部と一緒に何かをやりたいと思っていました。それで「栞」(2018年9月発売アルバム「泣きたくなるほど嬉しい日々に」収録)という曲ができたときに、AC部にミュージックビデオでこの曲の世界をかき回してもらって、最後には泣けるようなものになったらいいなと思ってお願いしたんですけど……。
安達 どうしてもスケジュールが合わなくて泣く泣くお断りさせていただいて。「じゃあいつならできますか?」というお返事をもらいました。
尾崎 それで、「2019年の9月頃だったらできます」というお返事をいただいて。最初にお願いしたのが2018年の春頃で、1年以上先でした(笑)。そこから逆算して、AC部に映像を作ってもらう前提で新曲を出そうと考えていたんです。それで何曲か作ったんですけど、鉛筆で書いては消しゴムで消すようになかなかしっくり来る曲ができなかったんです。そうしていくうちに日程も近付いてきて、2019年の6月くらいだと思うんですけど、一度打ち合わせをさせていただきました。そのときはまだ「愛す」はできていなくて……カップリングの「キケンナアソビ」はできていましたね。
板倉 僕らとどんな曲で一緒にやりたいと思ってくれたんですか?
尾崎 スタンダードにいい曲を作らないとダメだと思っていたんです。AC部とやるからには壊してもらいたかったし、でも全部壊れてしまったら意味がない。壊されてもちゃんと骨組みが残る、それぐらいの強度を持った曲を作らないといけなかったので、とにかく「いい歌ってなんだろう?」という根本的なところを考え続けていました。それは曲のジャンルがどう、テンポがどうとかではなく、単純に「いい歌」を追求する時間でしたね。そういう意味では「おばけでいいから~」は変化球を投げたつもりだし、それをすごくうまく料理してもらえたという印象でした。今回はもっと殴り合いのようなことをして、全力でぶつかり合いたかったんです。
恋愛を邪魔する人がいた
安達 今回のコラボはなんだか暗闇で殴り合う感じがありましたよね。お互いに「どこにいるんだろう?」みたいな。音楽があってそこに映像を付けるというミュージックビデオの普通のプロセスではなくて、こっちはこっちで先に映像企画を進めていて、どんな曲が来るんだろうと待っていた。
板倉 クリープハイプとAC部でコラボ作品を作るということが前提でしたからね。それで、尾崎さんが曲を作る前に僕らから何か投げてほしいとユニバーサルさんにお願いされて、あの1枚のイラストとあらすじを送ったんです。あれをもとに曲を作ってもらったんですよね?
尾崎 え? 僕は僕で曲を作っていて、あのあらすじは公にする直前に「このあらすじを発表します」って渡されましたよ?
板倉 えー!? 曲を作る前に見てないんだ! 隠されてたってこと? 僕らは8月の頭くらいかな。一発目にあれを投げて、どんな化学反応が起きるのかとワクワクしていたんですよ。けっこうな球を投げちゃったからどういうレスポンスが来るのかなって。でもその返事がずっと来ない状況で……。
安達 そりゃあ、返事が来ないわけだ。
板倉 僕らは返事が来なくて、「あらすじがひどいという判断だったのかな?」と思ったんです。それで尾崎さんが困ってるんだとばっかり……いつでも「別の案がありますよ」と返す準備はしていたんですけど、うんともすんとも返事が来ない(笑)。
尾崎 ユニバーサル、どうなってるんだ……本当にすみません。僕はスタッフさんたちに「早く曲を作らないとやる気がないと思われてしまうかもしれないから、何か曲を投げておこう」と話していたんですよ。こっちから頼んでいるのに渡す約束の日を2週間も過ぎてしまっていたので、何か連絡をしないといけないと。でもスタッフさんはみんな大丈夫だと言うし、僕としても変なものは投げたくなかったし……なんか恋愛を邪魔する人がいたという感じですね(笑)。
16年前に生まれていたハイティーン
板倉 今回のMVの原案は僕らが16年前に出したアニメーション制作のいろはを伝える書籍「AFTER EFFECTS ANIMATION ABC」の作例なんです。ハイティーンはこの本に留めておくのはもったいないなと思って、ずっと温めていたキャラクターで。その設定を膨らませて、あのあらすじができたんですよ。
尾崎 1分くらいの動画がありますよね?
板倉 ご存知でしたか。
尾崎 この本のことは知らなかったんです。16年前にここまでできていたんですね。作品としては発表していなかったんですか?
板倉 作品というよりも、作例ですね。After Effectsというソフトの使い方を書いた本なんですが、素材がヤバくて使いづらいものにしようというコンセプトがあったので、そこで生まれたキャラクターです。
尾崎 最初にあのあらすじを見たとき、すごくとがっているし、これはもしかしたらフェイクなのかなと思ったんです。わざとこれを渡して、実はすごくわかりやすい感じの映像を付けてくれるのかなと深読みしていて……そうしたらこのままの設定でしたね(笑)。
安達 これでも想像していたアウトプットから二転三転していて、非常にスリリングな制作だったんです。あの長いプロットもネタとしてこんなのありえないだろうというぐらい詰めに詰め込んでいたし、そこから尾崎さんが何かインスピレーションを得て曲を作ってくれたらいいなと思っていましたし。だからあれだけ書いたのに、こう来たんだと驚きました。
尾崎 もう……本当にすみません。
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アンジャッシュのコントみたいに