フワッと柔らかで、ナチュラルかつチャーミング。そんな声で王道的なJ-POPとシティポップの間を行くような歌を聴かせるシンガーの杏沙子が、7月にビクターエンタテインメントからメジャーデビューする。2016、17年にインディーズで発表した作品のうち「アップルティー」などミュージックビデオ3曲が動画配信サイトのオフィシャルチャンネルで総再生回数470万回を超え、昨年には東京・WWWや追加公演の渋谷CLUB QUATTROなどでワンマンライブも成功させてきた杏沙子は果たしてどんな女性なのか。
音楽ナタリーでは、2回に分けてインタビューを実施。第1弾となる今回は幼少期の頃のエピソード、音楽的なルーツ、さらにはインディーズで発表した作品についての話も聞いてみた。さらに、今回の特集のために彼女のルーツとなる楽曲で構成したプレイリストも用意。杏沙子が歌にかける思いを、本人の言葉とプレイリストを通して感じてほしい。
取材・文 / 内本順一
音楽好きな家庭で育った幼少期
──音楽ナタリーでは初めましてですね。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。本当に今日が初めてのインタビューなんです。
──そうなんですね。自分のことを話すのは得意なほうですか?
最近になって「自分ってこういう人間なんだな」って思うことが増えてきたんですけど、それでもまだ自分で自分のことがわかっていないので、インタビューしていただいて気付くことがきっと多いんだろうなと思います。
──まずは幼少時代の話から伺いますね。出身は鳥取だそうで。鳥取と言えば、砂丘があって、大きな湖があって……。
あ、湖、ご存じですか? 私は湖山池の近くで育ちました。湖山池は、「池」と付く湖沼の中では日本で一番大きいんです。
──じゃあ、自然の中で伸び伸びと。
はい。外で遊ぶことが本当に多くて。よく鬼ごっこをしてました。近所に男の子が多かったので、ほかにもサッカーをやったり、ラジコンで遊んだり。やんちゃな子供でしたね。女の子が好きなものに対してこんなに興味を持たない子供で大丈夫だろうか?って、親が心配するぐらい(笑)。
──音楽は子供の頃から好きだったんですか?
母がとにかく音楽好きで。鳥取は車社会で、移動手段は車かバスなんですけど、母が運転する車の中では必ず音楽が流れていました。母の好きだった歌謡曲とかがいつもかかっていたんです。だから私の音楽体験の原点は車の中ですね。父もわりと音楽好きで、家族みんなでカラオケに行ったり。家族全員歌が好きで、おじいちゃん、おばあちゃんも歌うくらい(笑)。カラオケの機械が家にあって、お正月と言えば家族そろってカラオケで歌う、みたいな。
──いい家庭じゃないですか。
そのときはそれが普通だと思っていたんですけど、友達に話したら「家族でカラオケなんて普通やらないよ」って言われて、「え? そうなの?」ってなって。だから今思うと、かなり仲がよくて音楽好きな家族だったんですね。
──お母さんが車でかけていた中で特に記憶に残っているのは、どんなアーティストの曲ですか?
母が松田聖子さんが大好きで。それから槇原敬之さん。あと、DREAMS COME TRUEとか。母が自分の選曲でMDを作って、それを車で聴きながら母が歌う。で、ハモリを母に教わって、私も合わせて一緒に歌うっていう(笑)。
──まさしくそれが杏沙子さんの歌の原点だった。
そうですね。
“歌を中心に世界が回っている”ような音楽が好き
──その頃聴いたもので、特に忘れられない曲は?
今回作ったプレイリストにも入れてますけど、槇原敬之さんの「僕が一番欲しかったもの」と、松田聖子さんの「瞳はダイアモンド」。その2曲は自分の中ですごく大きいです。「僕が一番欲しかったもの」はストーリー形式で進んでいく曲ですけど、初めて歌詞にちゃんと耳がいった曲で。この曲を聴いて歌詞に興味を持つようになったんです。小学3年の頃でしたね。
──このプレイリストに並んでいるのは、ほとんどがシンガーソングライターですよね。そうじゃなくても女性が1人で歌っているユニットであって、いわゆるバンドは入っていない。
そうですね。意識してそういうものをたくさん聴いていたわけではないんですけど、自然にそういう曲を好きになるみたいで。
──ロック、ダンスミュージック、ヒップホップなどよりも、ポップスが好き?
はい。“歌を中心に世界が回っている”ような音楽が好きなんです。歌が聴きたいんですよね。特に言葉が心に入ってくる歌が好きで。なので、ちっちゃい頃から洋楽はあんまり聴いてなくて、日本のポップスをたくさん聴いてました。マイケル・ジャクソンとかQueenとか王道のアーティストは聴いてましたけど、今でも洋楽はそんなに聴いてないほうだと思います。ブルーノ・マーズとか、みんなが好きなアーティストくらいで。
──あと、このプレイリストを見ると、バラードばかりですよね。DREAMS COME TRUEの「うれしい!たのしい!大好き!」と杏沙子さんご自身の曲以外、全部そう。バラードがお好きなんですか?
自分でもこうやって並べてみて、「バラードやミドルが好きなんだな、私」って思いました。なんででしょうね。アップテンポの曲よりもミドルやバラードのほうが歌声に色が付けやすいからかなって今思ったりしましたけど。
──学生時代、学校で嫌なことがあっても家に帰ってバラードを聴くと落ち着くみたいなところがあったりとか?
ああ、それはすごいありました。つらいことがあっても「この曲に支えられてるな」って思えるのがバラードだったり。YUIさんの「Tomorrow's way」とかSuperflyさんの「Last Love Song」は特にそうですね。歌詞に自分を重ねて聴くのはバラードが多いかな。
──部屋で、1人じっくり聴き入る感じ?
それもありますけど、よく自転車に乗りながら聴いたりもしてました。高校のとき自転車通学で、家から学校まで片道40分間走ってたんですよ。その間、暇でしょうがなくて、本当はいけないんですけど音楽聴きながら自転車を走らせてたんです。その頃から歌をやっていきたいって思っていたので、「Tomorrow's way」とか聴きながら元気をもらってた。歌詞の中に「叶える為 生まれてきたの」というフレーズがあるんですけど、何度もリピートしながら自分を奮い立たせていたんです。
杏沙子を形作ったJ-POPの楽曲
──Superflyの「Last Love Song」は愛の終わりを描いた曲ですが、これはどんな思いで聴いていたんですか?
大学生のときにこの曲を聴いて、すごく励まされたんです。これは愛の終わりを歌った曲ですけど、私は失恋したとかじゃなくて、歌をやろうと一歩踏み出したときにちょっといろいろあって、1回くじけて。ある音楽プロデューサー的な人と出会ったんですけど、なかなか私がやりたいこととその方が考えてくれていたこととがうまく噛み合わなくて……歌うのがツライなって思っちゃって。こんなにしんどいんだったら歌をあきらめようかとすら思ったんですよ。そのときにこれを聴いて、夢から突き放された気持ちになった自分を重ねていたんです。落ち込んでいるときに「変わり始める事を 恐れずに生きてほしい」とか「風のように 駆け抜けてよ 一人じゃないことを忘れないで」というところを聴きながら泣いてましたね。越智志帆さんが思って書いた内容とは違うかもしれないけど、私は自分の夢と重ね合わせながら聴いた。そういう大事な曲なんです。
──そうだったんですね。ほかにも大事な曲はありますか?
どれもそれぞれ違う意味で大事な曲ですけど、いきものがかりの「コイスルオトメ」は私が初めて人前で歌った曲という意味ですごく大事な1曲なんです。人前で歌いたい気持ちは小学生の頃から持っていたけど、それまでなかなかそういう機会がなくて。私の通っていた高校は軽音楽部がなかったんですけど、どうしても人前で歌う機会を作りたかったから、高2のときに文化祭限定のバンドを友達と組んで、音楽室で初めてライブをしたんですよ。そこで歌ったのがこの曲で。歌いながら、なんかこう自分の中ですごくしっくりきたんです。「ああ、これだな」って思えた。「私はこれをやりたいんだな」ってハッキリわかったと言うか。
──友達ばかりが聴いているわけだから、ライブハウスでお客さんを前に歌うこととは別の緊張がありそうですね。
もちろんすごく緊張したんですけど、歌ってるときは楽しかったし、終わったあともみんなが「よかったよ」って言ってくれて。聴いた人が何かを感じてくれてるのがわかって、それがすごくうれしかったんです。あとは「眠りの森」も大事な曲です。
──冨田ラボ&ハナレグミの曲ですね。
はい。松田聖子さんはさっきお話したように母が車の中でよくかけて歌っていて、特に「瞳はダイアモンド」が大好きだったんですけど、大学に入ってから「私、松田聖子さんの曲がすごい好きだったな」とふと思って、改めて聖子さんの曲をじっくり聴き返したんです。それで「ああ、いい歌詞だな」って思ってクレジットを見てみると、どれも松本隆さんが書かれていて。そのときはまだ松本隆さんのことを知らなかったから、こんな歌詞が書ける人はどんな人なんだろうと思って、そこから松本さんが詞を書かれた歌をいろいろさかのぼって聴くようになりました。そうしてどんどん松本隆さんの世界が好きになって、大学の卒論で私、松本さんについて書いたんですよ。それを書くにあたって、松本さんのエッセイを読んだり、NHKの番組を観たりもして。その番組の中で流れて、「ああ、この曲、大好きだな」って思ったのが「眠りの森」だったんです。
──卒論を書くほど好きになったというのは相当のものですね。それ、読んでみたい。
いやいやいや、人様にお見せできるようなものじゃないので(苦笑)。
──どんなことを書いたんですか?
松本隆さんが歌詞を書かれた松田聖子さんのシングル曲を全部自分なりに分析して、「これはこういう風景を表している」とか。あとは言葉と言葉の共通点を探したり。ほかにも松本隆さんの書かれた作品をいろいろたどっていきながら、自分なりの解釈で歌詞分析をしていったんです。その中で、はっぴいえんどの「風をあつめて」も好きになりましたし。あと太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」とか、薬師丸ひろ子さんの「探偵物語」とかも。
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松本隆、槇原敬之、aikoらから学んだこと
- 杏沙子「花火の魔法」
- 2018年7月11日発売 / Victor Entertainment
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[CD]
1728円 / VICL-65025
- 収録曲
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- 天気雨の中の私たち
- マイダーリン(re-recording)
- クラゲになった日の話
- 流れ星
- 花火の魔法
- 杏沙子(アサコ)
- 1994年生まれ、鳥取県出身のシンガー。大学時代に音楽活動を開始し、2016年に初のオリジナル曲「道」を含むインディーズ1stシングル「道」を発表した。2016年7月に公開した「アップルティー」のミュージックビデオが、中高生の間で注目を集めYouTubeオフィシャルチャンネルにて350万回再生を記録。2017年9月にはコバソロの1stアルバム「KOBASOLO」にボーカリストとして参加した。2018年7月にミニアルバム「花火の魔法」でメジャーデビューする。
2018年7月11日更新