ナタリー PowerPush - 「BALLOOM BEST」
とくPが見つめたボカロシーンの6年間
インターネット発のレーベル、BALLOOMの集大成となるベストアルバム「BALLOOM BEST」がリリースされた。
ニコニコ動画で人気を集める音楽クリエイターたちが集まり2011年に発足したこのレーベル。「ボーカロイド盤」と「ボーカリスト盤」の2枚からなるアルバムには、米津玄師、古川本舗、ナノウ、wowakaら参加クリエイターの代表曲24曲が収録される。
ナタリーではベストアルバムのリリースを記念し、レーベルの立役者・とくPへのインタビューを実施。BALLOOMについてだけでなく、ボーカロイドシーン全体の歴史についても語ってもらった。
取材・文 / 柴那典 撮影 / 上山陽介
世の中が動くかもしれないっていう希望があった
──まず、今レーベルの集大成的なアルバムを出そうと思ったのは?
まず、「第1期」としてまとめるならば今だと思ったというのはありますね。企画する側の僕以外の7人のクリエイターがBALLOOMからアルバムを出して、2枚目や3枚目を出したり、古川本舗、米津玄師のように、外からリリースする人も出てきた。いわば一巡したようなタイミングで。
──BALLOOMというレーベルの立ち上げから2年半が経ち、クリエイターの名前がシーンに浸透してきたいう背景もありましたか?
レーベルのクリエイター陣は「2009年組」のボカロPを中心とした集まりなので、そこに影響を受けた今のボカロPが増えてきたというのもありますね。もちろん「第1期」が終わってこのあとが続かないわけじゃないんですけども、ここらへんで1つのマイルストーンを示したほうがいいかなって思いはあります。
──BALLOOMというレーベルのスタートは、2011年3月のことでしたよね。その当時にはどんな思いやビジョンがあったんでしょうか?
当時はちょうどEXIT TUNESさんのようなレーベルからいろんなボーカロイド楽曲のコンピレーションが出ている頃だったんですね。そういうコンピレーションだと、曲を預けたあとのアウトプットの部分でクリエイターが作品に関わることがなかなかできない。どうやってお店に並ぶのか、どこまで自分たち主導でやれるのかを知りたいと周りの人とよく話していて。そんな思いもあって、レーベルを作ってみようかっていう話になったのが最初ですね。
──その時点で集まったクリエイターは、全員プロとして活動していく意思を持った方々だった?
たぶん全員、音楽で食っていきたいし、そのためにはどうしたらいいかを自分で考えるタイプのクリエイターでした。そこまで考える人じゃないとやっていけないと思ったし、こちらからもそういう人を選んで声をかけたので。
──2011年頃には数々のボカロPがメジャーデビューしましたよね。そことは違う動きとしての意味を持った挑戦だった?
クリエイター主導でどこまでやれるかということが考えにあったというか。例えば自分の作品をどの店に置きたいというところまで言える環境を作りたかった。それが大きいレコード会社では難しかったけれど、BALLOOMでできたことなんじゃないかなと思います。
──BALLOOMのようなレーベルがあったことで、ボーカロイドのシーンやクリエイターの才能が、より広く世の中に伝わったということも大きかったと思います。
この動きを世の中に打ち出していくにはBALLOOMというレーベルの形を作ったほうが浸透しやすいという考えもありましたね。当時から、全員かなりの再生数は持っていたんです。ただ、クリエイターが単発でメジャーからリリースしたとしても、パワー不足かもしれないと思っていた。同人音楽やニコニコ動画というメディアの中で起こっていることを、いかに音楽市場に届けるか。どうやって橋渡しをしたらいいかという思いはすごくありました。これだけのクリエイターが一堂に集まれば、世の中が動くかもしれないっていう思いはありましたからね。
初音ミクとニコ動が登場して、2007年に環境が揃った
──ここからは、BALLOOMの立ち上げからさらにさかのぼって、とくさんが見てきたボーカロイドシーンの歴史を振り返って語っていただこうと思います。まず初音ミクが発売されたのが2007年8月ですが、その頃にはすでに本名の阿部尚徳名義でプロの作曲家・編曲家として活躍されていたわけですよね。
当時その頃ですと、アンジェラ・アキ、RAG FAIR、植村花菜、Superfly、DIR EN GREYほか、さまざまなアーティストの楽曲に参加している頃ですね。
──ボーカロイドを知ったとき、その第一印象はどうでした?
楽器の雑誌はよく見てたので、YAMAHAがボーカロイドを開発したという話自体は知ってたんです。初音ミクやKAITOの広告も見ていたと思います。でも、今みたいに「このシーンでやっていこう」って気持ちはまったくなかったですね。当時、二次元的なイラストって僕は苦手だったんですよ。そういう文化も、同人音楽の存在自体もあまり知らなくて。今振り返ると「まさかこうなるとは!?」って感じですけれど(笑)。
──ボーカロイドの技術はそもそもはシンセサイザーの延長線上で開発されたものだったわけですよね。でも、シンセやDTMをプロとして使ってた方で、登場した当時の「初音ミク」に熱狂していた方は少なかったのではないかと思います。
僕もマニピュレーターのお仕事はしていたので、シンセの1つとして知っといたほうがいいのかなっていうくらいでした。シンセで歌声を作ることができるということで、創作の可能性が広がってきたんだなとは思ったんですが、その当時は、それを使って音楽をやろうとはまったく思ってなかったです。
──とくさんが初めてニコニコ動画を知ったときは、どんな印象がありましたか?
うーん……まあ、「怖いな」っていうのが第一印象でした。「なんか叩かれたり、独自文化の怖い場所だなあ」みたいな。そこでは素人が自分で動画を公開して、反響を集めることができるわけじゃないですか。恐ろしい文化があるなって思いましたね。でも伸びてる楽曲はすごくクオリティも高いし、なんとなく新しい音楽の場所としての可能性はあるんじゃないかっていうのは思いました。
──BALLOOMのクリエイター陣の中ではOSTER projectさんが2007年夏、ボカロの最初期から曲を発表されてますよね。その頃のシーンは、今振り返るとどんな感じだったんでしょうか。
今になってみると、当時は同人音楽をかじってたり、ネットで楽曲を公開していた人たちが、muzieなどのサイトからニコ動に流れてきた部分もあったんだと思います。bakerさんのようにネットカルチャーに近いところの人たちの音楽的なアンテナが高かったんだと思います。でも、どっちかというとプロミュージシャンの側の人たちの反応は、「はあ? 何それ?」みたいな感じでしたね。
──あくまでアマチュアのシーンだった。
もちろん、アマチュアのDTMのユーザーがたくさんいるのは知っていました。90年代からMIDI文化も広まっていたし、2000年代初頭にJASRACの施策でネットにファイルを上げられなくなった歴史も知っているので。その人たちがやっと公開できる場所ができあがったんだなっていうことは、今思えば感じます。初音ミクとニコ動が登場して、2007年に環境が揃ったんだなっていう。
──確かに、そもそも最初のボーカロイドソフトが発表されたのは初音ミク登場以前の2004年のことで、開発を担当したYAMAHAの剣持(秀紀)さんによれば、そこから数年間はなかなか日の目を見ない日々が続いていたようです。そう考えると、2007年というのはいろんな象徴的な出来事が起こったタイミングだったんですね。
そうですね。そこを突き詰めるといろんな話があるんですよ。ちょうど2000年代の前半あたりは僕、携帯電話の着信メロディの会社で働いていたんです。YAMAHAさんがそれを制作するためのソフトウェアも開発していた。ボーカロイドの打ち込み画面って、それに似てる気もします。
──考えてみれば、ニコニコ動画のドワンゴも、もともとは着メロの会社だったわけですからね。2000年代前半、ボーカロイドのシーンが生まれる前には、実は着メロがあった。
そうですね。僕もその頃は着メロ作って、おかげさまでたくさん機材買えましたからね(笑)。
DISC 1
- アンハッピーリフレイン / wowaka
- 裏表ラバーズ / wowaka
- 日常と地球の額縁 / wowaka
- ソレカラ / ナノウ
- ゴシップ / OSTER“BIG BAND”project
- ダブルラリアット / アゴアニキ
- わすれんぼう / アゴアニキ
- パラダイス明晰夢 / アゴアニキ
- ドミノ倒シ / すこっぷ
- 嘘つきの世界 / すこっぷ
- 指切り / すこっぷ
- SPiCa / とく
DISC 2
- ムーンサイドへようこそ feat.ちびた / 古川本舗
- 三月は夜の底 feat.花近 / 古川本舗
- グリグリメガネと月光蟲 feat.クワガタP / 古川本舗
- 青空の日 / ナノウ
- 文学少年の憂鬱 (UNSUNG ver) / ナノウ
- ミラクルペイント feat.野宮あゆみ / OSTER“BIG BAND”project
- ピアノ×フォルテ×スキャンダル feat.ウサコ / OSTER“BIG BAND”project
- ゴーゴー幽霊船 / 米津玄師
- 駄菓子屋商売 / 米津玄師
- 乾涸びたバスひとつ / 米津玄師
- Butterfly feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
- Arrow of Love -ReACT- feat.MARiA (from GARNiDELiA) / とく
とく
ボーカロイドを使った自作曲をニコニコ動画に投稿しているボカロP。作曲家やマニピュレーターとしてアンジェラ・アキなど数多くのアーティストに楽曲を提供するプロミュージシャンでもある。ミリオン再生を記録した2009年発表の「SPiCa」や、制作に関わったサークルメンバー全員がプロということで圧倒的なクオリティが話題になった「ARiA」などが代表作。ボカロ曲を中心にオリジナル曲を制作する同人サークル・へっどほんトーキョーや、メイリアとのユニット・GARNiDELiAとしても活動している。2010年末には古川本舗、ハチ(米津玄師)、wowakaとプロデュースユニット・estlaboを結成し、翌年春放送のアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のエンディングテーマ「secret base ~君がくれたもの~」を制作。その後、ニコニコ動画で人気を集める音楽クリエイターたちとともにインターネット発のレーベル、BALLOOMを発足させた。