どれが正解なんだろう?
──レコーディングにはどういうテンションで臨まれたんですか?
最初は、今まで歌ったことがないタイプの歌だったので、どういうアプローチが正解なのかわからなくて。「ウィスパー気味に歌ってみようか……でも曲の構成的に、サビはしっかり盛り上げたいし」とか「このテンポと音の高低差で、どうすればうまく言葉がハマるんだろう?」と迷いながらレコーディング現場に向かったんですけど、現場で1回つかんでしまえばノリノリになれたというか。リズムも気持ちいいですし、感情を乗せやすいパートやメロディも多かったので「ここはどういうニュアンスを付けようかな?」と考えるのもすごく楽しかったです。
──感情を乗せやすかったパートとは、例えばどのへんですか?
さっきお話ししたBメロの「こんな好きってズルイ」も、歌うというよりは普通に話しているみたいな感じで、しかも4回繰り返すので、最後は吐息まじりに耳元でささやくように歌ったり。あと、サビの終わりの「ねぇ」とかも同じようにニュアンスが付けやすい部分でしたし、ラスサビの「大胆に大胆に大胆に大胆で大賛成」も、同じ言葉を繰り返すからこそ「大胆」の言い方を全部変えてみたり。
──そういった発想やそれを実行できる技術というのは、やはり声優ならではのものなんですかね。
それもあるかもしれないですね。やっぱり歌詞も台詞と共通する部分はあるというか。極端に言えばメロディやリズムに乗せているかいないかの違いがあるだけで、やっていること自体は大きく変わらないのかもしれません。
──やはり今回も歌詞の主人公を立てて、その人目線で歌うようなスタイルだったんですか?
そうですね。ただ、今回はそれが難しくて。やっぱり作品があるので私が勝手にその子の設定とかを決めてしまうのはちょっと違うし、なおかつ作中のキャラクターの誰か1人に絞るのではなく、主要キャラクターの4人の女の子たちがそれぞれ持っているあざとかわいさみたいなものを表現したかったんです。だから、4人のキャラクターの表情とかは思い浮かべてはいるんですけど、あくまで作品全体から受け取ったイメージを、私を通して表に出していくみたいな。言葉で説明するのが難しいんですけど……。
──おっしゃりたいことはわかる気がします。僕もうまく言葉で説明できないのですが、「ピンキーフック」のボーカルはいつもと違う印象を受けまして。意識的に歌い方や声の出し方を変えたようなところはあるんですか?
さっきの曲の作りの話に戻るんですけど、「ピンキーフック」は私の好きな声の出し方ができる、つまり声を張って伸びやかに歌える曲とは違って、わりと細かく言葉を切って音に乗せていかなきゃいけない曲だったんですね。と同時に、たぶん渡辺翔さんも私の一番いい声が出るキーで作ってくださったと思うんですけど、私も“声を聴かせる”ということに対して普段より意識的になった曲でもあるんです。なので、事前に「この高さなら地声でも出るけど、ファルセットにしようかな」とか考えて、ファルセットの位置を決めたりしていて。それをレコーディングしていく中で、渡辺さんと「そこは地声のままのほうがいいかもね」「ここはどっちにしようか?」と相談しながら、もっとも気持ちよく聞こえる形を探っていったんです。
──先ほど「現場で1回つかんでしまえばノリノリになれた」とおっしゃいましたが、つかむきっかけなどはあったんですか?
いや、きっかけらしいきっかけはなくて。今お話しした渡辺さんとの相談も含めて「どれが正解なんだろう?」と迷いながら何度も録っていくうちに「これかな?」という感じで……だから、そういう意味では“麻倉待ち”みたいな現場ではありましたね。私がつかむのを渡辺さんもずっと待っていてくださいました。
会えない時間のおかげで逆に燃え上がる恋
──カップリング曲「ふたりシグナル」は、ローファイ感のあるかわいらしいポップスですね。しかしその歌詞の内容は、恋人となかなか会えなくなってしまった女性の気持ちを描いたものです。
歌詞に関しては、私から「こういう歌詞がいいです」という案をがっつり出させてもらいまして。最終的なイメージとしては、新社会人ぐらいの年齢で、学生時代からずっと付き合っていて今もその気持ちは変わらないけれど、やっぱり環境の変化もあって、お互いにすれ違うことも多くなってもどかしい気持ちになりながらも、その会えない時間のおかげで逆に燃え上がるっていう(笑)。
──燃え上がる(笑)。「最終的なイメージ」ということは、そこにたどり着くまでに紆余曲折あったということですか?
紆余曲折というほどではないんですけど、最初はもっと年齢を高めに設定していて、主人公の気持ち的にも燃え上がるというよりは切ない成分多めで作る予定だったんです。というのも、最初に聴いた音源がアレンジ前のもので、その段階ではかわいらしいキラキラした音は入っていなくて、もうちょっとシリアスな印象を受けたんですよ。でも、アレンジが仕上がった音源はよりポップになっていたので「これは、ちょっと違うな」と、年齢を下げて切ない要素も薄めていったんです。
──麻倉さんは「さよなら観覧車」(2019年2月発売の5thシングル「365×LOVE」カップリング曲)で歌詞の原案となるテキストを書かれていましたが(参照:麻倉もも「365×LOVE」インタビュー)、今回もそういう関わり方ですか?
いや、「さよなら観覧車」は私の勝手な妄想をバババッと書いた恥ずかしい文章を作詞家さんにお渡ししたんですけど(笑)、今回はチームでディスカッションする時間を設けて、それをまとめたものを作詞家さんにお伝えするという手順でした。
──なかなか恋人に会えないとなると、気持ち的にちょっと病んでしまうパターンもあり得ると思いますが、この「ふたりシグナル」は……。
そういう状況を前向きに捉えていますね。もちろん会えないのは寂しいけれど、向こうも私のことをちゃんと好きでいてくれているという安心感はあるみたいな。でも、それはお互いに同じくらい相手のことを好きだから、要は天秤が釣り合っているからで、もしどちらかが重くなりすぎてしまったら……おっしゃる通り病んでしまうのかも。
──ごめんなさい。余計なこと言いましたね。
いやいや(笑)。むしろ聴く人によって見え方が変わる、いろんな捉え方ができる歌詞なのかもしれないなって思いましたし、それはそれで反応が楽しみですね。
──麻倉さんをインタビューするときに毎回言っている気がするのですが、あくまで“物語を伝える”というスタンスは一貫していますね。
やっぱり「恋の歌を歌いたい」というのがまずあって「じゃあ、どんなストーリーがいいかな?」って考えるのが楽しいんですよね。そして、これも前にお話ししましたけど、私の好きな少女マンガ的な世界観をみんなとも共有したい。そういう気持ちでいつも作っています。
──「ふたりシグナル」の歌詞はとても映像的でもありますよね。
すごく細かく、具体的に描写してくださっていますよね。「12時の最終電車 今日も乗りこみ」とかは日常ともリンクしますし、「暗くなった 部屋でひとり 『おやすみ』だけ返した」も20代前半の女の子のちょっと寂しそうな姿が鮮明に浮かんできます。
──こちらのレコーディングは、「ピンキーフック」ほどは難渋しませんでしたか?
いや、「ふたりシグナル」もけっこうリズムを意識しなきゃいけない曲ではありますし、テンポもこういう雰囲気の歌詞にしては速いので、気持ちを込めようとタメを作るとどんどん遅れていっちゃうという難しさはありました。なので、やっぱりテイクの回数を重ねていく必要がありましたし、あと私としては「好き」という気持ちを相手に投げかけるというよりは、独り言っぽく歌いたかったんですよ。自分の中だけで盛り上がっているというか、「なかなか会えないけど、1人で相手のことを思っている時間も幸せ」みたいな(笑)。
──今回のシングルは、表題の「ピンキーフック」もカップリングの「ふたりシグナル」も、どちらも自分の思い通りにならない恋の歌みたいな共通点があるのかなと。
うんうん。図らずもなんですけど、そうですね。ちょっとうまくいかないこともありつつ、でも相手のことが大好きという気持ちはブレない。そういう意味で統一感のある1枚になったんじゃないかなと思います。
みんなとキャッチボールし続けられる関係でいたい
──最初のほうでお話ししてくださったライブへの関わり方にしても、楽曲制作への関わり方にしてもそうなのですが、インタビューするたびに麻倉さんの音楽活動への積極性が増しているように感じます。
たぶん、自分がどうしたいかが……もちろん今もわかっていない部分はたくさんあるんですけど、徐々に見えてきたというのが大きいですね。例えば「お客さんの前で歌ったときにこういう反応があったから、じゃあここを突き詰めたいな」とか「こういう曲を歌って自分が楽しいと感じたから、その方向性をもっと探ってみたい」とか、1つひとつ経験を重ねていくうちに自分のやりたいことや、それをチームの皆さんに伝える方法がわかってきて。
──これからどうなっていくんでしょうね。
ねえ。私はお仕事でもプライベートでも、先のことを考えるよりも今目の前にあることをやってみて、あとから「ああ、こうなったんだ」って振り返ることが多いんですよ。逆に言うと、あらかじめ決めておいたことができなかったら凹むじゃないですか(笑)。だから今に集中するというスタンスなんですよね。
──では、将来的なビジョンというか、目指すアーティスト像みたいなものはないんですか?
目指すアーティスト像……うーん、なんだろう? やっぱり、この活動をしていて一番うれしいことって、みんなから反応をもらえることなんですよ。私が「これがやりたい」という思いを込めて発表した曲に対して「元気をもらいました」だったり「共感しました」だったりとか。もちろん、みんながみんな好意的に受け取ってくれているわけではないでしょうし、中には「なんかよくわかんなかった」とか「自分とは合わなかった」みたいな感想もあると思うんです。でも、プラスの反応もマイナスの反応もひっくるめて、みんなとキャッチボールし続けられる関係でいられたらいいなって。
──なんか、麻倉さんっぽいですね。気持ちがファンのほうを向いているというか。例えば「松田聖子さんみたいになりたい」とかではない。
そういうのはないですね(笑)。もちろん松田聖子さんは今でも大好きなんですけど。
──「キャッチボール」ということは、麻倉さんもファンの皆さんからの反応を、楽曲にして投げ返しているわけですよね?
最近だと、「秘密のアフレイド」(アルバム「Agapanthus」収録曲)がそうですね。一時期、「もちょ(麻倉の愛称)のカッコいい曲が聴きたい」とか「ロックな曲で思い切り歌い上げてほしい」みたいな声をかなり多くいただいて、そこで私も「みんなはそういうのを求めてたんだ」と知ったんです。じゃあ、みんなからのボールを私なりにどう返そうかと考えたとき、もともと私もロックな曲に興味はあったんですけど、ただのロックじゃなくて、やっぱり恋の歌にしたいなって。そういう思いで作ったのが「秘密のアフレイド」だったんです。
──あくまで「自分がどうしたいか」が先に立つんですね。そして今日のお話を伺う限り、今はやりたいことができている。
そうですね。やりたいことをやったうえで、例えば悩んだり落ち込んだりしている人の力にちょっとでもなれたら本当にうれしいんですけど、でも、そういうのってゴールがないじゃないですか。かといって自分でゴールを決めちゃってもダメだと思うので、今お話ししたような気持ちはずっと忘れずにいたいですね。
作家陣コメント
「ピンキーフック」作詞・作曲渡辺翔
- 麻倉ももの歌声や音楽性、キャラクターの印象
-
麻倉さんはふわっとしているけど芯はしっかりとあって、レコーディングでは真っすぐに楽曲と向き合っていただきました。声や今までの楽曲の印象としては元気系やかわいい系、最近ではウィスパーをいかしたおしゃれな感じなど、どんどん幅が広がってきている印象でした。
- 楽曲制作でイメージしたこと、こだわったポイント
-
なのでそんな麻倉さん要素を沢山詰め込んだ、可愛くて元気でおしゃれな曲です。
こだわった部分としては、今回の曲は歌のニュアンスがすべてのカギを握るので一番表情の乗りやすいメロ尻にニュアンスの乗りやすい単語や言葉を置くように歌詞を書きました。そして中毒性というのもかなり意識して作曲しました。
「ピンキーフック」編曲倉内達矢
- 麻倉ももの歌声や音楽性、キャラクターの印象
-
歌詞の内容がとても伝わってくる歌、どのレンジでも気持ちが良い歌だなと思います。
ご本人の印象についてはとてもストイックで且つ人間的な側面もあって最高です。 - 楽曲制作でイメージしたこと、こだわったポイント
-
元々の依頼内容と作曲者の渡辺翔くんの元デモ、それぞれ別のよさがあると感じたので、双方のいいとこ取りを目指しました。
レーベルの方や、間に入って頂いたディレクターさんにアドバイスを頂きながら、良い形に仕上げる事が出来たと思います。
「ふたりシグナル」編曲EFFY
- 麻倉ももの歌声や音楽性、キャラクターの印象
-
麻倉さんの楽曲は細部までとても丁寧に作られていて、聴き心地が良い曲がとても多い印象です。歌声やキャラクターに関しては、もちろん“かわいい”というのが第一印象ですが、そうではない意外な表情を見せてくれるような曲もあり、彼女が持っている幅広い表現力が自然に引き出されているように感じられて、素晴らしいなと思いました。
- 楽曲制作でイメージしたこと、こだわったポイント
-
まずはどんなジャンルが麻倉さんに合うアレンジなのかを制作チームのみんなで探っていく作業から始まりました。結果的には、いろいろなジャンルの曲にマッチする美味しい部分をいいとこ取りをしたような切なくも可愛い新しいテイストのサウンドになりました。こだわった部分は……全部です(笑)。こちらの曲は、僕の希望で生で録った楽器は一切ありません。EFFYチョイスの音色と麻倉さんの歌声のみで構成させているので、ある意味で、“純度の高い音楽”に仕上がっていると思っています。
- 麻倉もも(アサクラモモ)
- 1994年6月25日生まれの声優アーティスト。2011年に開催された「第2回ミュージックレインスーパー声優オーディション」に合格し、翌年に声優デビュー。2015年に同じミュージックレインに所属する雨宮天、夏川椎菜と共に声優ユニット・TrySailを結成した。2016年11月に1stシングル「明日は君と。」でソロデビュー。2018年10月には1stアルバム「Peachy!」を発表した。2019年は2月に5thシングル「365×LOVE」、5月に6thシングル「スマッシュ・ドロップ」、9月に7thシングル「ユメシンデレラ」と3作品をリリース。2020年4月に2ndアルバム「Agapanthus」を発表し、11月に千葉・幕張メッセ 幕張イベントホールでワンマンライブ「LAWSON presents 麻倉もも Live 2020 “Agapanthus”」を開催した。同年11月に8thシングル「僕だけに見える星」、2021年8月にテレビアニメ「カノジョも彼女」のエンディングテーマを表題曲とした9thシングル「ピンキーフック」をリリース。