千葉広樹|数々のシーンを往来して見えた“故郷”と“夜の景色”

東日本大震災以降の音楽活動

──2011年3月11日の東日本大震災は、盛岡出身の千葉さんにとって活動や心境に影響はありましたか?

ありましたね。仙台にある父の実家は全壊しましたし、いろんなことが変わっちゃいました。自分に何が起きたかといえば、まずはライブの仕事がなくなりました。あの1カ月くらいはライブが全部キャンセルになったし。お金もさらになくなって、個人的にもどん底に落ち込みました。ただ、そのへんから僕と同世代で、アメリカのバークリー音楽大学とかでジャズを学んでたミュージシャンが帰国し始めたんですよ。その人たちが僕を使ってくれるようになったんですね。というのも、そういうミュージシャンはみんなインプロをやっていたんです。それまではジャズの仕事で誘われてもインプロやフリーなんて御法度という感じもあったんですが、彼らはインプロOKで、僕のことも面白がってくれて、そのへんからジャズシーンにもまた戻っていった感じなんです。ジャズギタリストの市野元彦さんのやっているrabbitooに誘ってもらったり。

千葉広樹

──僕が初めて千葉さんの存在をはっきり認識したのはこの時期の少しあとの2013年くらいで、古川麦トリオのベーシストとしてでした。

麦は、田中佑司の紹介だったかな。佑司とは彼がくるりに加入する前くらいに知り合って。2012年に柴幸男(ままごと)、三浦康嗣(□□□)、白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)の3人が共同演出した音楽劇「ファンファーレ」に音楽隊で参加したときに佑司も一緒で、そこで仲良くなったんです。そのあと彼から麦を紹介されたのかな。麦から、トリオにウッドベースが欲しいということで、そこから一緒にやってますね。

──さっきもベーシストとしての自分を「わりと使いやすかった」と言ってましたけど、テクニックや幅の広い対応力とはまた別に、いろいろ誘われる理由があるような気もします。

なんなんですかね? 僕はあんまり嘘がつけないんですよ。すぐ顔にも態度にも出るし、好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いっていうのがわかっちゃう。そこがいいと思ってくれる人がよく僕を誘ってくれてるんだろうなとは思いますね。あと、僕はすごく歌が好きなんですよ。歌のある音楽が好き。そういうのは大きいですね。30歳くらいの自分の状況も混沌としてる時期に、自分の中である種のセオリーを発見したというか、それが具体的に何かは言えないんですが「(自分が音楽で表現するのは)こういうことなんじゃないか」と思うようになって、それまでの価値観がわりと覆されたんです。そこからすごく自分を表現するのが楽になりました。そのへんの転機がちょうど震災あたりだったというのもありますね。

──考え方を縛っていたものが解けた、みたいな感じでしょうか。

そうですね。そのあたりからありがたいことに演奏活動が忙しくなりました。2012年頃からは休みが1日もないくらいで。

──「千葉さんはすごく忙しいんだ」って言われていた記憶があります。

忙しくなっていった時期はとにかく必死にやっていたんですけど、インディシーンというのかな、そういうものがすごく明確になってきていたのは感じていましたね。バンドの人たちはやっぱり結束力があるんですけど、インディシーンってもう少しバンドもシンガーソングライターもフレキシブルに関わっていて、バンドの編成も減ったり増えたり、そういうのがポピュラーになってきているんだなと思ってました。

──千葉さんがそこにハマるピースになっていったというのは、こうして経歴や音楽観を聞いてみるとわかる気がします。誘う側も、単にジャズのフィールが欲しくてお願いするというだけじゃない。千葉さんならではの“訛り”みたいなものがあるのでは?

たぶん、普通じゃないから気になる、みたいな感じなのかも(笑)。ジャズが僕にとって演奏するうえの言語であることは確かなんですけど。

作った時点からアナログにしたかった

──これまでの音楽活動についておうかがいしましたが、ここからは2枚同時にリリースされるアナログ「Eine Phantasie im Morgen」「Nokto」についてお聞かせください。

千葉広樹

基本的にはいずれのアルバムもドローン、アンビエント作品で、ウッドベースやエレクトリックベースをメインに、モジュラーシンセやアナログシンセを使って制作しました。そもそも最初はCD-Rで作ったアルバムで、それを配信していたんですが、作った時点からアナログにはしたかったんです。アナログの音の太さでこれを鳴らしたいという思いがありました。

──たぶん、この音を物理的にこすった音というか、レコードは針が盤面を擦って音が出るものだし、ベースという楽器もアルコ(弓弾き)にするときは擦る音なので、作品としてもそういう摩擦音として出したいという気持ちがあったのでは?と僕は思ったんですが。

その通りです。アルバムではベースはもちろん、シンセサイザーやエレクトロニクスも実際に演奏しています。打ち込みの要素がほとんどない。それが嫌だっていうことじゃなく、演奏ありきというか。

──ハーシュノイズのように聞こえるけど、耳を澄ますとちゃんと息遣いのする音になっていますよね。

ぶっちゃけ楽器は何でもよかったんですが、なんとなくベーシストだからベースを使って作らなくちゃと思っていました。ミュージシャンとして自立しなくちゃいけないということは20代の頃からずっと考えていたし、当時は技術がなくてできなかったことも今ならできるんじゃないかと思えたので、それで作った作品なんです。アイデアはすごくあるから、売れる売れないとか関係なくどんどん作らないとダメだと。いやもちろん売れたほうがいいんですけどね(笑)。

──その「どんどん作らないと」という気持ちは、かつてウッドベースを買ってすぐにライブを始めたというところにも通じてる気がします。

確かに。とにかく何かを生み出したいという衝動ですね。いろんなバンドに参加してサポートするのも好きなんですけど、自分の演奏をして自立したいという気持ちはずっとあるんです。「Eine Phantasie im Morgen」は僕の故郷の岩手県にインスパイアされた作品で。3日で全部できたんですけど、自分でもいいのができたと思っていますね。小さい頃の記憶とか風土とかにものすごく牽引力があって、それを僕なりのフィルターを通して。あとは宮沢賢治という存在もすごくデカい。タイトルも賢治の「春と修羅」からの引用なんです。あれって、読んでいると突然英語とかドイツ語が出てきて「え?」ってなるじゃないですか。それが子供のときに読んでいても強烈に印象に残っていて。

──コラージュっぽいんですよね。

そうなんです。ただ、その手法としての関連性は何もなくて、これは大きな意味での宮沢賢治インスパイアなんです。ストレートに「星めぐりの歌」をカバーするとかじゃなく、もっと感覚的なリスペクトをしたかった。そういう思いが強かったですね。

──メロディだと自分の経験則での気持ちよさに結びつけることができるんですけど、千葉さんのこの2枚の音は、もっと風の音とか空気の軋む音とかに近いから、イヤホンで聴いていても自分が見ている都会の景色が揺らいで変質する感覚もすごくあるんです。

うれしいです。僕は電子音とアコースティックな音は基本的には同じものだと思っていて、だからこそそれらを同等に扱って音と音とのモジュレーションを起こしたりして、音楽的にもすごく面白い作品に仕上がっていると思います。

38歳、ソロ活動も精力的に

──「Nokto」のほうは、どういう経緯で作られたアルバムなんですか?

「Nokto」は去年訪れた中国、ポーランド、そして今住んでいる東京と故郷の盛岡、それぞれの夜の情景にインスパイアされた作品です。タイトルはエスペラント語で「夜」という意味。僕は音楽を作るうえで、夜の風景を彷彿とさせる音楽がすごく好きで、夜だからこそ見えてくる景色がそれぞれにあるというのが、「Nokto」の音楽を作るうえでの裏テーマでした。その夜の先にある眠り、いわゆる寝ているときに見る夢をテーマにした「Asleep」というライブ会場限定ミニアルバムを今年6月にリリースしたのですが、このミニアルバムもいずれはアナログ盤でリリースしたいですね。内容は「Eine Phantasie im Morgen」「Nokto」よりもジャズ色の強いアルバムに仕上がっています。

──今回の2枚のアナログリリースは、すでに発表済みの作品のアナログ化ではあるんですけど、改めて千葉広樹というアーティストの活動が本格的に始まっているというアラートの役割も果たすものなんですね。

そうです。38歳にして、ソロでもがんばらなくてはいけないと思っています。

──裏方に徹して、あまり自分のことを語らない人なんだと思っていましたが、今日は話が聞けてよかったです。

こちらこそ、ありがたいです。語らないというか、今まで語る場がなかっただけなので全然しゃべり足りないですね(笑)。

千葉広樹

ツアー情報

千葉広樹「"Asleep" EP "Eine Phantasie im Morgen" & "Nokto" 12inch LP Triple Release Tour 2019」
  • 2019年9月9日(月) 熊本県 Endelea Coffee <出演者> 千葉広樹 / 宮崎貴雄
  • 2019年9月10日(火) 福岡県 OMA <出演者> 千葉広樹 / KENTA INAMASU
  • 2019年9月13日(金) 京都府 cafe ZANPANO <出演者> 千葉広樹 / 吉田省念(テンポラリ)
  • 2019年10月18日(金) 秋田県 "studio" <出演者> 千葉広樹
  • 2019年10月19日(土) 岩手県 喫茶Carta <出演者> 千葉広樹
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