大人の恋心描いた「少女小咄」
──「少女小咄」は2016年頃からライブでやっている曲ですね。
そうなんです。なので私にとっては2個くらい前のタームの曲です。
──どのような背景から生まれた曲なんですか?
この曲は「ITALAN」(2018年6月発表のアルバム)を作ったときの自分の心境にすごく近いんです。あの作品には「至らぬ人々」というテーマで書いた小説を同梱しているんですけど、その頃自分が抱えていたのが“自分はどこにも至らない”という気持ちでした。私は名前を表に出す職業に就いているけど、同時に何も手にしていないという感覚もあって。それで当時、書くことが何もないなと思って一時休業みたいな時期に入るんです。「少女小咄」もそういうストーリーに当てはめて書いた曲でした。女性って大人になると、素敵だなと思う人ができても、恋に至るまではなかなかないというか。頭をよぎっちゃうんですよね。
──失敗が?
そう。10代だったら「好き!」と思ったらそのまま突っ走ることもできるけど、大人になると失敗というゴールが見えちゃって恋に至らないことがある。生活も釣り合わないだろうし、私なんかに興味を持たないだろうとか、いったいいつこの人と会う時間があるんだろうとか、そんなことのほうが先行してしまうというか。
──それで「夢をみたいよ」と歌っているんですね。
なかなか恋に至らない女性にちょっといい雰囲気の人ができて、「この人私のこと好きになっちゃうのかな? いや待てよ、この人は今私のいいところだけを見て好意を示しているけど、中身を知ったら幻滅するに違いない……」というところを行き来するような曲です。アルバムの中では数少ない抒情的な曲になっていて、「森の子ら」は方向性が社会的だけど、「少女小咄」はパーソナルな大人の女性の恋心が描かれている。
「薄幸そうってよく言われます(笑)」
──「Toiki」は静けさが際立った音数の少ない曲です。
最後の最後で化けた曲だと思っています。「Barometz」の頃から私がアーバンと呼んでいるエンジニアさんと一緒にやっているんですけど、彼のセンスのサウンド作りに乗っかったところがありますね。ここまで音数が少なくて曲の世界観が独特だと、サウンドで印象が大きく変わってしまうんですけど、「Toiki」はアーバンのミックスによってグッと距離の近さを感じるものになりました。曲はShigekuniくんが持ってきてくれたもので、歌詞の内容としては「少女小咄」に似ているけど、もう少し都会的な大人の女性を歌っています。
──この曲の主人公が抱く恋心は叶わなかったのかなと思いました。
私もそうじゃないかなと思います。距離は熱烈に近付いたけど叶わなかったんでしょうね。
──安藤さんは一貫して悲恋を描く人なんでしょうか。
気が付いたらそうなっているんですよね。薄幸そうってよく言われます(笑)。
──(笑)。
わりと根っこは明るいんですけどね。描く世界はそういうものが多いのかもしれない。悲しみのほうが感じやすいというか、幼少期の自分を形成したものの中に、そういう悲哀があるのかもしれないです。そこに自分の姿を見ているところがあるのかな。
──「僕を打つ雨」は空間の広さを感じるサウンドですね。
今作の中で一番好きと言っても過言ではない曲です。これもShigekuniくんが作ってきてくれたんですけど、コードの感じやスネアのゲートリバーブ感がいいんですよね。歌詞は男性が主人公なんですけど、現代の男性像とは少し違うというか。バブルの終わりの頃のような男性像をイメージしました。
──ちょっとキザな感じなんですね。
そうそう、そういうところがある。悲しみに浸るのが似合う時代というか、そういうロマンスのある頃の歌。女性から「もう別れましょう」と言われて、雑踏の中の交差点で雨が降ってくる。そこで軒下なんかに行くんだけど、体がはみ出しちゃって濡れてしまう……というシーンをすごくロマンチックに描いた曲です。バブルの終わり頃は絶望を美しく描ける時代感があるのかなって思って書いてました。
自分の感情を伴ったポップスを作りたい
──お話を聞いていると、安藤さんはフィクションの中で悲しみを発散しているのかなと思いました。
一時休業した2016年頃に強く感じていたのが、「自分に対して物語がもうない」ということでした。その思いが根っこにあるので、少しでも何か感じるものや、心の揺れみたいなものを物語に当てはめて増幅させていく。今はそういう曲作りに変わっています。
──インタビューの冒頭で今回のアルバムは「私小説的ではない」とおっしゃっていましたね。
それがポップスとしては非常にいいと自分では思っています。私はデビュー当時、お世話になっていたプロデューサーの方から「荒井由実になりなさい」と言われたことがあるんですよ。事実、それ以降の私は女性の私小説的な部分を描く人間になるんだけど、彼女は荒井由実から松任谷由実に変わりますよね。時代を経て大人の女性に変化していき、作品も彼女の私小説ではないものに変わっていく。私もどこか自分の物語ではないところで、自分の感情を伴ったポップスを作りたいと思うようになったのかもしれません。
自分の中で「進撃の巨人」を完結させるために
──「teatime」からが作品のラストスパートです。聴いていると中世ヨーロッパの景色が浮かんできました。
そこは次の「Goodbye Halo」に寄ったんだと思う。「Goodbye Halo」とエンディングの「衝撃」が異質な曲になっているので、それまでの流れから急にこの2曲には入れないだろうということでShigekuniくんに作ってもらいました。なので「Goodbye Halo」につなげるためのインターバルみたいなものです。
──「Goodbye Halo」はスケールの大きさを感じます。
「Goodbye Halo」も「進撃の巨人」に向けて作った曲で、私の中では「衝撃」と対になっているイメージなんですよ。
──でも、「Goodbye Halo」は「進撃の巨人」のタイアップではないですよね?
はい。勝手に作りました(笑)。影響を受けた曲がアルバムの中に3曲もあるっていう怖さに、引いちゃいますよね?
──いえいえ(笑)。
「衝撃」は自分の身体が戦場にいるくらいの擬似体験の中でウワーッと作っていったんですけど、私がエンディングテーマを担当した時点では物語が完結していなくて。なので「衝撃」は瞬間的な部分しか描けていないから本当の意味で完結をさせないと、自分の中に飲み込んだものがどうにもならない気持ちがあって「Goodbye Halo」を作りました。
──なるほど。どこか金属的な音と言いますか、近未来感のある曲だと思いました。
アニメの世界が根っこにあるので、ロールプレイングゲームみたいなイメージもあるかもしれないです。
──曲の中に語りを入れたのは何か理由があるんですか?
最初は入れてなかったんです。Shigekuniくんが長い間奏を作ってきて、そこに何かしゃべってと言われたのであとから足しました。でも、「進撃の巨人」のエンディングを語るという意味では、メロディ部分だけでは非常に抽象的になっていたから、正解の指摘だったんじゃないかなと思っています。
──ラストの「衝撃」は楽曲に臨場感をもたらすノイズが印象的でした。
私も驚かされました。メロディを送ったときには、ピアノの音をルートさせていただけでしたから。「あれがここまで化けたのか」と、デモが返ってきたときには笑っちゃいました。ストリングスラインも歪で面白くて、非常に考えられて構築されている曲だと思います。
聴き手の生活を彩るものでありたい
──「Goodbye Halo」と「衝撃」の2曲で聴ける、デジタルと生音のミックス具合も、今の安藤さんらしさなのかなと思いました。
そうだと思う。「ITALAN」以降は自分の音探しみたいなことを中心にやっていて、私はどこか歪なものを音に求めてるんです。「Barometz」と「Kongtong Recordings」は、それを持ってポップスの市場に立つ挑戦だったと思います。
──歪なものを求めることと、同時にポップスのフィールドに立つということには、安藤さんのどういう音楽観が表れていると思いますか?
20年以上やっている作業の中で、いわゆるJ-POPの作り方は多く学んできたんですけど、それと同時に飽きてしまったんですよね。で、私の作るJ-POPを心の糧に生きている方もいるけど、その人たちの夢のために舞台での表現をねじ曲げちゃうと、自分の存在意義も消えちゃう。だからちゃんと心を添えて歌を歌いたい……みんなに喜んでもらいたいという思いと、自分の好きなものでないと無理だという思いが、拮抗しているんですよね。
──なるほど。
ただ、「Barometz」もどこかバランスを図っての制作だったとは思うんですけど、あの作品を作ったことで自分が楽しみつつ、なおかつ人に好かれることを望んでもいいんじゃないかなと思えて。これからは安藤裕子という名前に自分で責任を持って、自分の感受性で作品を作っていく。自分の中で鳴っているものを鳴らす、それでいいのではないかと思っています。
──そうした奔放に創作する気持ちがありつつ、先ほど話されたような拮抗した気持ちも抱いているのは、安藤さんの中で自分の仕事は夢を見せる職業でもあるという、そういう自負があるからなのかなと思いました。
うん、それはすごく思いますよ。デビューの頃からなんとなく指針として置いていることが、夢を見る場所であるっていうことでした。聴いてくださる方の、それぞれの生活を彩るものでありたい。映画の主人公になれるようなサウンドトラックでありたい、常々そう思いながらやっています。
ライブ情報
安藤裕子 LIVE 2022 Kongtong Recordings
- 2022年1月16日(日)大阪府 COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
- 2022年1月22日(土)東京都 中野サンプラザホール
プロフィール
安藤裕子(アンドウユウコ)
1977年生まれのシンガーソングライター。2003年にミニアルバム「サリー」でメジャーデビュー。2005年、月桂冠「定番酒つき」のCMソングで話題になった「のうぜんかつら(リプライズ)」を含む2ndアルバム「Merry Andrew」が12万枚のヒットを記録。高いソングライティング能力を持ち、独特の感性でつづられた歌詞と情感のある歌で支持を集める。2016年3月に小谷美紗子やスキマスイッチ、Charaといった親交のあるアーティストが書き下ろした楽曲を収めたアルバム「頂き物」を発表。2018年にはデビュー15周年を迎え、初のセルフプロデュースとなるアルバム「ITALAN」をリリースした。2021年11月にはテレビアニメ「『進撃の巨人』The Final Season」のエンディングテーマ「衝撃」や、ドラマ「うきわ ―友達以上、不倫未満―」のオープニングテーマ「ReadyReady」を収録したニューアルバム「Kongtong Recordings」を発表。2022年1月には東京と大阪でライブ「安藤裕子 LIVE 2022 Kongtong Recordings」の開催を控えている。