スタートダッシュの1曲目「天気雨の中の私たち」
──では1曲ずつ話を聞いていきますね。まず「天気雨の中の私たち」。作詞作曲は新進気鋭の作家、幕須介人さんが手がけてます。とてもユニークな言葉の選び方をする人だなという印象を受けたんですが、幕須さんっておいくつなんですか?
私と同い年で24歳なんですよ。
──そうなんですね!
そんなに何度もお会いしてしゃべったりはしてなくて、ある程度の距離感を持ちながら曲を作っていただいたんですけど、私が気持ちいいと感じる曲調だったり歌詞だったりを書いてくれて。曲をいただいたとき、不思議な気持ちがしました。
──自分のことを書いてくれているように感じた。
そう。幕須さんの書く女の子に自分が投影されていて、まるで自分で書いたみたいに歌えたんです。
──この歌詞の主人公は、予想外の出来事に対してワクワクできる女の子ですよね。予想外のことが起きるからこそ、恋も人生も面白いんだというような。
そうですそうです。予想外の出来事に不安を感じる人もたくさんいるだろうし、怖くなって進めなくなっちゃう人もいると思うんですけど、この子はそこにワクワクを感じてずんずん進んで行くエネルギーを持っている。私も未来に対してマイナスのイメージを抱くことがほとんどない前向きな人間なので、しっくりきましたね。後ろも見ないですし。あと、この主人公はちょっとわがままなキャラクターなんですよ。「気持ちいいところ探すわ」って言って、1人で動いちゃう。さっぱりしてるんですね。そういうところも自分と重なった。
──杏沙子さんも、先がどうなるかわからないぐらいのほうが楽しめる性格なんですね。
そうですね。「絶対いい方向に行くに決まってる!」って思いながら先に行くタイプ。
──友達からうらやましがられるのでは?
あははは(笑)。確かにちょっとネガティブな子から「どうしてそういう考え方になるのか教えてほしい」って言われます。私からすると、どうしてそんな後ろ向きになるのか教えてほしいって感じなんですけど。
──それにしても、幕須さんは普通あんまり歌詞に使わないような言葉を選びますね。「再構成」とか「回答権」、「こそあど入れ替えて」とか。
そういう言葉使いも好きですね。意外性のある言葉とか、実は歌詞映えする言葉を選ぶセンスが素晴らしいなと。あと、私も韻を踏むのが好きなんですけど、幕須さんもそうで。楽しんで書いてらっしゃるのがわかるから、こっちにもその楽しさが移って、歌っていてもすごく楽しいんですよ。
──その楽しさ、ワクワクしてる感じが、ホーンやストリングス、ハンドクラップが入っているサウンドと曲調から伝わるし、もちろん杏沙子さんの歌からも伝わってくる。
歌ってたとき、私の顔がどんどん変わっていってたと思います。“顔で歌う”じゃないですけど、レコーディングでは意識的に表情を作っていくことで感情が乗せられるんですよ。だから、ちょっと人には見せられないくらい、顔を変えていきましたね。一定の感情でずっと進むんじゃなくて、1曲の中でどんどん感情が動いていくものだから。
──最後の「外れかけてく~」の微妙なトーンがまた印象的ですね。「いつも通りの今日」が「外れかけてく」ことを、この女の子は意外と冷静に見つつ、でもやっぱり前向きに捉えているんだろうなということがわかると言うか。
うん。で、これをアルバムの1曲目にしようって思ったのも、これからの自分を投影できるなと思ったからなんですよ。いろんなことに挑戦していって、違ったら違ったでいいし、とりあえずなんでも試して進んでいきたいなって気持ちがあって、そこにも重なった曲だったので、1曲目に持ってきてすごくしっくりきました。スタートダッシュにぴったりの曲だなって。
一瞬で消えてしまうものが好き
──続いて2曲目の「マイダーリン」は、インディーズ時代の曲を再レコーディングしたものですね。ご自身で作詞作曲されてますが、どんなふうに作ったんですか?
シャワーを浴びてたときにメロディが出てきたんです。普段はメロディと歌詞が同時に浮かぶことが多いんですけど、これはメロディだけ出てきて、あとから歌詞を当てていく作り方をして。ちょっと絵本の世界みたいな感じもありつつ、でもメルヘンになりすぎないようにしながら歌詞を付けました。
──恋をしたときのドキドキ感みたいなものがうまく表現されてますよね。
最近気付いたんですけど、夢か現実かわからないこととか、夢と現実の狭間とか、そういうのに私はドキドキするんだなって。夢って、見ても一瞬で消えてしまう。見ていたくても、いつまでも続かない。
──夢の中に現れた王子様がずっといてくれるわけではない。
そう。でも、だから明日もまた会えますようにって願うわけで。そういう経験ってみんなあると思うんですよ。なので私はこのメルヘンチックな内容を、日々の生活に近付けたいなと思って、ちょっとリアルな歌い方を意識したんです。こういう歌詞だからそのまま甘くかわいく歌うこともできたと思うんですけど、あえて現実の生活に寄せた歌い方をしようと。そこは意識しましたね。
──ずっとそこにいる、またはそこにあるわけじゃないからこそ見ていたいと願う気持ちは、むしろ生々しいものですからね。
一瞬で消えてしまうものが、どうやら私は好きみたいで。そういうものを表現したいってところがあるのかもしれないなって最近思うんですよ。
──ああ、例えば花火とか。
花火もそうだし、流れ星もそうだし。消えてしまう前の一瞬を映像みたいに曲にしていけたらなって。
──言われてみると、それがこのミニアルバム全体のテーマと言うか、5曲に共通する感覚なのかもしれない。
そうですね。天気雨も偶然見れるようなところがあって永遠には続かないですし、クラゲも夢なのか現実なのかわからないところを漂っているような感じがありますから。
次のページ »
「クラゲになった日の話」で出せた自分の知らない声
- 杏沙子「花火の魔法」
- 2018年7月11日発売 / Victor Entertainment
-
[CD]
1728円 / VICL-65025
- 収録曲
-
- 天気雨の中の私たち
- マイダーリン(re-recording)
- クラゲになった日の話
- 流れ星
- 花火の魔法
- ライブ情報
杏沙子ワンマンライブ -
- 2018年9月2日(日)大阪府 Music Club JANUS
- 2018年9月15日(土)東京都 TSUTAYA O-EAST
- 杏沙子(アサコ)
- 1994年生まれ、鳥取県出身のシンガー。大学時代に音楽活動を開始し、2016年に初のオリジナル曲「道」を含むインディーズ1stシングル「道」を発表した。2016年7月に公開した「アップルティー」のミュージックビデオが、中高生の間で注目を集めYouTubeオフィシャルチャンネルにて350万回再生を記録。2017年9月にはコバソロの1stアルバム「KOBASOLO」にボーカリストとして参加した。2018年7月にミニアルバム「花火の魔法」でメジャーデビュー。