映画監督でもある甫木元空(Vo)とピアニスト・菊池剛(Key)によるバンド・Bialystocksが、ポニーキャニオン内のレーベルIRORI Recordsよりメジャーデビューを果たした。
Bialystocksは2019年の結成以来、ライブ開催や楽曲リリースのみならず、甫木元が手がける映像作品の劇伴を制作するなど、多岐にわたる形でその音楽を世に届けてきた。音楽ナタリーではメジャー1stアルバム「Quicksand」のリリースを記念して、バンドの特集を展開。Bialystocksというバンドを読み解くための解説と、メンバー2人へのインタビューを通して彼らの本質に迫る。
取材・文 / 森朋之撮影 / 佐々木康太
映画監督×ジャズに精通したピアニスト
2019年に活動を開始し、2022年11月にポニーキャニオン内のレーベル・IRORI Recordsよりメジャー1stアルバム「Quicksand」をリリースしてデビューを果たすバンド・Bialystocks。彼らは何者なのか。そもそもの発端は、メンバーの甫木元空(Vo)が監督を務めた映画「はるねこ」での“生演奏上映”がきっかけだった。
メンバーは気鋭の映画作家としても知られるボーカリストと、ジャズシーンを中心に活動するピアニスト・菊池剛。2019年、甫木元が監督した映画「はるねこ」で結成されたBialystocksは映像と音楽、言葉と音を融合させ、現実と想像の境界線をゆったりと行き来しながら独創的かつ普遍的な表現を追求しているバンドだ。
Bialystocksの独自性を紐解くためには、まず、メンバー2人のキャリアと背景を説明する必要があるだろう。甫木元のクリエイターとしての起点は、多摩美術大学映像演劇学科在学中、同校の教授だった映画監督・青山真治との出会い。青山のもとで映画を学び、大根仁、橋口亮輔、山本政志などの助監督を務めた甫木元は、2016年に映画「はるねこ」で監督デビュー。“死んでしまった人とどう向き合うか”を根底のテーマに据え、甫木元自身が監督・脚本・音楽を手がけたこの作品は「第46回ロッテルダム国際映画祭」に招待されるなど、大きな注目を浴びた。そんな甫木元が「はるねこ」の劇中音楽を生演奏で披露するために結成したのがBialystocksだ。映画で描いた世界を音楽で表現するために白羽の矢が立ったのがピアニスト・菊池剛だった。
幼少期からピアノに親しんでいたという菊池が本格的に音楽を始めたきっかけは、19歳で経験したアメリカ・ニューヨークへの留学だ。本場のミュージシャンの演奏に触れ、ジャズを学ぶうちにその魅力にどっぷりとハマり、帰国後はジャズシーンを中心にピアニストとしての活動をスタートさせた。影響を受けたアーティストとして挙げているのはフランク・シナトラ、コール・ポーター、ジョージ・ガーシュウィンなど。20世紀中盤における、アメリカ音楽の黄金期を担ったシンガー、音楽家の系譜を受け継ぎながら、現代的なポピュラーミュージックに結び付けるセンスと技術こそが、菊池の真骨頂だろう。
映画と音楽の狭間で
音楽と映画という2つの表現方法を持つことに関して甫木元は「脳を切り替えているわけではなく、映画でしかできないこと、音楽でしかできないことがある」と語る。
「文字だけで伝えられるのなら、それでいい。なんとも言いようがない感情があって、それを表現したいときに、映画と音楽という手段があるという感じなんです。その2つの表現を行ったり来たりすることで、自然に影響し合ってるところはあると思うし、あえて分けようとはしていないですね」(甫木元)
映画と音楽の関係性に重きを置いた作風は、Bialystocksの楽曲の魅力にも通底している。例えば代表曲の1つ「Nevermore」。冒頭は「I don't wanna love you, my baby」というフレーズ、そして繊細に揺れるギターの音色で構成され、曲が進むにつれてドラム、ベース、ギター、オルガンの音色が追加されていく。序盤こそ抑制されていたバンドサウンドは少しずつ音の厚みを増し、サビに入ると同時に心地よい疾走感を生み出していく。さらにエモーショナルなギターソロを挟み、「どうでもいい事ばかりしがみつき あなたの涙に 気づけぬときには」というラインで感情が一気に解放されていく。まるで一遍のロードムービーを観ているような歌詞も鮮烈だ。
大本の幹から太い枝を生み出す感覚で
ここまで映画との関連性に紐付けて彼らの音楽に言及してきたが、Bialystocksは単独のアーティストとしても音源のリリースやワンマンライブを開催している。
お互いのデモ音源を持ち寄って、メロディがいいもの、弾き語りでも成立するものを選び、アイデアを交換しながら形にしていくBialystocksの制作スタイルは極めてオーソドックスな印象もあるが、完成した楽曲を聴けば、その圧倒的なオリジナリティに驚かされるはずだ。
既発曲の中でも極めて個性的なのが、2021年2月発売の1stフルアルバム「ビアリストックス」に収録された「I Don't Have a Pen」。ループ的なピアノのフレーズ、ラップを取り入れたメロディライン、さらに多彩なコーラスワークが絡み合い、ドラマティックに楽曲が展開していくこの構成は、J-POPの既存のフォーマットを超えた面白さと刺激にあふれている。「小鳥の歌が 朝を呼び チクタク 秒針で分身 震わせ」などイメージをカットアップするような歌詞を含め、このバンドの奔放な創作性が感じられる楽曲と言えるだろう。
ジャズ、R&B、現代音楽、シューゲイザーなど多様な音楽のエッセンスを自在に取り入れながら、表現の地平を広げ続けている彼ら。Bialystocksの音楽的な方向性は?という質問に対しては、こんな答えが返ってきた。
「人に『どんなバンドをやってるの?』と聞かれると返答に困るんです(笑)。そういうときは『歌モノのポップスだよ』と言ってます。ポップスは定義が広いし、なんでもやれるから」(菊池)
「ポップスという認識はありつつ、その中で自分たちができることを探しているというか。奇をてらっているわけではなくて、僕ら2人がそれぞれ持っているものをくっつけたり、外したりしながら作っている感覚ですね。その過程の中で生まれるちょっとした歪さが面白い。それが一緒にやっている意味なのかな」(甫木元)
さらに菊池は自身が敬愛するアーティストの名を挙げながら、自身が奏でる音楽についてこう語ってくれた。
「コール・ポーターやガーシュウィンの時代の音楽と今の音楽はつながっていると思っていて。もちろん音楽は時の流れとともにいろんな方向に枝分かれしてきていますが、その先端だけを意識するのではなくて。もっと大本の幹から太い枝を生み出す感覚で楽曲を作りたい」(菊池)
ノスタルジーと新しさが混ざり合うBialystocksの音楽
11月25日には甫木元の新作映画「はだかのゆめ」が公開され、30日にはBialystocksのメジャー1stアルバム「Quicksand」がリリースされる。筆者がこの2作品から強く感じたのは、“物事や感情は変わり続け、一瞬も止まっていない”ということだった。人生や日常の中で、ドラマティックに何かが変わるような出来事が起きることはほとんどない。しかし、一見何も変わらないように見える日々も同じ形はしておらず、何かかが少しずつ動いている。大事なのは、その小さな変化を感じ取り、時間の経過の中に存在する自分自身を肯定することなのだ、と。
最後に1つ。Bialystocksの音楽、甫木元の映画作品に触れていると、「ブリコラージュ」という言葉を思い出す。ブリコラージュとは、フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロースが著作「野生の思考」(1962年著。映画「シン・ウルトラマン」で主人公が読む本として話題になった書籍)で提示した概念で、簡単に説明すると「計画的に準備されていない、その場その場の限られた道具と材料を用いてものを作る手続き」を指す。まったく違う生い立ちと文化的背景を持つ甫木元と菊池がお互いに持っているものを合わせ、ノスタルジーと新しさが混ざり合うような音楽へと結び付けるプロセスはまさにブリコラージュそのものだと思うのだ。
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Bialystocksインタビュー