いつの時代になっても聴ける歌声を
──今回はハードな曲はないし、めちゃくちゃに凝った実験的な曲も少ない。その分、素直に歌詞とメロディ、歌を聴かせる曲が多いですよね。だからすごく心に染みるし、小山田圭吾というボーカリストのいいところというか、声質や繊細なニュアンスが出ているように感じます。
ああ、やっぱり今は機械がすごく発達しているので……。
──そうかもしれないけど、そういう話には持っていかないほうが(笑)。
いやいやいやもう、本当にこんなの誰でもできますよ(笑)。
──そんなはずないでしょう(笑)。
適当に歌ってもちょいちょい直せばOKだから。ホントそんなものですよ。世の中のほとんどのレコードはそうやってできているので。うふふふふ。
──確かに今はピッチやリズムのズレは補正してくれるけど、だからと言って適当に歌ってればいいというものでは……。
もちろんもちろん。でも本当に昔だったらボーカリストとしてどうこうなんて恥ずかしくて言えなかった(笑)。今の時代だからこうやって作品にできるけどさ。
──例えば昔だったらステージに立って大きな声が出せる人でないと歌手になれなかったけど、マイクというものができて小さな声でも届くようになったから、いろんなタイプの歌手が生まれた。多重録音みたいな技術が出てきたら、それによって生きる歌手も現れるわけで。
うんうん、そうですよね。
──だから小山田圭吾も、今の時代にふさわしい優れたボーカリストと言えるんじゃないでしょうか。
……まあそんな別に大したことないんで(笑)。
──そうですか(笑)。さっきは「あまり感情過多にならないよう、といって感情がまったくこもらないような歌唱にならないように」という話が出ましたが、歌ってるときの心境もこれまでとは違ってきましたか?
基本的に自分が歌うときはフラットに、っていうのは意識します。重要なのはニュアンスなんですよね。ピッチとリズムはいくらでも直せるので、ニュアンスの微妙さと、声のディティールさえしっかりすれば、あとはどうにでもなるっていう。ニュアンスを入れたり入れなかったりってことなんですけど、何か、その微妙さですよね。それも人によって好みが分かれるから。自分が好きなのは、あんまりこう過剰じゃないというか、フラットな感じなので、それがわりとどのテンションで聴いていても、いつの時代になっても聴けるものなのかなと思っています。
──ああ、感情過多なものって、あとで聴き返すとちょっと恥ずかしいから。
そうそう。やっぱりあるじゃないですか。暑苦しい!みたいな。その微妙な具合が重要なんですよね。
──昔からそういうことを考えて歌っていたんですか?
いや、まだ機械が発達する前はとにかくピッチとリズムを間違えないようにっていうことばかり考えてた。でも今はあんまりそこにとらわれないで、ニュアンスだったり質感だったり、そういうものさえうまく録れていれば、あとはどうにでもなるっていう感じになってきましたね。
──逆にニュアンスの部分に集中できるようになってきた?
そう。だからこの歌が作品として成立してると思う。
夢の中の夢
──サウンド面で注意したこと、心がけたことは?
基本的には自分のスタイルとしてある、同時発音を少なくするとか、帯域を離すとか、そういうことによって生まれてくるグルーヴみたいなものは全曲に共通していると思います。それが気持ちいいと思ってやってるので、いろいろなバリエーションでそれを使う。今回のアルバムは「夢中夢 -Dream In Dream-」というタイトルだけど、イメージとしてはこう「Dream in Dream in Dream in Dream……」と無限に続いていくような、そういう多重世界を想像して名付けていて。ディレイっていうのがわりと1つテーマになっているんです。どんどん残響が残っていくみたいな。それがちょっと多次元世界っぽい感じになっていく。夢の中の夢みたいなイメージがあって、ディレイ同士の絡みみたいなものでグルーヴとか浮遊感みたいなものを作っていく、というのが今回のアルバムのサウンドで考えたことです。
──2018年発表の編集盤「Ripple Waves」に「Inside a Dream」という、NHKのアナウンサーだったという小山田さんのおじいさんの声や、子供の頃の小山田さんの声をコラージュした曲がありましたよね。あのドリーミーな空気感は今作につながってるんじゃないでしょうか。
ああ、そうですね。もっと言うと、前作の「Mellow Waves」に「夢の中で」という曲があるんですけど、あのあたりもつながっているかもしれない。
──“夢”というタームがここのところの小山田さんのキーワードになっている?
そうですね。去年、ちょっと体を壊して眠れなくなっちゃって、睡眠薬を飲んでいた時期があったんです。そうしたらやたら夢を見るようになった、というすごく具体的な理由もあります。どういう夢かと言うとあんまり覚えてないんだけど、目が覚めたときに「これは夢なのか? 現実なのか?」みたいなことが多かったんですよ。
──そういうときに夢の中で浮かんだメロディを書き留めてる音楽家もいると聞きます。
ああ、よく聞きますよね(笑)。でも、僕はそれはないなあ。そんなちゃんとした夢じゃないんですよね。
──あと、2018年にはドレイクの「Passionfruit」のカバーをやってましたよね。あのシンプルなアルペジオと淡々としたメロディの感じは、今回のアルバムにつながっているんじゃないかと。
ああ、確かに近いかもしれない。「Mellow Waves」のアメリカツアーのときにSpotifyの企画でSpotifyのスタジオでレコーディングして、のちに「Ripple Waves」に収録したんですけど。
──なんでもSilver Applesをカバーしようとして断られてドレイクになったとか。
そうそう。Spotifyとアメリカのマネージャーからもっと有名なのにしてくれって言われたんだよね(笑)。でもドレイクのあの曲は大好きだし、あれは確かに「夢中夢 -Dream In Dream-」の世界と近いかもね。
年齢と残された時間
──今回、デトックスじゃないけど心の中のもやもやみたいなものを1つ形にして作品にできたのではないかと思うんですが、何かこれで吹っ切れて次の景色が見えてきたりとか、そういうのはあるんですか?
いや、まあ……吹っ切れたということはないですけど、いろいろなことを曲として形にできたのはよかったなとは思ってます。でも、まだまだやることはあるので。アルバムに入らなかった曲もあるし、それらを形にしていきたい。
──今回はポップでメランコリックでドリーミーな曲が多いわけですが、オミットされた曲にはカッティングエッジだったり攻撃的だったりする曲もあったんでしょうか?
そう……ですね。もうちょっとロックっぽい曲もありました。アルバムに入れてもよかったんだけど、ちょっと曲数が多くなりすぎるかなと。おいおい発表していければと思ってます。
──なるほど。じゃあこれで自分の中にあるものをすべて出し尽くしたという感じでもないと。
そうですね。まだちょっとやんなきゃいけないんで。あのう……僕は2000年代の頭ぐらいから幸宏さんや坂本さんと一緒に演奏するようになったんだけど、当時のお二人と今の僕はちょうど同じくらいの年齢なんですよ。僕はその頃まだ30代だったんだけど、そこから今って考えるとけっこうすぐなんですよね。この先そんなにめちゃくちゃ時間があるわけじゃない、というのはやっぱり最近すごく感じる。だから、なるべく今後は自分の作品にフォーカスしていきたいなっていう気持ちにはなってきてますね。
──今おいくつでしたっけ?
54歳ですね。
──まだまだ若いですよ。
まあ、そうなんですけど(笑)。とはいえ、ですよ。
──まあ今までみたいに11年に1枚とか、6年に1枚とかやってたら……。
そうそうそう。だから本当にあっという間だなと思って。もう少し自分の作品に集中したほうがいいんじゃないかなと考えるようになってきました。
Cornelius=小山田圭吾のボーカルスタイル
──9月にはツアーが始まります。とはいえCorneliusは最近わりと頻繁に国内外でライブをやってるので、バンドとしてはすでにギアが入っている状態ですよね。
そうだね。でも、まだアルバムの曲はそんなにやってないから、ツアーまでにみんなで練習をしなきゃ(笑)。最近はライブでも簡単に機械でボーカルを補正できるらしいですよ。僕らは人力でなんとかがんばってますけど、今すごいみたいです。
──小山田さんは生身の肉体に執着する気持ちってどれぐらいあるんですか? ライブであっても自分の肉体はそこに晒したくないと思うのか、それともライブはやっぱり自分の肉体で勝負したいと思うのか。
それはどっちでもいいんですけど、ライブはやっぱりちゃんと演奏しているほうが面白いよね。パソコンとかでやってる人のライブはあまり面白くない。
──Kraftwerkは……。
まあ、Kraftwerkは映像とかあるし、芸として面白いから(笑)。でも一般論としては、生演奏のほうが説得力は出るじゃないですか。
──でも小山田さんがライブの楽しさとか醍醐味とか、そういうものを語るようになってきたというのも感慨深いですね。
そうですか?
──フリッパーズ・ギター時代のこととか考えると……。
確かに(笑)。フリッパーズ時代は本当にライブが苦手で大嫌いだったからね。
──歌うことの楽しさもわかってきたでしょ?
楽しさ……なのかな。わかんないけど、だいぶ慣れてきましたよ。30年もやってると(笑)。
──歌わないと伝わらないこともあるだろうし。
うん、そうですね。やっぱり作った人が歌っている、というのは説得力が出てくるからね。
──単純にボーカリストとしてのご自分をどう評価していますか? 90年代以降の音楽シーンに小山田さんがいなかったら、生まれなかったボーカルスタイルってあると思うんですよ。
うーん……自分のしゃべっている声とか録音して聴くと、何か気持ち悪いときがあるじゃないですか。それと一緒ですよね。さすがに慣れましたけど、自分の声が好きかと言われると、やっぱりちょっと微妙っていう。どのあたりだったら楽に歌えるとか声がよく聞こえる、みたいなのはなんとなくわかってはきたけど。とはいえ、別にそんなに旨味もないと思うんで。使える部分はごく一部というか(笑)。なるべく自分の声の嫌じゃない部分を抽出して歌にしようと思っているので、比較的嫌じゃないレベルには持っていけてるとは思います。
──でもCorneliusは、小山田さんのボーカルスタイルだからこそ生まれた音楽だと思います。
うん。そうじゃないとたぶんこういう感じにはなってない。
──自分のボーカルスタイルが、声とか歌唱力も含めたそういうものが、自分の音楽スタイルを決めていく。それでこういう素晴らしい作品ができたんだから、これでよかったんですよ。
そうですね、うん。
──ともあれこうして普通にインタビューができる状況になって本当によかったです。
本当に。ありがとうございました。
ライブ情報
Cornelius 夢中夢 Tour 2023
- 2023年9月30日(土)東京都 LIQUIDROOM
- 2023年10月6日(金)大阪府 Zepp Namba(OSAKA)
- 2023年10月7日(土)福岡県 Zepp Fukuoka
- 2023年10月13日(金)神奈川県 KT Zepp Yokohama
- 2023年10月19日(木)北海道 Zepp Sapporo
- 2023年10月23日(月)愛知県 Zepp Nagoya
- 2023年10月31日(火)東京都 Zepp Haneda(TOKYO)
プロフィール
Cornelius(コーネリアス)
小山田圭吾によるソロユニット。1991年のフリッパーズ・ギター解散後、1993年からCornelius名義で音楽活動を開始する。アルバム「THE FIRST QUESTION AWARD」「69/96」は大ヒットを記録し、当時の渋谷系ムーブメントをリードする存在に。1997年の3rdアルバム「FANTASMA」、続く4thアルバム「POINT」は世界21カ国でリリースされ、バンドThe Cornelius Groupを率いてワールドツアーを行うなどグローバルな活動を展開。2006年のアルバム「Sensuous」発売に伴う映像作品集「Sensurround + B-sides」は米国「第51回グラミー賞」最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞にノミネートされた。2017年6月にアルバム「Mellow Waves」を発表。2023年6月には約6年ぶりとなるオリジナルアルバム「夢中夢 -Dream In Dream-」をリリースし、9月より本作を携え全国7カ所を回るツアーを行う。また自身の活動以外にも国内外多数のアーティストとのコラボレーションやリミックス、プロデュースなど幅広いフィールドで活動を続けている。
Cornelius (@corneliusjapan) | Twitter