今この時代にアジアで生きているということ
──本作のアートワークについても伺わせてください。同郷北海道の美術家である故・因藤壽さんの「麦ふみ」という作品がレイアウトされた鮮烈なジャケットです。この絵を使うに至った経緯は?
実は、初めて見た彼の作品はこの「麦ふみ」ではなくて、黒い絵の具で日々延々とキャンバスを塗りつぶした作品だったんです。それにすごく感動して。ただ真っ黒なように見えて、積み重ねによって表面に凹凸が現れていて、光を反射しててらてらと光ったりする部分もあって……。僕は美術に詳しくないんですけど、単純に心打たれてしまったんです。で、いろいろと調べてみたらなんと僕と同じ稚内の生まれだった。
──そうだったんですね。
僕ら自身、音楽的なルーツは欧米のものにあるなと自覚しているんですけど、今回はそれだけじゃなくて、「今アジアにおいて生きる」ということもテーマとして取り入れたいなと考えていたんです。西洋風の架空の街を舞台にしたとある時代の物語……とかではなくて。だから、一般的には有名でないにせよ、実際に日本国内で素晴らしい活動を行っている芸術家の方々にもとても興味があったんです。
──それは「日本第一主義」みたいなものとも違って。
そう。あくまで、聴いた人に日本で生活している自分と同じような姿の人物像を豊かに想像してほしいなと思っていて。かといってありのままを単純かつリアルに描くんじゃなくて、今の時代の中でアジアに生きているということ自体が美しく映るような表現をしたいな、と。おそらくこれは、僕らの音楽において今後ずっと裏面的に流れるテーマになるだろうなと思っているんです。話が逸れてしまいましたが、そんなことを考えている中で知ったのが因藤さんの作品でした。
──この「麦ふみ」という作品、画風としては無機的で抽象的な感じだけど、タイトルはそれこそ日常の営みを思わせる。さっきの黒塗り絵画の話にも通じると思うんですけど、日常として何かを続けていくというアルバムのテーマとつながっていきますよね。
はい。でも実は、この絵から読み取れるそういうテーマも、アルバムを作り終えられたあとにちゃんと認識したものなんです。彼の絵の権利を所有しているアトリエの方に連絡を取って、いろいろカタログを見せてもらったりしたんですけど、一面塗りつぶしの作品やこの「麦ふみ」とも違ったストリートアート的な作風のものもあって、それも候補だったんです。自分の牙が発達しすぎてそれが脳に突き刺さって絶滅してしまったという生物を描いたもの。どうやら彼の作品にはおしなべて「継続」ということがテーマになっているみたいで。それを知ったうえで彼の絵を使いたいと思ったわけではないので、すごく不思議な運命を感じました。
──作品性そのものの共振というレベルでもそうだし、ツアーが中止になるという大変な状況の中でも大規模な配信ライブをやったり、アルバムを控えながら新曲「かけあがって」を急遽配信リリースしたり、物理的にバンド活動を続けることが制限されてしまっている中にあって「でも続けていくんだ」っていうバンドの強い意思とも重なっているような気もします。
そうかもしれないですね。
悲痛ではあるけれど、別の形にチェンジする好機
──今、音楽業界全体にとって厳しいこの状況をどう捉えているか、あるいはどうしていくべきかなど、考えていることがあれば教えてください。
僕ら自身、確かに生活面ではいろいろな不便を感じているんですけど、こと音楽に関しては不便を感じていなくて。もちろん、お客さんの顔を見れない寂しさはあります。けれど、寂しさと不便は違うなと思っていて。このアルバムも当初の予定からだいぶリリースが後ろ倒しになってしまって確かに悲しいけれど、それはあくまで各論的な話であって、今音楽を取り巻く状況が絶望的だと思ったことはないです。だから今の業界的混乱も、屈服して乗り越えるべきものというよりは、僕らみたいな音楽の楽しみ方をしている人間にとって、誤解を恐れずに言うならある種のチャンスのような気もしていて。なんというか、自分たちも含めてだと思うんですが、日本の中だけでいびつに大きくなりすぎてしまった音楽産業自体が、悲痛ではあるけれど、別の形にチェンジする好機というか……。もちろん、既存のシステムの恩恵に預かってきた部分も実際にはあるし、すごく複雑な気持ちなんですけど。
──確かに、なんとなく続いてきた業界的慣習の歪んだ部分が、これを機に明るみに出てきている印象があります。
レーベル、事務所、現場周りのスタッフの体制や関係性とか、いろんなものが更新されようとしているのを感じますね。僕もメンバーももともと業界の環境に不満を募らせているタイプなので、そのあたりは敏感に感じますね。居心地がいいとは1回も思ったことがないですから、この業界に対して(笑)。だからこそ、変わっていってほしいし、僕ら自身も変わっていかなくちゃいけないなと強く思っています。
──そういう意味で、実績とキャリアのあるBBHFが、なんとか自分たちの環境を築き上げながらこういう挑戦的な作品を出すこと自体、それこそ兼業専業問わずこれからも音楽を続けようとしている人たちへ強く勇気を与えるように思います。
もしそう思ってくれる人がいたらすごくうれしいですね。
──最後の質問です。今作のアルバムタイトル「BBHF1」ですが、「1」がつくことで第1章の幕開けであるように捉えられるなと思いました。ということは、次は「南下する青年」のその後の物語を「2」として作っていくんでしょうか?
そうですね。「1」というタイトルはバンドにとっての再スタートのアルバムであるという意味もあるんですが、ナンバリング自体はぜひ続けていきたいと思っています。でも、並行してそこから外れたものもやれたらいいなと思っていて。というか、僕の後ろで今メンバーが作っているものがまさにそこから外れたものになりそうですし(笑)。誰か特定のメンバーが主導して作る作品があっても面白いなとか、いろいろなアイデアがあります。
ライブ情報
- BBHF LIVE STREAMING -YOUNG MAN GOES SOUTH-
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配信日時:2020年10月25日(日)19:30〜