ナタリー PowerPush - agraph
新鋭エレクトロニカアーティストのアニヲタ疑惑を徹底検証
2年間の試行錯誤でたどり着いた「生楽器のアンサンブル」
──今回のアルバムは、前作を超えるほどにかなり緻密に作りこまれた作品だと感じました。
この2年間、丸々このアルバムを作ってましたからね。1stアルバムのマスタリングが終わって、前回インタビューを受けてたくらいのころにはもう作り始めてて。その間、自分の中に産みの苦しみがずーっとあったので大変でした。
──じゃあ、理想としては2年も空けないで早いうちに出したかった?
そうですね。本当は1年も空けずに出したかったんですけど、なんか悩んでるうちにこんなに時間が経っちゃった感じです。やっぱり1stアルバムと同じようなものを作るんじゃなくて、新しいフェーズ、新しい考え方、新しいコンセプトを見つけてちゃんとステップアップしたかったんで。
──なるほど。では具体的に前作と変えた部分は?
技術的なところが多いですね。前作はあえてこもった音像で作っていたので高周波帯域についてあまり意識していなかったんですけど、今回は自分の中の新たな課題として、高い音域を処理することに関心が向いてました。あと、1stアルバムのコンセプトは「ダイナミックで動きのあるもの」だったんで、そこから出発して次にどうするかをずっと考えてて。そういう気持ちで技術的な習作を作ったり、コンセプトを頭で考えたりしているうちに、生楽器を使ったあんまり電子音楽っぽくないアンサンブルの作り方に興味が出て、自分で勉強したんです。
──確かに、「生っぽさを意識したのかな?」という印象は受けました。
生楽器のアンサンブルを取り入れて、かつ構成や展開でもいろんなことが試せたらいいなと。
──音域の調整で作品ごとの違いを出そうというのは、普段エンジニアの仕事をしている牛尾さんらしい考え方かもしれませんね。
今回も基本的にはマスタリング以外すべてのエンジニアリングを自分でやっているんですが、クラムボンの「2010」ってアルバムの音処理がすごく良かったから、最初にできた1曲目の「lib」だけミトさんにミキシングをお願いしたんです。同じような生楽器の使い方で、ポピュラリティが潜んでいるような曲にしたくて。人の手をちょっと加えることによって自分にはない良さが出るんじゃないかなと期待していたんですが、やっぱり参考になりました。
──前回のインタビュー時に、僕は1stアルバムの感想を「一聴するとアンビエントっぽく感じるけど、曲の構造はダンスミュージック的なマナーをしている」って言ってるんです。四つ打ちは入ってないけどテクノとして聴くこともできる。でも、今回の作品は全然そう思わなかったんですよ。
ああ、確かに今回はそうかもしれないですね。1stアルバムのときって曲を作ってる最中に、頭の中で四つ打ちが鳴ってたり、実際に四つ打ちを鳴らしてたりして、そこからアレンジを進めていったんです。今回はそうではなく生楽器の配置などを考えながら作っていったので、そういう点で前作とはガラッと変わってるかもしれないですね。
──シンセの音色やグリッチのようなリズムはエレクトロニカのものなんですが、どちらかというと室内楽を聴いているような印象があります。
シメオン・テン・ホルトっていうオランダ人の現代音楽の作曲家を知ってますか? ピアノ4台のミニマルとかを作ってて、CD11枚組で6曲入りっていう、勘定が合わないボックスセットを出したりしてるんですけど(笑)。その人の室内っぽい響きがすごく印象に残ってて。それほど器楽的に複雑な要素があるわけではないんですけど、その響きを自分のサウンドに取り入れたいなっていう意識はありましたね。
──牛尾さんがこのアルバムでピアノの響きを重視しているのはよく伝わりました。1曲だけビル・エヴァンスのピアノをサンプリングしていますが、あえて自分でピアノを弾かなかったのはなぜですか?
家が音楽教室だったから子供のころからピアノが弾けたし、もともとagraphでもピアノで作曲してたんですけど、でもそれだけだとピアノの音色がワンパターンになってしまうんですよね。だからサンプリングを使って質感が違う音作りに挑戦したかったんです。ビル・エヴァンスが好きだからとか、そういうのは正直あんまり関係なくて。これまでの習作の中にはASIAN KUNG-FU GENERATIONをサンプリングして作った曲もあるし、この曲についても純粋に鳴ってる響きだけで決めました。
まりんさんにマスタリングをお願いしたら、音が足されて返ってきた
──砂原良徳さんが全曲のマスタリングを手がけているんですよね。
マスタリングを誰にお願いするかそろそろ決めないとヤバいみたいなタイミングでまりんさんにたまたま会って、そのときに「マスタリングで曲がどう変わるかを意識したほうがいいから、とりあえず1曲俺に送ってよ」「俺がマスタリングして返すからそれ聴いて、こんなふうに音が変わるんだって基準にしてマスタリングエンジニア決めたら?」って言ってくれたんです。で、1曲マスタリングしてもらったらすごく良かったんですよね。だったらもうこのままお願いできませんかねぇって感じで。砂原さんマスタリングのCDは、CORNELIUS兄さんの「FANTASMA」リマスターより俺のほうが先だった! って、これは声を大にして言いたいです(笑)。
──まりんさんのマスタリングはどういうところが良かったんですか?
やっぱりミュージシャンとして活動されているので、こちらのコンセプティブな意図をすごい汲んでくださるんですよね。「これはこういう意味でしょ? だったらこうしたほうが伝わりやすいんじゃない?」って補正をかけてくれたり。で、いざマスタリングやることになって、まりんさんに「まだアレンジの途中ですけど、一応こんな感じです」って全曲渡したら、返ってきた音源にキック足されてて(笑)。しかもそれがカッコいいんですよ(笑)。最終的にはまりんさんが足したキックのトラックだけいただいて、自分でアレンジし直したっていう。だからもう、マスタリングって書いてあるけど……。
──マスタリングの仕事じゃないですね(笑)。
じゃないです(笑)。後半になると、共作とまでは言えないですけどかなりアドバイスをいただいたり。マスタリングのやり方に関しても2人で時間をかけてあーだこーだ話し合ったので、普通のマスタリングスタジオに行って1日で済ませるよりもずっと良かったと思います。マスタリングが終わって3週間くらい経ってから、「今聴き返してんだけど、このアルバム……いいねぇ!」って言われて。それはすっごいうれしかったですね。
──アルバムのラストには、alva notoことカールステン・ニコライによる“リモデル”音源が収録されていますね。
リモデルって書いてほしいって言われたからそうしてるけど、要するに1曲目の「lib」のリミックスですよ。
──そう思っていたんですが、何回か聴き比べてみても、どこがどうなったんだかさっぱりわかりませんでした(笑)。まるで別の曲ですよね。
作者の僕が聴けば「この音がここに入って、ここの音がこうなってんだな」ってわかるんですけど、原曲ではすごくちっちゃく鳴ってる音とかを拡大して使ってるんで、パッと聴いてもわかんないですよね。
──牛尾さんは以前からカールステン・ニコライやRASTER-NOTONが好きだと言っていましたよね。
そうですね、大学時代からすごく憧れてた人で、ずっと活動を追ってました。
──今回そんな彼にオファーした経緯は?
ドイツのonpa)))))っていう電子音楽レーベルから作品をリリースしてる、kyokaさんっていう日本人アーティストがいるんですが、彼女は普段はドイツに住んでいて、RASTER-NOTON周辺の人とルームシェアしてたり仲が良いんですよね。そのツテでお願いしたんです。
──ずっと好きだった人が自分の作品に参加してくれるというのは、やっぱりうれしいですよね。
最後に長い曲があって、それが終わったらリミックスでまたガラッと新しい世界が始まり、すぐ1曲で終わる、みたいな構成にしたかったんです。終わったと思ったら誰かがまた勝手に始めちゃった! みたいな(笑)。そこにalva notoがハマってくれるかなあと思って、半分賭けみたいな気持ちでお願いしたら、バッチリの曲を作ってくれてうれしかったですね。
CD収録曲
- lib
- blurred border
- nothing else
- static, void
- nonlinear diffusion
- flat
- a ray
- light particle surface
- while going down the stairs i
- while going down the stairs ii
- lib (remodeled by alva noto)
agraph(あぐらふ)
牛尾憲輔のソロユニット。2003年よりテクニカル・エンジニアとして石野卓球、電気グルーヴ、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSの音源制作やライブをサポート。2007年に石野卓球主宰レーベル・platikから発表されたコンピレーションアルバム「GATHERING TRAXX VOL.1」にkensuke ushio名義で参加。agraphとしては2008年12月3日リリースのアルバム「a day, phases」が初の作品となる。