雨宮天「Ten to Bluer」インタビュー|“好き”を追求した先にたどり着いた、濃厚な青の世界 (2/3)

私にしか歌えない、危ない音ばっかり

──リード曲「JACKPOT JOKER」の作詞、作曲、編曲は塩野海さんです。塩野さんは「irodori」(2017年7月発売の4thシングル表題曲)と「VIPER」(2019年7月発売の8thシングル表題曲)の作詞、作曲、編曲、および「TRIGGER」の編曲をなさっていますが、「JACKPOT JOKER」もこのライン上にある、ジャジーでギラついた曲ですね。

その通りです。10周年を記念するアルバムを出すにあたり、リード曲は塩野さんに書いていただきたいとお伝えしまして。リモート会議で、私は塩野さんの曲のどこが好きなのかをご本人に語ったんですよ。それこそ「irodori」や「VIPER」が好例ですけど「毒をはらんだ華やかさ、隠しきれないギラつきみたいなものが好きです」とか「塩野さん特有の派手さが好きです」とか。だいぶ漠然としていたうえに年末にお願いしたので、聞くところによると塩野さんは大変な年末年始を過ごされたらしいんですが、その結果……。

──バッチリでは。

バッチリですし、今言ったように、まず私から塩野さんへラブレターを送ったような形だから、私にとって「JACKPOT JOKER」は返歌みたいなもので。私にしか歌えない、私だから「好き」と言える、本当に危ない音ばっかりなんですよ。「そのコード感に対して、そこを歌わせるんだ?」みたいな。だから私に対する信頼がなかったら、この曲を提供できないと思ったんです。どんなに苦労して曲を書いても、歌い手が表現できなかったらその苦労は台無しになってしまうわけで。そういった信頼と、「雨宮さんなら歌いこなせますよね?」という挑発めいたものを感じとって「やってやろうじゃない!」と。

──先ほど「irodori」などと同じライン上にあるとは言いましたが、楽曲面においても歌唱面においてもさらに突き抜けた感があります。後者に関して言えば、かつてないほど自由奔放で表情豊かなボーカルだと思いました。

「irodori」以降、ジャジーな曲はけっこうやってきたんですけど、今回は歌い方をかなり変えていて。これまではわりとストイックだったり、毒気や色気があったりする大人の女性をイメージして歌ってきたのに対して、「JACKPOT JOKER」はもうちょっと幼い、手のつけられないいたずらっ子みたいなイメージで歌ったんです。それもあって新しい雨宮天とともに「まだまだやってやるぞ!」という意地を見せられたと思いますね。「自由奔放」と言ってくださいましたけど、レコーディングではいろんな歌い方を思いつくままに試していて、本当に自由にやったから、その自由さがそのまま出ているのかな。

──僕は、ド頭の「Play」で勝負ありと思いました。ちょっとやる気なさそうで、歌詞にもあるように「嘲って」いるようでもあって。「JACKPOT JOKER」のミュージックビデオではポーカーをしていますが、それが彼女にとってどんなゲームなのか、「Play」のたったひと言でわかってしまうといいますか。

わあ、うれしい! 「JACKPOT JOKER」は10年間のアーティスト活動の結晶であると同時に、声優業の結晶でもあると思っているんです。フレーズごとに表情の付け方にも注意を払っているし、例えば2番Bメロの「単純な世界をなんでこんなにも 面倒臭いものにしちゃったの?」は……まさにここも危ない音程を歌っているんですけど、そこで私は“キレる”という選択をしたんですよ。「もう、めんどくさい!」「バカじゃないの!」みたいな、そういう感情を入れられたのは自分でも気に入っていて。

──そこもいいアクセントになっていますよね。

最初から「ここでキレてやろう」と決めていたわけじゃなくて、レコーディング中に思いつきでやってみたら、うまくハマったんですよ。それ以外のパートではわりとニヤニヤ歌っている感じだからこそ、唯一ここで怒りを爆発させることで、ひと振りのスパイスみたいになったかなと。そうやって瞬間的に怒りを引き出せるのも、絶対に声優業をやっていたからですし、この曲を聴いてくれた人に「めっちゃ声優だな!」と思ってもらえたら、すごくうれしいです。自分で言うのもなんですが、これまで培ってきた歌唱表現をこれでもかと詰め込んで歌っているので。

──「これまで培ってきた歌唱表現」の出し方が、「mellow moment」と正反対みたいなところもあって。「mellow moment」はどちらかといえば引き算的な考え方だと思いますが……。

言われてみれば、逆に「JACKPOT JOKER」は盛りに盛っていますね。「そういえば、あの引き出しにこれをしまっていたよな?」といろんな引き出しを開けて、使えるものはなんでも使って作った全部乗せパフェみたいな状態なので(笑)。

「JACKPOT JOKER」を「TRIGGER "2"」にしちゃダメだ

──「JACKPOT JOKER」はタイトルからしてカジノやギャンブルがモチーフになっていますが、雨宮さんが作詞作曲した「TRIGGER」も「裏カジノ的な場所」を舞台にしていました(参照:「雨宮天作品集1 -導火線-」インタビュー)。両者には何かつながりがあるんですか?

塩野さんは「カジノを題材にしました」とはおっしゃっていましたけど、それが「TRIGGER」と関連付けられているのかどうかはわからなくて。でも、確かに共通する部分は多いし、私も「TRIGGER」に近いものを感じたんです。だからこそ、「JACKPOT JOKER」を「TRIGGER "2"」にしちゃダメだと思って。それが、歌い方を変えた理由でもあったんですよ。

──素晴らしい考え方ですね。

実は、レコーディングが始まる1時間前までは「JACKPOT JOKER」も「TRIGGER」のようにカッコつけて歌うつもりだったんです。でも、それは違うと思い直しつつ「この曲でしか演じられない私を最大限演じたい!」という欲求に従った結果、この歌い方になったという。それはアーティストというよりは、声優としてのプライドと意地がそうさせたんでしょうね。「“2”じゃないだろ? 違うことをやるんだろ?」と。

──歌詞についてもう1つ、雨宮さんは「TRIGGER」には「もっと生きようよ、あんたの人生をさ!」というメッセージを込めたとおっしゃっていました。「JACKPOT JOKER」の歌詞にも「身勝手な心解き放って」といったフレーズがあり、やはり「自分らしく、自由に生きろ」的なメッセージを感じます。

そうそう。気が付けば最近の私は、いろんな角度から「自分らしく生きろ」と歌っているんですよ。それを堂々と歌えるということは、今の私自身が自分らしく生きられているということなのかも。

──自分らしく生きていない人から「自分らしく生きろ」と言われても、説得力を感じませんからね。

実際、今言われて「自分らしく生きている自信、あるわ」と思いました(笑)。もともと好き嫌いがはっきりしていたんですけど、今は何が好きで何が嫌いかがより明確になっているし、ひたすら「好き」の方向を目指して、心の向くままに生きていますね。

雨宮天

百人一首で和歌を勉強しました

──続く新曲は8曲目の「風燭のイデア」で、作詞作曲が雨宮さん、編曲が宮永治郎さんです。7曲目の「情熱のテ・アモ」も同じく雨宮さんと宮永さんのコンビで、曲名も似ているのですが……。

いや、これはたまたまなんです。まるで姉妹のように並べられているけれど、「風燭のイデア」というタイトルは、もともと適当に付けた仮タイトルだったんですよ。

──「風燭」って、風前の灯という意味ですよね。適当に付けようとしてそんな語彙が出てくるんですか?

適当だからこそわかりにくい言葉でいいし、パッとひらめいたのが「風燭」で。これは漢検準1級該当熟語なんですけど、仮タイトルを付けるときは「絶対にこのタイトルにはしない」と思って付けるんですよ。それが正式タイトルになってしまったので、「情熱のテ・アモ」のことはまったく意識していませんでした。

──「情熱のテ・アモ」が雨宮さんの音楽的嗜好を形にしたラテン歌謡曲だとすれば、「風燭のイデア」は「導火線」に収録されていた演歌「初紅葉」の流れを汲む和風ロックなのかなと思っていました。

実は、けっこう前から和ロックはやろうと思っていたんですよ。コロナ禍に入って以降、オンラインのリリースイベントや生配信で青き民のコメントをリアルタイムで拾える機会が増えまして。そこで「今後、雨宮に歌ってほしい曲は?」「作ってほしい曲は?」と質問するたびに、毎回「和ロック」という答えが返ってきていたんです。それを、ついに形にするときが来たなと。何しろアルバムタイトルで「to Bluer」と言っているので、やるなら今しかない。

──作ろうと思ってすぐ作れるものなんですか?

めちゃくちゃムズいです(笑)。私は曲を作るとき、知識が乏しいので、まずは勉強から入るんですよ。例えばブルースだったらブルーノートスケールを勉強するところから始めますし、同じように和ロックも和風のヨナ抜き音階を勉強するところから始めていて。音階を勉強したあとは、その音階が実際にどういう使われ方をしているのかを知るために、ひたすらいろんな曲を聴いてインプットをするんです。作詞にしても、「風燭のイデア」は今までとは違った雰囲気にしたかったし、和ロックだから和風の言葉を入れたいと思って、百人一首で和歌を勉強しました。

──すごい……としか言いようがないです。

自分で作詞作曲するからには、自信を持って「私が作詞作曲しました!」と言いたくて。とはいえ、この1曲を作るために費やした時間は半端じゃなくて、勉強の結晶と言ってもいいですね。

雨宮天

“和”と恨み節は、すごく相性がいい

──「風燭のイデア」は、雨宮さんとしては珍しいラブソングですね。しかも、ラブソングといっても「あなたに会えて幸せ」とか「あなたがいなくて寂しい」といった生ぬるいやつじゃなくて、「現世(うつしよ)でこの恋、叶わぬなら、いっそ地獄で……」みたいな。

そうなんですよね(笑)。和ロックを作るとなると、さっき言ってくださった演歌も通るんですよ。そうすると、石川さゆりさんの「天城越え」の「あなたを殺して いいですか」という歌詞に引き寄せられてしまって。“和”と女性の情念、あるいは恨み節って、すごく相性がいいと思うんです。百人一首でも皆さんけっこう恨みの歌を詠んでいらっしゃいますし、言ってしまえば「風燭のイデア」は不倫ソングなので。

──ああ、なるほど。

こういう歌詞が書けたのは、間違いなく「導火線」があったからですね。「導火線」の楽曲たちの作詞をするにあたり、私の好きな歌謡曲から恋愛というか主に悲恋の描かれ方をたくさん勉強したし、歌謡曲や演歌における不倫率の高さたるや……という感じだったので。あと、恋愛ソングを書くときは具体的なエピソードがあるとグッと書きやすくなるということも「導火線」を通して学びまして。

──「導火線」に収録された「ぽつり、愛」の歌詞は、スタッフさんの友達の実話がもとになっているというお話でしたね。

そうですそうです。今回も同じように、私の周りにいる人たちから悲恋エピソードを募りまして、あるスタッフさんからヒントをいただきました。

──雨宮さんの周りって、しんどい恋愛をしている人が多いんですか?

いや、今回は実体験ではなくて(笑)。ドラマやコミックから、不倫関係にある男女に訪れがちな局面だったり、そのときの精神状態だったりをピックアップしてくださったんですよ。例えば「『離婚する』とずっと言っていた彼の妻が、いつの間にか妊娠していた」とか。「風燭のイデア」の女性は2番Bメロで裏切られるんですけど、まさにこのケースを歌詞に落とし込んでいますね。今まで注いできた愛の分だけ、恨みも重くなるという。

──仮に結ばれたとしても、不倫するような奴は必ずまた裏切りますから。

絶対そうですよね! 歌詞を書き終わったとき、結局どこにも救いがないことに気付いて「これって、めっちゃ『風燭のイデア』じゃん!」と。だから仮タイトルがそのまま正式タイトルになったんですが、我ながらこの曲はすごく出来がいいと思っていて。勉強したことを正しく形にできた、百人一首や歌謡曲の先人たちからインプットしたものをきちんと消化して、自分のものにしてアウトプットできたという自負があります。

──「初紅葉」では、パートごとに雨宮さんの好きな演歌歌手をイメージして歌うという手法が採られていましたが、「風燭のイデア」でもそういうことをされたんですか?

いや、この曲ではしなかったですね。和ロックと言えどロックなので、10年の間に獲得してきたロックな雨宮天をしっかり出していこうと。歌詞が思ったよりドロドロの歌謡曲テイストになった分、歌い方でロックを演出すべきだと思いました。

──そのうえで、演歌的なコブシ回しも見られますよね。しかも、声をひっくり返すタイプの。

そこは、私の夢を叶えました。和ロックならばロックな歌い方にコブシを乗せたい。それはなんとしてもやりたかったことであり、1つの憧れでもあったので。ただ、めちゃくちゃ難しかったですね、コブシに説得力を与えるのが。だから作詞作曲と同じぐらい、レコーディングも大変でした。だいたい私は自分で書いた曲を歌うとき「この曲作ったの誰だよ?」と、自分で自分にキレがちなんですけど(笑)。