ナタリー PowerPush - 安藤裕子
激動の日々を越え完成6thアルバム「勘違い」
「地平線まで」は今の私には聴けない曲
──「The Still Steel Down」とか、安藤さんの曲は過去にもそういう自由なワードセンス、メロディセンスが発揮された曲がたくさんありますもんね。前作に引き続き、2曲プロデュースを担当しているオランダのポッププロデューサー、ベニー・シングスが手がけた「すずむし」も、曲名からして捉われていない感じが表れていますし。
私は「すずむし」って曲名が変だってことに長年気付かなくて。ずっとかわいい曲だと思っていたんですけど、曲名がおかしいっていう理由で今まで作品に採用されなかったんです。でも、曲名や歌詞がプリントされたものを見て初めて、自分でも恥ずかしくなっちゃって。一度はアルバムから外そうかとも思ったんですけど、曲の仕上がりが素晴らしくて、最後の段階で収録が決まったという。
──その一方で後半の「永すぎた日向で」「地平線まで」「飛翔」の流れは、端正な歌モノであると同時に安藤さんの素に近い部分、極端に言えば生と死の際が描かれていますよね。
「永すぎた日向で」は自分の終わりを歌った曲というか。私、自分が死ぬときのイメージとして、ルー・リードの「Perfect Day」が流れている絵を想像するんです。「Perfect Day」が流れていたら、死ぬまでのほんの数秒間が素敵な時間になりそうな気もするから。だからもし、仮に自分が死ぬようなときに、この「永すぎた日向で」も「Perfect Day」のような曲であってほしかったんです。そして、私にしては珍しくアレンジのイメージがあって、具体的にはストリングスをたくさん入れたかったので、そうお願いしました。でも、この曲は歌うのが大変でしたね。曲も難しかったし、歌う際の気持ちも難しかったですね。
──なるほど。
そして、「地平線」は生死で言ったら死の中で生まれた曲なんですけど、私の中での死のイメージとして、遠くで鳴っているようなラッパの音が欲しかったので、この曲にもそういうラッパを入れてほしいってオーダーをしたんです。でも、まさにこの曲をレコーディングしているときにおばあちゃんが危篤になったこともあって、いい曲ではあるんですけど、今の私には聴けない曲です。いつか、1人でゆっくり聴ける日が来たらいいなとは思うんですけどね。
ここから先は楽しみたい
──そして、おおはた雄一さんがギターを弾いている「飛翔」は、聴き終わったときに温かい気持ちがにじみ出てくる曲だと思います。
この曲はドラマ「魔術はささやく」の脚本ありきで生まれた曲ではあるんですけど、当時の自分を後押ししてくれた曲。いろんな道を失っても、ただただ前に歩いていくような、そんな優しい曲だったから、このアルバムに入って良かったなって。
──そういう意味で今回のアルバムは、子供に返ったかのように音遊びに興じているかと思えば、生死に向き合いながら、それでも生きていく大人の女性としての安藤さんが同居した作品。歌詞も、文語と口語の間を行き来する、そんなアルバムですよね。
そうですね。歌詞の感じはキレイに分かれますよね。自分で読み返してみても「キレイな文章やわあ」って思う曲もあるし、吐き出すように歌っている曲もあるし、何を書いているのか自分でもよくわからない曲もあるし。
──そんなアルバムを締めくくる最後の曲「鬼」は曲中でテンポが変わっていく、音遊びに興じた曲ですよね。この曲は、新しい境地に踏み出す安藤さんの前向きな意志が感じられます。
そう。音楽的にはみんな楽しんでいて、大団円を迎えるっていうイメージ。この曲順も自然な流れというか、みんなで曲順を考えたら、それぞれ全く同じ曲順になったので、「じゃあ、これが答えだな」って。私の場合は耳の中に流れる音をたぐり寄せて曲順を決めるんですけど、アルバムの終わりの2曲「お誕生日の夜に」と「鬼」は最新の曲だったんです。だから、「飛翔」で一度幕が下りて、その後、静かに新しい世界が始まっていくのはどうかなって。
──静かに始まっていく世界のその後はどうなっていくんでしょうね?
このアルバムの先どこに向かうかは、自分でもよくわからないんですよ。そもそも、このアルバムがどんな作品なのかも、自分の内面が混沌としていてよくわからないですからね。ただ、重くのしかかったものから脱却したくてもがいていた自分がつい先日までいたわけで、潜在意識ではここから先は楽しみたいと思ってるはずだし、そうなると良いなと今は思っているんです。
LIVE 2012「勘違い」
2012年4月30日(月・祝)東京都 東京国際フォーラム ホールA
OPEN 17:00 / START 18:00
2012年5月5日(土・祝)大阪府 オリックス劇場(旧大阪厚生年金会館)
OPEN 16:00 / START 17:00
安藤裕子(あんどうゆうこ)
神奈川県生まれのシンガーソングライター。2003年7月にミニアルバム「サリー」でメジャーデビューを果たし、翌2004年1月には2ndミニアルバム「and do, record.」をリリース。その後も次々にシングルやアルバムを発表していく。2005年11月、月桂冠「定番酒つき」のCMソングで話題になった「のうぜんかつら(リプライズ)」を含む2ndアルバム「Merry Andrew」が12万枚のヒットを記録。その後、2009年に初のベストアルバム、2010年にカバーアルバムを発表し、2012年3月に6thアルバム「勘違い」をリリースする。自身の作品では全てのアートワーク、メイク&スタイリングをこなし、ビデオクリップでは企画および演出も手がけ、音楽だけに留まらない多才さも注目を集めている。