ナタリー PowerPush - 「BALLOOM BEST」

とくPが見つめたボカロシーンの6年間

クリエイターに光が当たるようになった2008年

──2008年は、supercellのryoさんやlivetuneのkzさんのように、今も第一線で活躍されているクリエイターの方がメジャーレーベルから作品を出し始めた頃ですよね。それまではアマチュアの遊び場だったのが、そこから商業に展開するようになった。

2008年の夏コミ、冬コミあたりが、2007年に活動を始めた重鎮たちの“嵐”が起きたときですよね。

──そのあたり、今になって振り返ってみるとどうですか?

いやあ、先見の明があったんだなって思います。そこでアンテナを張っていた人たちがたくさんいた。そのあたりのクリエイターが今に至る礎を作って、そこに礼儀を持って続いたのが、僕らのような2008年、2009年のクリエイターだと思っているので。

──というと?

とく

やっぱり、僕らにとっては、ryoさんやkzさんのスタンスを見せてもらったことでがんばれた部分もあって。彼らは二次創作も当たり前のように許すわけじゃないですか。それまで僕がやっていた音楽業界のお仕事の立場から言うと、二次創作っていうのはあり得ない話だったんですよ。でもそれをベースに楽しむという部分が理解できた。そして、それがちゃんとお金に結びつくということも実現していった。

──あくまで初音ミクのキャラクターソング的な楽曲が多かった2007年の最初期から、ボカロPというクリエイターの存在にスポットがあたるようになっていったのが、その頃だったと思います。

そうですね。クリエイターのカラーを出していく方向に変わっていったんですよね。自分の作風で曲を作って、それを「featuring 初音ミク」という形で発表する。初音ミクやボーカロイドのファンと自分の音楽のファンとが一致するポイントが見えたっていうのがすごく革新的だと思ってました。1つのアイコンがあって、そこに集まる人たちに注目してもらえるという。それはryoさんやkzさんのように自分のカラーで曲を作り続けたクリエイターに感化されて始まったことなのかなと思います。

──考えてみれば、一般的な歌手やアイドルに作曲家が楽曲を提供したときって、「作曲家 featuring ○○」という形にはならないケースがほとんどですよね。その歌手の名義の曲として世に出るわけで。そう考えると、ボーカロイドのカルチャーはそことは大きく違う。

ちょうど「みくみくにしてあげる」をカラオケに載せるとき、JASRAC登録するときに「どうすんの?」みたいな問題があったじゃないですか。あの頃から「自分の名前+featuring 初音ミク」っていう形が定着したんだと思います。

──そのこともあり、ボーカロイドはそもそもクリエイターに光があたるカルチャーになっている。

そもそも、初音ミクを扱うクリエイター1人ひとりが、全然違う方向性を持ってますからね。イラストにしてもそうですけれど、同じ初音ミクがどこにもいない。幅広くいろんなミクがいる。これは本当にすごいことだと思ってました。

プロもアマチュアも関係ない場所だった

──2009年には、とくPさんご自身もニコニコ動画に初のボーカロイド楽曲「COLOR」を投稿しています。

そうですね、2009年の5月、ゴールデンウイークだったと思います。

──その頃はニコニコ動画とボーカロイドのシーンをどう捉えていましたか?

やっぱり、supercellの「メルト」がすごい衝撃的だったんですよ、あの曲を最初に聴いて、僕自身ピアノロックが大好きだったっていうのもあって、なんかやりたいと思った部分はあります。

とく

──最初はシンプルな動機だった。

そう。僕あんまりニコニコに詳しくなかったんで、「誰か初音ミクの絵を描ける人いない?」ってmixiで同級生に聞いたんです。そうしたら、高校のときの同級生が「実は私、イラストレーターなんです」ってカミングアウトしてきて。「どんなの描くんですか?」「実は高校3年からコミケずっと出てます」「そうだったんだ! 知らんかったわー」みたいな(笑)。

──それでイラストも用意できたんですね。

そう。「じゃあ、ちょっと描いてみて」っお願いして、「いいじゃんいいじゃん!」って意気投合して投稿したのが最初の「COLOR」という曲だったんです。

──当時、ニコニコ動画でプロのミュージシャンが本気で勝負するという風潮はあまりなかったように思うんですが、そのあたりはどう向き合ってました?

僕自身、本気で勝負するつもりなんてまったくなかったですからね。とりあえずやってみました、っていうくらいでした。で、その当時はTwitterも広まってきていたし、ネット上で知り合った友達も多くなってきていたんですよ。だから僕が「ボカロ曲作ります」っていったら「おお、マジか!」みたいに応援してくれる流れになって。ただ、「プロとかどうでもいいんだよ」って言って投稿したのに、5分後には「プロだ」って書かれてた(笑)。

──ははは!(笑) あっという間にバレたってことですね。

でも、僕の場合はそこまで叩かれなかった気がします。僕もそれを危惧してたんですけれど、「いいじゃん、プロがんばれよ」みたいなコメントがいっぱい来た。実は、僕の友達のアレンジャーも名前を隠して投稿していたりはしたんです。でも、再生数が伸びずに苦戦してた人も多かった。だから僕の曲が伸びるとは思ってなかったんですけど。

──その当時すでに、アマチュアだろうがプロだろうが、クオリティには差がないという感覚があった。

そう。フラットに見てくれてるというか、もう関係ないんだなっていうのをかんじました。友達は僕より稼いでるアレンジャーだったりとかするんで、「なんだこの差は!」みたいに悔しがってましたけど(笑)。ユーザーの音楽感度が高いというか、欲しいものにはすごく集中して応援してくれるし、メジャーな音楽チャートとは別のランキング的なものがこの中にはあるんじゃないかっていうのはすごく感じましたね。そこからいろんなものを聴いてのめり込みだしました。だから、当時に知り合った奴らとは「やってよかった」みたいなことを、今も話してますね。

2009年はクリエイターのハードルが高くなった1年

──BALLOOMのクリエイターは2009年に投稿し始めた人が多いということですが、その特徴や時代感、世代感というのはどういった感じでしょうか?

BALLOOMのメンバーって、呼びかけたときにはもう自分のカラーが決まってるんですよ。サウンドの個性や自分の音楽的な方向性を形にできるメンバーばっかりだったんです。逆に言うと、そこまでできないとBALLOOMには入れたくないっていうコンセプトがあって。だから、2009年には「どんな音楽をやりたい」とか「音楽で食っていきたい」とかはっきり言える人たちが集まっていたと思いますね。

──ボーカロイドを使うことで自分の世界観を表現できるということに自覚的な人たちである、という。

そうですね。あと、けっこうみんな歌えるんですよね。シンガーソングライターでもある人たちが多くて。wowakaくんも今はヒトリエというバンドをやってますし、古川本舗も弾き語りやりますし、ナノウくんもそう。歌うことのできる人が本当に多い。

──Lyu:Lyu:としても活動しているナノウさんのように、バンドと並行しながらボカロPとして活動するミュージシャンも増えてきた。

そう。それに、その頃から動画のクオリティも高くなってきたと思いますね。だんだん一枚絵ではなくなった。動画に凝ったり、PVとして楽しめるようなものになってきた。クリエイターのハードルが高くなった1年でもあったのかなって。そのとっかかりが2009年だったと思います。

V.A.「BALLOOM BEST」2013年9月25日発売 [CD2枚組] 2800円 / BALLOOM / DGLA-10017~8
V.A.「BALLOOM BEST」
DISC 1
  1. アンハッピーリフレイン / wowaka
  2. 裏表ラバーズ / wowaka
  3. 日常と地球の額縁 / wowaka
  4. ソレカラ / ナノウ
  5. ゴシップ / OSTER“BIG BAND”project
  6. ダブルラリアット / アゴアニキ
  7. わすれんぼう / アゴアニキ
  8. パラダイス明晰夢 / アゴアニキ
  9. ドミノ倒シ / すこっぷ
  10. 嘘つきの世界 / すこっぷ
  11. 指切り / すこっぷ
  12. SPiCa / とく
DISC 2
  1. ムーンサイドへようこそ feat.ちびた / 古川本舗
  2. 三月は夜の底 feat.花近 / 古川本舗
  3. グリグリメガネと月光蟲 feat.クワガタP / 古川本舗
  4. 青空の日 / ナノウ
  5. 文学少年の憂鬱 (UNSUNG ver) / ナノウ
  6. ミラクルペイント feat.野宮あゆみ / OSTER“BIG BAND”project
  7. ピアノ×フォルテ×スキャンダル feat.ウサコ / OSTER“BIG BAND”project
  8. ゴーゴー幽霊船 / 米津玄師
  9. 駄菓子屋商売 / 米津玄師
  10. 乾涸びたバスひとつ / 米津玄師
  11. Butterfly feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
  12. Arrow of Love -ReACT- feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
とく

ボーカロイドを使った自作曲をニコニコ動画に投稿しているボカロP。作曲家やマニピュレーターとしてアンジェラ・アキなど数多くのアーティストに楽曲を提供するプロミュージシャンでもある。ミリオン再生を記録した2009年発表の「SPiCa」や、制作に関わったサークルメンバー全員がプロということで圧倒的なクオリティが話題になった「ARiA」などが代表作。ボカロ曲を中心にオリジナル曲を制作する同人サークル・へっどほんトーキョーや、メイリアとのユニット・GARNiDELiAとしても活動している。2010年末には古川本舗、ハチ(米津玄師)、wowakaとプロデュースユニット・estlaboを結成し、翌年春放送のアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のエンディングテーマ「secret base ~君がくれたもの~」を制作。その後、ニコニコ動画で人気を集める音楽クリエイターたちとともにインターネット発のレーベル、BALLOOMを発足させた。