すごい時代にいる感覚
──2曲目の「悲しみの向こう側」はゆったりとしたバラードで、麦焼酎「iichiko NEO」のCMで流れています。すごくいいCMですよね。
ね、アルパカがかわいいですよね(笑)。「iichiko NEO」のCMソングを、というお話はかなり前にいただいていて、この4曲の中で最初に作った曲になります。
──Aimerさんがお酒のCMソングを歌うのは初めてですよね。
初ですね。「いいちこ」さんは長い歴史のあるブランドだし、CMやポスターがクリエイティブですごく個性がある。そのイメージも踏まえて、年代問わずいろんな人に共感してもらえるように、オーソドックスで、ちょっと懐かしい感じを出したいと思って作り始めました。この曲はストリングスを全部生で録ったんですよ。
──それは豪華ですね。
86442(第1バイオリン8、第2バイオリン6、ビオラ4、チェロ4、コントラバス2)という編成で、自分の曲でこんなに大所帯のストリングスを録らせていただいたのは実は初めてで。本能的に心地いいと思う普遍的な響きを、この曲に入れたいと思ったんです。
──今はコロナの影響で大人数のオーケストラがなかなか集まれない状況なので、余計にグッとくるものがあります。
レコーディングは去年やったんですけど、確かに今だと難しかったかもしれないですね。「悲しみの向こう側」は自分の曲を昔から聴いてくれている人にも喜んでいただける私らしい曲だと思うし、「炎炎ノ消防隊」をきっかけにこのシングルを手に取ってくださる人がいたとしたら、この曲がきっかけとなって新たな音楽の道が開くかもしれない。そうやっていろんなところに連れていけたらいいなと思って作りました。
──あとの2曲「Ash flame」と「Work it out」は6月に録ったということですが、特に「Work it out」は「誰もいなくなった交差点には…」という歌い出しからもう、すべてのフレーズに共感しました。人がいない渋谷の交差点とか、まさか自分が生きてる間に見るとは思わなかったですね。
ホントそうですね。この曲は聴いてもらったら情景がありありと浮かぶと思うんですけど、今を生きている自分たちへのおまじないというか、祈りを込めて作りました。つい数カ月前まで当たり前だったことがどんどん当たり前じゃなくなって、気付けばその変化に付き合えるようになってきた自分もいて、本当にすごい時代にいるなって。そして、私の身近にもいるんですけど、医療に携わっている方はこちらが想像する以上に日々心を砕かれているんじゃないかなと思う。それぞれの人が感じる苦しさは比較できないし、比較しちゃいけない。それぞれのキャパシティがあって、みんな一生懸命もがいてると思うから、そういうときにこんな曲があったらいいかなと思って作りました。
蝉の羽化を見て気付いたこと
──この歌のように、日常のひとコマひとコマをつなげていけたらいいですよね。
そうですよね。そういえば私、この間、真夜中に蝉の羽化を初めて見に行ったんです。
──えっ、蝉の羽化を?
はい(笑)。なんとなく思い立って見に行ったんですけど、すごく美しくて、気付いたら2時間くらい経ってました。
──2時間も!
蝉の羽化って、少しずつ少しずつ変化していくんですよ。だからちょっと見ただけではどこがどう変わったのか、違いがわからないんです。だけどだんだん変わっていって、気が付いたらまったく違うものになっていたんですよね。それで思ったのは、私も今までいろんな変化を経験してきたけど、時間をかけた大きな変化って蝉の羽化と似てるなと思って。
──ああ、なるほど。
変化の渦の中にいるときは具体的に何が変わってるのかよく把握できないまま、対応するのに一生懸命で。嵐が過ぎ去ったときに、あとからあの変化にはこういう意味があったんだとか、パーッと霧が晴れるようにわかることがあったなって。だから変化の中にいるときは、自分に何が起きているのか、今起きていることにどんな意味があるのかということを判断したり、自分で気付くのはすごい難しいんじゃないかなって思ったんですよ、蝉の羽化を見て。
──私たちは今まさに大きな変化の渦に巻き込まれていますね。
そう、みんな毎日精一杯で、どのぐらい自分に負荷がかかっているのかもわからないけど、全部過ぎ去ったときに初めて、あのときは大変だったなあと本当の意味でわかるかもしれない。だから今を生きている1人ひとりの人に、そんなに一生懸命がんばらなくていいよということをおこがましいけどすごく言いたいんです。今は。「がんばれ」じゃなくて、「もうすでにあなたはがんばってるよ」と音楽を通して言える人でありたいです。
──今の話はAimerさんがデビューしてから9年間の変化にも通じるものがありますね。
確かに私もホントにそうで、劇的な何かが起こって変化したわけじゃなくて、少しずつの変化を積み重ねて今ここにいると思います。生きるということはその連続なのかもしれないですね。ただ、今は世界規模でみんなが大きな影響を受けてるから、より大変な状況だと思います。私自身もライブができなかったりとかいろいろ寂しいと思うことはあるけど、少しでも音楽を通して誰かのためになることができたら、今を生きてる意味があるかなと思ってます。
──そうですね。以前のようにライブを楽しめるようにはまだ時間がかかりそうです。でも、配信ライブがあるのは1つの希望だと思います。
同じ場所で同じ瞬間を一緒に味わえるライブって、それこそ言葉にできないくらい素晴らしいものですよね。一方で、私はインターネットライブを昔からやってきましたが、例え目の前に人がいなくても、画面の向こう側にいる誰かに歌うこと、私にとってそれは紛れもなく“歌う”ということなんですよ。私はそこに1人でもいてくれたら歌える。だからインターネットを通してみんなと交流できるなら、あるいは自分もそれに救われるとしたら、今はそういうやり方でライブをするっていうのも私にとっては間違いじゃないと思います。
──ライブの予定があると、その日に向けてがんばれるところもあって。
わかります。自分も日々生きててご褒美がないとがんばれないと思うときがあります。それぞれの人生を生きている人たちにとって私のライブがささやかなご褒美になるとしたら、それはとてもうれしいことなので、いい意味で音楽を使ってほしいと思います。今回に限らずずっとそういうことを言ってきたけど、今は特にそう思います。
──ところでAimerさん、先日Twitterで月の写真をアップされていましたけど、あれはご自身で撮られたんですか?
そうです。
久しぶりに撮りました。
— Aimer&staff (@Aimer_and_staff) August 3, 2020
きれい。
みんなやさしい夜の中にいてね。 pic.twitter.com/JeyDhHJqcb
──プロのような写真でビックリしました。
いえいえ、私じゃなくてカメラがすごいんです(笑)。カメラが好きでいろんなカメラを持ってるんですけど、そのうちの1つで、望遠撮影ができるものがあって。
──蝉は撮らなかったんですか?
撮りました。ただ、Twitterに上げるとなると虫が苦手な人もいるかなと思って。でも、蝉もすごくきれいでした。生き物ってそのへんにあふれてるじゃないですか。例えば買った野菜の中にイモムシが混入してるとかよくありますよね。
──ありますね。ウワッ!ってなります(笑)。
(笑)。歌い始めてから、自分と全然違う生き物が周りにあふれてることがすごく面白いことだなって思い始めて。そういう生命に対する興味が年々深まっているんです。
──蝉の羽化からいろいろ感じたように、たくさんのものごとを感じ取ってるんでしょうね。Aimerさんがこの夏、蝉を観察していたとはちょっと驚きでしたけど。
ふふふ。蝉の羽化の観察、オススメです(笑)。