杏沙子|夏のきらめきと儚さをデビュー作に詰め込んで

「クラゲになった日の話」で出せた自分の知らない声

──「クラゲになった日の話」は幕須介人さんが作詞、作曲、編曲、さらにはすべての楽器とプログラミングも1人で手がけてるんですね。

この曲のデモをいただいたのは、実は3年くらい前なんですよ。音楽活動を始めて間もない頃。幕須さんとはインディーズで活動していたときにとあるきっかけで知り合って。そのときにすぐ歌って簡単に録音してみたんですけど、その音源が自分でも気に入っていた。歌詞の内容が普段から自分が考えているようなことだったけど、私自身も知らない私の声を引き出してくれる曲だなとそのときに思ったんです。新しい自分を知れる曲と言うか。だからこの曲のことがずっと忘れられなくて。

──J-POPを好んで聴いてきた杏沙子さんにとっては異色の楽曲ですよね。UK的なサウンドと言うか、ちょっとアンビエントっぽくもある。今までこういうタイプの曲って普段あまり聴いていなかったのでは?

聴かないですね。でも、すごく好きだなって思えた。自分の知らない世界に橋を架けてくれてる楽曲ですね。ただ、歌入れはかなり苦戦したんですよ。

──あ、そうなんですか。

杏沙子

曲をいただいてすぐ録った音源は、ピッチも危うくて、ちゃんと歌えていないものだったんですね。何も考えずに歌っていたし、喉の調子も悪かったし。でも、なんかそれがすごくよくて。しっかり歌えてない感じがむしろよくて、自分もそれが気に入っていたんです。で、今回改めてレコーディングして、それに近付けようと意識したら、どうしてもうまくいかなくて。考えれば考えるほどそのときの歌い方から離れていってしまう。どうやったらあのときの歌い方が再現できるかなって、ずっと悩んで。そうしたらディレクターさんから、「歌詞に捉われなくていいから、一番幸せに感じた思い出を頭に浮かべながら歌ってみたら?」って言われて、電気を消してもらってそれをやってみたら、一番いいテイクが録れたんです。

──力の抜けきった歌い方ですよね。まさしく海にフワフワ浮かんでいるような。

1曲通してこういう歌い方をする曲を自分では作ったことがなかったから面白かったですし、「あ、まだまだこれから自分の知らない声に出会えるんだろうな」って、そういう可能性にも気付かせてもらえた曲ですね。

──ちなみにクラゲになりたいって思ったことはありますか?

あります! クラゲが大好きなんですよ。種類まで言えるわけじゃないから“にわか”ですけど、水族館に行ってもクラゲが一番好きでジーッと見てます。そんな話を幕須さんにしたわけじゃないのに、こういう歌詞がきて……不思議ですね。

ほぼ実体験の恋を歌った「流れ星」

──4曲目の「流れ星」はサビのメロディの疾走感が印象に残る曲です。これはいつ作ったものなんですか?

インディーズで活動し始めた頃ですね。「道」と同じ時期。この5曲の中で、唯一これだけがほぼ実体験です。当時、恋をしていたんですけど、夏に公園でアイスを食べるという口実をもとに好きな人と会って話をすることがあって、そのことを曲にしたいなと。1番は女性目線、2番は男性目線で、最後はどちらの目線にも見えるような書き方をしています。頭の中にそれぞれが同じ時間にしていることの映像が二画面構造で浮かんだので、それをこういう形で書いてみたんです。

──歌い方で意識したのは、どんなところ?

杏沙子

1番と2番で一人称が変わるので、そこは声を少しだけ変えて、それぞれになりきって歌いました。ちゃんと2人がいることが見えるように意識して。

──互いに相手を思いながら、いてもたってもいられず走り出す。その瞬間の心の躍動や輝きが、夏という季節と相まって伝わってきます。青春!って感じがする。

夏って季節自体が刹那的だなと思っていて。夏の終わりほど切なくなる季節ってほかにないじゃないですか。それが恋の危うさとも重なるし。そういう季節と心の動きをリンクさせて書けたかなと。

──心の動きと共に歌い方の強弱も変化して、最後の「きみに恋をしてる」では遂にハッキリと確信を持った歌い方がされますね。

はい。2人が会えて恋が実ったという結論よりも、実るかどうかわからないけどとにかく走り出す気持ち、はやる気持ち、切なさと疾走感、強い気持ちと弱い気持ちを1曲に共存させたくて。だから歌い方もそうですけど、ドラムが入ってくる場所をどこに置こうかとか、そういうことにもこだわりました。どこから疾走感を出そうか、どこに切ないポイントを置こうかって、サウンド面でもそれが表現できるようにこだわった曲ですね。

この夏を思い出せる作品になってほしい

──最後はリード曲の「花火の魔法」。これはどんなふうにできた曲なんですか?

2年前の夏の実体験がきっかけで、そこから膨らませて書きました。大学生の夏休みに男女仲良し6人グループで旅行に行って花火をしたんですよ。そのときに「この手持ち花火が杖で、光が魔法みたいだね」みたいな話をして。もしもここに好きな人がいて、一瞬だけでも魔法をかけられたらステキだなって、そのときふと思ったんです。で、花火してる最中なのに、それをメモして。もう音楽活動を始めていたときだったので、友達からは「出たよ。職業病かよ!」とか冗談っぽく言われたんですけど(笑)、私としては「これはいい曲になりそう」とか思ってその1年後の夏に曲にしたんです。

──「これは歌詞のもとになりそう」と思うと、すぐにメモしておく。

そうですね。

──「花火の魔法にかかってしまえ」とか「わたしの病を患ってしまえ」とか、けっこうインパクトのある強い言葉を使ってますよね。

杏沙子

この言葉使いで大丈夫かな?と思いながらも、そのときはなんかそういう言葉がポンポン出てきて。普段はそんなに強気なことを言えない女の子が何かのパワーに背中を押されて強気になって、それでドキッとする言葉を使うっていう物語にしたいと思ったんです。そうやって何かの魔法にかかったようになることってあるなと思って。

──花火の魔法だったり、夏の魔法だったり。

そうそう。夏という季節が刹那的だし、それがもう魔法みたいだなと。

──杏沙子さんの書く曲には、青春の甘酸っぱさとほろ苦さが詰まってますね。高校生から大学生くらいの女の子なら間違いなくキュンキュンしそう。

でも、それは今だからこそ書けることだろうと思うし、「今書きたいのがこういうこと」っていう気持ちが強くて。いつか必ず、「ああ、こんな青春してたな」って遠い目で思うときが来ると思うんです。でも、こういうことをまっすぐな気持ちで書ける時期はきっと限られていると思うから、書けるうちに書きたいんです。

──このミニアルバムが聴く人にとってどういうものであってほしいと思いますか?

まず、いろんな立場の人に聴いてほしいんですよ。恋をしている人に響く曲もありますし、今は恋をしてなくても響く曲があるはずだし。さっきも言ったように5編の短編集を読むように聴いてもらえるものにもなっていると思うんです。あと、聴いた人がこの夏を思い出せるようなものになったらいいですね。「これを聴くと、あの夏を思い出す」っていうような曲って、あるじゃないですか。毎年夏になると引っ張り出して聴きたくなる曲とかアルバムとか。そういうものになったらうれしいです。

──今の高校生や大学生が何年か経ったときに「2018年の夏はこんなことがあって、あのとき『花火の魔法』をよく聴いてたな」って思い出したりとか。

うん。そうなるといいなあ。

杏沙子
杏沙子「花火の魔法」
2018年7月11日発売 / Victor Entertainment
杏沙子「花火の魔法」

[CD]
1728円 / VICL-65025

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収録曲
  1. 天気雨の中の私たち
  2. マイダーリン(re-recording)
  3. クラゲになった日の話
  4. 流れ星
  5. 花火の魔法
ライブ情報
杏沙子ワンマンライブ
  • 2018年9月2日(日)大阪府 Music Club JANUS
  • 2018年9月15日(土)東京都 TSUTAYA O-EAST
杏沙子(アサコ)
杏沙子
1994年生まれ、鳥取県出身のシンガー。大学時代に音楽活動を開始し、2016年に初のオリジナル曲「道」を含むインディーズ1stシングル「道」を発表した。2016年7月に公開した「アップルティー」のミュージックビデオが、中高生の間で注目を集めYouTubeオフィシャルチャンネルにて350万回再生を記録。2017年9月にはコバソロの1stアルバム「KOBASOLO」にボーカリストとして参加した。2018年7月にミニアルバム「花火の魔法」でメジャーデビュー。