ナタリー PowerPush - アンジェラ・アキ
新たな夢への第一歩 有終の美を飾る集大成ベスト
4月から8月にかけて行われる全国ツアーを最後に、国内での音楽活動を無期限停止すると発表したアンジェラ・アキ。彼女は家族と共にアメリカに移住し、現地の音楽大学に通う。また、すでに取り掛かっているブロードウェイミュージカルのプロジェクトを進めるという。
それに伴い、約10年の日本での活動の集大成と言えるベストアルバム「TAPESTRY OF SONGS-THE BEST OF ANGELA AKI」が本日3月5日にリリースされた。ナタリーでは、渡米を決心した理由から現在の心境までじっくり語ってもらった。
取材・文 / 内本順一
デビュー5周年後に訪れた極度のスランプ
──日本での活動を無期限で休止してアメリカに移るなんて、本当に思いきった決断ですよね。でも、アンジェラらしいなと思いました。
そうですね。私のことを理解してくれてる人は、みんなそう言います(笑)。
──いろんな思いがあっての決断でしょうし、ひと言ふた言で語れることではないと思いますが、いつ頃からどういうふうに気持ちが固まっていったのか、話してもらえますか?
はい。まずさかのぼって話すと、2010年に出した「LIFE」というアルバムのあと、私、ちょっとしたスランプに陥ったんですね。ちょっとどころか、かなりのスランプ。曲が書けなくなったんです。その年は5周年イヤーということで、夏に故郷の徳島で弾き語りライブをやって、年末には武道館でベストヒット&オールリクエストライブをやって。すごく充実した5周年イヤーだったんですけど、それが終わると同時に燃え尽きた感覚に襲われてしまった。5周年でこんなに燃え尽きてどうするんだって思ったんですけど、そこにきて年明けのある日、私、ふっと意識を失って倒れてしまったんですよ。そのまま緊急入院。子宮外妊娠でした。緊急手術したお医者さんに「あとちょっと遅かったら、命が危なかった」って言われて。それがあった2カ月後に東日本大震災があって。スランプと子宮外妊娠と震災が立て続けに起きて、しばらく放心状態だったんですよ。精神的にかなりきつくなってしまって。それから自分にとって何が本当に大事で、この先何をすべきか、深く深く考えました。震災のあと誰しもがそうしたように、私も立ち止まって自分の人生を見つめ直したんです。音楽を続けるにはどうすればいいのかとか、もっと豊かな曲を私は生み出すことができるのかとか。2011年はそんな感じでかなり重い年でしたね。「WHITE」というアルバムは相当苦しみながら作ったものだったんです。
──そこから抜け出せたのはいつぐらいだったんですか?
2012年2月に出産したんですけど、そのあとかな。その頃からある友人と頻繁に連絡を取り合うようになったんです。その友達は私より10歳年上のカナダ人の作家で、今はパリに住んでる人なんですけど。私たちが知り合った頃、彼は日本で英語を教えていて、小説を書いて本にしようと出版社100社に送ったけど全部から断られていて。私もデモテープを持ってあちこちに売り込みに行ってたけど、まだ決まらなかった頃で、同じような境遇だったの。それで、私はひと足先にデビューすることができて忙しくなり、その2年後くらいかな、彼の小説もニューヨークの大きな出版社から出せることになって。それが今や20カ国以上で出版されて大ベストセラーになっているっていう。スティーヴン・スピルバーグ自身も本を気に入って映画化しようとしていたらしいんだけど、彼はその権利を売らなかったの。なぜなら彼は「この本をいつかアンジェラと一緒にミュージカルにするんだ」って決めていたから。2人ともまだ芽が出てなかった頃に約束してたんですよ、「いつか一緒にやろうね」って。で、私にとって重い2011年が終わり、2012年に入ったある日、「ねえ、そろそろ始めない?」って彼から言われて。
──それをきっかけに、その彼とのミュージカルプロジェクトがスタートした。
そう。長い小説なんだけど、2人で音楽も台本も全部書いて、それを2時間のミュージカルにするために構成し直して。それを今やっているところなんです。でも今の私の知識や力量だと不十分なので、ブロードウェイに何回もミュージカルを観に行ったりもしていて。
──ミュージカルに対する興味は昔からあったんですか?
ワシントンD.C.に住んでいた頃に、ニューヨークに行っては友達に誘われて一緒に観たりしていて。ハワイに住んでいた高校時代にも観ていたしね。でも当時は自分が作りたいという気持ちはなかった。それよりシンガーソングライターとしてデビューしたい気持ちが強かったから。
──じゃあ、強い関心を持つようになったのは……。
わりと最近ですね。それに、今はミュージカルの黄金時代がやってきていますよね。シンディ・ローパーが音楽を担当した「キンキー・ブーツ」がトニー賞を獲ってシンディはスコア賞を受賞したり、ジョン・メレンキャンプがスティーヴン・キングと組んだミュージカル(「ゴースト・ブラザース・オブ・ダークランド・カントリー」)が大ヒットしたりしている。そうやって現役ミュージシャンがどんどんミュージカルに進出しているじゃないですか。つまり新しいミュージカルの時代がきているわけで。手法も昔のものとは全然違うんですよ。日本だとまだその辺りの事情がそんなに広く伝わってないから、私がミュージカルのプロジェクトをやると言うと誤解する人もいるかもしれないけど、いわゆる昔ながらのミュージカルとはちょっと違うんです。
アメリカ留学を決めた真意
──考えてみれば、アンジェラの曲にもミュージカル的要素のあるものがいくつかありましたもんね。「宇宙」とか「モラルの葬式」とか。
そうなの。その2曲にはすごくある。ストーリー作りは前からすごく好きなんです。1曲の中にドラマがあって、絶望も希望もあるようなものを書くのが前から好きで。
──向いてると思う。
うん。
──じゃあ、一時期はスランプに陥ったものの、ミュージカルのプロジェクトを始めることによって表現のモチベーションを取り戻せたわけですね。
そうですね。でも、そうなるまでは行き詰まってる状態がかなり続いていた。例えば自分はシングルよりもアルバム1枚通して世界観を伝えたいほうだけど、世間的には1曲ごとにダウンロードして聴くというスタイルに変わってきているようにも感じていて、そのへんの葛藤もあったし。これは海外も一緒だけど、シンガーソングライターが活動するのが難しい時代になってきてるようにも思う。あと、あるタイアップのために書いた曲で自分にとって最高だと思えるものができたんですけど、「こういうんじゃないんだよね」って言われたことがあって、ひどく落ち込んだりもして。そういうこともあって、それまでのシステムとかやり方とかに疑問を持つようになっていたんですよ。まあ、そういうのは特別なことじゃなくて、みんな通ることなんだろうけど。
──そうですね。
だから、それでもずっとやり続けている人は本当にすごいなって改めて思うんですけどね。あとね、そういう外的要因だけじゃなくて、スランプの原因は何より自分の中にあるってことに気が付いたんですよ。要は自分の持っている技術の底が尽きたんだなって。どういうことかというと、私はこれまでちゃんとした音楽教育を受けてきていない。クラシックピアノは小さい頃からやってきたけど、専門的な音楽教育は受けてこなかったわけで。それでよくここまでやってこれたなって思ったんです。仮に3通りの色を自分が持っているとしたら、その3通りの色はもういろんなパターンで混ぜきった。今まで以上に豊かな曲を作るには、4色目、5色目の色を獲得するか、1色1色の濃度に幅と深みを持たせなきゃならない。それができなければ、今より上を目指すことなんてできないわけで。いつかグラミー賞を獲りたいとか、海外で勝負したいと本当に思っているんだったら、そのための専門教育を受けなければどうにもならない。それが留学を決めた理由ですね。それで、行くなら早いほうがいいと。
──アメリカの音楽大学で専門的な教育を受けたいという気持ちがまずあり、それとブロードウェイミュージカルのプロジェクトを成功させたいという思いが合わさった。
そう。いいきっかけだったの。だから燃え尽きてやめるってことではないし、別に自分探しをしたいとか、そういうのでもなくて。探さなくても私は自分のことをよくわかっているし、次の目標を叶えるには何が必要か今は明確に見えているから、早くそっちに手をつけたかったっていう。あ、それとね、一時期なんのために音楽をやっているんだろうって考えていたときに、ふとこれまでに取材を受けた雑誌の記事をいろいろ読み返してみたんですよ。そうしたらある雑誌のインタビューで、「歌手デビューが実現し、武道館という夢も叶えたアンジェラさんにとって、次の目標は?」っていう質問に「グラミー賞を獲ることです!」ってハッキリ答えていたんですね。その頃は大胆にもそんなことを公言していたわけだけど、そういえばここ数年はそれを口にしなくなっていた。ハッとしたんですよ。なんで言わなくなっていたんだろうと。もちろん諦めたわけじゃなかったけど、いつの間にか自分自身でそれをも封じ込めていたところがあったんでしょうね。
──僕がインタビューし始めた頃も、グラミー賞のことは話してましたね。だからいつか行動に移すときが来るんだろうなと思ってました。
うん。だけどそこに向けての取り組みを私はしていなかったわけで。27歳の頃にそうやって夢を語っていたのと、今年37歳になる自分とでは、時間の有余も全然違う。私にはもう限られた時間しかないと思ってるし、1時間1時間が惜しいとさえ思うようになっている。だったら少しでも早く行かないとって思って決断して、じゃあもうこの秋からってことで。だから8月の武道館でツアーを終えたら、すぐに住む場所を決めて、アメリカでは車がないと動けないから車を買って、子供の通う保育園を探して。1カ月半ぐらいで全部それを1人でやらなきゃいけないから、大変なんですけどね。ホント、常に余裕のない生き方してるよね、私って(笑)。
──日本での音楽活動を停止することについては、やっぱり相当悩みました?
それは本当に悩みました。アメリカに移住することを決断してからも、どうにか両立できないかって半年近く考えていた。例えば学校が夏休みになるときに帰国してツアーをやるとか、そういうことも考えました。でも、自分には限られた時間しかないんだから100%以上集中しなきゃならないのに、10%でもそうやって時間をとられたら、結局両方とも中途半端になってしまう。それじゃ来てくれるお客さんにも失礼だし、勉強している意味もなくなってしまうと思って。これが私のラストチャンスだろうから、本当に夢を叶えるために中途半端な状態に身を置きたくなかったんです。だから一度ちゃんと区切りをつけようと。
──決断したら、あとはやるだけですからね。
うん。理解してもらえたから。理解と応援、愛のある言葉と支えをスタッフにもみんなにもいただけたから、がんばるしかないと思います。ここまできたからには。
- ベストアルバム「TAPESTRY OF SONGS-THE BEST OF ANGELA AKI」 / 2014年3月5日発売 / EPICレコードジャパン
- 初回限定盤 [2CD+DVD] 3990円 / ESCL-30010~2
- 通常盤 [CD] 3059円 / ESCL-4170
CD収録曲
- HOME
(2005年9月発売デビューシングル) - 心の戦士
(2006年1月発売2ndシングル) - Kiss Me Good-Bye
(2006年3月発売3rdシングル / 「ファイナルファンタジーⅩⅡ」挿入歌) - This Love
(2006年5月発売4thシングル / MBS・TBS系アニメ「BLOOD+」エンディング・テーマ) - サクラ色
(2007年3月発売5thシングル / ソニー「サイバーショット」CMソング) - 孤独のカケラ
(2007年5月発売6thシングル / TBS系ドラマ「孤独の賭け ~愛しき人よ~」主題歌) - たしかに
(2007年7月発売7thシングル / au LISMO CMソング) - Again
(2007年9月発売配信限定シングル / フジテレビ系「めざましテレビ」テーマソング) - 手紙 ~拝啓 十五の君へ~
(2008年9月発売8thシングル / NHK全国学校音楽コンクール「中学校の部」課題曲) - 愛の季節
(2009年9月発売9thシングル / NHK連続テレビ小説「つばさ」主題歌) - 輝く人
(2010年4月発売10thシングル / NHK総合「こころの遺伝子」テーマソング) - 始まりのバラード
(2011年6月発売11thシングル / フジテレビ系ドラマ「名前をなくした女神」主題歌) - I Have a Dream
(「始まりのバラード」カップリング曲 / 「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」テーマソング) - 告白
(2012年7月発売12thシングル / TVアニメ「宇宙兄弟」エンディングテーマ) - 夢の終わり 愛の始まり
(2013年7月発売13thシングル / シオノギ製薬「セデス・ハイ」CMソング)
初回限定盤ボーナスディスク収録曲
- Rain
(ミニアルバム「ONE」収録) - 宇宙
(1stアルバム「Home」収録) - MUSIC
(1stアルバム「Home」収録) - TODAY
(2ndアルバム「TODAY」収録) - モラルの葬式
(2ndアルバム「TODAY」収録) - One Melody
(2ndアルバム「TODAY」収録) - 愛のうた
(2ndアルバム「TODAY」収録) - ANSWER
(3rdアルバム「ANSWER」収録) - ダリア
(3rdアルバム「ANSWER」収録) - Final Destination
(3rdアルバム「ANSWER」収録) - LIFE
(4thアルバム「LIFE」収録) - Every Woman's Song
(4thアルバム「LIFE」収録) - 愛と絆創膏
(4thアルバム「LIFE」収録) - Cry
(6thアルバム「BLUE」収録) - One Family
(5thアルバム「WHITE」収録 / NHK「宇宙の渚」テーマソング)
初回限定盤DVD収録内容
- 150分にもおよぶ、全てのミュージックビデオ+「手紙」の新ミュージックビデオ、未発表の秘蔵ライブ映像を収録
アンジェラ・アキ
1977年徳島県出身、ピアノ弾き語りスタイルが特徴の女性シンガーソングライター。日本人とイタリア系アメリカ人とのハーフで、黒縁メガネにTシャツ&ジーンズといった気取らない格好がトレードマーク。中学卒業時からアメリカに移住し、大学時代から本格的に音楽活動を開始した。2005年9月にシングル「HOME」でメジャーデビュー。2006年6月にリリースした1stアルバム「Home」は60万枚を超えるロングセラーを記録し、老若男女問わず幅広い人気を獲得する。また、同年12月日本武道館にて史上初となるピアノ弾き語りライブを行い、以降年末の武道館弾き語りライブが恒例化する。2008年には全国学校音楽コンクールの課題曲として「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を提供し、このシングルはプラチナディスクに認定。2009年リリースの3rdアルバム「ANSWER」もチャート1位を記録した。2013年11月に、2014年秋からアメリカの大学に留学しブロードウェイミュージカルプロジェクトに専念することを発表。2014年3月5日にベストアルバム「TAPESTRY OF SONGS -THE BEST OF ANGELA AKI」をリリース後、4月より全44公演の全国ツアーを実施し、8月4日の東京・日本武道館公演をもって日本での音楽活動を無期限休止する。