音楽ナタリー Power Push - 中孝介×森山直太朗
「花」にまつわるストーリー
「懐かしさ」が生まれる歌声
──ところで、先ほど森山さんも「花」を歌われているとおっしゃっていました。この曲を歌ううえで大切にしていることは?
森山 この曲って、みんなが当たり前すぎて感じていないことを淡々と歌っているんですよ。それを陶酔した気分で歌ってしまうと、曲の世界から離れてしまう。できるだけフラットな状態にしなければいけないんです。そこが難しいけど、歌っていて気持ちいい楽曲ですね。
中 直太朗さんとは何度も共演させていただいていますが、やっぱり僕には表現できない声を持っていらっしゃいますよね。例えば、僕はファルセットのときのピアニシモが苦手でして。島唄でそういう声を出す機会がないし、ポップスで表現するピアニシモはいくつもの種類があるので……でも直太朗さんは、そこを簡単に出すんですよね。眉間にシワを寄せることもなく、話すような感覚で。そこがうらやましいです。
森山 中くんの声も、本当にすばらしいですよ。そう、今回のベスト盤を聴いて何度癒されたことか(笑)。特に「種をまく日々」なんて好きだなあ。あのミディアムテンポの感じが。
中 あれは「花」の直後に出したシングルですね。
森山 ファンみたいなこと言っちゃいますけど(笑)、中くん独特の節回しって、あんまりひけらかす感じがしないじゃないですか。やりすぎてしまうとただ「すごいねえ」だけで終わってしまうけど、聴いているとマネしたくなるような、ちょうどいいさじ加減で入れてくるのがいいなって。そして、その結果「懐かしさ」が生まれているというか。どこから来る「懐かしさ」なのかはわからないけど、みんなで抱きしめたくなるような。でもそれだけじゃなくて、ちゃんと新しいことも取り入れていて、面白いポップスになっている気がする。そんなことを「種をまく日々」から特に感じました。
中 直太朗さんの歌も僕にとっては「懐かしさ」のイメージが強いです。しかも、森山さんの曲はいきなり現れてすぐにお腹いっぱいにさせるんじゃなくて、遠くからジワジワ近付いて来て、気付いたらいつの間にか包まれている感覚というか。「この歌は、自分にとって大事なことを教えてくれる歌だったんだ」と気付かせてくれる。言葉を伝えるように歌うそのスタイルも「懐かしさ」を生み出しているのかなあ。
森山 「言葉を伝える」って、いい表現だね。それ使っていい?(笑)
中 どうぞどうぞ(笑)。だからそう、たまにスナックとかで「俺、うまいんだぜ」ってひけらかすように歌う人いるじゃないですか?
森山 いるねえ。この間、四谷で入ったスナックにもいたよ。河合奈保子さんの楽曲を完璧な振り付けで、しかも僕にも出せないほどの高音で歌っている人(笑)。もはや「喉の汗かいたねー!」っていう運動というか……いや、それも表現の1つなのかもしれないけど、僕たちのやりたいことではないんだよね。僕らは、言葉を伝えるための“筒”にしかすぎない。そのためにいつも、自分の実力をひけらかそうとする弱さと闘っている。人前で歌うのって、一筋縄ではいかないよね。でもライブではサービス精神が過剰すぎて、よく御徒町凧(楽曲共作者/詩人)から「とにかく黙って歌って」と怒られるんだけど(笑)。
中 ああ、僕もそうです。スタッフやバンドメンバーから「しゃべるな!」と(笑)。いや、本当はあまりしゃべらないほうがいいとは思うんですけど、間がもたなくて。しかも直太朗さんみたいに話に起承転結を付けられたらいいんですけど、僕はそれもできないので……怒られるんです(笑)。
森山 でもさ、コアなファンの人はそれも込みで楽しみにしていて「さぁ、次はどこに連れてってくれるのか?」ってワクワクしているかもしれないしね(笑)。また、そういう完璧じゃない部分を見せる反面、歌がしっかりしていたら「この人には歌しかないんだな」っていう説得力も生まれる。つまりお客さんが育つのだから、いいんじゃないかなって思うよ。とにかくライブで気を付けなくちゃいけないのは、カッコつけないこと。思ってもないようなことを言ったり表現すると、歌もたちまちハリボテのようになってしまうから。思ったことを素直に表現することが僕らには大切なのかなって。でも、最近の中くんライブ、観てないからすっごく興味あるな。お客さんイジりとかするの?(笑)
中 やらないですよ! お客さんにすっごい失礼な発言とかして、次の日ネットニュースとかで炎上しそうだから(笑)。
森山 そんな辛辣なこと言うんだ?(笑)
中 言ってしまうかもしれない。純粋なことを歌っていますが、心のどこかでは「みんなこんなことばっかり考えていないでしょ?」って、斜めから物事を見ている自分がいたりもしますし(笑)。
森山 それ誰だって思ってるよ! でもお客さんイジりしている姿、見てみたいなあ。「お前、遅刻するんじゃねーよ」とか悪態ついてほしい(笑)。
今までの自分を気付かせてくれるもの
──中さん、今回初めてのベスト盤を完成させたことで新たに見えたものはありますか?
中 デビューから10年も経つと、歌い方や声の質感が変わっていくものだなと思いました。また若い頃だと歌えなかった風景や、この年齢だからこそ歌える感情があるというか。そんなことを感じたので、今後ライブなどを通じて表現できたらと思っています。
森山 確かに、初期の楽曲は本人にとっては歌い直したくなるものだよね。ほかの人からしたら、そんなに変わりないと思うのかもしれないけど。
中 デビュー当初はテクニックもなく、一辺倒に歌っているので。それはそれでよさがあるんですけどね。違う魅力を届けたいなっていう思いもあります。
──お二人共ほぼ同じタイミングでのベスト盤リリースとなった訳ですが、皆さんにとってベスト盤って、活動をしていくうえでどういった位置付けにあるものなのでしょうか?
中 改めて今までの自分を気付かせてくれるものですね。ほかのミュージシャンの方の作品もそうなんですけど、ベスト盤って一気にその人の軌跡を感じ取ることができる。僕の作品に関しても、リスナーの皆さんにこれまでの歩みを感じてもらえる仕上がりになったと思います。とても大切なアルバムです。
森山 ベスト盤っていろんな季節を総括して、自分をまとめるものなのかなって。特に自分の今回のベスト盤は、いろんな方からいただいた寄稿文も入っているせいか「図鑑」のような感じになっていて。それに目を通しながら、改めて聴くと自分も「へえー、そうだったんだ」と勉強になるところもあって。
中 確かに。いろいろな方々の考えを知って、曲に向き合うと新しい発見がありますよね。初めて直太朗さんのライブに足を運んで「夏の終わり」を聴いたときのことなんですけど、それまではひと夏の恋の終わりを歌ったものだと思っていたのが直太朗さんのMCで「二度と戦争を起こしてはいけない」というメッセージを込めた曲であると知り、さらに曲のよさが伝わったというか……悩殺された記憶がありますね。
──では、お二人は今後どんな歌を届けていきたいですか?
中 最近思うのは、今までは幸せや夢など誰かを支えるようなメッセージ性のある楽曲を歌うことが多かったのですが、これからはもっとドロドロした、人間臭いものを歌ってもいいのかなって……。
森山 そういう曲って、ないか?
中 ないですね(笑)。
森山 いく? 重いヤツ?
中 最後に捨てられるとか、昭和な感じの曲でお願いします!(笑)
森山 それは僕がおそらく歌い手として求められていない部分を表現できて、かつ中くんの新しい扉を開けることができる曲になると思う(笑)。自己満足にならない程度に、面白いことやってみたいよね。
- 中孝介 ベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」 / 2016年10月26日発売 / [CD2枚組] 3800円 / EPICレコードジャパン / ESCL-4712~3
- 中孝介 ベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」
DISC 1
- それぞれに
- 思い出のすぐそばで
- 花
- 家路~Acoustic Version
- 種をまく日々
- 春
- 絆
- 夏夕空
- 路の途中
- 恋
- 空が空
- 君ノカケラ feat. 宮本笑里
- サンサーラ
- 雨の降らない星では愛せないだろう? / feat. 高橋愛
- 目をとじても
DISC 2
- 心の陽
- 記憶-Last Forever- feat. 韓雪
- 童話
- 夜想曲~nocturne
- 野ばら
- 青藏高原
- 明年今日
- 在水一方
- 花海
- 言葉はいらない feat. 韓雪
- 茉莉花
- 風になって~勇者的浪漫~ / Rake feat. 中孝介
- 相信愛 / 林育羣 feat. 中孝介
- 森山直太朗 ベストアルバム「大傑作撰」 / 2016年9月21日発売 / EMI RECORDS
- 初回限定盤 [2CD+DVD] / 4536円 / UPCH-29225
- 通常盤 [CD] / 3024円 / UPCH-20426
花盤(初回限定盤、通常盤共通)収録曲
- 夏の終わり
- 生きてることが辛いなら
- どこもかしこも駐車場
- 花
- 若者たち
- 風花
- 愛し君へ
- フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
- 嗚呼
- 小さな恋の夕間暮れ
- 太陽
- さくら(独唱)
- 日々
- 生きとし生ける物へ
- 虹(2016 ver.)
土盤(初回限定盤)収録曲
- レスター
- さなぎの時代
- 今が人生
- 君は五番目の季節
- シルビア
- 坂の途中の病院
- 夕暮れの代弁者
- 僕らは死んでゆくのだけれど
- 優しさ
- うんこ
- よく虫が死んでいる
- コンビニの趙さん
- 魂、それはあいつからの贈り物
- 12月(2016 ver.)
初回限定盤DVD収録内容
Studio Session 2016 ~直太朗的録音箱集友楽~
- 夏の終わり
- ラクダのラッパ
- どうしてそのシャツ選んだの
- 明けない夜はないってことを明けない夜に考えていた
- 涙
- どこもかしこも駐車場
- 未来 ~風の強い午後に生まれたソネット~
- 声
中孝介(アタリコウスケ)
鹿児島県奄美大島出身・在住のボーカリスト。高校生の頃に同年代の女性がシマ唄を歌う姿に衝撃を受け、独学で歌を始める。2000年に奄美民謡大賞での新人賞をはじめ、数々の賞を受賞。インディーズからシマ唄のCDを4枚リリースし、2005年9月にはミニアルバム「マテリヤ」を発表。外資系CDショップでヒットを記録する。2006年3月にシングル「それぞれに」で待望のメジャーデビュー。森山直太朗と御徒町凧が提供した3rdシングル「花」は世代を超えて愛されるロングヒットとなった。2013年には故郷である奄美大島の日本復帰60周年を記念した「もっと日本。」プロジェクトを始動。2014年に台湾で台湾映画「KANO」の主題歌を、日本のRake、台湾のアーティストらと共に担当し、2015年からは台湾全国ネットのテレビ番組「KISSHOTEL」にレギュラー出演するなど中国、アジア地域にも活動の幅を広げている。2016年10月にデビュー10周年を記念した初のベストアルバム「THE BEST OF KOUSUKE ATARI」を発表。11月26日から全国5都市を回るコンサートツアー「The Best of Kousuke Atari」を開催する。
森山直太朗(モリヤマナオタロウ)
1976年東京生まれのシンガーソングライター。2001年3月にインディーズからミニアルバム「直太朗」を発表し、2002年10月にアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。2003年3月に発表したシングル「さくら(独唱)」が異例のロングヒットとなり、120万枚を超えるセールスを記録した。また、その後も2008年にリリースされた16thシングル「生きてることが辛いなら」など話題曲を発表。2016年6月1日には、約半年の“活動小休止”を経て生まれたニューアルバム「嗚呼」をリリース。9月21日、デビュー15周年記念のオールタイムベストアルバム「大傑作撰」を発表した。現在全国各地で「スペシャルライブ&感謝状贈呈式」を開催中。また2017年1月には約半年に渡る全国ツアーがスタートする。