ナタリー PowerPush - 「BALLOOM BEST」
とくPが見つめたボカロシーンの6年間
「商売になる?」という感触をつかんだ2010年
──2010年には“とくP”としての活動はどのような感じになっていましたか?
2010年は「ARiA」を作った時期ですね。その頃はSEGAさんの「ミクの日感謝祭」だったり、いろいろなイベントが開かれて拡大していった記憶があります。そこに自分も選ばれたりして、それはやっぱりうれしかったです。
──2009年からスタートした「ミクフェス」が規模を拡大したり、米津玄師さんがハチ名義で再生数を伸ばして人気になってカラオケランキングの上位に登場したり、音楽業界からしてもボーカロイドの市場が見逃せないほどの大きさになっていったのがこの頃だったのではないかと思います。
そうですね。その頃から、日本の音楽市場はヤバいなっていうことをよく聞くようになりましたね(笑)。
──とくPさんはほかのボカロクリエイターと違って、もともと音楽業界の側からムーブメントを見ていた人間だったわけですからね。
僕は「このシーンはもっと大きくなるだろう」と思ってました。でも、かたくなにそれを受け入れない音楽業界側の人間もやっぱりいて。僕自身、周りの人間に「ボカロもやったほうがいいですよ、みんな」と呑みの席で言ってたりしましたね。
──僕自身、それまではロックバンドやシンガーソングライターの取材をすることがほとんどだったんですが、2010年あたりがようやく「これはバンド側の人たちがニコ動や同人音楽やボカロに心を閉ざしてちゃダメだ」みたいなことを思い始めた頃で。周囲にもそういう人が増えてきた実感はありました。
そうですね、2010年が、ちょうど僕もわりと真面目に同人音楽と向きあうようになった頃でした。というか、CDをプレスして作り出して、コミケにも初めて自分で申し込んだのが2010年頃だったんです。自分が初めてブースを出したときって、「どれくらいの人が来てくれるのかな?」って正直思うじゃないですか。でも、「こんなに列ができるんだ」って感動したし、そこから「これはやっぱり商売になるのかもしれない」って思った部分もあって。
──そこで感じたインパクトは大きかった。
そもそもあんなに暑いときや、寒い中に来てくれる人がたくさんいるわけですからね。「お客さんがちゃんといる」って思えたのがコミケに参加してからで、それがやっぱりBALLOOMを立ち上げる後押しになったと思います。実際、即売会のような場所に行かないと、このシーンって全然見えないと思うんです。そこに自分が飛び込んで「こんなに人が集まるんだ」っていうのを知って、そこで初めて「やれる」という感触をつかんだ気はしますね、それが2010年頃のことで、それが2011年のBALLOOMの発足につながっていった気がします。
「厨二」的な楽曲がより多くなってきた2011年
──2011年の3月にBALLOOMを立ち上げて、そこからの1年っていうのはどう捉えていますか?
当初は「1カ月ないし2カ月ごとに1枚ずつ出せたらいいね」みたいな話をしてたんですけど、まあ無理でした(笑)。でも、3月5日に立ち上げたんですが、いきなり震災があったんですよね。ちょうどその翌日から古川本舗のレコーディングだったんですけど、「どうする?」みたいなことも。
──BALLOOMでは、まずwowakaさんが5月に「アンハッピーリフレイン」をリリースしています。彼が最初のリリースになったのはどういう経緯で?
「曲がすでにちゃんとあった」っていうのもありますが……、ぶっちゃけ、皆さんにお声がけしていって、「ストックどのくらいあります?」みたいな話をするんですよ。そうしたら「一番出るの早そうなのwowakaくんじゃない?」みたいな話もあったり(笑)。でも、やっぱり独自の世界観がしっかりしているっていうのが一番だったと思います。
──それはシンプルな理由ですね。
OSTER projectの場合は「ビッグバンドがやりたい」っていうのがあって「これはレコーディングまでの準備も時間かかりそうだな」とか、アゴアニキは「締め切り守んなさそうだな」とか(笑)、すこっぷくんはイラストやジャケットまわりを豪華にしたいとか。米津氏は米津氏で「全部自分でやるんでそこそこ時間かかりますよ」って最初から言われてたし。
──もっとリリース点数を多くする予定もあったんでしょうか。
最初の予定では「1年以内に1人1枚出す!」みたいなことを考えてたんですけど。まったく回らなかった(笑)。それはクリエイター主導のレーベルだから仕方のないことでもありましたけれど。
──ボカロ史的には、2011年はどういう年だったと思いますか? 黒うさPさんの「千本桜」や、じん(自然の敵P)さんが登場してきた頃ですけれども。
ちょっと毛色の違うものが出てきたという感じはしていましたね。ここまでファンが熱狂的になるクリエイターがいるんだ、って。最初からCDのパッケージがカッコよかったり、動画やデザインのクオリティが一気に上がった。それが2011年だったかと思います。アニメーションも、CDジャケットにしてもWEBサイトにしても、カッコいいものがどんどん増えていった。
──楽曲の方向性についてはどうでしょう? どういうものが多かった感じでしょうか。
ボカロの楽曲に関していうと、ポップスというか「厨二」的な楽曲がより多くなってきたかなっていうのはすごく思ってました。そういう流れとは、BALLOOMは作っていく路線が違うという気はしてましたね。だから、これは別に追わなくてもいいかなという部分もあって、どちらかというとクリエイターのカラーを前面に出すほうをBALLOOMでは推していきたいなって思ってたところですね。
BALLOOMはクリエイターの「やりたいこと」を優先した
──2011年から2012年にかけては、米津玄師さんが自分の声で歌ったアルバムを出したり、ナノウさんも弾き語りのカバー作を出したり、BALLOOMのアーティストがボーカロイドにこだわらず自分の世界観を追求していっています。そういった展開はどういうふうに決まっていったんでしょうか?
もともと自分で歌えるシンガーソングライターが多いので、「やりたいことは何か」を追求した結果、自分で歌うことを選ぶ人も多かったんです。やっぱり自分のクリエイター名義で作品を出していくっていうことは、実は当初からやってたり、やりたかったことなので、そこからの相乗効果で、続けて出したいものを作れるとなれば、「じゃあこれがやりたい」っていう流れになるのは、必然的なところだったんじゃないかと思います。
──BALLOOMのレーベルカラーとして、ボーカロイドを使うということにそこまでこだわりはなかった?
まったくないですね。クリエイターが作りたいものを作るのがベストだと思ってます。一番初めはwowakaくんが初音ミクを使った作品を出しましたけど、それも「今あなたができるものでベストなものを出したらいいと思いますよ」っていうようなことだった。レーベル側からのオファーではなく、あくまでやりたいことを持ち寄るところから始まっているので。
──クリエイターのやりたいことを実現するレーベルなんですね。
僕らが「これ入れたほうがいいよ」とか、そういうことはまったくない。だから逆に言うとBALLOOMに参加するのであれば、クリエイター主導でやれるんじゃないと難しいですね。
──米津玄師さんや古川本舗さんのように、BALLOOM以外のレーベルから作品をリリースするアーティストも登場しましたが、その経緯は?
BALLOOMって、専属契約はまったく考えてなかったんです。「参加」という形で、一切縛らず、出て行きたいときに出て行ってもらってかまわないし、出したいときに出しましょうっていうスタンスだった。個人的には「専属契約しなかったのは、ちょっともったいなかったな」みたいに思ったりもするんですけど(笑)。それはまあ、今となってはナンセンス。
──ですよね?(笑)
でも、これはこれでBALLOOMのスタンスとして持っていてよかったなって思ってますね。みんな、行きたい方向に行くだろうなって。間違いなく、今後もいい音楽を作り続けるメンバーなので、契約や流通のことを知る、そういう勉強の場にもなったらいいなっていう考えもありました。
DISC 1
- アンハッピーリフレイン / wowaka
- 裏表ラバーズ / wowaka
- 日常と地球の額縁 / wowaka
- ソレカラ / ナノウ
- ゴシップ / OSTER“BIG BAND”project
- ダブルラリアット / アゴアニキ
- わすれんぼう / アゴアニキ
- パラダイス明晰夢 / アゴアニキ
- ドミノ倒シ / すこっぷ
- 嘘つきの世界 / すこっぷ
- 指切り / すこっぷ
- SPiCa / とく
DISC 2
- ムーンサイドへようこそ feat.ちびた / 古川本舗
- 三月は夜の底 feat.花近 / 古川本舗
- グリグリメガネと月光蟲 feat.クワガタP / 古川本舗
- 青空の日 / ナノウ
- 文学少年の憂鬱 (UNSUNG ver) / ナノウ
- ミラクルペイント feat.野宮あゆみ / OSTER“BIG BAND”project
- ピアノ×フォルテ×スキャンダル feat.ウサコ / OSTER“BIG BAND”project
- ゴーゴー幽霊船 / 米津玄師
- 駄菓子屋商売 / 米津玄師
- 乾涸びたバスひとつ / 米津玄師
- Butterfly feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
- Arrow of Love -ReACT- feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
とく
ボーカロイドを使った自作曲をニコニコ動画に投稿しているボカロP。作曲家やマニピュレーターとしてアンジェラ・アキなど数多くのアーティストに楽曲を提供するプロミュージシャンでもある。ミリオン再生を記録した2009年発表の「SPiCa」や、制作に関わったサークルメンバー全員がプロということで圧倒的なクオリティが話題になった「ARiA」などが代表作。ボカロ曲を中心にオリジナル曲を制作する同人サークル・へっどほんトーキョーや、メイリアとのユニット・GARNiDELiAとしても活動している。2010年末には古川本舗、ハチ(米津玄師)、wowakaとプロデュースユニット・estlaboを結成し、翌年春放送のアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のエンディングテーマ「secret base ~君がくれたもの~」を制作。その後、ニコニコ動画で人気を集める音楽クリエイターたちとともにインターネット発のレーベル、BALLOOMを発足させた。