杏沙子|そこにある感情をそのままに 2020年のノーメイクモード

曲を借りて裸になった

──1曲目の「Look At Me!!」からお話を聞かせてもらえたらと思いますが、この曲のセルフライナーノーツには「今のわたしのテーマソング」とあります。フィクションを書くようなこれまでの作風から変化した部分がけっこうハッキリと出ている曲ですよね。装飾を必要としないダイレクトさ、ロック的な明快さがあって。

杏沙子

そうですね。初めてかもしれないです、こういう曲を書いたのは。自分に向けての讃歌のような……「こういう自分になりたい」ということをシンプルに歌っている、それこそロックのような曲ですよね。この曲もサビが最初にできて、その流れでAメロBメロと書いていったら、普段は絶対言わないけどこう言いたい!みたいな気持ちがスルスルッと出てきて。書いていて気持ちがよかったです。「目立ちたがり屋ですけどなんかダメですか?」とか、歌だから言えるフレーズですよね。

──リフで攻めるみたいなシンプルかつキャッチーなメロディは、そういった気持ちがあるからこそ出てきたものでもあるんでしょうね。

自分の想像以上に無意識下でこういうことを考えているから、こんなにシンプルに出たんだろうなって思います。曲を借りて裸になった感じがするというか。「図々しく生きてなんぼでしょ」とか、思っていることをまんま言えた感じが好きです。これはロックですね。

──次の「こっちがいい」は、イントロに出てくる「Saturday In The Park」(Chicago)のコード進行に横山さんの遊び心を感じつつ、杏沙子さんのメロディメーカーとしてのクセの強さもよく出ている。加えて杏沙子さんは、コピーライティングの能力も高いなと思うんです。ハッと惹き付けるタイトルはコピーライター的なセンスだなと。

わあ、うれしいです。なんか3年分くらいほめられてる気がする(笑)。確かに言葉選びはすごく好きですね。それこそ広告のコピーとか見るのも好きです。この曲は「こっちがいい」というワードに引っ張られてできた曲なんですよ。

──人生は二者択一の連続、というメッセージを「こっちがいい」というキーワードに落とし込んで、そこから作品を膨らませているということですよね。

これも書き始めたときにはこんなふうな曲になるとはまったく思っていなくて。「たくさんの選択肢から選び取って、あなたに出会えているんだよ」という結論に自然とたどり着いたので、書いていて面白かったです。

──そして、やはりメロディはめまぐるしいですね(笑)。

そうですねえ(笑)。この曲は、横山さんとけっこうやりとりしました。サビのコードが自分の頭の中で鳴っているものとは違って、フィルも違うなと思ったので。私のつたない言葉で何回かアレンジを変えてもらい、イメージをすり合わせていきましたね。

アレンジで変身した「変身」

──3曲目の「変身」はスカの要素が取り入れられていますね。前作では「恋の予防接種」がスカテイストでしたが、フルアルバムに必ず1曲入っているスカに関しては何かこだわりが?

「変身」も「恋の予防接種」も、私の中にはスカが鳴っているイメージは全然なかったんです。「変身」に関しては、この曲で初めてアレンジをしてくださった幕須介人さんに完全にお任せして、返ってきたのがこれだったんです。もう驚きっぱなしでした。最初から変身シーンのような効果音が入っているし、サビで突然スカになるし、曲自体も“変身”しまくっているというか。音楽で遊んでくれているなって感じで、すごく好きだなと思いました。

──そう、杏沙子さんの作品にたびたび出てくる幕須さんが何者なのかというのも聞きたかったところなんですよ。僕は杏沙子さんの曲で初めて名前を知ったので。

幕須さんは私がインディーズのときに出会って、1stミニアルバム(「花火の魔法」)で「クラゲになった日の話」という曲を書いてもらったんです。ビクターに入ったあと、ディレクターさんに「すごく好きな曲を書いてくれた人がいるんです」と話したら「いいじゃん」となって、デビューからずっと書いてもらっている感じですね。幕須さんは音楽の知識が豊富で、書かれる歌詞もすごいですし……まだ若いんですけど「人生2回目なんじゃないか?」っていうくらいに落ち着いている方です。

──そうだったんですね。ちなみに、曲を作った段階で頭の中で鳴っていたビートはどういうものだったんですか?

シビアな変身願望を歌った曲なので、なんならちょっと重めな……バラードみたいなイメージで書いたので、戻って来たときはすごくビックリしましたね。変化球が返ってくると一旦拒絶反応は出るんですけど、3回くらい聴いて「自分が知らなかっただけで、曲の可能性としてアリだな」と思えたら「これでいきましょう」といつも言います。幕須さんの今回のアレンジは“変身”というワードが一番伝わりやすいと思ったし、このアレンジだからこそ聴けば聴くほど歌詞の内容が入ってくるのかなって。そう思えたので、すごく気に入りました。

杏沙子

──4曲目の「クレンジング」は、見事な“夜中のテンションの音源化”だなと思いました。

「クレンジング」は「変身」とは逆で、私が思い描いていた音を山本さんがそのまま形にしてくださったという感じで。そう、この曲はまさに夜中のテンションで作った曲だったんですよ。山本さんはそれを全部音で汲み取ってくれていて、鳥肌が立ちました。お酒の酔いも少しありつつメラメラしている、そんな衝動的な感じと、ふわふわした感覚と後悔……全部が音に表れていたんです。

──メロディ展開はめまぐるしいけど、演奏のトーンは穏やかで。そのコントラストが、夜中に頭の中でいろいろ考えてしまうときの状態をすごく表している感じがするんですよね。

そうかもしれないです。山本さんの汲み取る力、すごいなって思いました。

──杏沙子さんが作曲家としてすごいと思った理由の1つなんですが、この曲のBメロの最後の部分、「水の泡」からサビに行く流れがすごく独特なんですよね。

言われました、「なんやこれ」って(笑)。あのままのデモを送ったんですけど、水の泡感を出したくて……幻想から現実に落ちる、地に足が着く感じからサビに入りたかったんです。

──セルフライナーノーツでは一番のお気に入り、隠れ推し曲と書いていますね。

はい。この曲、本当に気に入ってるんです。頭の中にあったイメージがそのまま形になった曲なので。

人生はどの瞬間も物語になる

──続く「見る目ないなぁ」も、1曲目の「Look At Me!!」と同じくロック的な要素を感じました。

思ったことを一度箇条書きにして整えて出すというよりは、もう書き出したものを素材のままで出したみたいな感じの曲で、実際そのような作り方をしました。この曲と「クレンジング」は実体験を元に作っていて。だからより書きやすかったです。そこにあるもの、目に写った景色を、自分が感じ取った順番に書いただけというか。

──そうやって“まんま出す”みたいなことは、デビュー当初はできなかった?

できなかったですね。「見る目ないなぁ」に書いた体験をしたのは、大学生のときだったんですよ。だからデビュー前には曲のかけらができていたんですけど、当時は「恥ずかしい、こんなにぶっちゃけた曲を世に出せない」と思ってお蔵入りにしていたんです。そこから徐々に自分のモードが変わってきて、今回「あの曲あったよな」と引っ張り出してきて最後まで仕上げた感じです。ぶっちゃけすぎているから、当時は書き切ろうと思わなかったんですよね。

──作曲面で言うと、もっとフォーキーでシンプルなメロディにもできたはずなんですけど、やっぱり落ち着きがないなあと(笑)。

鼻歌で作るからなんだろうなというのは、最近自分でも思っているんです。鼻歌だと、間に音を入れられないじゃないですか。間を全部歌で埋めちゃいたくなるからなんだろうなって(笑)。

──今作は自作曲が多い中、宮川弾さんが作曲した「outro」という曲も収録されています。100%自作曲にしなかったことには、何か理由があるんですか?

杏沙子

自作曲とお願いする曲のバランスに関してはそんなに考えていないんです。今回のアルバムの収録曲はノンフィクションが多いと言いましたけど、タイトルに「ストーリー」と入れたように、1曲を1つのストーリーに昇華させるというところは自分がずっと貫いていきたい部分でもあって。宮川さんの作るメロディは本当にロマンティックでドラマティックで、映像作品を観ているような気分になるんです。そういった部分が、私が求める曲の物語性という部分にリンクして、すごく好きなんです。

──なるほど。

それと、この曲をアルバムに入れた大きな理由として……「フェルマータ」で宮川さんが書いてくださった「半透明のさよなら」を聴いたときは自分がまったく見たことのない、映画の世界のようなイメージが浮かんだんですけど、「outro」を聴いたときには実際に見たことのある景色が思い浮かんだんです。ある意味でノンフィクションと言えるような体験をしたので、入れることにしました。

──セルフライナーノーツでは「美しく鮮明な映像から言葉を拾っていくような感覚だった」と自己分析されていますね。

雨が降っていて、青白くて照らされた部屋の中にベッドがあって……そこに自分が実際に感じたことのある気持ちが重なって。自分がそういった体験をしている最中には「物語の中にいるな」なんて思っていないけど、ワンシーンだけを切り取ると物語になるし、人生って切り取りようによってはどの瞬間も物語になるなって思います。