有安杏果|ソロ活動、結婚、そしてコロナ……いくつもの転機を越えて選んだ音楽

2019年3月、東京と大阪でのワンマンライブ「有安杏果 サクライブ 2019 ~Another story~」を機に、本格的にソロアーティストとしての道を歩み始めた有安杏果。同年夏のライブツアー「有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019」を成功に収めた彼女は、その音楽活動を支えるパートナーである一般男性との結婚を11月に発表し、ファンを驚かせた。結婚後も変わらず音楽活動を続け、今年3月には2度目のライブツアー「有安杏果 サクライブ 2020」を行う予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大によりツアーは延期に。その後振替公演の調整を進めるも、最終的に全公演中止の判断が下された。

すべての予定は白紙となったが、有安は来るべき再開の日に備えて準備を進めていたという。11月12日には東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でワンマンライブ「有安杏果 サクライブ 2020 渋谷公会堂公演」の開催が決定。2021年1月には東名阪ツアー(タイトル未定)も予定されている。ライブ活動の再開に先駆け、8月26日に昨年のツアーの模様を収めたライブBlu-ray / DVD「有安杏果 Pop Step Zepp Tour 2019」がリリースされ、10月14日には同ツアーの音源配信がスタートした。音楽ナタリーでは配信音源のリリースに合わせて有安にインタビューを行い、結婚生活や音楽に懸ける思いを聞いた。

取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 堀内彩香

結婚と仕事、そしてコロナ

──有安さんが結婚を発表したのが去年の11月24日で(参照:有安杏果、一般男性と結婚「新しい幸せのスタートに」)、まもなく1年が経とうとしています。月並みな質問ですけど、結婚生活はいかがですか? 大きく変わったのか、それとも……。

なんにも変わらないですねー(笑)。ただ、何か活動をするとき……例えばブログを書くにしても、サインをするようなときも私は「有安杏果」ですけど、例えばクレジット決済をするときなんかは名字が違うんですよ(笑)。逆に言うとそのくらいのことでしか実感はしないし、結婚式や新婚旅行もしていないので、特に何かが変わったという感じはないんですよ。

──挙式はやらないんですか?

有安杏果
有安杏果

相手が私の仕事を理解してくれている方だから、「式はタイミングを見て開けたらいいよね」って話していたんです。11月23日に結婚したのは、ちょうどライブがひと段落したタイミングで、天赦日(てんしゃび)といういい日が巡ってきたからその日にしたんですけど、そのあとも曲作りや今年の春に予定していたツアーの準備もあったから、また落ち着いた頃に考えたらいいやって。でも、おばあちゃんにだけは急かされています(笑)。「ももちゃん、早よ関西で式挙げてえや」みたいな。

──有安さん自身は、式を挙げることや花嫁衣装などに憧れはあったんですか?

いつかはお嫁さんになりたい、お母さんになりたいという思いは人並みにあったつもりだけど、いざ自分がその立場になると「こういうウエディングドレスを着たい」とか「ハネムーンはハワイに行きたい」とか、そういう気持ちは湧かなかったですね。相手が仕事のパートナーでもあるから、あまりウキウキランランな気分にはお互いにならなくて。式場の打ち合わせじゃなくてライブの会場を探す話し合いをするみたいな(笑)。でも私はそれがいいと思うし、気軽に、だけど熱く自分の仕事について納得いくまで話し合える人が身近にいることがうれしいし、心強いんです。

──日常の延長みたいな感じなんですね。そんな中でも、結婚によって有安さんの中で何か大きく変わったところ、意識に変化が起きたことなどはありますか?

落ち着いたとは思います。たぶん。友達の恋愛相談も落ち着いて話を聞けるようになったり(笑)。前だと「それはヤバいよー」とか一緒になって考えてたけど、一歩引いた感じで「それはこうだと思うよ」って冷静に語れるようになりました。プライベートもお仕事も同じパートナーなので、すごく心強くて。コロナウイルスで大変なことになったとき、もし1人暮らしをしていたら気持ちが不安定になっていたかもしれない。不安があればいろいろ話し合える相手がいて、ただ話し合うだけじゃなく具体的なプランまで一緒に考えることができるのはすごくいいことですね。

これが初めての転機ではない

──コロナ禍でどのアーティストも活動休止を余儀なくされて、活動そのものに対して長く考える時間ができたと思います。有安さんの場合、結婚直後のタイミングでもあったから、アーティスト活動に区切りを付けて“お嫁さん”としての暮らしを優先するという選択肢もあったと思うんです。そういう考えはなかったですか?

うーん……私の場合、今このコロナ禍で特別な転機が来たという気持ちもなくて。これまでにも何度も……大学を受験するべきか、グループを卒業すべきか、何度も自分の生き方について考えてきたし、大きな台風が来たときも、大きな地震が起こったときも、そのたびに「自分ができることはなんだろう」「この仕事を続けていてもいいのかな」と考えてきたんです。結婚するときだってもちろん考えましたし、その都度自分を見つめ直してきたので、今回特別に深く考えたということはないですね。もちろん、こんな体験は今までにないことだし、「これは長期戦になるな」という不安はありましたけど、世界中のみんなが同じように大変な状況にあると思ったら、もう考えも1周2周回って「しょうがないよね」としかならなくて。

──確かに、有安さんの場合はももいろクローバーZがどんどん活躍の幅を広げていく中で大学に通うという選択をしました(参照:ももクロ有安、日大芸術学部写真学科を4年で卒業「やっと言えました」)。おそらくいろんなタイミングで身の振り方を考えてきましたよね。

有安杏果

思い返すと泣けてきちゃいますけど……私としては、もうむちゃくちゃ考えて、まだこの世界で表現してみたいことがあると思ってソロでの活動を決意したんです。ライブも決まって、よしがんばろう!と思っていたタイミングでさまざまな心ない憶測や報道があったときは、傷ついたり歯がゆい思いもして、正直もう辞めたほうが楽かなと思いました(笑)。心を壊してまでステージに立つべきなのか……自分が自分じゃなくなるんじゃないかと思うようなことはありましたね。でもそんな大変なときにこそ周りで支えて下さったチームスタッフさん、そして応援して下さるファンの皆さんが待ってくれていたのでなんとか乗り越えることができました。なので逆にコロナ禍の今は「この時間を無駄にしないぞ」という気持ちが強くて、改めて楽器の練習をしたり、むしろストイックに活動に向き合っています。

──幸か不幸か、インプットをする時間、修練を積む時間ができましたからね。

緊急事態宣言のときはみんなで集まることもできなかったし、ひたすら家にいましたけど、ちょうどグループを卒業したあとの1年も同じような感じだったんですよ。自分を見つめ直して、レベルアップ、スキルアップにひたすら時間を費やして。そのときに、気分転換がすごく大事だと気付いたんですよね。あのとき覚えた気分転換をもう一度思い出して、編み物をしたり、ミシンを引っ張り出してマスクを作ったり。ジムやダンスレッスンに通えない分、何か運動をしなきゃと思って縄跳びで二重跳びにチャレンジしたり。

──動画もアップしていましたね。

毎日やることが大事だと思って、コツコツ続けてます。ギターもいつもだったらライブに向けて演奏する曲だけを練習したりとか、目標ありきのものになっていたけど、教科書の1ページ目からやるような気分で基礎からやり直してます。ピアノも今までは記号的に覚えていたものを、全部のコードネームを見ただけでパッと押さえられるように練習したり……ずっと「時間がないし」とあきらめていたことに改めて向き合ったので、楽器に対する自信と意欲が出てきました。「この曲はちょっと弾けないな」と初めから諦めるんじゃなく、やってみたうえで「ここに自分の演奏は必要ないな」と思ったら弾かないという引き算ができるようになった。楽器に親しみが出てくると、曲作りをしていても自然と出てくるものが変わってくるし、間奏のギターソロも自分で考えられるようになったりとか、1つひとつの濃度が上がってきた実感があります。

セットリスト考えるの早すぎ!

──有安さんも本来は3月にツアーをスタートさせる予定でしたが、結局中止になってしまいましたよね。

有安杏果

ツアーは開催できるかどうかギリギリまで決められなかったから、リハーサルもやってたんですよ。舞台監督さんからは「有安さん、お客さんとみんなで歌うコーナーは、一応歌わないバージョンも用意しておきましょう。ちょっと考えておいてもらっていいですか」っていきなり言われて。確かに世の中の状況がどんどん変わり始めていたので、準備するに越したことはないと思って、お客さんと一緒に歌おうと思っていた何曲かはアレンジを変えて2バージョンのリハをしました。あのときはライブ中にお客さんが声を出さない状態なんてまだ想像もできなかったから、首をかしげながらやってましたけど……今となっては当たり前の景色ですもんね。

──折よく去年のツアーを収めたライブBlu-ray / DVDがリリースされたので、なおさらその変わりようを考えちゃいますよね。今回さらにライブ音源が配信されますが、視覚情報のない音源だとまた印象が違うというか……まず抜群に演奏がうまい。

そうなんですよー。これ本当に、私を合わせて5人だけでやってるの?と驚くくらい音が分厚いんですよね。

──全国6都市を回った「Pop Step Zepp Tour」からツアーファイナルとなったZepp Tokyo公演の音源が収められていますが(参照:有安杏果、夏を駆け抜けた初ソロツアーを経て“ポジ子”に)、バンドは福原将宜(G)さん、山口寛雄(B)さん、玉田豊夢(Dr)さん、宮崎裕介(Key)さんというメンバーでした。

トラックダウンとマスタリングにも立ち合わせてもらったし、もう何度も聴いてるんですけど、例えば「宮崎さん、ここでこんなフレーズ弾いてたんだ!」みたいな発見がまだまだあって。だからこの音数でもこんなに厚く聞こえるんだな、というのがよくわかる。

有安杏果

──ライブでの見せ方、聴かせ方にはどんなこだわりがありますか?

1つは、アレンジってすごく面白いなと思っていて。バンドの編成が変わるだけで全然違うものになるし、レコーディングでは音数が多い曲も、今は5人だけでやってるからライブでは違う発想でアレンジするんです。それはライブならではの醍醐味で。あとは、楽しませるところは楽しませて、しっかり聴かせるところは聴かせるというメリハリ、緩急はすごく大事にしています。

──ではセットリストの組み立てはご自身で?

はい。セットリストはいつも考えるのが早すぎるって言われます(笑)。ライブの予定が決まったら、イベンターさんがスケジュールを組んでくれた段階でうれしくなっちゃって、「次のライブはこんな感じかな」って開催発表の前から考えちゃう(笑)。でも、セットリストを考えるのが早い分、「この流れだったらこういう曲が欲しいな」「ここにこんな曲があったらいいな」みたいな感じで新曲ができたりするんですよ。「Pop Step Zepp Tour」の新曲はまさにそんな感じで作りました。