安斉かれん「ANTI HEROINE」「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」インタビュー|音楽で示す多彩なヒロインの姿

安斉かれんが1stアルバムとなる「ANTI HEROINE」と「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」の2作を同時リリースした。

「ANTI HEROINE」にはチャーリーXCXやChvrchesといった海外のトップアーティストに加え、国内からGiga、TeddyLoid、DAIDAI(Paledusk)、Have a Nice Day!らが制作に参加した多彩な15曲を収録。もう一方の「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」は初期からの安斉の魅力が詰まったヒストリカルアルバムという位置付けで、デビュー3部作の“Re:プロデュース”バージョンやm-floのカバー、自身でサックスを演奏したインスト曲、代表曲「僕らは強くなれる。」の別バージョンなどが収められている。

音楽ナタリーでは安斉本人にインタビュー。1stアルバムを2枚同時リリースするに至った経緯や、収録楽曲の制作エピソード、音楽に懸ける思いなどを聞いた。

取材・文 / 小松香里撮影 / ハタサトシ

安斉かれんのイメージを裏切りたかった

──1stアルバムを2枚同時にリリースすることになった経緯を教えてください。

アルバムをリリースすることを意識せずに、とにかくいろんな曲が作りたくて。どんどん曲を作っていたら、いつの間にかすごい曲数になっていたので、2枚同時にリリースになりました。本当は「ANTI HEROINE」1枚の予定だったんですけど、これまでもいい曲がたくさんあったので「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」も出すことになったんです。

安斉かれん

──「ANTI HEROINE」というタイトルには、「ヒロインは最も多様性が失われている」という安斉さんの思いが込められているそうですね。

いわゆる“ヒロイン像”ってありますよね。黒髪で清楚でとか。ヒロイン的な人がそういうイメージから外れた言動をした際に叩かれることもあると思うんですけど、それってその人の今まで見えてなかった部分が見えただけだと思うんですよね。それを自分に置き換えたときに、「安斉かれんってこうだよね」とか「こうあるべき」という世間のイメージがあって、それももちろん自分の一面ではあるんですけど、いい意味でそのイメージを裏切るような、多彩な音楽をやりたいと思ったんです。今ある安斉かれん像から外れた、もっともっといろんな部分を出していきたいなと思いました。

──まさに多種多様な楽曲が詰まったアルバムになっていますが、楽曲ごとにバラバラのヒロイン像を打ち出したビジュアライザーを公開していくという試みはどこから生まれたんですか?

本当にいろんな曲ができたので、「曲ごとのビジュアライザーがあったら面白いんじゃないか」ってディレクターが提案してくれて。「それ、めっちゃいい!」って思って。曲によって衣装もメイクもガラッと変えて、これまでにトライしたことがないアプローチもできたので、面白かったですね。セットの椅子とスピーカーは全部同じものなんですけど、どれも全然違って見える。ビジュアルから曲に入りこむようなアプローチは新鮮でした。でも、ガチガチに作り込むというよりは、「自由にしていいよ」という感じで、ライブをやるような感覚で楽しみました。

作曲にも挑戦

──今回、安斉さんは作詞だけじゃなく、「不眠症☆廃天国 -Hollywood Edit-」と「YOLOOP」では作曲にも関わっています。以前から「作曲もやってみたい」とおっしゃってましたよね。

言ってましたね(笑)。「不眠症☆廃天国 -Hollywood Edit-」はFZさん、「YOLOOP」はmaximum10さんとの共作なんですが、2曲ともスタジオに入ってその場でギターを弾いてもらって、私が歌メロを作っていく感じで。

──作曲してみてどうでした?

自分が作ったメロディがどんどん形になっていく喜びがありつつ、歌ってる途中で何が一番いいのかがわからなくなることもあって難しさも感じました。でも、その過程も含めて全部楽しかったです。

──「不眠症☆廃天国 -Hollywood Edit-」はダブステップで、「YOLOOP」はロック調です。

「不眠症☆廃天国 -Hollywood Edit-」のオリジナルバージョンはチルなヒップホップで、アルバムに入っているのはリミックスなんです。もともとがゆったりした曲だったので、ゴリゴリの曲を作りたくなっちゃって、ラウドなギターに合わせて歌ってできたのが「YOLOOP」です。ほぼ同時進行でしたね。普段からサブスクでいろんな曲を聴いてて、「こういう曲作ってみたいな」と思いながらどんどんプレイリストに追加してるんです。ジャンルレスに、名前の知らないアーティストの曲もたくさん聴きます。

──デビュー前からそういう聴き方をしてたんですか?

昔からけっこうなんでも聴いてましたね。デビュー当時は洋楽ばかり聴いてたんですが、J-POPを歌うようになってJ-POPの曲を多く聴くようになりました。一時期ロシアのヒップホップにハマって、それでできたのが「GAL-TRAP」でした。

ロシア語って音が柔らかいニュアンスがあって、英語よりは音の感触として尖ってない感じがする。それが好みなんですよね。最近トルコの映画を観たんですが、トルコ語も丸い印象があって、聞いてて疲れないなと思いました。音を意識して生活してる感じなんですかね。作詞に没頭していると、たまに疲れちゃうんですけど、そんなときは歌詞のない曲を聴いたり、クラシックを聴いたりして脳を休めるんです。ロシア語とかトルコ語もその延長線上にあるのかもしれないですね。

安斉かれん
安斉かれん

歌詞の一人称が“僕”から“私”に

──歌詞については、以前は等身大のストレートなメッセージを書くことが多かったようですが、アルバムの曲は言葉遊びや語感重視のアプローチも多いですよね。

特に変えようと意識したわけじゃないんです。「現実カメラ」って曲がアルバムに入ってますけど、“現実カメラ”って、普段私がなんのフィルターもかけないで写真を撮られたときに、「現実カメラで撮らないで!」ってふざけて言ってるワードをそのままタイトルにしたんです。“かれん語”みたいな。そのときに「ちゃんとしたきれいな言葉じゃなくて、普段自分が使うくだけたしゃべり言葉を使ってもいいんだ」と思って、作詞で使う言葉が増えました。基本的にはトラックを聴いたうえで書いてるので、音重視だと思います。

──Chvrchesが提供したダークなシンセポップ曲「ギブミー♡すとっぷ」の歌詞は謎解きのような雰囲気もありますよね。

この曲のデモは英語で、それを日本語にしてから歌詞を書いていきました。日本語と英語を混ぜて話す人っているじゃないですか。「超デリシャスなんだけどー」とか(笑)、そういうノリで書いていきましたね。英語のデモを聴いた段階で、「くだけてもいいのかな」と思って。例えばB-DASHさんの「ちょ」って曲の歌詞も何を言ってるかわかんないけど、聴いてて気持ちがいい。そういう感じで書いていって、あとから少し意味付けできるようにアレンジしました。

安斉かれん

──「おーる、べじ♪」には「まい・らいふ・すたいる メンタル♡プリキュア」というフレーズがあったり、全体的に安斉さんのライフスタイルが出ていますが、どんなふうに歌詞を膨らませていったんでしょう?

この曲も音を聴いて感じたことをそのまま書いていきました。私はプリキュア世代だから、周りにプリキュアに憧れる女の子がすごく多くて。私も将来の夢を聞かれたとき、小さい頃は「プリキュア!」って答えてたんですよね。かわいいんだけど戦っちゃう、最強の女子って感じが大好きで。「メンタル♡プリキュア」っていう歌詞は、「それぐらい私は砕けない」という気持ちを込めてます。

──安斉さんの歌詞には戦ってる感が随所に出てきますよね。「ANTI HEROINE」と同時リリースされたアルバムのタイトルは「僕らはきっと偽りだらけの世界で強くなる。」ですし。

戦ってますね(笑)。でも、昔に比べると、そういう歌詞は減った気がします。

──初期の楽曲は、はっきりと“私対世界”っていう構図がありましたよね。

確かに。今はちょっと大人になったのかもしれないです。歌詞の一人称が“僕”から“私”になったんですよね。“僕”って書いてたときは、第三者視点というか誰かを客観的に見ているような気持ちで書いてたんです。でも最近の“私”って書いてる曲は、主人公と相対する何かのことを書いてる。より近いところで書いてるような気がします。でも今の曲も自分が主人公だと照れ臭くなっちゃうので、誰か別の主人公を作りだして、その人のつもりで歌詞を書いて歌ってます。「私がこの人だったら」みたいなアプローチというか。

──“僕”から“私”への変化は何かきっかけがあったんですか?

きっかけというきっかけはないと思うんですよね。音楽に引っ張られたところもあると思いますし、自分で曲を作るようになったのも大きいかもしれないです。

──武装が解けたようなところもあったんですかね。

ああ、そうですね。やっぱり大人になったのかな(笑)。

安斉かれん

──ご自身のことを極度の人見知りだとおっしゃってますが、人とのコミュニケーションの取り方も変わってきましたか?

こういうお仕事をしていなかったらそんなに人としゃべらない人生を送ってたと思うんですけど、だいぶしゃべれるようにはなりましたね。一緒に曲を作るようになったり、バンドでライブをやるようになったりして、よりハッキリと「こうしたい」と思うことが増えて、結果的に人としゃべるようになったというか。