ナタリー PowerPush - aiko

3つのインタビューで紐解く「時のシルエット」

家には5万円にまけてもらった電子ピアノだけ

──ところでaikoさんは制作過程の中で、サウンド面に対してはどういったこだわりを持って取り組んでいるのでしょうか。

そうですねえ。私、楽器はデビューする頃に8万円を5万円にまけてもらって買った、電子ピアノしかいまだに持ってないんです。

──aikoさんの家にある楽器はその電子ピアノのみ?

はい。それで全部作ってます。で、ピアノで曲の原型を作って、それをプロデューサーに聴いてもらって「この曲でどんな音が鳴ってる? どんなアレンジがいい?」って訊かれるんだけど、私は詳しい用語を覚える気もなくここまで来ました(笑)。プロデューサーからも「変に覚えると固執しちゃうから覚えなくていい。頭の中で鳴ってるものを言ってくれ」って言われてて、長年の付き合いでわかってくれるので、ニュアンスで会話をして伝えるんですよ。そのあと、よりちゃんとしたディテールをプロデューサーがアレンジャーに伝えてくれて、3人でのやりとりを何回も重ねます。

──じゃあ例えばベースラインなんかは口で歌って伝えるんですか?

そういうときもあるし、「ここでギャーン!って鳴ってて」とか(笑)。もうホンマにプロデューサーにしかわからへんのちゃうかなって思います。でもいつも必ず言っちゃうのは、鍵盤のこと。「ピアノがこんなんで入っててほしい」って。私がピアノで作ってるからっていうのと、アレンジャーの島田(昌典)さんがピアニストなので、すごいのを弾いてくれる想像でいるから、それを求めちゃうんですよね。そう言えば今回のアルバムは、特に鍵盤が多いですね。

──ボーカルのレコーディングはどんな感じなんですか?

私はただ自由に歌って、それをプロデューサーが選んでくれるっていう形。私、同じ曲でもレコーディングのたびに、メロディがちょっと変わったりしてるらしいんです。そのときの気持ちで。だから私がボーカルをセレクトすると、すごくちゃんと歌ってるテイクを使っちゃったり、感情で抑揚が付いてるものを「ピッチが変」っていうふうに捉えちゃうので、そこはもうプロデューサーに任せてるんです。

──なるほど。「時のシルエット」では、ボーカルの傍らコーラスも目立ってますよね。「くちびる」も特徴的ですし、「恋のスーパーボール」もほぼずっと重なってる。

そうそう、今回コーラス多いんですよ。コーラスはとりあえず迷ったら「今から全部付けまーす」って言って、ワーッとフルでコーラスを入れるんです。それを「ここやっぱいらんね」って相談しながら削除していくという、消去法。

──面白いですね。

やっぱり単音のボーカルが一番強いと思うので、それをすごく大事にもしてきたんですけど、今のモードなのか、少しずつ新しいこともやってみたいねっていうことで、今回はコーラスをいっぱい重ねました。

コードにメロディがぶつかってる代表例が「ボーイフレンド」

──アレンジやコーラスなどの肉付けの前に、そもそもaikoさんの楽曲って作曲段階で異質ではありますよね。コード進行がむちゃくちゃな曲もあったりして。

あははは!(笑)それね、昔も言われてん!! スタッフに新曲を聴いてもらうと「気持ち悪い」って言われることがよくあったんです。「これはコードにメロディがぶつかってるから違和感がある」って。その一番代表的な例が「ボーイフレンド」なんですよ。サビの「♪Ah」がぶつかってると言われて、でも私は「大丈夫ですって!」って言って、スタッフの人の前でずーっと歌い続けてたんですね。そしたら「大丈夫になってきたかも」「でしょー」みたいになって(笑)。

──あははは(笑)。じゃあ音楽理論をわかってる人からすると「ちょっと変じゃない?」というものも、aikoさんの中では……。

全っ然変じゃない!

──と思っているんですね。

まず音大行ったときにそれは思った。音楽って自由なはずやと思ってたのに、たくさん決まりがあることにびっくりして。ここにこの音符があったら、こっちかこっちにしか行ってはいけないって、なんじゃそりゃ!と思って。なんでこんな理論があるんやろ、子供の頃から歌ってる曲はもっと自由に聴こえてたなと思って、私は好きなものを好きなように作ろうって思ったんです。さらにそのあと、デビューして出会ったスタッフの人たちも「変だね」とは言うけど、「なんでもいいからいっぱい自由に作ってきてください」っていう現場だったんですよ。だからそのまんま14年も続いてるんですね。

──でも、どんなに原型がいびつだとしても、仕上がったものはちゃんとポップに聴こえるんですよね。それってどうしてなんでしょう?

なんででしょうね(笑)。私はなんにも考えてないんです。だから「わざと変なコード進行とかメロディにしてるんでしょ」とか言われると、そんなことないのにー!って。そんなこと考える余裕すらないし、そんな頭があったらもっといっぱい書けてるよって思う(笑)。

収録曲
  1. Aka
  2. くちびる
  3. 白い道
  4. ずっと
  5. 向かいあわせ
  6. 冷たい嘘
  7. 運命
  8. 恋のスーパーボール
  9. クラスメイト
  10. 雨は止む
  11. ドレミ
  12. ホーム
  13. 自転車
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aiko(あいこ)

1975年大阪出身の女性シンガーソングライター。1998年にシングル「あした」でメジャーデビューを果たす。その後「花火」「桜の時」「ボーイフレンド」などのシングルがヒットを記録し、2000年に「NHK紅白歌合戦」初出場を果たすなど、トップアーティストとして人気を不動のものとする。女性の恋心を綴った歌詞と絶妙なコード進行によるポップなメロディで幅広いファンを獲得している。2011年には、デビュー13年目にして初のベストアルバム「まとめI」「まとめII」を2枚同時リリース。2012年6月に10thオリジナルアルバム「時のシルエット」を発表した。


2012年6月22日更新