雨宮天「Ten to Bluer」インタビュー|“好き”を追求した先にたどり着いた、濃厚な青の世界

雨宮天が4thフルアルバム「Ten to Bluer」を3月27日にリリースした。

雨宮のアーティストデビュー10周年を飾る本作。タイトルには“10年を経て未来に向けてさらに青く自分らしさを出していく”という決意と、青き民(雨宮ファンの呼称)への感謝の思いが込められている。既存曲「BLUE BLUES」「衝天」「Love-Evidence」「情熱のテ・アモ」「SOS」に新録6曲を加えた全11曲で構成されており、新曲のうち「風燭のイデア」「Dear Blue」は雨宮本人が作詞作曲を手がけた。

アーティストデビューから10年間、雨宮は常に挑戦することをやめず、攻めの姿勢を崩すことがない。2017年からは歌謡曲カバーイベント「雨宮天 音楽で彩るリサイタル」を開催。2023年3月には自ら作詞作曲を担当した歌謡曲テイストのナンバー5曲入りのEP「雨宮天作品集1 -導火線-」を発表するなど、独自の道を切り開いてきた。今作からも自分の「好き」に忠実に、より濃い“青”を求めてアーティストデビュー10周年のその先へと進んでいく彼女の姿勢がうかがえる。

音楽ナタリーでは約1万3000字のインタビューで、アーティスト雨宮天の表現の真髄に迫る。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 塚原孝顕

「今までありがとう」で終わりにしたくなかった

──アルバムタイトル「Ten to Bluer」はダブルミーニングになっていて、1つは「雨宮“天(Ten)”から“青き民(Bluer)”へ」ということだと思います。僕は、雨宮さんがタイトルであからさまにファン向けのメッセージ感を出してきたのが意外だったのですが、雨宮さんにとっては自然なことだった?

やっぱりアーティストデビュー10周年を記念するアルバムなので、10年分の気持ちがこもったものにはなっていて。アルバム収録曲の内容がどうこうというよりは、私がこのアルバムで何をしたいか、何を届けたいかがタイトルにつながったと思いますね。私は、青き民の力なしでは10年も活動を続けられなかったんですよ、絶対に。であれば、まず青き民への感謝を伝えたい。感謝といっても「今までありがとう」で終わりにしたくなくて。私は「まだまだやってやるぞ!」という野心みたいなものをデビュー当時から変わらず持ち続けているので「“10年(Ten)”を越えて“より青く(Bluer)”」という意味も込めました。

雨宮天

──「内容がどうこうというよりは」とおっしゃいましたが、1stアルバムから4枚並べてみると、内容的にも変化があって面白いですね。

本当にそうですね。模索の10年という感じで。

──「模索」という言い方もできるんですね。僕は単純に、徐々に趣味性が強くなり、それに伴いクセも強くなっていくのが面白いと思ったのですが。

ああ、それもあると思います。自分は何が好きなのか、だんだんわかるようになっていって。「リサイタル」(「雨宮天 音楽で彩るリサイタル」)しかり、歌謡曲カバーアルバム(2021年10月発売の「COVERS -Sora Amamiya favorite songs-」、2023年6月発売の「COVERS II -Sora Amamiya favorite songs-」)しかり、私が好きなことを好きなようにやった結果、皆さんに喜んでもらえた。これって大きな発見だし、自分の「好き」を形にしているから面白がっていただけているんですかね。

──「Ten to Bluer」にも雨宮さんの「好き」が表れていると思いますが、音楽的に新しい試みもなさっていますね。コンペなどで曲を選ぶ際、あるいは雨宮さん自身が作詞作曲する際、何か基準はあったんですか?

「これからも新しい一面を見せていきたい」という気持ちがまずあって、その一環として、プロデューサーが「洋楽的な楽曲に挑戦してみたらどうか」と提案してくださったんですよ。それが最初の段階では曲選びの1つの基準になっていたんですけど、正直、自分の中ではコンセプト的なものがまだぼんやりしていたところがあって。それがはっきりしたのが、制作の途中で行われたタイトル決め会議だったんです。そこで冷静にこのアルバムを見つめてみて、今言った10年分の青き民への感謝と、11年目以降への私の決意を届けたいという軸が定まった感じで。だからそのいずれか、もしくは両方を満たす曲かどうかというのが、基準と言えば基準ですね。

火の鳥を焼き尽くすほどの火力で

──ここからは新曲について伺っていきます。1曲目「Fireheart」はアルバムのオープニングにふさわしいロックナンバーで、作詞が上坂梨紗さん、作曲が石黑剛さんと小久保祐希さん、編曲が石黑さんですね。

「10周年を記念しました。おしまい」ではなくて「終わってたまるか!」「10周年はエンディングじゃなくてオープニングなんだ!」という意気をそのまま形にしたような、未来を感じさせてくれる曲です。「Fireheart」は1曲目になっていますけど、曲が選ばれたのは制作の終盤なんですよ。アルバムの全体像が見えてきたときに、ここでもう1曲、青き民が好きそうな、わかりやすくライブで盛り上がれてUO(サイリウム)を折れるような、勢いのある曲が欲しくなって。

──曲はもちろん、歌詞にも勢いがありますね。今を「生き尽くせ」みたいな。

アンチ輪廻転生、アンチ不老不死みたいな。歌詞に「永遠などくだらない 焼き尽くせ」とありますけど、これは永遠の象徴として歌詞に登場する「火の鳥」を焼き尽くせという意味だと私は捉えまして。すでに燃えている火の鳥を焼き尽くすほどの火力って、とんでもないですよね。そういう、ある種ケンカ腰と言えるぐらい強気な姿勢にすごく共感できるんですよ。私も焼き尽くし、生き尽くし、燃え尽きたいタイプなので。

──「Fireheart」は、デビュー曲「Skyreach」(2014年8月発売)から脈々と続く、アニソン的なキャッチーさのあるアグレッシブなロックナンバーの系譜にあると思います。いわば雨宮さんの1つのスタンダードですが、同系統の曲として、このアルバムには「衝天」(2024年1月発売の14thシングル表題曲)も収録されていますよね。

はいはい。

──この2曲は被るんじゃないかとも思ったのですが、ボーカルで変化を付けていて、むしろ対照的なものになっています。

「衝天」はとにかく自分を追い込んでひた走る感じなんですけど、「Fireheart」は自分の気に入らないものをボコボコ殴ってなぎ倒しながら進んでいく感じだから、確かにけっこう違いますね。

──「衝天」はクールかつ切実な感じでしたが、「Fireheart」はガラが悪いといいますか……。

ガラ悪いですよね! うんうん、ガラが悪いし、泥臭い。「Fireheart」の歌詞は、私がデモから受け取った勢いや青き民の好きそうな感じを大事にしたいという、ふわっとした要望を作詞の上坂さんにお伝えして、あとは上坂さんの思うがままに書いていただいたんです。私は当初、ここまでケンカを売るつもりはなかったんですけど、上がってきた歌詞に歌い方を引き出されたというか、「これは私の生き方そのものだ」と思いながら、まさに生き尽くすつもりで歌いました。

雨宮天

──上坂さんは、「Catharsis」(2020年9月発売の3rdアルバム「Paint it, BLUE」収録曲)あたりからよくお名前を拝見します。

そうなんですよ。今言ったように上坂さんの詞には歌を引き出す力があるし、シンプルに歌いやすい。例えば言葉が詰まっていて一見歌いづらそうな部分があっても、いざ歌ってみると「あ、このリズムにこの文字数をハメるの、気持ちいいわ」みたいな感動があることが多いんです。それが特に顕著だったのが「SOS」(2022年5月発売の13thシングル「Love-Evidence」カップリング曲)で。サビの「ねぇ どうかしちゃいそうなくらい 寂しいもう限界」とか、字数的にかなり窮屈なんですよ。なので、全体的にもう少し言葉を削る方向で修正していただいたんですが、修正版を歌ってみた結果「やっぱり元の歌詞に戻させてください」と。

──上坂さんからすれば「ほらね?」という感じかも。

本当にその通りで(笑)。こちらとしては失礼しましたとしか言いようがない。上坂さんとは直接お会いしたこともあるんですけど、めちゃくちゃ責任感強くひたむきに書いてくださるし、かつ融通もきく方で。現場でちょっと歌詞の文言を変えたいといった相談にも快く応じてくださって、それも私にとってとてもありがたいことですね。

10年で培った歌唱表現の根底にあるもの

──続いての新曲は5曲目の「mellow moment」ですね。西野蒟蒻さん作詞、涼木シンジさん作編曲のカントリーっぽいギターポップで、4曲目の「Love-Evidence」もポップ路線のエレクトロファンクだったので、いい流れだと思いました。

「mellow moment」は、プロデューサーから提案された「洋楽的な楽曲」の1つですね。

──まずボーカルに関して、こういう力の抜き加減でさわやかに歌うことって、今までなかったのでは?

確かにそうかも。いつも「うわあ!」って叫んだり、絶望の淵にいたり、あとは「TRIGGER」(2023年3月発売の1st EP「雨宮天作品集1-導火線-」リード曲)のように毒をはらんでいたりすることが多かったから。「mellow moment」は2番Aメロの歌詞に「さりげない心地よさで」とありますけど、まさにそれを目指しました。どこにもぶつからない、角ばったところをすべて取り払ったような丸い声色を意識しながら。

──歌詞も極めて日常的ですし、数年前の雨宮さんだったらこの曲は選ばなかったように思います。

選ばなかったし、歌えなかったでしょうね。おっしゃる通り歌詞もすごく日常的なので、昔だったら「もっと悲しみの色を濃くしてくれ」みたいな要望を出していたんじゃないかな。わかりやすい感情のほうが歌いやすかったから。逆に言うと、それこそ“ささやかさ”とか、微妙なさじ加減が要求される歌は私にとって難しいものだったんですよね。だから「mellow moment」は、10年間の積み重ねがあったから歌えるようになった曲の1つです。

雨宮天

──ポップ路線の曲を歌うという点で、やはり「PARADOX」(2020年1月発売の10thシングル表題曲)の影響は大きかったですか?

大きかったと思います。まず「PARADOX」を歌うにあたっては、青き民との信頼関係が構築できていることが大前提で。以前の私はとにかく「ナメられたくない!」と思って生きていたんですけど、もうナメられないとわかったから、ポップ路線に挑戦できたんですよ。その「PARADOX」を歌ったらすごく喜ばれたし、自分でも手応えがあった。そういう成功体験を経ていなかったら、いまだにポップな曲は歌えていなかったかもしれない。とはいえ、今でも「mellow moment」のような日常的で等身大な曲を歌うときは「大丈夫かな?」と、ちょっと緊張はするんです。それでも昔よりはずっと、人に対して寄り添っていいし、寄り添ってもらっていいとわかってきたというか。昔は絶対的な距離があると感じていて……。

──雨宮さんが、人に対して距離を置いていたということ?

そんなつもりはなかったけど、実際的にそうなってしまって。昔の私は人とのコミュニケーションがすごく苦手だったので……。

──ナイフみたいにとがっては……。

触るものみな傷つけていましたね、本当に(笑)。人は私のことをナメてくるものだと思っていたから、常に野良猫みたいにシャーシャー威嚇しているような状態だったんです。歌って、けっこう精神状態も大事ですし、この10年で培った歌唱表現の根底には、価値観や人間性の変化、もしくは成長があると思っていて。「mellow moment」は、こんなにも柔らかい雰囲気だけど、その証左になっているんじゃないかな。