藍井エイル「心臓」特集|ヨルシカ・n-bunaとの出会いで生まれた、新しい“「SAO」×藍井エイル”の形 (2/3)

サウジアラビアで気絶しそうになりました

──レコーディングでは、n-bunaさんがディレクションを?

はい。基本的に藍井チームは曲を書いてくださった作家さんにディレクションしてもらうので。「心臓」のデモも3回は録っていて、録るたびに歌い方も変わっていったんですけど、デモの時点ではAメロの「飽きそうなくらい」あたりからけっこうロックなボーカルになっていたんです。でも、n-bunaさん的には「まだ落ち着いてもらっていいですか?」という感じだったので、本チャンでさらに歌い方が変わりましたね。私としても、n-bunaさんから素敵な曲を託されたので、しっかりと向き合わなきゃいけないと思いながら歌っていたら、自分の歌に納得できなくなっちゃって。「もう1回いいですか?」と何テイクも録りました。

──では、わりと難航した?

いや、REC自体は早く終わったんですよ。さっきも言ったように「心臓」はシンプルな構成で、ハモもサビの1、3、4行目しかないので。ただ、シンプルであるがゆえにごまかしが一切効かなくて、まずメインがしっかり録れていないと話にならない。そのうえで、ハモが全部シングルなので、メインのブレス位置とかニュアンスの付け方にぴったり合わせないとすぐ不協和音になってしまうというか、ちょっとでもズレたら台無しになるんですよ。なのでかなり慎重に、メインの歌を聴き直しながらハモを付けていきましたね。

藍井エイル

──コントロールされた、しかしナチュラルなボーカルだと思って聴いていたのですが、その裏にめちゃくちゃ緻密な作業が……。

ありましたね。いろんな作家さんの曲を歌うようになってからパワーで押すばかりじゃなくなったんですけど、パワーで押さない曲であればあるほど、私にとっては難しさが増すんですよ。一方で最近、実はちっちゃい声のほうがニュアンスを付けやすいということにも気が付いて。大きな声だとマイクを通したときにニュアンスが削られちゃうことがあるんですけど、ちっちゃい声だと、プラスに作用するリップノイズとかもしっかり残るんですよ。

──「心臓」のボーカルも、力強さというよりはさわやかさに振った感じですよね。

もう、ポカリスエットぐらいさわやかに(笑)。歌詞に「今翔んで」「まだ僕ら飛べそうだ」とあるように、映画の内容的にも「飛ぶ」というのがキーワードだと私は思っているので、青空や湿り気のない風をイメージしながら歌いました。あと、個人的には「1人で歩いていた それで良かった筈なのに いつしか二つになったこの音で」という歌詞が好きで。この「音」は足音なのか心音なのか、わからないけど、2人だから進んでいける、飛んでいけるという前向きな気持ちにさせてくれますね。

──ちなみに、n-bunaさんとはディレクション以外でも何かお話しされました?

最初に、サウジアラビアの話をしまして。

──初対面で?

そう(笑)。私は5月にサウジアラビアでライブをしたんですけど、n-bunaさんが「サウジどうでした?」と話を振ってくださったんです。とりあえず気温が日中は47℃、夜間でも37℃あるので昼間に外を出歩いていると変わった人扱いされるとは聞いていたんですけど、湿度も高くて。ライブは夜、野外ステージでやることになっていて、リハーサルも陽が落ちてから始めたところ、床が濡れて滑るぐらいの湿気があったので「本番は大丈夫かな?」と。

──大丈夫でした?

湿度はいくらか下がったんですけど、気温は高いままで。ライブの終盤にLEDじゃないスポットライトを浴びたとき、暑すぎて気絶しそうになりました……という話をn-bunaさんに聞いてもらいました(笑)。

自分で自分を洗脳して、いつも自分と戦っていました

──カップリング1曲目の「EVIL」は作詞が唐沢美帆さんで、作編曲は先ほどもお名前が出た重永亮介さんですね。

重永さんは、楽曲制作でも2ndシングルの「AURORA」(2012年9月発売)からお世話になっている“いつメン”ですね。

──「EVIL」も、楽器編成としては「心臓」にバイオリンを加えた程度のシンプルなバンドサウンドで。ただ「心臓」より粘り気があるというか、メロディのクセが強い。

うんうん。クセもパンチもある、重永節が発揮された楽曲でありつつ、いつもよりハモもトラック数も少ないんですよ。「心臓」もそうだったので、重永さんに「最近はハモとか楽器とか、盛り盛りにしないものなの?」と聞いたら「みんな、盛り盛りに疲れたんよ」と言っていて(笑)。

──疲れましたか(笑)。

重永さんといったらストリングスをバチバチのガチガチに盛るイメージがあったんですけど、この10年でお互いに変化しているんだなと。あんなに盛り盛り男だった重永さんから「疲れた」という言葉を聞くという未来は、想像できませんでしたね。

──作詞の唐沢さんとは何かお話をされたんですか。

残念ながら直接はお会いできなかったんですけど、イベントとかでご一緒するたびに拝ませてもらっています。美しすぎて、いつも「どうしたら唐沢さんみたいになれるんだろう?」と考えちゃいますね。

──藍井さんサイドから歌詞のオーダーを出したりは?

あ、オーダーに関しては、この曲では「SAO」のキリトとアスナ以外の登場人物にフォーカスしたくて。唐沢さんには、今回の劇場版のオリジナルキャラクターであるミトをテーマにした歌詞をお願いしました。

──そうだったんですね。僕にはその視点はまったくなかったので、藍井さんの内面的な戦いを描いた歌詞なのかなと思っていました。

ああー。どういう受け取り方をしてもらってもうれしいですし、そういうふうにも見せてくれる唐沢さん、さすがすぎる。でも実際、過去の自分、具体的には活動休止前の自分はまさにこんな感じでしたね。歌詞の冒頭にもあるように、本当に「一人だけで 生きていける」と信じていましたし、自分で自分を洗脳して、いつも自分と戦っていました。

──「私はこんなもんじゃない」「もっとできる」みたいな?

そうそう。自分のことを天才だと無理やり思い込んで、天才であろうとすることから逃れられないように、自分で逃げ道をどんどんふさいで一直線にしていくみたいな。そういうことをずっとやっていたから、苦しくなっちゃったんでしょうね。休み方もわからなかったので、休みをもらっても持て余すだけだし、休んでいることが罪な気がしてジムで体を動かしたりして。結局「あのとき休まなければ、今こういうことができたかもしれない」と後悔するのが怖いから、休めない。そんな、スポ根を極めし者みたいになっていましたね。

──過剰にストイックだった。

過剰でしたね。体重の管理もできなくなって、どんどん痩せていっちゃったり。明らかによくない戦い方をしていたんだけど、そのときの自分と「EVIL」の歌詞はすごく重なります。

藍井エイル

こんな強いメロディはもう二度と歌えないんじゃないか

──以前、藍井さんがカノエラナさんと対談したとき、オフの日は何をしているのかお聞きしたところ「ゲーム以外のことはしていない」とおっしゃっていて(参照:カノエラナ「盾と矛」カノエラナ×藍井エイル対談)。

はいはい(笑)。もう、今は好きなことしかしていないので。

──活動休止前は考えられなかったことですね。

そうですね。活動休止中は“人間として活動すること”を目標にしていたんですけど、最初の半年ぐらいは自分は何が好きか、何がしたいかわからなかったので、その時期は地獄でした。何もしないのもつらいし、何もしていないから焦るし、私だけ取り残されているように思えて。でも、1人で青森とか沖縄の無人島に行ってみたりして、ちょっとずつ元気になってきたときに「ヨガで体を整えて歌につなげていこう」とか、肉体的な健康から取り戻していく感じになりましたね。

──あ、僕もヨガを7、8年やっていた時期があって……。

すごい! ガチ勢だ。

──ヨガはいいですね。まさに肉体的な変化も実感できて。

いいですよね。でも、いろんなヨガがある中で、ハンモックヨガはちょっと自分には合いませんでした。最後にハンモックにくるまらなきゃいけない時間があるんですけど、私は閉所恐怖症なのか、くるまったらパニックになって「出して! 出して!」みたいな(笑)。

──ハンモックヨガ、ちょっと楽しそうですね。僕がやっていたのはアシュタンガヨガという、わりとハードコアなヨガで。

はいはい。あれは、私には無理です。あんなポーズをしながら普通に呼吸をするなんて。

──「なんでそのポーズしようと思った?」みたいなのばっかりですよね。でも、ポーズよりも呼吸がメインというか、呼吸をしながらポージングしないと意味がない。

そうなんですよね。めちゃくちゃ苦しいんですけど、ヨガをやると呼吸に意識が向くので、意外とライブのときに役立って。例えば緊張して呼吸が速くなっているときに「あ、待って。ちゃんと呼吸してる?」と自分を客観的に見られたりするので、精神的に鍛えられたかもしれません。もちろん身体的にも、私はボイトレの先生に「頭のてっぺんを糸で吊るされてるような感覚で歌うのよ」と言われ続けていたんですけど、ヨガをやったことでようやくその感覚がわかるようになったんですよ。

──それと並行して、活動休止中からゲームもやっていたんですか?

はい。弟と一緒にゲーミングPCを買いに行きまして。でも、ゲームで会う友達に「今日も休みなの? もうニートじゃん」とか言われて「うるさいわ!」みたいな(笑)。実際、友達はみんな働いているから、私が朝起きてからゲームをやり始めても誰もいないんです。それだけが悲しかったな。

藍井エイル

──やや話が逸れましたが、表題の「心臓」のボーカルがさわやかだったのに対して、「EVIL」のそれは情熱的で、ある種の泥臭さもありますね。

泥臭くて、ちょっと邪悪さもあって。楽曲自体にも重永さんらしい歌謡曲感があるというか、特に最初の「一人だけで 生きていける」のメロディが私は大好きで。「こんな強いメロディはもう二度と歌えないんじゃないか」と思ったので、ひさしぶりに藍井エイルらしい歌い方で歌ったんですけど、すごく疲れましたね。声量に頼り切った状態で歌っていたので、ちょっと喉がおかしくなりそうな瞬間もあって、「あ、やっぱりこれ間違ってるんだ」と気付いたり。「EVIL」はけっこうギリギリのラインを攻めているんですけど、ほかのやり方があったかもなと実は思っていて。今までの藍井エイルとは体の使い方も発声法も変えているとはいえ、けっこう“ロック歌い”をしちゃったんですよ。

──ロック歌いですか。

ボイトレの先生に「ロック歌いはダメ」とずっと言われていたんですけど、それでも勢いを付けたい部分でついやってしまって。もちろん現時点では「EVIL」のボーカルに納得しているんです。でも、今後はロック歌いじゃないやり方で、ロックに聞こえる歌い方を身に付ける必要がある。自分の喉を守るためにも。そういう、新しい目標ができた曲でもあります。