阿部真央インタビュー|“進むため”の独立を経て、新たなフェーズで紡ぐ音楽

阿部真央の新曲「進むために」が5月29日に配信リリースされた。

「進むために」は集英社「別冊マーガレット」で連載中の結木悠によるマンガ「君を忘れる恋がしたい」のコミック第2巻発売を記念して書き下ろされたイメージソング。マンガのストーリーに共感して紡がれた、しなやかな強さを秘めたメッセージが聴き手を鼓舞するロックナンバーとなっている。

昨年4月に所属事務所から独立し、自らのレーベルを設立した阿部(参照:阿部真央がプライベートレーベル設立を発表、地元・大分凱旋含むアコースティックツアーも)。今年頭にはデビュー15周年を迎えるなど、新たなフェーズに突入した感のある彼女に、独立以降の感情や、独立後に発表した楽曲「I've Got the Power」「Keep Your Fire Burning」の制作を経て感じたクリエイティビティの変化、そして「進むために」の制作エピソードなどについてじっくりと語ってもらった。

取材・文 / もりひでゆき撮影 / 堀内彩香
ヘアメイク / 橘房図(étrenne)スタイリスト / HALKA

独立して「まったく健やかです」

──阿部さんは今年1月21日にデビュー15周年を迎えました。

ファンの人の目に触れる位置で15周年を迎えられたことが奇跡だなと思いますね。去年、独立にまつわるいろいろが大変だったので、15周年に対しての思いはそれに尽きるかもしれない。

──デビュー以来所属されていた事務所からの独立が発表されたのは、去年の4月でした(参照:阿部真央、15年以上在籍したヤマハを離れ独立)。あれから1年ちょっと経ちましたが、当時は大変でしたか?

大変でしたねえ。円満な卒業ではありましたけど、いざ巣立つとなると土壇場であれこれ確認していなかったことが出てきたりもして。でも逆に言えば、そんな状況だったからこそいろんな方に助けていただくこともできたんですよ。ポニーキャニオンさんと個人的に契約し直して、KAGAYAKI RECORDSというプライベートレーベルを立ち上げられたことは幸運だったなと思います。ただまあ大変でしたよ、本当に(笑)。

阿部真央

──心機一転、気持ちを新たにできたところもあったんじゃないでしょうか。

それはもちろんありました。スタッフも含めて、止まらないようにしようという思いも強かったですし。新曲のタイトルじゃないですけど、“進むために”いろいろ考えながら動いている感じですね。この1年の間に出した「I've Got The Power」「Keep Your Fire Burning」という曲は、生まれたきっかけはそれぞれ違うけど、自分のリアルタイムな気持ちがけっこう色濃く出ていると思います。

──そこはファンの方々に対して、阿部真央としてしっかり意思表示しておきたいという気持ちの現れだったんですかね?

そういう気持ちもなくはないけど、それよりは自分のためにという意味合いのほうが大きいと思います。独立前は楽曲制作にせよ、ライブにせよ、受け取ってくれる人のことを考える気持ちが強かったんですよ。でも今は「これが好きだからやっているんだよね」という感覚。もちろんいいクオリティで届けることは大前提ではあるけど、まずは自分が満足するものを目指して作るようになった。そうやって生み出したもののほうが、みんな面白がってくれるイメージもあるんですよね。振り返れば、デビューした当時がそうだったから。

──自分の欲求、嗜好を第一にクリエイトすることは音楽家としてのある種、原点ではありますよね。

そうそう。なので、リバースというかリスタートというか、独立を経てそういう気持ちになってるんだと思う。自分が楽しむ、満足するというスタンスで作った曲たちが、結果としてファンの人やリスナーさんのためになればいい循環だなと今は思っているかな。「ために」とか言うとおこがましいですけどね。

阿部真央

──そうやって原点に立ち返ることができた今は、より健やかに音楽活動ができているんでしょうね。

うん、まったく健やかです(笑)。私はファンの方が求めるオフィシャルイメージに対して、わりと迎合したいと思っちゃうタイプなんですよ。そのくせ、あれこれ言われるのが嫌だったりもして(笑)。そういった気持ちの揺らぎが10周年を過ぎてからもしばらくあって、気持ち的にけっこうギリギリな状態でもあったんです。2020年に出したオリジナルアルバム「まだいけます」(参照:阿部真央「まだいけます」インタビュー)なんかは、本当にギリギリ完成したというか。内容的にも、自分で聴くと「苦しそうだな」って感じるし。正直、あれ以降しばらくは曲が書けなかったですから。そういう意味では、アーティストとして追い詰められてたと思う。スランプとかじゃなくて、限界。天井が見えてる感じだった。だからコロナ禍で活動が一度止まったことに、私は救われた部分もあったんですよね。

──そこでいろいろなことを見つめ直せたと。

そうそう。コロナ禍でいろんなものをバッと壊して、その最中に独立も決まった流れだったので、いい形で再スタートできた感じですね。いろんな意味で幸運でした。求められるイメージはいまだにあるけど、その前にまずは自分が作るものを信じられるようになったかな。もうそろそろ自分の感覚を信じてもいいだろうと。そう思えたからこそ、今はすごく自由にできているんですよね。自分のイメージを具現化するレコーディングに関しても、ちょっと変わったところもあって。独立をするにあたって1回、1人になる覚悟ができた──って言うとカッコよすぎますけど(笑)、いろんな場面で自分が指揮を取らなきゃいけない気持ちが昔よりも強くなったんですよね。「これってどういうことですかね?」とか「こういう表現にするために何かいいやり方はありますか?」とか、細かい部分まで話し合うようになったんです。たぶんほかのアーティストさんは普通にやっていることなんだろうけど、私の場合はよくも悪くもそれができない性格だったから。「あんまりいろいろ言うと悪いな」みたいな性格がクリエイティブ面でも出ちゃってたという(笑)。それができるようになったのは、自分にとっては大きな成長ではありますね。

リアルタイムな気持ちが色濃く表れた2曲

──独立後1発目の楽曲として昨年8月に配信リリースされた「I've Got the Power」には、阿部さんの新たな決意がたっぷり注がれています。

はい。これは独立に向けて動いている最中、すごく大変な時期に書きました。

──歌詞に何度も出てくる「Fly up again」というフレーズが印象的ですよね。

そういう気持ちはやっぱりありました。別に落ちたわけではないかもしれないけど、落ちたと見えている人もいるかもしれない。だから「もう1回舞い上がるんだ」っていう気持ちを書こうと。自分としては何に向けて舞い上がろうと思ったのかな。メジャーとか売れてるラインとか、そういうことじゃない気がする。もう少し軽やかに、自分らしくやってたところに舞い戻るみたいなイメージですかね。それは活動を続けないとできないことだから、歌詞に入れておこうと思ったんですよね。

──今年1月には、テレビアニメ「望まぬ不死の冒険者」のエンディングテーマ「Keep Your Fire Burning」が配信リリースされました。

この曲はかなりお気に入りで。このアニメは人との縁を大切にしていた主人公が、その縁によって救われていくお話なんですよ。そういった内容が独立したばかりの自分と重なったところもあって。やっぱり何事に対しても腐らずにやることが、結果的にすごい花を咲かせて報われることにつながるんだなと思ったんですよね。「ダメだな、自分って」と虚しく思う夜を超えて、自分のできること、やるべきことを積み重ねていれば、それが必ず何かの力になって自分を助けてくれるときが来るはずと思いながら書きました。

──「思いの火を絶やすな、燃やし続けろ」というメッセージですよね。

そうそう。その火を消しちゃったらね、その道では終わりじゃないですか。誰かを信じることをやめるとか、自分を信じることをやめるとかも一緒ですよね。きれいごとに聞こえちゃうかもしれないけど、それを捨てないことが本当に大切なんです。私自身、そういう気持ちを持ち続けたからこそ、独立にあたってたくさん助けてもらうことができたので。自分の経験を噛み締めながら書きましたね。