ヘビーかつダークな音楽性、どこか叙情性を感じさせるメロディによって、ヴィジュアル系シーンで確固たるポジションを得ているアルルカンが、3rdアルバム「The laughing man」をリリースした。すべて新曲で構成されたこのアルバムは、笑えなかったピエロが笑えるようになるまでの物語を描いた作品。音楽ナタリーでは暁(Vo)と奈緒(G)にリモートインタビューを行い、「The laughing man」の制作、本作がバンドにもたらした変化について話を聞いた。
取材・文 / 森朋之
笑えないピエロが笑えるようになるまで
──3rdアルバム「The laughing man」がリリースされました。フルアルバムは2016年発表の「Utopia」以来およそ4年ぶりとなりますが、本作の制作はどのように始まったのでしょうか?
奈緒(G) 制作に入ったのは、ちょうど6周年ツアーを回っていた去年9月です。今までに2枚アルバムを出してるんですが、全曲新曲のアルバムを作ったことがなかったんです。「次は絶対、全部新曲でやりたい」と思い、メンバーに提案しました。
──すべて新曲のアルバムとなると、全体的なテーマが必要なのでは?
奈緒 まさにそうで。最初は「全曲新曲」しか考えていなかったから、テーマを決めるまでにかなり時間がかかりました。テーマをざっくり言うと、「笑えないピエロが笑えるようになるまでのストーリー」なんですけど、これは暁自身の話でもあるので、本人に話してもらったほうがいいかな。
暁(Vo) うん。まず奈緒が「全部新曲のアルバムを作りたい」と言い出して、自分もそれはすごくいいなと。あと、メンバー全員が「次のアルバムは絶対、めちゃくちゃいいものにしたい」という気持ちが強かったんです。その中でいろいろ考えて……「笑えるようになりたい」と思ったんですよね、僕自身が。
──心から笑えないような状況があった、ということですか?
暁 そうですね。真剣になればなるほど笑えなくなって。以前から「どうにか変わりたい」と思っていたんですけど、なかなかきっかけがつかめなかったんです。明るさ、ぬくもり、優しさみたいなものとうまく距離を詰められないまま生きてきたというか……。でも、今回のアルバムの制作に入ったとき、「今度こそ変わろう」と強く思ったんですよね。話し合いの中で「アルバム全体をストーリー仕立てにするのはどうか?」というアイデアをもらって、それに沿って作詞を進めたんですが、コロナで自粛になって、嫌でもアルバムに集中するしかなくなって。メンバーそれぞれが「どういう作品を作りたいのか?」「自分は何を考えていて、何をやろうとしているのか?」ということに向き合ったと思うんです。そういう問題がコロナ禍のタイミングで一気に表面化したというか。
──なるほど。
暁 アルバムで描かれているのは架空の物語なんですけど、実際は自粛中の心の動きだったり、メンバー同士のやりとりだったりがそのままストーリーに反映されているところもあるんです。アルバムの制作に入った頃は、バンド内の関係がけっこうギクシャクしてたんですよね。主に僕のせいなんですけど、いつも以上に丁寧に作品に向き合うことによって、自分たちが抱えている問題にも目を向けたというか。それはかなりしんどかったですけど、そういう葛藤が物語を作っているし、リアルな思いも込められた作品になりました。
──メンバーの関係性の変化がアルバムのコンセプトにつながっているんですね。
奈緒 そうですね。ライブができなくなって、僕らの存在価値であるとか、いろんなことを考えて。今、暁が言ったように、これまで以上に作品と向き合えたんですよね。ここまで愚直に向き合えたのは初めてだったし、よくも悪くも、アルバムのことしか見えてなかった。全体のストーリーがある程度決まって、曲を作り始めて。ギリギリまで変更を重ねたんですが、それも時間があったからできたことだと思います。
全曲新曲、さらにミックスまで自分たちで
──とことんやり切ったという手応えもある?
奈緒 あります。これは「なぜ、すべて新曲でやろうと思ったか?」にもつながるんですけど、1つの作品に対して、120パーセント心血を注いで作ったと言い切りたかったんです。以前から、すべて新曲じゃないと純粋なアルバムとは言えないと思っていたし、今回それをクリアできたことも大きいです。
暁 シングルを3、4枚出したらアルバム、という雛形に乗っかってた部分もあったので。そういう予定調和とか、単なる確認作業ではなく、しっかりやりたいことを注ぎ込めた実感はあります。
奈緒 うん。今回のアルバムは、レコーディングからミックスまで全部自分たちでやったんですよ。レコーディングのエンジニアリングは去年の会場限定CDや、今年の2月に出したシングル「怒り」でもやってるんですけど、レコーディングのエンジニアリング、ミキシングまでやったのは今回が初めてです。
──音自体、すごくアグレッシブですよね。アルルカンらしいヘビーで尖った音もさらに強調されていて。
奈緒 僕自身はプレイヤーだし、みんなと一緒に1から作品を作っているという意味ではアーティストでもあって。録音やマスタリングに関しても、単に綺麗に録るだけではなくて、「こういう音にしたい」という意思があったんですよ。「The laughing man」は自分たちにとって、新しい一歩を踏み出すアルバムにしたい。だったら、今までの音から劇的に変えてやろうと。めちゃくちゃ攻めましたね、確かに。ミックスの段階でメンバーに確認してもらったら、全員が細かい部分の修正だけで、音の方向性についてはふたつ返事でOKをくれて。5人が同じところを見ているんだなって、制作の過程でも確認できました。
──「The laughing man」というタイトルに関しては? 最初にこの題名を見たときはアニメ「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」に登場する架空のハッカーのことを思い出しましたが……。
暁 元ネタというか、この単語の由来はまさにそこで。「笑いたい」「笑顔」「明るさ」みたいなものをタイトルにするとき、自分が好きなものから引っ張ってくるしかなかったんですよね。例えば「Smile」みたいなタイトルは、自分としてはバンドの雰囲気と乖離があってしんどいかなと。
奈緒 アルバムの仮タイトルの候補に「Smile」もあったんですよ。自分たちは希望よりも絶望や悲しさ、世の中に対する不満みたいなものを表現することが多くて。つらい状況の中で自問自答する人間の生き様に惹かれていたんですけど、今回はポジティブを歌いたかったし、「アルルカンのアルバムが『Smile』って、今までになくない?」というインパクトもあるかなと。アルバムの内容やサウンドと同じように、タイトルでも前に進んでいく意思を示したかったんですよね。そんな中で浮上した「The laughing man」はとにかくフレーズとしてカッコいいなと思いました。僕は元ネタを知らなかったんですが(笑)。
暁 「今度こそは笑って前に進みたい」というところから始まって、「笑いましょう」と言えるところまで、すごく時間がかかりました。
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メンバー同士、一触即発