藍井エイル「心臓」特集|ヨルシカ・n-bunaとの出会いで生まれた、新しい“「SAO」×藍井エイル”の形

藍井エイルが10月19日にニューシングル「心臓」をリリースした。

シングルの表題曲は「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ」の主題歌。これまでも10年にわたってタッグを組んできた「ソードアート・オンライン」シリーズの最新作を、藍井は魂のこもった音楽で彩る。主題歌の作詞および作編曲はヨルシカのn-buna。突き抜けるようなロックサウンドが印象的な楽曲には、「どこまでも飛んでいける」という未来への衝動が満ちている。

音楽ナタリーでは、n-bunaとの出会いで生まれた新しい“「SAO」×藍井エイル”の音楽について本人に話を聞いた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 山口真由子

これ、本当に藍井エイル?

──今日はニューシングル「心臓」のインタビューになるのですが、8月リリースのシングル「HELLO HELLO HELLO」のお話も少しお聞きしたくて。

はい。ありがとうございます。

──表題曲「HELLO HELLO HELLO」はリラックスしたカントリーポップで、例えば力強さやスピード感といった従来の藍井さんの持ち味を封印した楽曲とも言えると思います。それも含め、さかのぼれば「FRAGMENT」(2019年4月発売の4thアルバム)あたりから藍井さんのボーカルスタイルがより多様化しているように感じるのですが、そうした変化は意図的なものですか?

いろんな作家さんにいろんな楽曲をお願いしているぶん、楽曲の幅も広がって、その振れ幅に自分の歌い方も対応させないとうまく歯車が噛み合わないんですよね。なので、曲によってはデモを何回も録って、そのたびに歌い方を変えながら方向性を決めて、そのうえで本チャンのレコーディングに臨んでいて。だいたい最初のデモには“いつもの藍井エイル”感が残っているんですけど、だんだんそこから外れていって、本チャンに至る頃には「ここまで来てしまっていいのだろうか?」ぐらいになるので、あとはスタッフさんからの許可を待つという(笑)。

──楽曲に沿ったアプローチを探っているうちに、結果的に変わっていったと。

「HELLO HELLO HELLO」もそんな感じでやっていて。明らかにロックではないので、最初のデモから柔らかいイメージで歌っていたんですけど、スタッフさんから「それをぶりっ子っぽく歌ったらどうなる?」と言われて、やってみたらけっこうハマったんですよ。タイアップ的にも、つまり「カッコウの許嫁」というラブコメアニメのエンディングテーマとしてもかわいらしい歌い方のほうが合うだろうから、そっちに全振りした感じですね。でも、気を抜くとすぐいつもの藍井エイルに戻っちゃうので、そこはかなり気を付けました。

──ちょうど昨日から「HELLO HELLO HELLO」の先行配信が始まっていますが(※取材は7月下旬に実施)、もうファンの声などは届いています?

「今までの歌い方と全然違っていて、かわいい」と言ってくれる方が多くて。あと、ファンの皆さん以外の方からは「これ、本当に藍井エイル?」といった声もちらほら。

──してやったりでは?

ちょっとニヤッとしました(笑)。ただ、藍井エイルは路線変更して、これからもこういう歌い方がメインになると受け取っている方もいらっしゃって。それに関しては「いや、今回だけだよ!」と思いつつ。

──そういう反応があるというのは、藍井さんのスタイルが認知されていることの証左でもありますよね。いつもと違うから、皆さんびっくりする。

うんうん。その皆さんのびっくりがうれしかったですね。

──カップリング曲の「CaCO」も、かつてないぐらい優しいバラードで。

このシングルに収録された3曲は、すべて恋愛にまつわる曲になっていて。1曲目の「HELLO HELLO HELLO」は「カッコウの許嫁」を意識して、2曲目の「Resonance」はスマートフォン向けゲーム「放置少女」の5周年記念テーマソングなんですけど、こちらは大切な人を思いながら孤独を乗り越え強くなっていく女の子のことを歌っているんです。で、3曲目の「CaCO」は前向きな失恋ソングというテーマで詞を書いたので、3曲とも主人公は恋する女の子なんですよ。

──藍井さんは過去にも「虹の音」(2014年1月発売の6thシングル表題曲)のような恋愛バラードも歌ってきましたが、「CaCO」はより体温を感じます。

「虹の音」よりも距離が近いというか親密な歌にしたかったので、声を張り上げることなく、優しく。大人の女性というよりは、まだ成長途中の女の子の恋をイメージして、失恋がモチーフだけどずっと笑顔で歌っていた感じですね。

藍井エイル

今までの「SAO」×藍井エイルとは違った形を提示できた

──そんな「HELLO HELLO HELLO」に負けず劣らず、ニューシングルの「心臓」でも変化が見られます。表題曲は「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ- 冥き夕闇のスケルツォ」の主題歌で、作詞・作曲・編曲はヨルシカのn-bunaさんですが、初めて作家クレジットを見たとき「そう来たか」「どんな曲になるんだろう?」と思いました。

n-bunaさんにお願いするというのは藍井チームの発案で、私はレコーディングのときに初めてお会いしたんですけど、普段からヨルシカの音源をスマホに入れてよく聴いていますし、ライブも拝見しているのですごくうれしいコラボでした。

──「SAO」シリーズの楽曲には、電子音もしくはストリングスとバンドサウンドのコンビネーションみたいな定石があったように思いますが、「心臓」はそこを外してきましたね。

そうなんです。n-bunaさん的には、あえてアニメの主題歌ではない感じに聞こえさせたい意図があったみたいで。ストリングスもないし、ハモもほとんどないし、トラック数自体もかなり少なめの、すごくシンプルな構成になっていますね。なので、今までの「SAO」と藍井エイルのかけ算とはまた違った形を提示できたんじゃないかなと思います。

──ミニマルなピアノを軸にした、端正なロックナンバーですね。

あのピアノを弾いているのはエイルバンドのバンマスの重永(亮介)さんなんですけど、「延々と同じフレーズを繰り返してて頭おかしくなる」「どこを弾いてるのかわからん」と言っていました(笑)。私としては、音数が少ないぶん歌がすごく目立つので、ボーカル録りはけっこう大変でしたね。特に、「心臓」はほぼAメロとサビの繰り返しになっているんですけど、そのAメロをいつもより脱力して、でもフックになる部分ははっきり発音しなければいけないという絶妙な難しさがあって。

──フックというのは、具体的には?

例えば歌の最初、「どうにか」の「ど」がちゃんと「ど」に聞こえていないと、歌がだらだらっと流れちゃうんですよ。子音だけじゃなくて、2行目の「飽きそうな」の「あ」とかもある程度アタックを付けなきゃいけないんだけど、アタックが強すぎるとこの曲のムードが損なわれてしまうし……そういう細かいさじ加減がすごく難しくて。逆にフックを意識しすぎると、今度はカクカクした歌になってしまったり。

──なるほど。

私は普段からボーカルシートにいろいろ書き込むタイプで、「心臓」に関してはフックとなるポイントに丸印を付けていったんですけど、いつの間にか丸印だらけになっていましたね。しかも「ここは強く」「ここはほどほどに」みたいな強弱とかも丸の大きさで表していたので、微妙に丸のサイズが違ったりする、私にしかわからない独自のボーカルシートができあがりました(笑)。