ナタリー PowerPush - Any
音楽が結びつけた巡り合わせ 新世代バンド×片寄明人対談
いろんな音楽を聴くことは良いこと
──メンバー的に、片寄さんとの作業で目から鱗が落ちるような経験ってどんなことですか?
工藤 めちゃくちゃあるからなあ(笑)。これがやりたかったんだ!っていうことが確実に音に出せてるんですよ。それは片寄さんとやってすごく驚いたこと。「こういう音なんでしょ?」「こういう音が頭の中で鳴ってるんじゃない?」って片寄さんが言ってたとしたら、「そうなんですよ!」ってすごくうれしくなっちゃうぐらいいっぱいあって。
──「なんでそこまで俺の気持ちがわかるんだ?」みたいな(笑)。
工藤 そうなんです。それと、レコーディングが終わったあとに同じ車に乗って帰るときに、音楽の話が尽きないんですよね。この人と一緒にいたら何年かかっても終わらないんじゃないかって感じ。ご自宅に伺っていろいろ音楽を聴かせていただいたときも、片寄さんって引き出しどれぐらいあるんだろうってほどに、「これも聴いてみな、これも聴いてみな」っていろいろ勧めてくれて。その中から自分が好きな音楽ってこういうものなんだっていう確認もできたんですよね。あとはもう、自分の良いところもダメなところも、片寄さんと一緒にやったことで確認できたし、それによって自分に自信が持てたと思うんですよね。
片寄 いろんな音楽を聴くことは良いことだと思うんですよ。好きじゃない音楽を聴くのも大事だと思うし、自分はこれが嫌いだからこっちが好きなんだとか、あらゆるものを相対的に考えることができれば、もっと大きな視点を得ることができる。少なくとも若いうちは、それを真似するとか真似しないっていう問題じゃなくて、必ず何かを学べると思うんだよね。僕はずっとそういう考えなんだけど、彼らにも似ているところがあるなあと思って、かわいくなっていろいろ教えたくなっちゃうんだよな。
──溺愛気味ですね(笑)。
片寄 いやいや、ホントかわいいですよ。大森くんなんて、休憩時間もヘッドフォンして黙々とベースを弾いてるんですよ。で、まあみんな学校には行きたくないわけですよ(笑)。「学校がなかったらずっと音楽ができるのに……」なんてことを言ってるわけ。僕なんかずっと音楽を作っていると、たまにスタジオに行きたくないとか音楽を聴きたくないとか思っちゃうことがあるんだけど、それは音楽ばっかりやってるっていう夢のような生活が当たり前のようになっちゃってるから思うことで、そういう考えはいかんっていうことを彼らから教えてもらってるな。
生きることや死ぬことにもっと向き合っていかなきゃ
──そんな片寄さんと作り上げたアルバム「宿り木」ですが、できあがっての率直な感想は?
工藤 今まで作ってきた中で、Anyっていうものが一番出てるなっていう感じはするんですけど、アルバムを作っているときに、僕の中で大きな意識の変化があって。それは「ハリネズミ」っていう曲を録ったときぐらいから考えてたことなんですけど、生きることや死ぬことに対してもっと向き合っていかなきゃいけないんじゃないかって。そのきっかけは、アルバムの中でも使ってるアコースティックギターを借りた、あるおじさんとの出会いなんですね。おじさんとは1年前に知り合いを通じて出会ったんですけど、いろんな音楽を知っていて、楽器もすごくいっぱい持ってたんですよ。初めて会ったときから笑顔で接してくれて。でも、病気を患っていて一言も喋れなかったんですね。一度僕らのライブに来てくれたことがあるんですけど、その後は身体の調子が良くなくてほとんど外に出ることがなかったと後から聞いて……僕が出会ってから1年後にそのおじさんは亡くなったんです。
──そうだったんですね。
工藤 訃報を聞いたときは、悲しいんだけど他人事みたいな感じだったんですけど、家族の方から「息子のように慕ってましたよ」って聞いて。赤の他人だったおじさんとの不思議な縁をしみじみ思い返してたら、一気におじさんの死がすごく身近なことに感じられて、生きることに対して今までなんて無頓着だったんだろうってすごく考えさせられたんですよね。自分はずっと、愛しさだったり切なさだったりっていうのを歌詞の中に含めて歌ってきたんですけど、おじさんの死によってそれがすごく浅はかなものに感じられて、全部破り捨てたくなったんです。でも、そういうことを考えられたからこそ、今という限りある時間の中でもっと自分に向き合えるようにもなれたし、作品自体を濃いものにすることができたんですよね。
片寄 その切実さというか、生と死の感覚っていうのは、42歳の僕にとっても非常にリアルなもので……最近ね、不思議なんだよ。自分が若い頃は「若いモンはなってない!」って上の世代から説教されるのが常で、今でもなってない若者はきっとたくさんいるとは思うんだけど、なぜか「自分って若いときこんなに精神性が高かったっけ?」って思わされる子に出会うことも本当に多くて。今の若者はあなどれないなって思って。工藤くんもそのタイプのひとりだと思ってるんだけど、精神年齢とか魂の年齢とか、明らかに自分よりも高いなっていう年下の子たちって、ヘタしたら10代の子の中にもいそうだよね。
──確かに。
片寄 でもそれはすごくいいことだと思う。今っていう時代に非常にふさわしいことっていうか、あらゆるものの価値観がどんどん崩れて、年功序列みたいなものも崩れていくなかで出てきた世代……うん、悪いことばかりじゃないなって思ったね。だから、僕は工藤くんが書く歌詞に対して、自分の半分の年齢の子が書いたんだっていう上から目線はまったくなくて、純粋に感動させられることがあるし、勉強になることもある。そう、非常に勉強になってるんだよね。僕のほうが感謝しなきゃいけないことが多いんじゃないかって思うよ。このアルバムはそんな普遍的な価値観に基づいて作られているから、ずっと古くならないと思う。そういうのって作ってるときに大抵わかるんですよね。これは本当に自信があるな。
自分を確認させてくれる存在は周りにしかいない
──ところで、このアルバムにはタイトルチューンが入ってないですよね。それだけに「宿り木」というタイトルには、何か深い意味がありそうですが。
工藤 このタイトルは、さっきのおじさんとのエピソードから来ていて……。アルバムには入ってないですけど、「宿り木」っていう曲はあるんですね。「優しい人」と同じ時期に録った曲で、個人的にすごく好きな曲なんです。で、とあるライブの日に、僕はすごくむしゃくしゃしてて、お客さんに対して「お前ら、ちゃんと生きてんのか?」っていう気持ちで演奏してたんですよ。何でそんなにむしゃくしゃしてたのか、そのときはよくわからなかったんですけど、ライブの後におじさんが亡くなったっていう知らせがあって。たぶん、そのむしゃくしゃって自分自身にも向けてたところもあったんじゃないかって思ったんですよ。自分こそ「ちゃんと生きてるのか?」って。
──虫の知らせってやつだったんでしょうか。
工藤 で、おじさんが観にきてくれたライブで「新曲ができました。このアコギがあったからできました」って歌ったのが「宿り木」っていう曲だったんです。後で家族の方に聞いた話なんですけど、その曲を聴いておじさんはすごく驚いてたそうなんですよ。なぜかっていうと、そのおじさんが使ってたガンの薬の原材料が宿り木だったそうなんです。僕はそんなことまったく知らないし、どんな病気だったのかも知らなかったから、その話を聞いてすごくびっくりして。なんであのタイミングで“宿り木”っていう言葉を使ったんだろうと考えたんですよ。何かの巡り合わせ……なんでしょうね。僕はスピリチュアルなことは全然わからないんですけど、そういう巡り合わせって絶対あると思っていて、出会いに対してもすごく感謝するんです。自分っていうものを確認させてくれる存在って、周りにしかいないから。「宿り木」っていうタイトルは、きっとおじさんが与えてくれたものだろうと思うし、きっとなにか巡り巡って辿り着いた言葉なんですよ。だから、「宿り木」というタイトルの曲は別にして、このタイトルでアルバムをひとつ完成させようと思ったんです。“運命の赤い糸”じゃないですけど、そういったものって確かに存在している。片寄さんと出会ったときも、まさか法政の先輩だなんて思わなかったし、偶然にもほどがあるじゃないですか(笑)。
片寄 大学ならまだしも、法政二高出身のミュージシャンってひとりも会ったことないもん(笑)。
ワンマンライブ
「Any 宿り木 tour 2011」
- 2011年2月25日(金)
東京都 Shibuya O-nest
OPEN 18:30 / START 19:00
前売 2300円 / 当日 2800円(各ドリンク代別)
チケット一般発売日:2011年1月22日(土) - 2011年3月18日(金)
神奈川県 横浜BAYSIS
OPEN 18:30 / START 19:00
前売 2300円 / 当日 2800円(各ドリンク代別)
チケット一般発売日:2011年2月5日(土)
Any(えにー)
2006年12月に結成された工藤成永(Vo,G)、大森慎也(B)、高橋武(Dr)の3人からなるロックバンド。2007年に「横浜ハイスクールミュージックフェスティバル2007」でグランプリを受賞し(工藤は2006年も別バンドで受賞)、2008年4月に現在のメンバー編成となる。その後、渋谷、下北沢、横浜のライブハウスで精力的なライブ活動を展開。2009年5月に1stミニアルバム「102」をリリースした。2010年1月には「アイデンティティ」がiTunes Store「今週のシングル」に選ばれ、3万ダウンロード超を記録。同月に2ndミニアルバム「羽のさなぎ」を発表し、好評を博した。同年9月に片寄明人プロデュースによるシングル「優しい人」でメジャーデビュー。翌10月には2ndシングル「落雷」をリリースし、着実に知名度を高めている。口ずさみやすいメロディとみずみずしい感性で綴られる詞世界が魅力。2011年2月と3月に初のワンマンライブが決定している。