新しさを求める気持ちは強くあるんです
──アルバムを聴かせていただいてまず感じたのは、アレンジの面白さでした。原曲のよさをしっかり踏襲しつつも、大胆なアプローチを盛り込んだ曲が多くて。
「1st grade」と比べると、アレンジはけっこうチャレンジしましたし、攻めた感じになったところもありますね。前回は「これはやりすぎかな」と少し躊躇する場面もあったんですけど、今回は思うがままにやりきりました。アルバムのタイトル通り、音で遊ぶという感覚をより強く意識した感じでしたね。
──アレンジに関しても絢香さんのイメージが大きく反映されているんですか?
そうですね。まず私の中にあるイメージをすべて伝えたうえで、アレンジをしていただく流れでした。オリジナル曲へのリスペクトを前提に置きながら、いろんなチャレンジを盛り込んでいくっていう。アレンジャーの皆さんから上がってくる音はどれも自分のイメージを超えたものばかりで、毎回感動してましたね。「うわ、めっちゃカッコいい!」って。その過程がすごく楽しかったです。
──意識的に盛り込んだチャレンジにはどんなものがありましたか?
まずはコーラスかな。今回はコーラスを重ねている曲が多いんですけど、その中でも自分のオリジナルではやらない積み方をしたものがけっこうあるんです。カバーだからこそやれるコーラスっていうのかな。で、その気持ちよさを感じたことで、今度はオリジナル曲でもコーラスが生きる曲を作ってみたいなという思いが芽生えてきたりもしましたね。あと、キー設定も普段とはちょっと違ったところがありました。自分なりのクセがあるから、普段だと「Aメロはこの辺で、サビはこの辺で」みたいなものがあったりするんですけど、「もうちょっと低いキーで歌ってみたらどうだろう」とか、「ファルセットが多めでも面白いかな」とか、自分の枠にとらわれない決め方ができたんです。そこも今後の楽曲作りのヒントになっていくんだろうなと思います。
──キャリアの中で築き上げてきた“絢香らしさ”を打破していきたいという気持ちもご自身の中にはあったりするんでしょうか?
それは常にあります。もちろん軸となる自分らしさみたいな部分は大事にしたいし、そこを変える必要はないと思うんですけど、やっぱり新しさを求める気持ちは強くあるんですよ。そのほうが自分自身、歌っていて楽しいですからね(笑)。
──まず自分が楽しめるかどうかが絢香さんの大きな指針になっているわけですね。
そうそう。そこがないとたぶん、そもそも曲や歌のよさがリスナーの方にも伝わらないんじゃないかなって私は思っているので。大事なのはバランスですよね。みんなが聴きたいと思ってくれる絢香らしい部分を残しつつ、そこにどれくらい新たなエッセンスを盛り込むかっていう。そこは毎回、自分のオリジナル曲でも考える部分ではあるし、そのヒントがカバー曲制作にはたくさんあるということだと思います。
──そのバランス感覚はカバー曲を歌う上での大きな魅力にもなっていますよね。原曲に寄り添いつつ、絢香さんならではの歌になっているという意味で。
確かにそうかもしれないですね。例えば1曲目の「everybody goes ~秩序のない現代にドロップキック~」で言うと、桜井(和寿)さんの独特な譜割り、言葉の乗せ方は私の中に自然と存在しているものではないからすごく難しいんですよ。でも、この曲を愛して聴き続けているたくさんの方々がいるからこそ、そこは絶対にズレてはいけないポイントでもあって。なのでレコーディング中もオリジナルを何度も聴きながら、譜割りが間違っていないかを細かくチェックしていきました。そのうえで自分の表現……声色だったり、声の圧だったり、キャラクターだったりという部分を色濃くしていった感じなんですよね。単なるカラオケにはしたくない気持ちが強かったので、自分の色はしっかり注ぎ込まなきゃなっていう。
──結果、「everybody goes ~秩序のない現代にドロップキック~」は女性の絢香さんが歌うことで原曲とは違った聴き心地が楽しめるし、絢香さんが普段は絶対に歌わないであろう刺激的な歌詞を歌う新鮮さも感じさせてくれる仕上がりになっていますよね。
私も歌っていてすごく新鮮だったし、普段とは違った気持ちで臨むレコーディングはとても楽しかったです。この曲とサカナクションの「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」はアレンジも含めてかなり細かく構築していったので、そういう意味でも印象深い曲になりました。あとね、すべての曲に言えることですけど、名曲は何年経っても色あせないんだなということを改めて感じました。古臭さなんて少しも感じさせないし、いいものはいいんだという説得力があるなって。私もそういう曲を作っていかなきゃいけないなって、そこでもまた自分自身を顧みることになりましたね。
オリジナルを歌っているアーティストの皆さんにも「いいね」と思ってもらえるものに
──平井堅さんの「Love Love Love」は、一発録りでレコーディングされたそうですね。
そうなんですよ。この曲はライブでしか生まれないグルーヴをしっかり収録したいなという思いがあったので、いつもお世話になっているミュージシャンに集まってもらって、ライブ感を大事に録っていきました。実はこの「Love Love Love」、私が中学2年生のときに初めて人前で歌った曲でもあるんです。毎日一生懸命練習して学校の体育館で歌った思い出の曲を、今回こうやって作品として歌えたことは自分にとってものすごく感慨深いことでもあって。ライブ感を大事にしたサウンドの上で、心を躍らせながら歌うことができましたね。
──サウンドと溶け合った、心地いいボーカルが響いていますよね。
ホントに気持ちよかったです。ただ、どの曲もそうなんですけど、オリジナルのアーティストの方がこれを聴いたときにどんな感想を持つんだろうって、ちょっとドキドキします(笑)。オリジナルを歌っているアーティストの皆さんにも「いいね」と思ってもらえるものにしようということをアレンジャーと目標にしていた部分もあったんですよ。それが1つのモチベーションになっていたというか。
──五輪真弓さんの「恋人よ」のカバーもすごくよかったです。
ずっと大好きな曲なんです。原曲は3分くらいなんですが、その中には映画を1本観たかのような世界観があって。だから今回はこの曲にチャレンジしてみたかったんです。
──キーはかなり低めですよね。
そうそう。Aメロの潜るように低いトーンっていうのは、自分のオリジナルではなかなか使わない音域なんですよ。そこでの声の鳴らし方は自分自身、すごく新鮮でしたし、「あ、こんな声も出るんだな」「こんな景色も描けるんだな」という新たな発見がありましたね。
──アレンジで面白かったのはポルノグラフィティの「アポロ」。かなり大胆に変化させていますよね。
今回のアルバムの中では、一番大きく世界観が変わった曲になりましたね。もともとはテンポがすごく速くて、そのカッコよさが魅力だと思うんですけど、私がカバーするのであれば……と思ったときにリズムをハーフにするイメージがありました。そのイメージをピアノの弾き語りで録り、アレンジャーのKan Sanoさんに送りました。その結果、女性らしい色気みたいなものを表現できていて、オリジナルとの変化が面白いアレンジになったなと。個人的にはすごく好きなアレンジなので、皆さんの反応がすごく楽しみですね。
さらに自分自身の可能性を追及して
──ストリングスを印象的にフィーチャーした「フレンズ」も素敵な仕上がりだと思います。
ありがとうございます。この曲もリアルタイムではなかったけど、学生の頃はカラオケでもたくさん歌っていたくらい大好きな曲だったんです。始めから頭にあったアレンジの方向性は、ストリングスがリズムを作っていき曲を展開していくイメージでした。それをアレンジャーの河野(圭)さんに伝えたところ、「僕もそう思ってたんだよね」って同じ意見だったんです。なので制作はすごくスムーズでしたね。できあがったアレンジも最高です。これもまたオリジナルとは一味違う、新しい「フレンズ」になったと思います。
──この曲はMVも公開されていて、話題を呼んでいます。
弦がリズムを作っていくという楽曲の音を大事にしたかったので、弦のフレーズを軸に場面が切り替わっていく内容になっています。映像としてもすごく面白いものができた手応えはありますね。
──2度目のカバーアルバムでもさまざまな学びや発見があったみたいですね。
はい。ホントに刺激的な制作になりました。だから7年に1回くらいはカバーをやりたくなるのかもしれない(笑)。今は普段よりもお家にいる時間が長くて、今まで以上に音楽を聴いている人もきっと多いと思うんです。そんな方々にとって、このアルバムが1つの楽しみになってくれたらうれしいですね。
──来年の15周年に向けて、今後どんな動きを見せてくれるのかも楽しみです。
ここまで歌ってこれたことに対してのありがたみを、今はジワジワと感じているところです。それと同時に、ここから先もさらに自分自身の可能性を追及して、いい作品を皆さんに届けていきたいという思いでいます。今回のような状況を経験して思ったのは、どんな場所にいても変わらないクオリティで歌を届けられることは重要になってくるなあと。今までの枠にとらわれず、今できる形で音楽を発信していきたい。歌への思いを大事に、自分の成長を止めることなくここからも進んでいけたらと思っています。