金子マリは戦友、浅川マキはレジェンド
──STAR PINE'S CAFÉの公演では、OZ時代からマキさんを支えてきた春日博文さん(G, Ukulele, Cho)を中心に、丹波博幸さん(G, Cho)と迫田敬也さん(B)を加えたトリオ編成で演奏を披露されています。演奏もゆったりしていて、春日さんの弾くウクレレがリラックスした雰囲気を醸し出していますね。
OZとは対照的ですよね。あのライブで個人的には、自分の歌よりもインストの4曲(収録されているのは「カリプソブルー」と「ミズタマリ」の2曲)が気に入っています(笑)。
──忌野清志郎さんがマキさんのために書き下ろした「ムーンビーチの砂の上」も隠れた名曲ですね。
よくできたキャッチーな名曲ですよね。
──清志郎さんがマキさんに歌ってほしい、と思って書いたことが伝わってきます。GEMINI Theaterの公演はドラムやキーボードも入ったバンド編成で、ゲストとして金子マリさんが参加されています。まさにレジェンドの共演といった感じですね。
マリはまだ彼女がバックスバニーというバンドをやる前から知ってるんです。今でもしょっちゅう一緒にライブをやっていて、OZのメンバー同様、戦友みたいなものですね。彼女は私とは違って、1つのスタイルを突き進んでいく人です。
──マキさんとマリさんがデュエットで歌う「それはスポットライトではない」(アメリカのキーボード奏者、バリー・ゴールドバーグがジェリー・ゴフィンと共作で書いた曲)が最高です。マキさんもマリさんも、この曲をそれぞれカバーされていますが、この日のステージではアメリカのサザンフィーリングを感じさせる名演が展開されています。この公演では「テネシーワルツ」も歌われていますが、マキさんはアメリカンロックもお好きなのでしょうか。
そういう音楽を聴くようになったのは最近です。OZの頃はアメリカの音楽に興味がなくてブリティッシュロックオンリーだった。King CrimsonとかPink Floydとかデヴィッド・ボウイとかね。「それはスポットライトではない」を初めて聴いたのはロッド・スチュワートのカバーで、最初はロッドの曲だと思っていたんです。原曲がジェリー・ゴフィンということを知って、そこから(ゴフィンの妻だった)キャロル・キングであるとか、アメリカの音楽に興味を持って、いろいろ聴くようになりました。
──「それはスポットライトではない」の日本語詞は浅川マキさんが手がけられていて、ご自分でも歌われていました。この公演では浅川さんの「かもめ」をカバーされていますが、マキさんにとって浅川さんはどういう存在ですか?
浅川さんはレジェンドですね。憧れましたよ。よく遊んだし、かわいがってもらった。ああいう人はもう日本にはいないでしょう。実は私にも「かもめ」という曲があるんです。浅川さんと同じく寺山さんが歌詞を書いてくれて。私の曲のほうがもっとスローで哀愁を帯びていて、たぶんそれは寺山さんが思い描く私のイメージだったんでしょうね。でも、私は浅川さんの「かもめ」のほうが好きで、自分の「かもめ」は歌わないで、浅川さんの「かもめ」ばかり歌ってきました。あっちの曲のテンポとかリズムのほうが好きなんです。
Altered Statesの演奏は劇画的
──カルメン・マキ、金子マリ、浅川マキという3人のシンガーのソウルがぶつかり合ったような熱いステージですね。本編の最後に収録されているのが、TSUTAYA O-WESTで行われたASことAltered States(内橋和久[G, Effects]、芳垣安洋[Dr]、ナスノミツル[B])との共演です。個人的にはこのパフォーマンスが一番衝撃的でした。Altered Statesは即興を中心にしたユニットですが、この公演ではどんなふうにセッションしたのでしょう。
内橋さんが事前にアレンジを考えつつ即興の要素も入れてます。OZとは全然違うんですよね。こっちの演奏は劇画的で音像がギシギシしている。だから歌が入るところがすごく難しいんです。ただ、なぜかOZより歌いやすい。OZは様式美の世界だから、歌の決まった形を変えるわけにはいかないけど、ASは音程とか細かいことを気にしないで自由に歌っていいような気がするんですよね。あと、OZではフロントとしての責任を感じているところがあって。でも、ASはインストバンドだから、ASの中に私がいるっていう感じ。ASはバンドの主張がOZとは違う意味で強いから、そんなに私が責任を持たなくてもいいのかなって思えるんです(笑)。
──ASの即興性があって柔軟な演奏に刺激を受けて、自由さを感じるのかもしれないですね。様式美や完成度を追求するOZとは対照的に、ASはそれぞれが自由であることが重要というか。
そうですね。ただ、自由であるということが一番難しいのですけどね。「世界の果ての旅」なんてまるっきり即興だし。演奏も歌い方も何も決めずにやったんです。完成度を求めずに実験としてやってみようと思って。この曲はやるたびに演奏が違うんですよ。
──「世界の果ての旅」には不思議なムードがありますね。独特のグルーヴというか。
それはナスノさんのベースの力が大きいんですよね。ナスノさんのベースは音の壁みたいなんですよ。クリアなコード感をあまり前面に出すのではなくて、常に重低音が支配しているんです。あまりいないタイプのベーシストで、昔の川端民夫さんにちょっと似てますかね。芳垣さんのドラムはあれはもう驚嘆のレベルですよね。本当にすごい。
──鬼才ぞろいのASの演奏とマキさんの声の表現力がすさまじいテンションでぶつかり合っていて、マキさんのファンはもちろん、マキさんのことをあまり知らない若いリスナーにもぜひ聴いてほしいセッションです。本作には特典映像として2021年の最新ライブ映像が収録されていますが、本日の取材で使わせていただいているジャズ&ブルースバー、BLUES and JAZZ add9thでの演奏も収録されていますね。
ときどきこちらのお店でやらせてもらっているんです。この店は雰囲気がよくて、(店を見回して)最高でしょ? いろんな編成でやっているんですけど、今回収録したライブはFalconさん(G, Effects)とヒカシューの佐藤正治さん(Dr, Per)の3人編成で歌と朗読をやっています。
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私の歌にはいろんな意味が込められている