昨年、事務所からの独立、自主レーベル設立を経験した阿部真央。大きな環境変化を経た彼女は、ニューアルバム「NOW」のジャケットのように、パッと晴れやかな表情でデビュー15周年イヤーを突き進んでいる。
「NOW」はストレートなタイトル通り、阿部真央というアーティストの“今”をリアルに切り取ったアルバムだ。新たなアレンジャーを迎えて追求されているシンプルなサウンドや、多用されている英語詞などに、既成概念に捉われない軽やかさと自由さが表れている。
本作の仕上がりには、幼少期から抱いていた“とある感覚”を克服した、阿部自身の“改革”が大きく関わっているという。自分ととことん向き合い、「NOW」を完成させた阿部に話を聞いた。
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取材・文 / もりひでゆき撮影 / Yuji Sakai(MOUSTACHE)スタイリスト / HALKAヘアメイク / 橘房図(étrenne)
「ここにいない感覚」がずっとあった
──ニューアルバムの制作はいつ頃からスタートしたんですか?
既発曲の「Keep Your Fire Burning」と「I've Got the Power」以外の曲は、5月に配信した「進むために」を含めて今年の2月以降にバババーッと書いた感じでしたね。で、レコーディングが始まったのが5月くらい。
──比較的短期間でたくさんの曲を書いたことで、ご自身の今のモードが鮮明に出た感覚もあります?
うん、すごく出てると思います。1曲目の「Hands and Dance」は、自分がどう生きていくかという人生観に対しての今の心持ちを歌ってますしね。今回はけっこう恋愛の曲が多いんですけど、それはこの春くらいに人との別れがいろいろあったことが影響していたり。だから基本的には曲を作った時期のことがそのまんま反映されているかな。
──曲が出そろった段階で、今回のアルバムの全体像としてどんなものを感じましたか?
やっぱり「NOW」という、ある種、安直なタイトルが出てきたことが大きかったような気がします。その起点となっているのが、2曲目の「Somebody Else Now」と7曲目の「進むために」。どちらも恋愛の曲なんだけど、“自分から選ぶ”ということがキーになっているんです。自分が選んで相手と離れて、今があるという。だからすごく能動的なんです。この2曲ができたときは、本当にしっかり気持ちを吹っ切って、地に足をつけて笑っていられる自分がいたので、アルバムの全体像だけでなく、アートワークまで見えてきたんですよ。
──アートワークは、ジャケ写もアー写も思い切り笑う阿部さんがフィーチャーされていますよね。
そうそう。今の私はこんなに心から笑えてるんだよっていう。で、そういう気持ちは恋愛だけに限らないなと気付いたところもあって。去年独立してからの流れも、まさにそうなんですよ。自分が決めて、新しい場所を自ら作った。そして今の私はこうやって笑っていられる。今回のアルバムにはそんな今の私をちゃんと詰め込むことができたので、「NOW」というタイトルがいいなと思ったんです。あともう1つ、このタイトルにした要因もあるんですけど。
──気になります。
私は昔から「ここにいない感覚」というのがずっとあったんですよ。それは、ちょっと先を見すぎたり、過去に捉われすぎたりして、カッコよく言うと「今を生きていない感覚」でもあって。その感覚にけっこう苦しめられることが多かったんだけど、ここ2、3年くらいでそこから抜け出すことができたんです。そんな変化を経た最初のアルバムになったという意味でも、タイトルは「NOW」以外にはないような気がした。
阿部真央の自分改革
──「ここにいない感覚」からは、意識的に抜け出したんですか?
うん。自分の意思で変えたよね。めっちゃ大変だったんだから!(笑) きっかけは、前回のインタビューでも話しましたけど、「まだいけます」というアルバムを作ったあと、もう限界だなと思ったから(参照:阿部真央「進むために」インタビュー)。天井が見えてしまったから。要は周りが求めるイメージに自分の枠をはめすぎていたんですよ。私は常に自分を俯瞰して見ているようなところがあって、周りのことばかりを考えすぎてしまう。自分の中に自分がいないというか。頭の上から見てはいるんだけど。
──なるほど。それはまさに「ここにいない感覚」ですよね。
そうそう。もちろん、それはいい部分もあるんです。自分の活動を客観視したり、冷静に見る目はあるから、問題点がすぐわかったりとかね。そういう目線があるからこそ、10代の頃から大人と渡り合って来られたんだとも思うし。でもベーシックな部分において、自分を大事にするという感覚がないわけ。
──その裏には、主観だけで動くこと、本来の自分として他人と対峙することへの怖さがあるんですかね?
あると思う。ただね、「こう言ったらこう思われそうで怖い」の前に「こう動いたほうが好かれるよな」という気持ちが先に来るんです。だから怖さは大前提。嫌われない、疎まれない、うざったいと思われないように動くことをまず考えてしまっていたんですよね。今風に言えば「自己肯定感が低い」ってことだと思うんですけど。ちっちゃい頃からずっとそうやって生きてきたので当然、音楽に対してもそうなりますよね。自分の中にある本当にやりたいことと向き合うことをサボり、ファンの目線に寄りすぎてしまった。私が本当にやりたいことを求めてくれるファンがいたこともわかっていたはずなのに、俯瞰することがやめられなかった結果、曲が書けなくなった。いろんな気持ちがこんがらがっちゃって、何を書けばいいのかがわからなくなってしまったんです。
──「まだいけます」のリリース後、コロナ禍に突入したことでいろいろなものを壊せたと前回おっしゃっていましたよね。
そう。チャンスだと思って、いろいろやり始めました。とは言っても、やることはめっちゃ地味でしたよ。ちっちゃなことも含め、自分が嫌だったことに全部向き合った。例えば、私は人に相談ができない人間なんです。それは自分の弱さを見せるのが嫌なのではなく、相手の時間を奪ってまで私の人生の話をするのが嫌なの。そこで「なんで自分はそう考えるのかな」と、いちいち掘っていくんだよね、全部の事柄に対して。そうやって1つひとつ自分なりの答えを見つけていった約3年間で、徐々に「ここにいる感覚」を見つけていった感じ。一事が万事、すべてが変わってきた印象がありましたね。
──その変化は、ご自身から生まれる楽曲にも影響を及ぼしましたか?
影響したと思う。正確に言うならば、出てくる言葉は一緒でも、今まではすくい上げていなかったものを選べるようになりました。前はとにかくわかりやすくないといけないと思ってたから、自分本位に曲を書くことを避けていたところがあったんですよ。アウトプットの形としてわかりやすさを重視するのは、プロとしてすごく大事なことではあるんだけど、全体のバランスを崩すほどそこばかりに意識を向けるのは本末転倒なわけで。今の私は、少し唐突かもしれないけど、「自分としてどうしてもこう書きたいんだ」と思う言葉を選択できるようになった。そこが大きな変化。デビュー当時はそれができていたはずなんだけど、いつの間にかできなくなってしまっていたので。
──でも今回のアルバムを聴かせていただくと、どの曲もすごくストレートに書かれていて、阿部さんの思いが明確に伝わってきましたけどね。
あー、うれしいですね。
──ということは、周りの視線を意識しすぎず、ご自身から出てくるものを素直に表現したとしても、伝わりづらくなることがないという証明にもなっているような。
皮肉なもんで(笑)、私もそれはすごく感じました。面白いよね。そこに気付けてよかった。気付くまでが長かったけど(笑)。
──英語の歌詞が多いのも「自分が書きたいこと」の表れなんですかね?
まさに。以前ならそもそも英語を使うという選択をしなかったと思うし、使ったとしてももっと分量を減らしていたと思う。でも今回は「この曲は英語で書きたい」という思いを押し通せたというか。それもいい変化の1つだと思いますね。
──いろんな意味で本作は、阿部真央というアーティストの“今”をリアルに切り取り、新たな一歩を刻んだ作品になりましたね。
本当にそう思う。今までの作品たちにも決してウソはないし、どれもが大切なものではあるけど、「NOW」を作れたことで「やっと始まったな」という気持ちがあります。アルバムで言えばもう11枚目なのにね。ホント長かった(笑)。
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“貴方”と“あなた”に表れた迷い