安藤裕子が11月17日にニューアルバム「Kongtong Recordings」をリリースした。
本作は、安藤がコロナ禍の中で感じた混沌とした思いを詰め込んだ1枚。テレビアニメ「『進撃の巨人』The Final Season」のエンディングテーマとして話題を呼んだ「衝撃」のアルバムバージョンや、テレビ東京系ドラマ「うきわ ―友達以上、不倫未満―」のオープニングテーマ「ReadyReady」、初の音源化となる「少女小咄」など全12曲が収められている。
音楽ナタリーでは本作のリリースを記念して安藤にインタビュー。コロナ禍での活動や心境、「Kongtong Recordings」各収録曲の制作秘話について語ってもらった。
取材・文 / 黒田隆太朗撮影 / 小財美香子
ぐちゃぐちゃな状況の中で奏でたものはポップだった
──「Kongtong Recordings」の制作は、どのように始まったんですか?
「進撃の巨人」のエンディング曲「衝撃」が、今回のアルバムの起点になりました。なのでシンガーソングライターとしての個人的なアルバムを作る、というイメージからは遠かったんですよね。「衝撃」はこの世の終わりの瞬間を切り取った曲で、戦場というイレギュラーな状況での極まった感情をつづったものなので、そこから普通の曲につながるイメージが湧かなかったんです。
──なるほど。
それでホラー映画の「サスペリア」をテーマにして、最初はサスペンスに寄った作品を作っていました。ただ、デモを作っていても歌詞がピンとこなかったんですよね。今回の作品はコロナ禍の中で作ったアルバムですけど、この2年間は非常に暮らしが不安定で本当に重かったから、その中で作り物の猜疑心を歌おうとしても、言葉が見つからなかったんです。
──現実のほうが不穏で混迷していたから、あえてサスペンス風の創作をすることに違和感があったと。
まさにそんな感じですね。イメージに体感が追いつかなかったというか。それでプロデューサーのShigekuniくんとプリプロに入って、「Toiki」とか「僕を打つ雨」のようなアンニュイな曲を作っていったんですけど、だんだん明るい曲が作りたくなっちゃって。そこで手をかけたのが1曲目の「All the little things」です。
──軽やかな気持ちになれるオープニング曲ですね。
Carpentersくらい安心感のあるポップスを作りたいと思って。Shigekuniくんがベーシックのコード進行を組んでくれて、私がメロディを乗せていった曲です。ミュージカルと言いますか、祝祭感やさわやかな達成感のある曲になりました。
──だから曲の最後には舞台公演を終えたあとの観客の拍手や、「ブラボー!」という声のサンプリングが入っているんですね。
コロナで舞台に立つ機会を奪われてしまっていたから、この曲で擬似体験しているような部分もあったかもしれないです。そして「All the little things」を作ったときに、ようやく状況にフィットしてきたんですよ。明日の見えない現実があるけど、そんなぐちゃぐちゃな中で奏でたものは非常にポップだったという。それがまさに混沌を表していたかなと。それでアルバムタイトルを「Kongtong Recordings」にしました。
──非常に重苦しい時間を過ごす中、安藤さんからポップな曲が出てきたのはなぜだと思いますか?
ちょっと説明が難しいですね。まず、私は会社勤めではないというのもあって、あまりに世間の皆さんと暮らしが違うから。この2年間は舞台に立てなくなって、収入もなくなって、不安で体調も壊したし、暮らしの中心部分を全部えぐられてなくなったような感覚があったんですけど……でも、テレビとかはすごく表面的でしょ? コロナの陽性者数を発表したあとに、癒やされる動物の映像が流れたり、いったいどれくらい深刻なのかわからないんですよ。
──おっしゃる通りだと思います。
だからみんなが何を思って生きているのか、すごく気になった2年間だった。「友達と会えなくてつまらない」くらいの感覚だったのか、本当に希望が見えなくなっているのか、まったく読み取れなくて。それで世に向けて曲を作るのは私には無理だと思ったんです。
──なるほど。
だから今回のアルバムは自分に向けてのポップスなんです。でも私小説的な作品とは違って、ほとんどの曲で私の心情は吐露していないと思う。そのうえで「自分が今、音楽を聴くのであれば、ドロドロとした重苦しいものではないな」と考えていて、それでこういう作品ができたのかなと思います。
アルバムの完成図が見えた3曲
──2曲目の「ReadyReady」は、テレビ東京系ドラマ「うきわ ―友達以上、不倫未満―」のオープニングテーマです。
ドラマの制作サイドに最初は全然違う曲を提出していたんですけど、プロデューサーの方とのいろいろなやり取りがありまして。最終的にドラマのイメージを表した絵コンテをいただいて、それを見たときに疾走感や海からもがいて上がっていくような印象を抱いたので、BPMを上げることでそのイメージに近付くんじゃないかなと思ってこの形になりました。
──性急なリズムが印象的でした。
私の安っぽい打ち込みのシンセギターの音色や、テキトーに出しているぺけぺけした音もそのまま使ってもらっているので、遊び心のある尖った感じの音質になったと思います。
──「UtU」は気持ちのいいグルーヴがあります。
大元はもっと陽気なR&B感があった曲で、プリンスを目指そうと言って作っていました(笑)。
──ファニーでリズミカルな歌唱も特徴的ですよね。
私はそもそもとてもファニーな声をしていて、それがすごく嫌なんですよ。なので大人の女性的な声を出したくて、ボーカリゼーションや、マイクに向かってどう発声したら鼻声が取れるのかを研究していったんです。でもShigekuniくんは女性キーの曲を作るのが上手で、「UtU」はちょうど私が地声で歌い切るのが楽な曲になっているんですよね。
──この楽曲だからこその歌になっている?
Shigekuniくんは私のファニーな声が好きみたいで「そのまま歌ったらいいんじゃない?」と言ってくれたので、そういう歌い方をしています。自分の中で「All the little things」「ReadyReady」「UtU」の3曲でアルバムの完成図が見えたところがあって、なので曲順的にそこからお披露目していこうかなと。
たぶん根っこがロッケンロール
──4曲目「Babyface」からは、安藤さんらしいメロディラインを感じました。
これは私のデモライブラリの中では古いほうの曲です。サウンドの方向性もある程度イメージしていたものがあり、打ち込みで入れていたベーシックを忠実にアレンジしていただきました。
──ピッコロやトランペットの音も印象的です。
イントロには絶対に管を入れたいと思っていました。
──それはなぜ?
プロムに憧れがあるんですよ。「Barometz」(2020年8月発表のアルバム)にも「一日の終わりに」というプロムを想像して作った曲があるんですけど、ダンスパーティで好きな人と一緒に踊る瞬間って私の中ではすごくロマンチックなんですよね。自分で体験したことはないけど、そんなプロムの舞台にはホーンがいてくれたほうがいいなというイメージで作りました。クラシックのオールディーズ的な匂いも醸し出せたら、という気持ちもありましたね。
──アルバムは5曲目「恋を守って」から、落ち着いた雰囲気に変わりますね。
私がギターで作ったので楽曲自体はシンプルなんです。「恋を守って」の土台はすごくポップな曲で、ドラムは打ち込みだけどアウトロだけShigekuniくんが叩いているので荒れ狂ってる。サウンドの遊び方にはThe Beatles感があると思いながら制作していました。
──「UtU」や「恋を守って」では、曲中に「ベイビー」というフレーズがよく出てきますね。
それはね、私も自覚していました(笑)。すぐ「ベイビー」って言っちゃう。たぶん根っこがロッケンロールなんですよ。
「進撃の巨人」から生まれた「森の子ら」
──「森の子ら」は、惹き込まれるようなアコーディオンのイントロが印象的でした。
「衝撃」の製作時に「進撃の巨人」を読んだらどっぷりハマって、2日間で31冊をガーッと読んだんですよ。その中に「森の子ら」というエピソードがあって、その回を読んで号泣しながら家でギターを弾いて作ったのを覚えてます。唯一ペシミスティックな曲というか、ほかの楽曲はどこか自分が聴けるような明るいポップスなんだけど、「森の子ら」には悲壮感があるような気がする。
──「進撃の巨人」のエピソードに影響されて、そうした楽曲になっていったということですね?
そうですね。例えば戦争が始まった途端に殺人が正義に変わっちゃうけど、一方で殺された側にも家族や恋人が存在するわけで、そこの悲しみはどうしても戦時中には掻き消されてしまう。それは何も作品の中だけの話ではなく、我々の暮らしにも殺人事件や事故はたくさん起きていて、そうしたときに日本ではわりと加害者が保護されることが多い気がするんです。法があるからたくさんのことが守られているとは思うけど、被害者家族の方がつらい目に会うだけで終わってしまうことに、「なぜ?」という感覚はすごくあって。その気持ちが「森の子ら」を読んだときにときに被ったんですよ。
──そうした思いが反映されていると。
いつから加害者の人生や気持ちまでも汲み取らないといけないシステムになっちゃったのかな、と思ったんですね。「ごめんなさい」では済まされないことがあるし、許せないことっていうのは事実としてあるから。この曲には人間の暮らしの業みたいなものが詰まっています。
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大人の恋心描いた「少女小咄」