麻倉もも インタビュー|自分のやりたいことをやりたいように──自由に音楽を楽しんだ3rdアルバム「Apiacere」

麻倉ももが7月27日にニューアルバム「Apiacere」をリリースする。

約2年半ぶりとなるアルバムには「僕だけに見える星」「ピンキーフック」「彩色硝子」といったシングル曲に、最新の空間オーディオ規格・ドルビーアトモスでの再生を意識して作られた「シロクジチュウム」やキュートなジャズナンバー「eclatante」といった新曲を加えた全12曲を収録。6曲の新曲では、夏を思いきり楽しむ女の子やいじらしくてかわいらしい女の子など、さまざまな主人公の気持ちが表情豊かに歌われている。

音楽ナタリーでは6月に「シロクジチュウム」の先行配信を記念して、アルバム制作が行われたスタジオ・Studio Vibesの代表を務める太田雅友(SCREEN mode)と同曲の作編曲を手がけた音楽プロデューサー田中秀和の対談特集を展開したが、今回は麻倉本人のインタビューをお届けする。麻倉がどのようにアルバムを作っていったのか、制作の様子や思いをぜひ感じ取ってほしい。

取材・文 / 須藤輝

私のやりたいことが込められていればいるほど、みんなうれしいんだろうな

──前回のインタビューで、麻倉さんは「365×LOVE」(2019年2月発売の5thシングル)あたりから制作に対して前のめりになり始め、結果、「Agapanthus」(2020年4月発売の2ndアルバム)では「私が好きなもの、やりたいことがより色濃く出た」とおっしゃっていました(参照:麻倉もも「彩色硝子」インタビュー)。新作「Apiacere」もそういうアルバムになっているという印象を強く受けまして。

今回のアルバムを作るにあたっては、まず今あるシングル曲を並べてみて、曲調とかのバランスを見つつ「どういう曲を新たに作ろうか?」という話し合いをするところから始めていて。その段階から、例えば「ブラス入りの曲を歌いたい」とか「1曲は恋愛バラードが欲しい」とか、あとツアーも想定したアルバム制作だったので「ライブで盛り上がれる曲を」とか、いろいろ意見を出しました。歌詞についても、受け取った楽曲から私がイメージした主人公像やストーリーを反映してもらったりしているので、ほぼ全工程でがっつり関わることができたと思っています。

──「ピンキーフック」(2021年8月発売の9thシングル)リリース時のインタビューでは「みんなとキャッチボールし続けられる関係でいたい」というお話もされていました(参照:麻倉もも「ピンキーフック」インタビュー)。今回はキャッチボール的な、つまり「ファンからの要望に対して、私はこういうボールを投げ返しました」みたいな部分はありますか?

ああー。以前はリリースイベントとかで「今後、麻倉ももにやってほしいことは?」みたいな質問事項を設けて、その場で受け答えするというのをよくやってたんです。でも、やっぱりコロナ禍になって以降、ファンのみんなと直接交流できる機会が減ってしまい……なので正直、具体的に「こういうボールを投げ返しました」という曲はないんです。でも、最近あることに気付いたというか、「私のやりたいことが作品に込められていればいるほど、みんなうれしいんだろうな」と感じていて。あつかましい話なんですけど(笑)。

──そんなことないですよ。

あと、私の曲を聴いて「最近の麻倉はこういうことを考えているのかな?」とか、深く考察してくれるファンの人が思いのほか多いことにも最近気付いて。なので、制作に対して妥協せず、思ったことはなんでも言ってみるというのが、今回の私なりのボールの返し方かもしれませんね。

──アルバムタイトルの「Apiacere」には「自由に」「気ままに」といった意味があるようですが、これはどのように決まったんですか?

全曲レコーディングし終えてから「じゃあ、タイトルどうしようか?」という話になり、私がいくつか考えてきた中の1つが採用されまして。今回は全曲がドルビーアトモスに対応していたり、私が「歌いたい」と言ったブラス曲の楽器録りを見学させてもらったりと、普段よりも「音に触れる」とか「音で挑戦する」みたいな感覚が強くあったんです。なので音楽用語からタイトルを見つけてみようと思って、「自由に演奏する」という意味がある「Apiacere」を選びました。

──なるほど。

あと、この「Apiacere」から「A」を取った「piacere」には「お会いできてうれしいです」「初めまして」という意味もあるらしくて。アルバム発売後のツアーは私にとって初めてのツアーになるので、今までなかなか会えなかった方にも会いに行けるという意味でもぴったりだなと。

──「自由に」というのは最近の麻倉さんの音楽活動のスタンスにもフィットしているように思います。

確かに、あんまり肩肘張らずに、自分のやりたいことをやりたいようにできている自覚もあって。うん、今の私の音楽活動を表す意味でもぴったりかもしれませんね。

みんなでかけ合いができるコールありきの曲に

──ここからはアルバムの新曲について伺います。まず2曲目の「満開スケジュール」は「夏です! 遊びます!」と宣言するようなアッパーなポップスで、曲調や歌声は麻倉さんのパブリックイメージに合致すると思いました。

「満開スケジュール」は、最後のほうに作った曲で。アルバムの収録曲がほぼ出そろったとき、けっこう大人っぽい雰囲気になったというか、いい意味で今までの私の軸から外れている気がしたんです。なので、ツアーも控えていますし、わかりやすく元気で明るい、ライブで盛り上がれる曲が欲しくなったんですよ。

──「満開スケジュール」の作詞は「あしあと」(2020年11月発売の8thシングル「僕だけに見える星」カップリング曲)の作詞を手がけたオカダカナさん、作曲は「Agapanthus」(アルバム「Agapanthus」表題曲)と「ピンキーフック」の作詞・作曲を手がけた渡辺翔さん、編曲は星銀乃丈さんですね。渡辺さんはお馴染みの作家になってきた感があります。

私も渡辺さんの曲は大好きですし、すごく信頼している方なので、今回もきっと素敵な曲を作ってくださるだろうと指名でお願いしました。実はこのアルバムの制作期間に自分の1stライブの映像を観る機会があったんですけど、当時はお客さんがたくさん声を出してくれていて「やっぱり、声があるってめちゃくちゃいいな……」と思ったんですよ。だから、ツアーのときにどういう状況になっているかはわからないけれど、みんなでかけ合いができるコールありきの曲にしたくて。作詞面では、例えば「Aメロは会話みたいになるような歌詞にしてほしい」といった要望をオカダさんにお伝えしました。

──歌詞には「水着も浴衣も流行りの新作」「BBQに花火もしたい」といった楽しげなフレーズが満載ですが、麻倉さんはこうした夏の遊びに対して積極的なほうですか?

いやあ、こんな歌を歌っておいてなんですけど、私は本当に夏が嫌いで……。

──あ、嫌いなんですね。

夏らしい行事にも一切興味がなくて。でも、例えばニュースで海開きの映像とかが流れて、世間の人たちが楽しんでいる姿を見るのは好きです。ファンのみんなは私が夏を嫌いなことをよく知っているので、この曲を聴いてどう思うのか、ちょっと気になりますね。

──夏が嫌いな人とは思えない、楽しそうな歌声でしたよ。

レコーディングはたぶん、一番スムーズだったんじゃないかなあ。この曲の主人公像は私とはまったく違う、頭の中には「好きな人と一緒に夏を楽しみたい!」しかない女の子なので、私もあまり深く考えずに「夏、最高!」みたいな気持ちで歌っていて。そしたら「夏はバーベキューとか花火とか、楽しいことがめっちゃあるんだ」というワクワク感が湧いてきましたね。ただ、現実の私がそれを実行に移すかといえば、やっぱり面倒くさくてできないでしょうね(笑)。

“ときめきワード”をめちゃくちゃ書き出しました

──続く3曲目でリード曲の「eclatante」は、作詞・作曲が小林侑さん、編曲が「ふたりシグナル」(シングル「ピンキーフック」カップリング曲)のアレンジをなさったEFFYさんです。「eclatante」には「輝いている」「華やかな」といった意味があるようですが、曲名の通りキラキラしたスウィングジャズで、麻倉さんのディスコグラフィにはなかったタイプの曲ですね。

これが、さっきから私が「歌いたい」と言っていたブラス曲ですね。最近、こういう曲調を耳にする機会が多くて、「カッコいいな。こういうのを麻倉ももの曲として歌えないかな?」みたいな、ふわっとした動機から生まれたんですけど、すごくかわいくて、おっしゃる通りキラキラしていて。新たな挑戦でありつつ、今まで歌ってきた曲とのバランスも取れているんじゃないかなと思います。

──意外性があるのに、すごくハマっていると思いました。ブラスも豪華ですね。トランペットとトロンボーン、サックスもアルト、テナー、バリトンの3本にフルートも入っていて、EFFYさんのアレンジもしゃれています。

そういう編成でした! その楽器録りを見学させてもらったんですけど、デモで聴いていた音とは全然違いましたし、生の演奏を観たら聞こえ方もガラッと変わりましたね。メロディと、それを吹いている演奏者が一致するというか「あ、ここでこうやって吹いてたな」というのがわかるので、より耳で音を追えるようになりました。

──歌詞に関しては、「満開スケジュール」が日常的あるいは現実的だったのに対して、「eclatante」は空想的ですね。これも今まであまりなかったタイプでは?

そう、恋愛の歌でもないんですよね。デモを聴いたときに、この曲の主人公は現実世界の女の子というよりは、概念としての女の子みたいな、実体がつかめないようなイメージを抱いたんですよ。そこから、歌詞には女の子が聴いたらキュンとしそうなフレーズをたくさん入れたいと思って。例えば「ルージュ」とか「キャラメリゼ」とか「カプチーノ」とか「キャンディー」とか、“ときめきワード”を書き出して、それを小林さんが歌詞に落とし込んでくださいました。

──へええ。確かにそういったワード群が楽曲のキラキラ度を押し上げているように思います。

まあ、「キュンとしそう」というのは私の偏見なんですけど(笑)、こういう歌詞の作り方は初めてだったので、新鮮でしたね。ただ、歌うのは本当に難しくて、私はリズムを取るのが苦手なので……。

──麻倉さんにインタビューすると、だいたい「リズムが……」という話になりますね。

いや、本当に苦手だと自分では思っていて、しかもこういう曲こそちゃんとリズムに乗らないと台無しになってしまいますよね。だからリズムには細心の注意を払いつつ、どこか地に足がついていない感じというか、ふわふわと、雲の上にいるようなイメージで歌いました。

──以前の麻倉さんは比較的スクエアなリズムの曲を歌うことが多かったように思いますが、この「eclatante」以外にも「あしあと」や「ピンキーフック」、「彩色硝子」(2022年3月発売の10thシングル表題曲)といった、揺れやタメのあるリズムの曲も増えましたね。

確かに、昔は「この曲、わかりやすくて好き。みんなも好きかな?」みたいな基準で曲を選びがちだったのが、最近はもうちょっとおしゃれだったり、テクニックが必要だったりするような曲を好んで選んでいる気がしますね。でも、いざレコーディングするとなると「え、これ難しくない?」みたいな(笑)。

──楽曲も多様化して、リスナーとしては聴いていてとても楽しいのですが、意図的にそうしているわけではないんですね。

そうですね、フィーリングというか。正直、自分の中で何かが変わったような実感もなくて、無意識的にそういう曲に惹かれているのかもしれませんけど、それを楽しんでいただけているのだとしたらすごくうれしいです。