今年で結成7周年を迎えたばってん少女隊。2020年発表の「OiSa」がUSENを中心に話題を呼び、異例のロングヒットを記録して以降、彼女たちは和の要素とダンスミュージックを軸にした楽曲を発表し続け、洗練された音楽で高い評価を得てきた。それと同時に、楽曲を届けるツールとして最先端のテクノロジーを貪欲に取り入れていることも、近年の活動の特徴だ。
今年6月にリリースされたRin音の提供曲「虹ノ湊」(こうのみなと)も、その例の1つ。通常の音源のほか、ソニーの360立体音響技術を使った新しい音楽体験360 Reality Audioバージョンが配信された。360 Reality Audioでは音1つひとつに位置情報を付け、球状の空間に配置することで、全方位から音が降り注ぐ、没入感のある音場を体感することができる。この新体験は360 Reality Audio認定ヘッドホンはもちろん、通常のヘッドホンでも楽しむことが可能で、YouTubeで公開中の「虹ノ湊」のミュージックビデオではこの没入感を簡易的に味わえる。
音楽ナタリーでは音源の制作過程に迫るため、ばってん少女隊の自主レーベル・BATTEN Recordsより、ディレクターの杉本陽里子氏にインタビュー。さらにメンバーのうち上田理子、希山愛、瀬田さくらにも話を聞き、MVを含めた「虹ノ湊」の魅力を語ってもらった。
取材・文 / 土屋恵介
杉本陽里子ディレクター インタビュー
テクノロジーとエンタテインメントの掛け合わせ
──まずは、杉本さんとばってん少女隊の関わりから教えてください。
もともとビクターでディレクターやA&Rをやっていまして、ばってん少女隊のメジャーデビューのタイミングから、主に音楽面、クリエイティブ面を全面的に監修しています。実はアイドルはばっしょーしか担当していなくて、もともとはサカナクション、木村カエラ、家入レオなど、ロック寄りのバンドやアーティストを手がけていました。そのときの人脈や制作の方法は、かなりばっしょーに生かしています。今は、株式会社ondoという自分の音楽制作会社を持っています。
──今回、「虹ノ湊」の360 Reality Audioバージョンを制作するに至ったきっかけを聞かせてください。
ばっしょーが2020年に自分たちのレーベル・BATTEN Recordsを立ち上げたときに、方針として単にかわいく歌って踊れるアイドルグループを作っていくのではなく、時代に合ったテクノロジーとエンタテインメントの掛け合わせをやっていこうという1つの命題ができたんです。キヤノンさんのボリュメトリックビデオ技術を取り入れた「OiSa」のミュージックビデオを作ったり(参照:ばってん少女隊が3DCGの能楽堂で踊る、5人体制最後のMV公開)、VRのMVやライブを配信したり、スマホで生ライブ映像の視点を自由に切り替えられるNTTドコモさんの5G配信技術SwipeVideoとコラボしたりと、ここ2年ぐらいずっとそういう挑戦をしてきました。その流れで、360 Reality Audioという新しい音楽体験があるとレーベル内でプレゼンされて。私はまだ経験したことがなかったので、実際にソニーさんのスタジオに行きました。
──体験してみて、どんな感覚でした?
前後左右だけじゃなく360°スピーカーに囲まれている、球体の中にいるような状態で360 Reality Audioを経験させていただいて。これはもう音楽を聴くというよりもアトラクションみたいな感覚だなと思いました。もちろんスタジオと同じスペックは無理ですけど、これを家でヘッドホンを通して聴ける時代になったのは面白いですよね。
──360 Reality Audioバージョンを制作した理由として、「虹ノ湊」自体がこの音楽体験と相性がよかったという面もありますか?
はい。ばっしょーの作品の表題曲が「OiSa」「わたし、恋始めたってよ!」「YOIMIYA」と和の要素のあるダンスミュージック寄りのものが続いてきた中で、次に「虹ノ湊」を出すことになって。この曲もダンスミュージックがベースにあるんですが、王道のポップスの要素が強いんですよね。そしてすごくいい曲なんですけど、なんの戦略もなく、ただ「いい曲です」って発表するのはどうなのかな、何かしらギミックやフックが欲しいなと考えていたときに、360 Reality Audioがハマるなと思ったんです。楽器の音以外にも、「イエー!」などの掛け声も入っているので、それが立体音響で聞こえたら面白いなと。あとファンの方としても、メンバーの声がいろんなところから聞こえてくるのはたまらないだろうなと思いました。それで、ぜひ360 Reality Audioを使わせてくださいという流れになりました。順番としては、先に曲があって、それを届ける戦略として360 Reality Audioを取り入れた感じです。
──コロナ禍によって、よりパーソナルに音楽やそのほかのエンタテインメントを楽しむ流れが強まりましたよね。ヘッドホンやイヤホンの需要が高まる中、そうした時代感を反映した表現のようにも感じました。
確かに、コロナ禍を経て新しい体験と出会えたという感覚もあります。自分も家で360 Reality Audioの曲をヘッドホンで聴いていると、音楽の楽しみ方が本当に変わってきたなと実感します。
映像とリンクした360 Reality Audio
──実際に「虹ノ湊」を360 Reality Audioの楽曲に仕上げていく過程のエピソードもお聞きしたいです。
最初に360 Reality Audioを使ったほかのアーティストさんの曲をいろいろ聴かせていただいたんですが、皆さんアプローチが全然違うんですよ。予想もしないような場所から音を出す人、迫力のある音源を作る人などさまざまで、じゃあばっしょーはどういうことをしたらいいのか、ということをすごく考えました。正解が何パターンもあるので、これでいいのかな?という判断にも苦労しましたね。
──最終的な落としどころはどのように決めたんですか?
映像とリンクさせるのが一番相性がいいのかなと思いました。実は今回、360 Reality Audioで2パターンの音源を作ったんですよ。配信で販売している音源と、MVで流れている音源は全然別もので。配信音源のほうは、メンバーの歌割りとダンスの動き、つまり歌と踊りをメインに音を構築しているんです。一方でMVのほうは、波の音やメンバーのはしゃいでいる声などの環境音をミックスしているので、完全に映像優先ですね。映像から聞こえてくる音をどう配置すればいいかと考えながら制作しました。
──音源はパフォーマンスを重視した、耳で聴くバーチャルライブ空間で、MVは映像とリンクしたサウンドスケープという感じだと。
そうです。MVの監督がメンバーのはしゃぐカットとか、波のカットとか、いろんなシーンを映像に入れてくれて。しかも、ちゃんとその音もロケ地の奄美大島で録ってきてくださったので、それをミックスしました。音源バージョンも面白いんですが、個人的にはMVバージョンができあがったときに、訴求力と没入感がハンパないなと思いましたね。
──なるほど。
音源バージョンのほうに関して言うと、メンバー6人で歌うということも360 Reality Audioに合っている気がしました。普通のステレオの2ミックスだと、その中で6人の声をうまく配置するんですが、360 Reality Audioは音の空間が360°あるし、曲の時間軸も考えながらメンバーの声の動きをたくさん作れるんです。そういう意味では、アイドルには向いているのかもしれないです。
──メンバーが前にいる、横にもいる、今度はあっちに移動したっていうのを音で表現できるわけですよね。
はい。今回、まさにそういうことをやってますね。
「虹ノ湊」ですべてがマッチングした
──「虹ノ湊」は王道のポップス要素が強い楽曲という話が先ほど出ましたが、改めて楽曲自体の制作の経緯を聞かせてください。
まずこの曲には、「OiSa」以降の和のテイストとダンスミュージックという路線からちょっと抜け出したものを作ろうというコンセプトがあったんです。ばっしょーがこれまでのストーリーから次のステップに向かう、切り替えのタイミングの楽曲というイメージですね。コロナが落ち着きを見せてきた中で、夏の九州でみんながブチ上がれる楽曲が欲しいという思いもありました。それで作詞作曲を福岡の宗像出身のRin音さんに、振付を今話題のyurinasiaさんが主宰するチームの10代の振付師・cocoroyenさんにお願いしたんです。メンバーと同世代の方たちととにかくフレッシュな楽曲を作ろうという考えがあって、MVもその雰囲気をそのまま丸かじりできるような映像を意識しました。衣装もヘアメイクもすべてが映像のパーツになっていて、MVの世界を作り上げることがゴールだと考えてこだわりました。
──MVは福岡の宗像と奄美大島の2カ所で撮影されたそうですね。
「OiSa」以降のMVには、ばっしょーが九州の素晴らしいスポットを紹介するというテーマがあるんです。今回、宗像の神湊(こうのみなと)という場所で撮影して、そこからワープしてリゾートである奄美大島に行くというストーリーを描きましたが、映像を通して奄美大島のきれいな海をお見せできたかなと思います。
──リアルな九州のスポット紹介でもありつつ、ちょっとファンタジー感もありますよね。
「虹ノ湊」というタイトルになったのは、Rin音さんがメンバーに対して虹のように明るい印象を持っていて、“虹”という文字をあててくれたからなんです。「虹ノ湊」という架空の名称を付けたところからも、ファンタジーの要素を感じてもらえたらいいなと思いました。本当に「虹ノ湊」は、メンバーの歌、Rin音さんの楽曲、cocoroyenさんの振付、、美しい奄美大島の海、そして360 Reality Audioのすべてが見事なマッチングを見せた作品になったと思います。
「OiSa」ロングヒットの影響は
──現在、ばっしょーのアイドルグループとしての見せ方としてはどんなことを意識していますか?
楽曲は、アイドルにあまり興味がない人にも聴いて楽しんでもらいたいという気持ちでいつも作っています。それをメンバーも理解して面白がってくれているんです。「虹ノ湊」のラップパートもそうですし、どんどん面白いことを率先してやってくれる。しかも、全部にいい感じでばっしょーの味が出るんですよ。ちょっとアーティストっぽさが出てきているのかなと感じることもあって、こちらとしても、いろんなものを用意し甲斐があります。
──そうした傾向が強まったのは、昨年「OiSa」がロングヒットし、アイドルファン以外にもばっしょーの音楽が届いたことも影響していますか?
まさにその通りですね。最初「OiSa」を発表しようとしたときは、みんな半信半疑というか、ここまで振り切って大丈夫?という思いがあったんですけど、いい結果を残せたことが制作サイドとメンバーの自信につながりました。それまでメンバーはニコニコして笑顔で歌うのが当たり前だったのに、楽曲の方向性に合わせて気持ちを切り替えてくれたんです。クールな表情や、システマティックな踊りに挑戦して、それをちゃんと自分の中に取り入れてくれた。そして多くの人に評価していただけたことで、メンバーにも「これでいいんだ!」って思ってもらえたのかなと。
──新しいばってん少女隊を印象付けるという意味で、「OiSa」の存在はとても大きかったですよね。
たくさんのアイドルグループがいる中で、これからばっしょーはどう進んでいくのかということをスタッフ陣でかなり話し込んで、ASPARAGUSの渡邊忍さんが考えて考えて出してくださった曲が「OiSa」でした。あのとき、忍さんの提案に乗っかってみたいなと思ったんですよね。忍さんはもともと言葉やメロディの強いタイプの作家さんで、短いフレーズでも印象を残せる方なんです。それをプロモートとしてUSENに乗せられたのもよかったかなと思います。
──最先端のテクノロジーとコラボしてきたことに関しては、どのような反響がありましたか?
ファンの方からもとてもいい反応をいただけましたし、ばっしょーの見せ方として、常に何か仕掛けを入れ込んでくるグループというブランディングもできたと思います。メンバーたちは普段は正面から撮られ慣れているし、VRで360°スキャンされたりするのは正直大変だと思うんですよ。でも、そういうことに対してもちゃんと前向きに挑戦してくれるんです。それが新しい時代のアイドルの形だと思うし、本人たちもいろんな経験を経て成長していってるんじゃないかと感じています。もしかしたら2、3年経ったら誰もがやるような当たり前の技術になっているかもしれないけど、早めのスタートダッシュをできたことが大きいかなと。もちろん、制作コストも含めてリスキーなこともいっぱいあるんですよ。でも、その経験を重ねていくことで、次のアウトプットでほかと違うことができるんだと思います。ほかがみんなやり始めた頃には、もっと高みを目指せるのかなって。
──この先もどんどん最先端技術を前のめりに取り込んでいくと。
そうですね。BATTEN Recordsのテクノロジーチームが、常に新しい技術に目を光らせています(笑)。ばっしょーが生かせそうなものは、ぜひコラボさせていただきたいという姿勢ですね。逆にばっしょーの音楽自体も、最新技術とコラボしても違和感ないようなレベルのものを作っていきたいと思っています。
──今後もばっしょーで360 Reality Audioの楽曲を制作してみたいという思いはありますか?
あります。本当は全曲やりたいくらいです(笑)。海外の大物アーティストも360 Reality Audioの楽曲をかなり出していますし、今後、音楽のスタンダードになりそうな気がするんですよね。音楽ってながら聴きしたり、BGM的な感覚で楽しんだりする印象が強いですけど、360 Reality Audioに関してはそれができない(笑)。音楽そのものを映画みたいに楽しむ感じなので、そうした新しい音楽体験を、まずは「虹ノ湊」を通じて皆さんに味わっていただきたいです。
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上田理子・希山愛・瀬田さくら インタビュー