ナタリー PowerPush - 72
聴き手にクエスチョンを投げかける 噂の才能、ついにメジャーデビュー
2009年夏に、SHIBUYA TSUTAYA限定で絵本+CDシングル「こわくない」をリリースしたシンガーソングライター、72(ナツ)。真っ白な紙に白いインクで印刷されたその本は、敏感な若者の間で瞬く間に話題となった。
しかし、72の素顔はいまだベールに包まれたまま。ナタリーでは今回、そんな彼女にメジャーデビューのタイミングでインタビューを敢行した。72の目でしか描けない歌詞表現や、心にストンと落ちていく純度の高い歌声には、彼女の26年間の人生すべてが投影されている。
取材・文/川倉由起子
「72」という名前は、人間っぽくない感じがいいかなって
──まず、お名前は「72」と書いてなんと読むんですか?
「ナツ」です。この名前にはいろんな意味があって、まずは本名が「ナツコ」であること。あと、私が現在のプロデューサーにデモテープを持っていったとき、彼がたくさんアーティストの卵を抱えていたので音源を番号で管理していて。それが偶然72番だったんです。
──へえ! それだけでも運命的なものを感じますね。
はい。あと私は5人家族なんですが、360度を5で割ると72。だから、家族の中の1つのピースという意味も持たせられるかと。で、さらに言うと、ゴルフの縁起がいい数字とか……決めてからもいろいろと理由付けをしてたりします(笑)。
──表記が数字だから、パッと見は性別も、ソロなのかグループなのかもわからないですよね。
そうですね。でもそこに狙いがあったりして。個性がないというか、人間っぽくなくて捉えどころのない感じがいいかなって思ったんです。
“泣く”ことは“歌う”ことと似ている
──では、72さんが音楽を志した理由や、メジャーデビューに至るまでの道のりを聞かせてください。まずはご出身と、どんな子供時代だったのか教えてもらえますか?
福岡の大宰府で小中高と過ごしました。周りと比べても、ホント普通の子供だったと思います。でも幼稚園から絵本や歌は大好きだったし、小学生時代にはラジオから流れる音楽も好きになって、歌はよく歌ってましたね。私、今でもそうなんですが、とても泣き虫で(笑)。ちょっとしたことでもずっと泣いているような子だったんです。でもふと考えると、その“泣く”って行為は“歌う”ことと似てるなって思って。赤ちゃんは言葉で伝える代わりに泣くって言うし、それと一緒というか。その要素が抜けないまま伸び伸び育って、結果、歌を歌っているのかもしれないです。
──昔から歌手になりたいっていう夢はあったんですか?
いや、中学校に入るまでは警察官になりたいと思ってました。でも、いろんな人との出会いや縁があり、高校生のときに地元の芸能事務所に入ったんです。そこでときどきいただいたお仕事をやったり、歌は相変わらず好きだったのでボイトレにも通い出して。高校卒業のときは、まだ将来はわからないけど「10年間は歌を歌っていこう」と決めてました。
──しかし、それからすぐに“歌一直線”とはいかなかったんですよね。
はい。歌をやるって決めて、10代後半はボイトレとダンスレッスンを続けながら福岡のブルーノートでバイトを始めて。でもその後、実はお誘いがあって東京の芸能事務所に入ることになったんです。とりあえず「歌をやりたい!」って気持ちはあったんですが、20代前半はドラマや映画など、音楽というより演技方面の仕事活動が中心になってましたね。
──その時期、ご自身の中に矛盾や葛藤は?
とにかく目の前のことを一生懸命やるだけでした。でも、やっぱりそういう時間の中で、自分は本当に何がやりたいんだろうって悩み始めて。人間、そんなに無駄にする時間は持ってないんじゃないかって。やっぱり歌への強い執着があることに改めて気付いたんです。
72(なつ)
作詞作曲、歌はもちろん絵画やイラストまでも手がけるマルチシンガーソングライター。2009年8月にはCD付き絵本「こわくない」をSHIBUYA TSUTAYA限定で発表。そのクリエイティビティに感銘を受けた脚本家・平田研也がミュージックビデオの脚本制作に名乗りを上げる。2009年12月9日、「ここにいるよ/こわくない」でソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズからメジャーデビュー。「ここにいるよ」はABC・テレビ朝日系ドラマ「アンタッチャブル」挿入歌にも抜擢された。