がんばっている人は絶対に、全力で応援したい
──アルバムの新録曲に戻りまして、8曲目の「Next Dimension」から空気が変わりますね。この曲には、「RAINBOW」(1stアルバム「Various BLUE」収録曲)や「Fleeting Dream」(4thシングル「irodori」カップリング曲)に通じるさわやかさを感じました。
うんうん。まさにその子たちと同じ立ち位置の曲です。リード曲の「Queen no' cry」がみんなを力強く引っ張り上げていく曲だとしたら、「Next Dimension」はみんなと歩幅を合わせつつ背中を押すような曲になっていて。基本的に、私の曲には“自分”という確たる存在があって、それぞれの世界観でそれぞれの主人公が自分の信じる道を貫くさまを描いていることが多いんです。それに対して「Next Dimension」は、聴いてくださる方に寄り添うことを目的として選んだ曲なんですね。ただ、実はこの歌詞と最初に出会ったときは、自分の中に言葉が浸透してこなくて。
──確かにほかの新曲と比べても明らかに雰囲気が違います。
そう。ほかの曲はもっと壮大だったり抽象的だったり二次元っぽかったりするんですけど、「Next Dimension」はすごく等身大でリアルな言葉選びがされていて、言ってしまえば必ずしも自分が主人公を演じているところが浮かぶ世界観ではなかったんです。だから最初はすごく戸惑ったんですけど、さっきも言ったようにこの曲はみんなの背中を押してくれる、ご近所の幼馴染ヒロイン的な立ち位置だったので。
──またいい例え方をしますね。
あはは(笑)。そんなキャライメージだし、むしろこういう歌詞だからこそ、私が本来この曲に担わせたかった役割を全うしてくれるんじゃないかと、ちょっと見方を変えまして。そこでようやくこの歌詞と仲よくなれたというか、そのくらい受け止めるまで悩む必要があったんです。
──その悩んだ理由って、雨宮さんの信条みたいなものに関係している気がするのですが、もう少し具体的にお聞きしてもいいですか?
ええと、「Next Dimension」の歌詞には「僕」と「君」がいるんですけど、そういう近しい間柄の2人の世界を描いた曲が、私にはあんまりないんですよ。だから例えば「僕は僕になる」という歌詞だったら、それはあくまで自分の意思として自分の中に秘めていることで、わざわざ隣にいる「君」に伝えるということをしていなかったんです。たぶんそういうところが自分の中でしっくりこなかったと思うんですよね。今までは他者が眼中になかったと言ったら言いすぎかもしれませんけど、とにかく自分が主人公で、自分の意思で進んでいく曲が多かったので。
──なるほど。でも、最終的には納得がいったと。
はい。「Next Dimension」はある種の応援歌なんですけど、私はがんばっている人は絶対に、全力で応援したいんです。そのがんばろうとする姿勢がたぶん強さだし、「Next Dimension」の歌詞にもそれが感じられたんだと思います。
──そういえば「The Only BLUE」に収録されていた「Lilas」も応援歌でしたが、そこに登場する「君」は「毎日頑張りすぎている」人でしたね。
そうそうそう。「Lilas」は本当にがんばり屋さんへエールを送っている曲なので、やっぱり私はがんばっている人をほっとけないんでしょうね。
これは本気を出さないと負ける
──この「Next Dimension」は次の曲、すなわち雨宮さんの新境地たるポップでキュートな「PARADOX」へとつなぐ曲としても機能していますよね。
本当にそうですね。「PARADOX」も当然アルバムに入れる予定ではあったものの、「だとしてもどこに置けばいいんだろうね」という話になったくらいで。でも、おっしゃる通り「Next Dimension」がすごくきれいにつなげてくれて。だから私の中で「Next Dimension」は裏リード曲じゃないけど、この曲がアルバムにおけるバランサーの役割を果たしてくれているので、実は大きな柱になっているんです。
──「PARADOX」は雨宮さんにとって大きな挑戦だったわけですが、シングルのリリースおよび幕張ライブでの初披露を経て、どんな手応えを感じました?
まったく後悔がなくて。私の思いと一緒に「PARADOX」という曲がファンの皆さんに届いたという実感を得られたことがすごくうれしいです。私はデビューしてから5年間かけて芯の強い曲を歌いたいということを伝えてきたし、そうやって皆さんと一緒に作り上げてきた雨宮天像というものがあったからこそ、「PARADOX」というキュートな曲にも挑戦できたんですけど、まさにその通りに受け取ってくださる方が多くて。それによって私もファンの皆さんとの関係性により自信を持つことができたし、ちゃんと皆さんとコミュニケーションできたという意味でもめちゃくちゃ大事な曲になりましたね。
──そして次の新曲、11曲目の「蒼天のシンフォニア」は雨宮さんが1stシングル「Skyreach」(2014年8月発売)から打ち出していた雨宮天像への原点回帰であり、同時にそのアップデート版という印象を受けました。
本当にその通りで。この曲はもともと候補曲の中にはなかったんですけど「どうしても1曲は雨宮天の王道曲を入れたいです」と角田さんにお伝えしたんです。そしたらこの曲が来てくれて、もう聴いた瞬間に惚れ込みました。まさに原点回帰であり、そしてアップデート感もあったので「これしかない! 絶対に歌いたい!」と思いましたね。
──この曲は中二感あるいはアニソン感が飛び抜けて強く、雨宮さんの歌声も非常にシリアスです。
私の中で「蒼天のシンフォニア」の主人公はヴァルキリーなんですけど、ただのヴァルキリーではなくて最強のヴァルキリーなんです。だから彼女が戦う相手は実体のある敵というよりは、もはや世界そのものみたいな、想像を絶する巨大な何かなんですよ。要は、普通にしていてもめちゃくちゃ強いヴァルキリーが、限界を突破して戦っているようなイメージで歌ったので。
──本当にいろんなキャラを演じていますね。
実は、「蒼天のシンフォニア」は曲調としては優雅で高級感が漂ってもいるので、最初は歌声にもそういうニュアンスがあってもいいのかなと思ったんですよ。でも、歌っているうちに「これは本気を出さないと負ける」と感じて、結果的にどんどん力強い歌い方になっていきました。
このアルバムのラスボス
──アルバムのラストを飾るのが、最初のほうでお話に出た「雨の糸」です。作曲クレジットにフランツ・リストの名前があってちょっと驚きました。
そうなんです。原曲はリストの「愛の夢」という曲で、こういうクラシカルなムードの曲を歌うのは初めてですね。
──リストはお好きなんですか?
リストはどちらかというと「ラ・カンパネラ」のような切なくて激しい曲をよく聴いていたんですけど、最初に「雨の糸」を聴いたときに「あ、知ってる曲だ」とすぐにピンときました。昔、クラシック名曲集みたいなのをお小遣いで買ったりしていて。CD6枚組くらいのボックスのやつを。
──全部で100曲ぐらい入ってるやつですよね。
それを聴きながらネトゲとかしてたので(笑)、馴染みはありました。
──この「雨の糸」は、アルバムの主人公たちを癒すようなバラードですね。
まさに。12曲目まで私は各曲の主人公としていろんな世界観でいろんな戦いを繰り広げてきたんですけど、それをすべて包み込んでくれるのが「雨の糸」だと思っていて。ただ、この「雨の糸」の主人公を演じることこそが、実は私にとって一番の挑戦だったんですよ。というのも、私はこのアルバムを通して戦いは何戦もしてきたんですけど、癒すことはしてこなかったので(笑)。
──ああ(笑)。
例えば「誓い」(2018年5月発売の6thシングル表題曲)というバラードは、アニメ「七つの大罪」のヒロイン・エリザベスの気持ちで歌ったんです(参照:雨宮天「誓い」インタビュー)。一方「雨の糸」は既存のキャラクターに心を寄せるのではなく、自分で一からキャラクター像を作り上げていく必要があって。でも、私は性格的にも癒しとはまったく縁がない人間なので、どうやって声を作ればいいんだろうと悩んでしまい。だから「雨の糸」のレコーディングが一番精神的に疲れましたし、私にとってこのアルバムのラスボスは「雨の糸」でした。
──こんなに優しい曲なのに。
ねえ。優しい曲なのに、レコーディング中は自分との戦いでした。
──その戦いにどうやって勝利したのか、言葉にできますか?
そうだな……ただ優しい声を出すだけだったら、声に息を混ぜていけばいいと思うんです。でも「雨の糸」は語り手である主人公が人間ではなくて、いわば神のような存在なんですよ。そこに説得力を持たせるために、例えば低音をキープしつつ息を混ぜていくことで何か大きな存在に包まれているような雰囲気を作ろうとしたり。あとは裏声の出し方にしても、普段だったら強く飛ばすように歌うところを、温かい息を吐くようなイメージで歌うことでファルセットの柔らかさを出すように努めましたね。
──リスナーとしては心地よい余韻に浸ることができます。
うれしい。コーラスもたくさん録ったので、そのおかげで天界的な世界観になっているのではないかと。そのコーラスにも苦戦しましたし、そもそもクラシックの曲は音程を取るのも難しいんですけど、歌ってよかったなと思います。
止まり方がわからない
──アルバムの完全生産限定盤にはデビューから5年間の映像集も収録されていますが、ご覧になった感想は?
最初は「これは私の恥ずかしい映像集だな」と、つまり目を覆いたくなるようなシーンの連続だと思っていたんですよ。でも、いざ観てみたらライブのMCやファンの皆さんへのコメントで伝えようとしていたことが、今と大差なくて。もちろん容姿とか声はすごく変化しているけれど、アーティストとしての芯の部分は5年経っても変わっていなかったことがうれしかったです。それから、さっきも言ったように「PARADOX」のような挑戦をいくつも経て今の私があるわけですけど、その挑戦は間違っていなかったと確信できた。そんな映像でしたね。
──僕も映像を拝見して、本当に雨宮さんは行動指針がブレないなと思いました。
ついでに言うと、ジャケットやMVの撮影でアホっぽいことをしているところも撮られていて、精神年齢もあんまり変わってないのかなと思いました(笑)。
──では、デビュー6周年を迎えた雨宮さんは、今後どんなアーティストになっていくのでしょう。
この5年間を振り返ると、私は立ち止まって考える暇もなく、ほとんど勢いで駆け抜けてきた感じだったんです。それが今年、図らずも自分の時間を持てるようになったので、その時間を音楽の勉強に充てたいなと今は思っています。文字通り音楽理論を学んだり、あるいは自分の歌唱表現というものを見つめ直したりして。
──何か気になることがあったらその都度立ち止まって考えたいと?
そうです。そうすることでまた新たにやりたいことが見つかるかもしれないし、今回「火花」という自作曲を正式な音源としてリリースできたことで、よりクリエイティブな方向での挑戦にもつながるんじゃないかって。まあ、今言ったことも虚勢混じりではあるんですけど、虚勢は虚勢でもそこに信念と説得力は持たせたいんですよ(笑)。そのためにも、少しずつでも自分の知識を増やしていきたいです。
──外野がとやかく言っても、これからも雨宮さんは攻め続けるでしょうね。
もう止まれないですね。止まり方がわからない(笑)。
※特集公開時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正します。
2020年9月8日更新