BOOM BOOM SATELLITES初のライブ映像ボックスセット「EXPERIENCED Memories Records ARCHIVES -Remastered-」が、川島道行(Vo, G)の8回目の命日である10月9日に発売された。
これは2007年から2013年にかけて発表された4作の映像作品を、現在はTHE SPELLBOUNDのメンバーとしても活躍している中野雅之(Programming, B)監修のもと最新のリマスタリングを施し、Blu-ray 4枚組としてひとまとめにしたもの。エレクトロニックミュージックとロックを融合させた音楽性で後世に多大な影響を与えた彼らのステージパフォーマンスの様子が、当時そのままの鮮烈なサウンドとともに記録されている。
これを受けて本稿では中野へのインタビューを実施。ボックスセットの収録映像をリマスタリングするうえで考えていたことや、当時のライブでの使用機材、そして時間が経って変わってきたというBOOM BOOM SATELLITESとの向き合い方など、さまざまな事柄について話してもらった。
取材・文 / 樋口靖幸(音楽と人)
僕の記憶の中にある「こんな音が鳴っていた」に近付けたかった
──まずは中野さんの近況から伺いますが、THE SPELLBOUNDのアルバム「Voyager」も無事リリースされまして。
おかげさまでアルバムの評判はいいです、はい。
──この記事が出る頃にはツアーも始まっています。
明日がリハの最終日で。今はその準備でバタバタしてますね。いろんなことが追いついてない感じです。
──ご自身のレーベルを立ち上げてから、ずっとそんな感じじゃないですか?
いろいろ不慣れなことが多くて。やっぱり……ミュージシャンだけやってたほうがいいですね(笑)。
──(笑)。でもそれじゃレーベルは成立しないですもんね。
そうなんですよ。ミュージシャンであると同時に、作品の品質管理みたいなこともやってるわけで。しかも至らないことが多く、周りの助けがあってどうにか成り立ってる感じですね。ただ、そうは言っても40代後半から、今まで自分がやり慣れてることだけで残りの人生を消化していくことよりも、新しいことに首を突っ込んで四苦八苦しながら生きるほうが学びも多いし、そういう経験を経て過去の自分を顧みることもできると思うんで。例えば今までの僕は感謝の気持ちが足りなかったなとか(笑)、そういうことに気付かないまま人生を終えてしまうより、知れてよかったなと思うことが多いですね。
──今回の作品にも同じことが言えるんじゃないかと。中野さんはリマスタリングという作業で関わっているわけですが、どんな思いがありましたか?
あの頃の記憶がもう一度よみがえるような体験をしてもらいたいと思って音作りをやりました。リスナーがこの作品に触れて「そういえばこんな時代だったんだ」ってハッとするような音の体験というか。
──自分でできる、というのが一番の理由かと思いますが、作業を人任せにしなかったのは?
僕の記憶の中にある「こんな音が鳴っていたよな」というものに近付けたかったからですね。僕が持っている印象というかイメージみたいなもの。実際、ひさしぶりに当時の映像と音源を観たり聴いたりして、「意外とこんな感じだったんだ」と思うところがあって。
──ステージで体感していたのと印象が違っていたと?
あくまでも僕の印象ではあるんだけど、「こんなはずだった」みたいな記憶。そっちに音を近付けたほうが、当時現場にいた人たちの記憶がハッキリとよみがえるんじゃないかと思って。
──記憶やイメージの共有みたいなことですね。
そうですね。そこに僕がやる意義があると思ったので、マスタリングエンジニアのオーディオ的な解釈でリマスタリングするよりも、音の体験としてはこっちだろうと。映像に関してもDVDからBlu-rayになったことでマスターのクオリティに近付くわけで、如実に変わってますから。
誰かに頼めば苦労はしないけど、やっぱり自分の作品は大切にしたい
──昔から中野さんはエンジニアリングを自分でやる人ですけど、もともと好きで始めたことなんですか?
もちろん好きな部分もあるんですけど、マスタリングとかトラックダウンにおけるイメージを他人と共有するのって、すごく難しいんですよ。頭の中で鳴ってる音をエンジニアに伝えて形にしてもらうのが。それは日本人だろうが海外の人だろうが、どんなエンジニアとやっても違うんですね。で、その違いをどれくらい許容できるか?っていう話なんだけど、僕の場合は自分でできちゃう知識も技術も一応あるんで、じゃあ自分でやるかっていう。
──そうやって仕事を増やすから、いつまで経ってもバタバタしてるんでしょうね(笑)。
そうですね(笑)。もちろん嫌いだったらできない作業なんで、性に合ってるんだとは思うけど、いつも大変な作業量になってしまう。例えば今回のTHE SPELLBOUNDの「Voyager」で説明すると、全部で14曲あるんですが、1つひとつを作曲してアレンジして演奏して、それをレコーディングして、そこから音のバランスをとってマスタリングしたものを聴き返して。しかも車で聴いたり部屋で聴いたりイヤフォンで聴いたりしながら修正していくんです。
──途方もないですね。
誰かに頼めばそんな苦労はしないわけだし、その分、別のクリエイティブに時間を割くことだってできると思うんですよ。それこそ今はAIを活用してどうにかなればと思いつつ、でもまだ僕の代わりにはならないみたいなんで(笑)。
──しかも今作は4枚もあるわけで、それを1人で作業するのは相当な労力だと思うんですが。
そうですね。でも、やっぱり自分の作品は大切にしたいし、僕たちがやってきたことをファンの人にこの先も大事に思ってほしいという気持ちが強いので。普通リマスターのボックスセットって、いかにもメーカーの企画って感じで、アーティスト不在のところで行われることがほとんどだと思うんです。でもやっぱりファンの人をがっかりさせたくないですし。しかもこの先、こういう企画があるかどうかわからないけど、そんなに機会はないだろうし。
自分で言うのも変だけど、どうしてできたんだろう?(笑)
──視聴して、中野さんが今言われたような思いが感じられる作品だと思いました。まず、音が以前のDVD作品と違っていて。しかも音のバランスが今のお話の通り、中野さんの意図を感じられるバランスになっているのを実感しました。バスドラの音の厚みとか、ボーカルの臨場感とか、曲によって主張しているところがあって。
そうかもしれない。それぞれの曲の大事なところで、自分なりにエンハンスしてる箇所はあると思います。で、そうやって音をいじる行為って、いわゆるDTMを始めた頃からずっとやってきたことなんですよ。最初は宅録っていうかホームレコーディングで、それこそ中学生の頃、カセットテープでマルチトラック録音がやりたくて。
──ピンポン録音ですね。ラジカセで録った音を何回も重ねていく原始的な方法。
最初はピンポン録音で、そこからお金かき集めてMTRを買って、マルチトラックの録音をやり始めて。で、今やってることもその延長なんですよ。もちろんピンポン録音からどんどん制作環境は変化していって、時代とともに扱えるオーディオのフォーマットも進化したし、コンピューターの処理能力も上がったことで作業範囲も劇的に広くなって。そういうことを始めてかれこれ40年経ったわけですけど……って、今自分で言って驚いてるんですが(笑)。
──(笑)。自分の意図通りに音に手を加える作業が、当たり前になっていったと。
そう。だから今回の作品も、「本当はこういう音で聴かせたかったんだよな」っていうのを、これだけのボリュームがあってもやろうとするんでしょうね。
──ちなみにその作業って素人でもわかる範囲で説明できますか?
まずは製品としてマスタリングされた状態の音源データを取り出すことから始めて。で、1本のライブの中でも「この曲はバランスがいいな」とか「この曲ってこうだっけ?」とか自分の記憶と擦り合わせながら、1曲ずつ調整していくんですよ。例えば1本のライブで15曲あったら、すべての曲が僕のイメージするバランスになるように調整していく。ステレオのイメージだったりサウンドの量感とかエア感みたいなものから、ボーカルの定位感や全体的なラウドネス(音の大きさ)まで調整して……っていうのを2時間近くあるライブ4本分やるんですけど。
──果てのない作業ですね。
しかもその作業を「Voyager」の制作と並行してやってて……自分で言うのも変だけど、どうしてできたんだろう?(笑)