TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)×TOMMY HONDA×荻布弁護士が語る“契約”のこと (2/2)

メールも「契約の証拠」

──フリーランスの場合、今はたいていメールで仕事の依頼が来ますし、そこで条件についての交渉をすることがほとんどですから、ある意味ではメールが「契約書」の代わりになっているのでしょうね。実際どのくらい効力があるのでしょうか。

荻布 もちろん契約条件がしっかりと記載された契約書を取り交わすことがベストですが、契約書の取り交わしがなかった場合のメールでのやりとりも「契約の証拠」としての効力は十分あります。紙やPDFの契約書ではなくメールの本文でもいい。

──のちのち「言った言わない」のトラブルにならないよう、僕は仕事の依頼が電話できたときも必ずメールに残してもらうようにはしています。

TSUTCHIE 確かに、それはありますね。思えば20年くらい前はほとんど電話でした。スケジュールもギャラの話も、直接電話でやりとりして。それこそ請求書の宛名から何からすべて電話で話していましたね。

TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)

TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)

荻布 そんな時代もあったんですね。「このお仕事の依頼をします」というときの条件をメールなどで決めておくだけでも、契約条件をはっきりとさせておく方法として有効です。要はなあなあにしないでおくこと。それが一番自分のためであり、相手のためでもあるので、何度も言いますがそういう感覚の“クセ”をつけることが法律云々より大事なことだと思います……と言いつつ、今回TSUTCHIEさん、TOMMYさんにオファーするときも最初は電話でしたよね(笑)。電話のほうがニュアンスは伝わりやすいということも確かにあって。

TOMMY 口頭で言われても覚えきれないから「メールも入れておいて」と言ったけど、それは偶然にも正しい対処法だったわけですね(笑)。先ほど「メールで残しておけば法的効果はある」という話がありましたが、それはどの程度の効力があるのでしょうか? 例えば、途中でオファーの条件が取り消されたり、変更されたりした場合はどうなるんでしょう。

TOMMY HONDA

TOMMY HONDA

荻布 依頼の取り消しや変更があったときに、「最初のオファーと話が違う、契約違反だ」などと訴えるのはさすがにやりすぎですが(笑)、話が二転三転したときでもメールのスレッドを見直せば、その過程がわかるようにしておくのは大切です。例えばメールで仕事のオファーをもらったけど、変更点や追加点に関してのやりとりを電話など口頭でのみしていると、あとでややこしくなる恐れがあります。そういうとき、僕がよくやるのは「先ほどはお電話ありがとうございました。念のためメールでも確認しておきたいのですが……」みたいな感じで、こちらからメールを残しておく。それだけでも「言った言わない」の水掛け論に発展する確率はグッと減ります。

TSUTCHIE なるほどね。

荻布 あと、複数の人とメールをCCで共有しながら進めているときに、厄介な話を別メールで送ってくる人とかいるじゃないですか(笑)。そういうのも、できるだけCCをつけてほかの人たちと情報共有しておけば、自分の立場が弱くなる可能性も減りますよね。いずれにせよ、約束の内容はすべてメールで残しておくのがオススメです。

TSUTCHIE スクショも効力はありますか?

荻布 あります。なので、消されてしまったときのために保険で取っておくのは「あり」ですね。もちろん、スクショ偽造もやろうと思えばやれるんですけど、それを言い始めると、そもそも自分の打ったメールを削除しつつ「そんなこと言ってない」なんて言ってくるような人は、契約書があろうとなかろうとメチャクチャなことをしてきますよね。

一同 (笑)。

荻布 そういう、話が通じない人に限って「メールで残しておいてください」とか言った時点で嫌がるし、ずるい人は本当に電話だけで進めようとするので、そこを見極める意味でもメールベースで進めていくことを提案するのは大事かもしれない。

左からTOMMY HONDA、荻布純也、TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)。

左からTOMMY HONDA、荻布純也、TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)。

左からTOMMY HONDA、荻布純也、TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)。

左からTOMMY HONDA、荻布純也、TSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)。

契約を自分自身を守る「道具」として使って

──例えば舞台の劇伴を提供した場合、それがDVD化されるときに二次使用扱いしてもらえるのか?みたいなケースもTSUTCHIEさんが勉強会で触れていましたね。

TSUTCHIE 舞台の劇伴などはたいてい買い取りになっているので、その時点で僕には権利は発生していません。ただ、それも最初にそう言ってくれればいいんですけど……。

荻布 クライアントが「なんでもかんでも買い取りOK」という風潮はよくないですよね。

TSUTCHIE コロナのときは、動員の制限があったり、公演数が少なかったりして、通常時と同じ収益を得られないので、削れるところは削らなければいけなくなる。そういう事情がわかると、なかなか自分の権利を主張しづらいんですよね。最初に言ったように、「細かいことを言って煙たがられたら嫌だな」という……そんなことばっかり考えちゃうんです。情けないですが。

荻布 「煙たがられるから」と気遣うほうが損をして、立場の強い方が得し続けるのは、非常によくないと思っています。勉強会で何度もしつこく話したのは、「コミュニケーションが大事」ということ。せっかく縁があって一緒に何かすることになったわけですからね。例えば制作過程を共有したり、ときには関係ない雑談ができるくらいの関係性を作っておくことは、とても大事なことです。

荻布純也

荻布純也

──音楽芸術業界において、今後意識していくべきことを改めて教えてください。

荻布 契約はややこしいところもありますが、どういうものかを理解し、自分自身を守る“道具”として使ったほうが、やりたいこともやりやすくなる側面が間違いなくあると思います。まずは勉強会の模様を公開しているYouTubeの動画や、我々の制作したガイドブックをぜひ参考にしていただき、そこで気になったら自分なりに調べてみるのがいいと思いますね。

TOMMY 自衛のために契約を学ぶということが大事なのですね。今日はすごく勉強になりました。

TSUTCHIE 「知らないこと」を恥ずかしいことだと思ってしまい、うやむやにして後悔するという経験をこれまで何度もしてきているので、知らないことは恥ずかしいことではなく、自分をステップアップさせるうえでの余白と思えるくらい心を開いて、臆せず調べたり聞いてみたりしていきたいですね。使ったことのないエフェクターやアンプを試すくらいの気持ちで、気軽に“契約”を学んでみてほしいです。

左からTSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)、荻布純也、TOMMY HONDA。

左からTSUTCHIE(SHAKKAZOMBIE)、荻布純也、TOMMY HONDA。

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約レッスン」配信情報

様々な立場のフリーランスアーティスト・スタッフ 対象回 座学(講義)パート

フリーランスアーティスト・スタッフへの発注を行う方 対象回 座学(講義)パート

「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約ガイドブック」
文化庁が策定した「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン」をもとに、法律、各芸術分野の専門家の意見を踏まえながら、フリーランスのアーテイストやスタッフが実際に契約をする際に押さえておきたい重要なポイントをまとめたガイドブック。契約書の条項に沿って、内容とチェックポイントを解説していく前編と、実際に取引で起きた事例などをもとに注意すべき点を確認する後編の2部構成で、契約書の取り交わしに関する知識を身に付けることができる。

PDF版のガイドブックは「フリーランスアーティスト・スタッフのための契約レッスン」のサイトで配信中!

プロフィール

TSUTCHIE(ツッチー)

1996年4月にSHAKKAZOMBIEのトラックメイカーとしてデビュー。以降ユニットの活動と並行して、ジャンルを問わず数多くのアーティストのリミックスやプロデュースを手がける。2002年に1stソロアルバム「Thanks for Listening」を発表。2004年にはアニメ「サムライチャンプルー」のサウンドトラックに参加し、2015年にはアニメ「GANGSTA.」の音楽を担当した。2011年に自身のレーベル「SYNC TWICE」を立ち上げ、TOMMY HONDA、柳田久美子、ランランランズらの作品をリリース。

TOMMY HONDA(トミーホンダ)

PANORAMA FAMILYのMCであるゴメスのギタリスト名義。2019年に1stアルバム「MAKE YOURSELF AT HOME」をSHAKAZOMBIEのTSUTCHIEのレーベル・SYNC TWICEからリリース。2014年より写真家としても活動しており、2016年3月には写真集「fastplant」を発表し話題に。定期的にSNSにギター演奏動画を投稿しており、国内外で高い評価を得ている。最新作は2022年7月リリースのシングル「Through thick and thin Feat. Ai Yamamoto」。

荻布純也(オギノジュンヤ)

シティライツ法律事務所に所属する弁護士。民事事件を広く取り扱ってきた経験を生かしつつ、音楽やアートをはじめとするコンテンツやクリエイターへの愛とリスペクトを持って案件に取り組んでいる。ヒップホップユニット・metrofieldのMCとして音楽活動も行い、2013年にless than TVより1stアルバム「ロスタイム」をリリースした。