ナタリー PowerPush - Any

音楽が結びつけた巡り合わせ 新世代バンド×片寄明人対談

シンプルな3ピースのアンサンブルから産み落とされていく叙情性豊かなメロディ、そして喜びと憂いを織り交ぜながら聴き手の心に爪あとを残していく言葉。次代のスタンダードになり得るポテンシャルをがっちり備えたニューカマー、Anyがメジャー1stアルバム「宿り木」を完成させた。

サウンドプロデュースは、メジャーデビューシングル「優しい人」からのパートナーとなる片寄明人。今回の取材では、誰よりも身近に、誰よりも客観的な視線でバンドを見守ってきた“第4のメンバー”を交えて、Anyというバンドの魅力を改めて検証しながら、フロントマンの工藤成永(Vo,G)にニューアルバムに込めた思いを語ってもらった。

取材・文/久保田泰平

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Anyは僕の中の王道の部分と抵触している感じ

──片寄さんは、Anyの音を初めて聴いたときにどんな印象を受けました?

片寄明人 まず第一に曲と歌詞がいい。それと声もね。そこに惹きつけられて、これはちょっと興味深いなと。僕は、プロデュースするアーティストのタイプを特に決めてないし、自分の中にあるたくさんの引き出しを活かしていろんなタイプのものをやってみたいと思ってるんですけど、Anyに関して言えば、わりと僕の中の王道の部分と反応している感じがあって。それこそ、自分の若い頃を思い出したりもしたし、何よりすぐに曲が好きになれたし、彼らがどういうことをやろうとしてるのかっていうのもすぐにわかった。プロデュースするときっていうのは、まず自分がこのバンドに対して何ができるのかっていうことを考えるんですけど、そこの部分が初めから見えやすかったかな。

──演奏力の高さもポイントになったんじゃないですか?

片寄明人

片寄 そうですね。初めてライブを観たときに、ドラムとベースがすごくいいなあって感じたので、これはちょっとレコーディングが面白いことになりそうだなと。基本的にリズム隊のいいバンドは間違いないですからね。

──一緒に作業を始めるにあたって、どういった段取りを?

片寄 僕がバンドをプロデュースするときのスタンスは、コンセプトを立てて設計図を書いてっていうよりも、メンバーのひとり、あくまでリーダーではなくメンバーのひとりとして参加するっていうのが基本なんですね。だからもう、彼らがリハーサルしてる現場に自然に入っていって、アイデアを出して、それが気に入るときもあれば気に入らないときもあるし、必要なかったらすぐに別のアイデアを試すし、みたいな感じで……わりとシンプルだよね?

工藤成永 そうですね。

──打ち解けるまでに時間はかかってなさそうですね。

片寄 かからなかったよね。僕が勝手にそう思ってるのかもしれないけど(笑)。

工藤 いやいや、ホントに。まあ最初はすごく緊張したし、どんな人なんだろうなっていう印象はありましたけど、実際にスタジオに入って一緒に作業を始めたら、ひたすら楽しくて。

片寄 最初に会ったとき、どんな音楽聴いてるの?って話をするじゃないですか。そうすると、工藤くんからジェームス・テイラーとかボブ・ディランとか言われて。だいたい20歳の子からジェームス・テイラーの名前が出てくること自体、一瞬おやっ?って思うわけですよ。それがうれしい驚きでもあったし。レコーディングの合間にみんなで僕の家に遊びに来て、彼らが好きそうな音楽を教えてあげたりっていうことも楽しかったし、そういうことは僕にとってすごく大事なんですよ。それが共通言語になるというか、音楽的言語として意思疎通するのにとっても役に立つからね。彼らは聴いてる音楽のセンスがすごく良いんですよ。

「優しい人」は完全にボツにしようとしてた曲

──作業が始まったのはいつ頃ですか?

片寄 春休みだったかな。彼らは学生なんで、基本的にはそういうときにしか時間がとれないし。

工藤 そうなんですよ。

片寄 そうだ、工藤くんと大森(慎也/B)くんに関しては大学の後輩でしかも高校も同じで。そのへんでもシンパシーがあったな、言うの忘れてたけど(笑)。

工藤 最初は、メジャー1stシングルになった「優しい人」のレコーディングだったんですけど、この曲は僕が高校時代に書いた曲で、完全にボツにしようとしてた曲なんですね。でも、みんながいいって言って、片寄さんもこの曲がいいからやりたいって。

──この曲をなぜボツにしたかったのかわからないですねえ。

片寄 ねっ、ぜんぜんわかんないでしょ?

工藤 ってことを現場でも言われたんですよ(笑)。それでまあ、ボツにせずにレコーディングしたんですけど、この曲で初めて鍵盤を入れたりして。そのときにTHE BANDみたいな感じとか、そんな話をしてましたよね?

片寄 言ってたねえ。まぁあくまでTHE BANDみたいに渋いのはオルガンだけですけどね(笑)。

工藤 この時期には、すごくいろんなことを教えてもらったし、このレコーディングのときに初めて片寄さんっていう人を知ることができたし、僕らっていう人間も知ってもらえたと思う。音楽を通じてお互いの考えていることを探して、わかり合っていった作業でしたね。「優しい人」をボツにしないで良かったって思いました。この曲はすごくメッセージも強かったんで、今の自分に歌えるのかなっていう不安があったんですよね。でも、片寄さんもディレクターもメンバーも絶対にいいからって言ってくれて。

片寄 これ、不思議な曲だよね。歌詞を見ると「なんだこれ?」っていうか(笑)「甘いこと言ってんじゃん!」って言葉だけでは思うかもしれないけど、これが曲に乗ったときに、泣けるんだよね。そこがまずびっくりしたところだな。「何も怖くないよ」とか「願いを込めれば叶うんだ」とか、ある意味手垢の付きまくった言葉じゃないですか。職業作家だったら何も考えずにササッと書いちゃうような言葉かもしれないけど、でもこの言葉が持っている本当の意味自体は今でも有効ですよね。生きていくうえで優しさは必要だし、願いだって誰もが持ってることだし。なぜか僕は彼らの言葉に嘘を感じなかったんですよ。

やってる中でシンプルにまとまっていくのが理想

──ところで、スタジオに持ち込むデモはどのぐらいまで作り込んでくるんですか?

工藤 デモは、実際にメンバーの前で歌詞をつけて弾いて歌うんですね。そのとき感じた印象でそれぞれのパートを弾いてもらう。「ここは大事だからこうしてね」っていうのはいくつか言うんですけど、それ以上のことは何も言わず。なので、デモでは僕らだけでできる精一杯のアレンジを考えるんですね。それは最終的にシンプルなものになるんですけど、最初からシンプルにしていこうってことじゃなくて、やってる中でシンプルにまとまっていくっていうのが理想なんですよ。

片寄 3ピースのバンドだから、僕は楽曲の骨格自体には基本的に口出ししないんです。よっぽどの確信がない限り、僕のエゴなんて入れる気はこれっぽっちもないし、それをやっちゃったらバンドじゃなくなっちゃうと思う。いろいろな音をダビングして自分の世界観に近づけたいっていうときに、こんなこともできるよ、あんなこともできるよっていう提案はたくさんするけど、あくまで楽曲の根幹にかかわる部分に関しては3人だけで作ってるんです。そこは強く主張しておきたいですね。ある意味職人的な感覚が必要な音の質感や、アルバムの方向性のコントロールは僕の重要な役割ですけど。

──そういえば、このアルバムにはキーボードの音も入ってますよね。

片寄 アルバムでキーボードを弾いてるのって、清水一登さんなんですよ。ヒカシューやキリング・タイムで活躍されてGreat 3でもクレイジーな曲ばっかり弾いてくれたあの伝説の鬼才が、息子ぐらいの年のバンドと面白がってやってくれてるんです。「雨のパレード」のエキセントリックなピアノがまさにそうなんですけど、これは僕も譜面を書いてないし、清水さんも書いてない。すべて骨格となるAnyの演奏によって引き出された即興演奏なんですよね。それだけの器がAnyっていうバンドにはあるってことだよね。それは、僕もやってて驚きだったことだな。

1stアルバム「宿り木」 / 2010年12月22日発売 / 2500円(税込) / PONY CANYON / PCCA-03319

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CD収録曲
  1. クローゼット
  2. アンチエイド
  3. セレナーデ
  4. JAM
  5. 落雷
  6. 13月の雨時計
  7. 雨のパレード
  8. waffle
  9. ハリネズミ
  10. 優しい人
ワンマンライブ
「Any 宿り木 tour 2011」
  • 2011年2月25日(金)
    東京都 Shibuya O-nest
    OPEN 18:30 / START 19:00
    前売 2300円 / 当日 2800円(各ドリンク代別)
    チケット一般発売日:2011年1月22日(土)
  • 2011年3月18日(金)
    神奈川県 横浜BAYSIS
    OPEN 18:30 / START 19:00
    前売 2300円 / 当日 2800円(各ドリンク代別)
    チケット一般発売日:2011年2月5日(土)
Any(えにー)

2006年12月に結成された工藤成永(Vo,G)、大森慎也(B)、高橋武(Dr)の3人からなるロックバンド。2007年に「横浜ハイスクールミュージックフェスティバル2007」でグランプリを受賞し(工藤は2006年も別バンドで受賞)、2008年4月に現在のメンバー編成となる。その後、渋谷、下北沢、横浜のライブハウスで精力的なライブ活動を展開。2009年5月に1stミニアルバム「102」をリリースした。2010年1月には「アイデンティティ」がiTunes Store「今週のシングル」に選ばれ、3万ダウンロード超を記録。同月に2ndミニアルバム「羽のさなぎ」を発表し、好評を博した。同年9月に片寄明人プロデュースによるシングル「優しい人」でメジャーデビュー。翌10月には2ndシングル「落雷」をリリースし、着実に知名度を高めている。口ずさみやすいメロディとみずみずしい感性で綴られる詞世界が魅力。2011年2月と3月に初のワンマンライブが決定している。