もともとあった「ドシドシ」
──「たんす唄 Future Trax」は香川の民謡で地元の子供たちとレコーディングされたそうですが、現場はどんな様子でしたか。
静岡の「茶摘み唄」もそうなんですが、歌い継ぐ人がおらずなくなってしまいそうな民謡って日本全国にあるみたいで。香川の女木島にある「たんす唄」もその1つでした。節回しが難しいなどの理由から歌う人がいなくなりつつあって、「歌ってくれませんか?」と誘っていただいたことが「たんす唄」と出会ったきっかけです。すごくご縁を感じて、MVも香川の女木島で撮影して、一気に香川県が大好きになりました!
──「たんす唄」というのはそもそもどういう成り立ちの民謡なんですか?
女木島で昔、嫁入りするときに親族がたんすを「よいしょ!」と持ちながら夜に行列を作って嫁ぎ先まで運ぶという風習があったらしいんです。今はその風習もなくなったことで、歌われる機会もなくなってしまったみたいで。今回アルバムに収録した「たんす唄 Future Trax」に関しては自分で歌詞を書いたり、新しいメロディを付け加えたりしていなくて、「ドシドシ」なんて掛け声も、もともと「たんす唄」にあったものです。たんすを運びながらドシドシ歩いていたんでしょうね。
──面白いですね(笑)。
嫁入りする娘さんのご両親の、うれしいだけじゃなく寂しい気持ちも入っているのかなと思いながら歌いました。香川の子供や大人の方たちと一緒に歌ってもらったことで、人間のキラッとした可愛らしい部分も入って、とても楽しい仕上がりになりました。アルバムを聴いてくださる方に、「たんす唄」では香川に旅行しているような気分を感じてもらえたらうれしいです。
変わっていくことを恐れないで
──今作は地元の山形民謡のみならず、各地の民謡がさやさんの歌声で聴けるアルバムで、楽曲のクレジットにも「Thanks to『イブアイしずおか』、『瀬戸内海放送』」などと書かれています。各地の方との出会いで生まれた楽曲も多いですか?
そうですね。そんな中で感じたことが、オリジナル曲の1曲目「AGRIMONY~旅さあべ~」と最後の「ハテナ」にも詰まっています。音楽や歌のパワーってホントにすごいなと思って生きてきたし、もちろん今でも思っていて。いろんな人との出会いの中で、命というものを意識することが多くなってきました。年を重ねていくことや景色が変わっていくことはとても自然なことで、特に意識して生きているわけではないですが、ふいにそれが怖くなる瞬間があります。そんな感覚が生まれたときに「ちゃんとあなたはここにいて変わっていくことは怖いことじゃないんだよ」と耳元で言ってくれるような歌があったらいいなと思って「AGRIMONY~旅さあべ~」を作りました。この曲ができたとき、「大丈夫だよ、旅さあべ」(あべ:山形弁で行こうという意味)と表現できたと思いました。
──今、自分が何を歌うべきかを考えたタイミングでもあったんですね。
そうかもしれないです。最後の「ハテナ」は、世の中ホントにわからないこともたくさんあるし、だからこそ探検しようとか冒険しようという気持ちが湧いてくるのかなという気持ちを歌にしました。自分の声も楽器もたくさん重ねて、Solayaさん曰くPro Toolsのトラック数がSolayaさんの楽曲史上最高だったらしいです(笑)。皆さんにはこのアルバムを旅するように聴いてもらいたいし、これをきっかけに人生の旅を音楽を楽しみながら共に歩んでもらえる人が増えたらうれしいです。
──「ハテナ」には「風光る季節 歌を運び 彩り 照らし はじまり 今 ここに生きている 確かに」という歌詞もあります。さやさんがこれまでの活動と、これからの未来へ向けて、歌うこと、生きることに向き合っている感じがしました。
今回は自分の一番深いところまで手を突っ込むようにして言葉を選びながら歌詞を書いていきました。自分が生きてきた中で忘れている記憶って絶対にたくさんあるんです。でもそれが何かの拍子に支えになったり、助けになったり、答えを導くきっかけになったりすることもあるから、人生は面白いなと思いますね。民謡と素晴らしい伝統文化があって今も歌うことができていることへの思いも、どちらも合わさらないとできなかった曲です。あとは「へんてこ満ちてる」という歌詞もありますけど、そもそも地球にはなぜこんなにたくさんの生命体が生息しているのかという「ハテナ」も込めました(笑)。
──さやさん、ネッシーとかツチノコとか大好きですもんね。
そうなんですよ(笑)。ホントに存在するかどうかわからない生物を人間がこんなにも愛して思い続けているのも変な話じゃないですか! 信じてる人もいれば、信じてない人もいて、面白いなあって。それもまた人間の愛おしさの1つだし、不思議なところかなと思います。人間って変だけど美しい生き物ですよね。
──さやさんは物事を考えるときにシリアスじゃなくて面白い方向の発想になるのが音楽にもいい影響をもたらしているように感じます。
もちろん不安になることもあるけど、そんなときに歌があると素晴らしいし、歌がパワーになったらいいなという思いがあります。変わっていくことが怖いということも1つのシリアスな考えだなと思いますけど、でも怖がって何もしないのはもったいないといつも思いますね。
──歌があることで前向きに生きていけるという実感があるんですね。
それはすごくあります。
音楽のパワーがあるんだじぇ
──さやさんは民謡にも数多く触れてきて、どうして人間は昔から歌を歌うのか、という謎についてはどう感じていますか。
これは小学生のときの自由研究で大好きな山形民謡の「花笠音頭」を調べていて知ったことなんですけど、「花笠音頭」は「団結してがんばろう」と歌う歌なんです。さらに「土搗歌」という民謡は徳良湖という湖を固めるために生まれた民謡で、みんなで「せーの、よいしょ!」と力を合わせるときの歌なんですね。さらにこれは諸説ありますが、土搗きをしている人たちが大変だから、後ろで扇いでる人がいて、それが踊りになっていったり。だからやっぱり、歌って誰かの思いとか祈りとか願いみたいなものから生まれてくるものなんだなと思いました。それを歌うからパワーになるし、聴くからこそパワーになる。私はそんなふうに感じます。私自身もやっぱりそれが歌うことの柱になっている気がします。
──今作でメジャーデビューして、これからの朝倉さやの活動のビジョンをどう思い描いていますか。
2020年、新しい旅が始まるという気分です。「普段見逃している素晴らしいものや、音楽のパワーみたいなものがあるんだじぇ」と思いながら、メジャーデビューアルバムを引っさげて旅に出ます。とにかく誰も思い付かないようなことをやっていきたいです。そこに面白いことが潜んでると思うので(笑)。これからも冒険や進化をずんずんやっていきます。そしてネッシーやツチノコだけが特別な生物なんじゃなくて、1人ひとりが特別な存在なんだと思えるようなライブをやっていきたいです!
──さやさんもすでに特別なアーティストだと思いますよ。
いやいや(笑)。みんなが生きていること自体が素晴らしいことです! それに音楽が楽しめている今があるということは幸せなんだということを自分も体感しながら表現していけたら最高です。