石野理子(Vo)、すりぃ(G)、やまもとひかる(B)、ツミキ(Dr)の4人からなるバンド・Aooo(アウー)が、初のオリジナルアルバム「Aooo」を完成させた。
メンバー4人はそれぞれ個人で活動し、バンドを結成した現在もソロ活動と並行してライブや楽曲制作を進めてきた。すべて一発録りでレコーディングしたというアルバム「Aooo」は、バンドを始めた喜びと初期衝動に満ちている。4人はどのような思いでバンドを結成し、いかにしてこのアルバムを作り上げたのか? Aooo初の全員インタビューでその裏側に迫る。
取材・文 / 張江浩司ライブ写真撮影 / Kato Shumpei
ソロで活動する4人がバンドを結成、怒涛の急展開
──バンドとして4人そろってインタビューを受けるのは、これが初めてだそうですね。
やまもとひかる(B) はい。
石野理子(Vo) こういうときに誰から話し始めるのかも、まだ探り中です(笑)。
──では、まず結成の経緯から聞かせてください。
ツミキ(Dr) とあるイベントの打ち上げで、僕とひかるちゃんが同席したタイミングがあって。「いずれ2人で音楽やれたらいいね」みたいなことを話したのがきっかけですね。2023年の6月くらいだったと思います。
やまもと もともと私はツミキさんのファンだったんですよ。
ツミキ そう、僕のライブによく来てくれていて。2019年くらいに知り合って、一緒にスタジオに入って遊んだりしてたんです。
──ツミキさんとやまもとさんのユニットではなく、初めからバンドでやるイメージがあったんですか?
ツミキ 本当に軽いノリだったんで、そもそも「ユニットかバンドか」とか考えてなかった(笑)。なんか遊ぼう、みたいな。
やまもと ツミキさんがすりぃさんを誘ったのも、「めっちゃギターうまい友達いるで」って感じでしたもんね。
──皆さんそれぞれの活動ではボーカルもやられてますし、3ピースバンドとしても成立すると思うんですが、ボーカルを入れようと思ったのはなぜですか?
ツミキ バンド内のパワーバランスというか、関係性が等分になっている感覚を作りたかったんです。そうなると3人のうち誰かが歌うよりも、もう1人ボーカルを加えたほうがきれいに等分になるんじゃないのかなと。見え方的にも、みんなの楽しさ的にも。
石野 去年の7月頭くらいに、マネージャーさんを介して「石野さんボーカルで一緒にやれないかなと言ってくれてるみたいで、1回会ってみる?」というお話があって。ただ、それもすごくラフな感じででしたね。私は3人とはもともと面識がなかったんですが、ちょうどソロで動き出したタイミングで、今までとは違う音楽的なつながりも増やしたいなと思っていたのと、面白そうだったので、会いに行きました。
すりぃ(G) 僕も同じタイミングで顔合わせだったんです。個別にツミキとひかるちゃんと話し合ったりしてたわけではなく。
ツミキ 僕とひかるちゃんの頭の中で空想上のバンドができあがってきてて、「よし、なんとなくいけそう」と思ったから、みんな居酒屋に集まってもらってガッチャンコした感じでした。
石野 それが去年の7月後半くらいかな。
やまもと 初スタジオが8月で。
すりぃ 9月16日が初ライブ(参照:Aooo初ライブでバンド名の由来明かす、Awkmiuは東阪ツアー開催を発表)。
──ものすごいスピード感ですよね。
ツミキ めちゃくちゃ早かったです。
石野 顔合わせの日にけっこう話が進んだんですよ。ライブをどうするかとか、バンド名とか。2時間くらい考えた結果、バンド名はすごくシンプルに4人の血液型を合わせることになって。私がA型で、ほかの3人がO型なんです。発音もかわいいし、ロゴにしてもかわいいからすぐ気に入りました。
個人の活動とバンドの違い
──「このバンドでこんな音楽をやろう」というビジョンはリハに入る前からあったんですか?
ツミキ とにかく軽いノリで始めたんで、ほぼ考えてなかったです。それが1stアルバムのよさにもつながってると思うんですけど、すごく衝動的というか。「とりあえずなんか鳴らしてみよう」という。学生みたいな感じですね。
やまもと 最初の居酒屋の打ち合わせでは、私と石野がカラオケで1曲目に歌う曲が中島愛さんの「星間飛行」という共通点が見つかって、初ライブでカバーすることになりました(笑)。
石野 初ライブはソロ楽曲のセルフカバー4曲、それと「星間飛行」のカバーと、唯一バンドで作ったオリジナル曲は「アパシー」だけで。「アパシー」も本当にギリギリでできた感じでしたね。
ツミキ 1、2回スタジオに入っただけで作ったもんな。
すりぃ 「やっぱりオリジナル1曲はないとまずいよな」って。
やまもと 「作ろう!」と決めたものの、誰が作るか決まらなくて止まってたんだよね。
──全員が作れるからこそお見合いしちゃったんですね。
すりぃ いよいよヤバくなったんで、スタジオで適当に弾いて合わせながら作っていきました。
ツミキ 「Aoooだから犬っぽいギターフレーズ弾いて」ってお願いした記憶がある(笑)。
──共通点が見つからないくらいバックボーンがバラバラな4人が集まった中、短時間で作り上げられた「アパシー」には手応えを感じたんじゃないですか?
ツミキ 各々のソロ活動を知っているから、音楽的な信頼感があるのは前提で。だから「犬っぽいギター」みたいな無茶なことを言っても応えてくれるだろうと。そういう音楽的な共通言語があるから、曲がパッとできたのかなと思います。
石野 いつもは1人で作ることが多いメンバーだと思うんですけど、Aoooでだからこそ、お互いに知恵を出し合いながらやれたというか。「この人がやったらどういうふうになるんだろう?」と探りながら楽しく制作できました。アルバムを作るときもそうでしたね。
すりぃ 僕もツミキも、もともとバンドをやってたから、ソロでの曲作りとの違いはそれほど感じなくて。行き詰まることもなかったですね。
ツミキ バンドをやってたのは10代の頃で、自分たちの音楽を俯瞰できなかったというか、子供っぽい部分を抱えながらやってたところもあったので、成長した自分が改めてバンドをやるのはすごく楽しいです。
やまもと 私はバンドをやりたくてベースを始めたんですけど、なかなかうまくいかなくて。動画投稿をやり始めたのも、メンバー探しのつもりだったんです。そのうちサポートベーシストのお仕事をさせてもらえるようになって、すごく楽しいんですけど、どの現場も「メンバーではない」という意識がすごくあるんですね。YOASOBIのサポート現場は中でもすごくバンドっぽいんですけど、やっぱりその意識はある。「このままサポートベーシストとしてやっていくんだろうな」と思っていたので、自分がメンバーのバンドを組めたのはすごくうれしいです。
石野 私はバンドに最初から参加するのは今回が初めてで、そもそももう一度バンドで活動するというのは自分の中でハードルが高いことだったんです。前のバンドもすごく大切だからこそ、どういうスタンスでやったらいいのか悩ましくて。みんなと顔合わせをしたときに、楽しくラフにやりたい反面、そんな感じで始めて大丈夫かなという気持ちもどこかにありました。「楽しんじゃっていいのかな」って。でも、リハがどんどん進んでいって、自分が主体的に動くようになればなるほど、そういう悩みは自然となくなっていきました。気持ちを整理しながらみんなで曲を作ることができたから。最初のライブを迎えるまでは気持ちに波があったりもしましたが、今はやるって決めてよかったと思っています。
やまもと ボーカルに誘うときもちょっと迷ったんですよね。「石野理子がボーカルやってくれたら激アツだけど、この軽いノリに巻き込んでいいのかな」って。
ツミキ でも、そこはひとつの覚悟というか、自分の中で落としどころとしてすごくよかったんですよね。僕も赤い公園が大好きだったし、自分がこのバンドを始めるにあたって「石野理子がボーカルにいる」というのがすごく大きなピースになったので。結果として、アルバム制作においても絶対手を抜けない、緊張感みたいなものを担保してもらった気がします。
──勢いでスタートしたバンドだけど、石野さんが入ることで芯が通ったというか。
ツミキ そこで完成した感じがしましたね。
石野 ただ、初ライブはAoooとして動き出してからまだ2カ月とかだったので、メンバーもお互い探り合っている部分もあって、会場のお客さんの温かい雰囲気にかなり助けていただいたなと思っています(笑)。バンドができてすごく楽しかったけど、もっと気を引き締めなくては……とライブが終わったあとに勝手に1人で反省会してました。個人的にも、定まっていなかった気持ちに整理がついて、モチベーションにつながったライブでした。
すりぃ 僕はあのライブで、ギタープレイヤーとしていろいろ成長したなと思います。ひさびさにギターだけを担当するとなってイチからエフェクターを集めたりとか、そういうワクワクもあったし、ギター1つでコード感を表現する難しさも改めて知ったし。音作りも楽しかったです。
やまもと 最初のスタジオのときは「みんなどういう温度感なんだろう?」と思っていたんですけど、すりぃさんがエフェクターをいっぱい持ってきて「Aooo用にエフェクターボード組んだよ!」って言ってたから、これはすごいやる気だと思った(笑)。