虹のコンキスタドール「Over the RAINBOW~虹の上にも7年!~」インタビュー|駆け抜けてきた道のりを胸に刻み、武道館のその先へ (3/4)

石原愛梨沙大塚望由岡田彩夢隈本茉莉奈清水理子鶴見萌大和明桜

武道館という目標を宣言したことで今がある

──メジャーデビューからの5年間で特に記憶に強く残っている出来事はありますか?

隈本茉莉奈 メジャーデビューしてから何回も大きなライブをやらせてもらったんですけど、やっぱりコロナ禍になってから自分たちの活動がどうなっていくかわからなくなっていた時期があって。有観客でツアーができなくなっちゃって、無観客生配信という形でライブをやることになったんですけど、お客さんが誰もいない状況が初めてだったので、「これ成功するのかな……? どう思われるんだろう、このライブ」ってすごく不安だったんですよ。でも、ライブを終えてみたらファンの方の反応がすごく好意的で、それまで虹コンを知らなかった方もライブを観て私たちのことを好きになってくれて。コロナ禍に入って一発目のワンマンが「これからも虹コンまだまだ大丈夫だ、いけるぞ!」と思えるライブだったことがすごく印象に残っています。

──豊洲PITでのライブですね(参照:虹のコンキスタドール12人の新たな物語の始まり、32曲に感情詰め込んだ豊洲PIT無観客ライブ)。

隈本 そうです! それまではリリースイベントをたくさんやって、お客さんとコミュニケーションを多く取っているグループだった分、「会えなくなっても付いてきてくれるのかな? 虹コンのことまだ好きでいてくれるかな」「これから新しくファンの方が増えるのかな」と不安になったんですけど、結果的に「まだいける!」と思えたんです。

隈本茉莉奈

隈本茉莉奈

岡田彩夢

岡田彩夢

鶴見萌 私は武道館という目標を発表した2年前のZeppワンマンもかなりの転換点だったんじゃないかと思っていて。メジャーデビューの前からずっとZeppに立つことを目標にして活動してきて、それでやっとZeppのステージに立てたんですけど、初期のメンバーと途中から入ってきたメンバーの子たちでは、その目標に対する温度差があったんですよね。

岡田彩夢 でも、Zeppのライブは私もめっちゃ楽しかったです。あの時点でのアイドル人生で一番楽しかったライブでした。

鶴見 うんうん。ただ、Zeppを目標として掲げ始めたときにまだいなかったメンバーも多かったので、そこで新たに「私たちは武道館を目指します!」と宣言して、みんなが1つの目標に向けて一丸となれたのは大きかったなと思います。そのときの熱量がホントに爆発的で、それが呪いとして私たちの中に残ってるところもあって。武道館ではあのときを超えるくらいの熱と、その先への展望を皆さんにお届けできたらと思ってみんなで毎日ブラッシュアップしています。

隈本 あのとき、華鈴先輩が「目標を言おうと思っているんだけど……」って話し始めたんだよね。

岡田 ステージ袖で、いつも円陣を組むタイミングで「武道館がみんなの目標ってことでいいですか?」って。

隈本 あのライブで華鈴先輩が目標を宣言してくれたことで今があるのかなと思います。

岡田 初めての冠バラエティ番組「虹のコンキスタドールが本気出しました!?」が決定したこともそのライブで突然発表されて。そのあと実際に番組が始まったら、「バラエティ難しい……」ってほぼ毎回誰かが涙を流してました。その番組も始まってすぐにコロナの影響を受けちゃって、収録もままならなくなったんですけど、まったく何も活動できずにずっと自宅にいた時期に、リモート収録とかで番組だけは毎週多くの人に届けることができて。「虹マジ」はコロナ禍の中で虹コンを支えれくれた存在でした。

鶴見 バラエティ番組はメンバーの人となりがよくわかるからね。それまではライブやリリイベが虹コンのことを知ってもらう主な手段だったけど、番組を通してメンバーのいろんな面を見てもらうことでグループ全体が愛されるようになったんじゃないかな。コロナ禍の中で全農さんの企画(YouTube上の番組「全農presents 届け!ファンファーム」)もあったし、虹コンはすごく恵まれてると感じます。

岡田 そういった番組を通して、新メンバーがどんなキャラクターなのかもファンの方に伝わったよね。愛梨沙ちゃんも入ってすぐにさっそくムチャぶりされて、顔に大量に洗濯バサミを付けられて(笑)。

鶴見 私たちメンバーも人見知りだから、番組がなかったら新メンバーと仲よくなれてたかわからないです(笑)。

石原愛梨沙

石原愛梨沙

大和明桜

大和明桜

鶴見萌

鶴見萌

虹が完成した瞬間を見せられたことがうれしかった

大和明桜 この5年間のことだと、私はメジャーデビュー日のことを鮮明に覚えてます。ららぽーと豊洲でイベントをやったんですけど、そのときの風景が忘れられなくて。ファンの皆さんが「デビューおめでとう」という横断幕を作ってくれて、すごく愛が伝わってきた。さらにスタッフさんから大きなケーキと花束をもらって、「これがメジャーデビューか!」と思いました。その後のリリイベでお弁当を用意してもらったときも「これがメジャーか!」と感じた思い出があります(笑)。ホントにメジャーデビューは転機だったと思うし、当時から応援してくれているファンの皆さんのおかげで今の虹コンがあるんじゃないかな。

隈本 望由先輩はメジャーデビューのときはまだ虹コンにいたんですよね。

大塚望由 メジャーデビューシングルの頃までグループにいました。

──大塚さんは2017年5月に一度虹コンを卒業して、昨年4月に復帰されましたね。

大塚 豊洲でのイベントの頃にはもうお休みしていた状況で。メジャーデビューシングルをグループに残して去っていった感じです……(笑)。

──昨年戻ってきたとき、虹コンはすっかりメジャーのグループらしくなってました?

大塚 もう以前の活動内容とは全然異なる感じで、「みんなこの環境の中でずっと続けてきたんだ」と、急に芸能人になった気分を今味わっています(笑)。みんながメジャーアイドルとして積み重ねてきたところに、私がまた急に入ってきたわけで。まだZeppも遠い夢だった頃のまま1人だけ時が止まっていて……帰ってきてすぐに武道館ワンマンが決まったので、まだ実感が湧かないところがあるんですけど、それも受け止めて歩いていかなければと思っています。

清水理子 私は“橙盤”の2人(石原と神田)が加わった昨年夏のライブ「RAINBOW JAM2021-SUMMER SHOWER-」が転機というか、強く印象に残っている瞬間です(参照:虹のコンキスタドール約2年ぶり生バンド公演で見せた迫力のステージ、14人体制でさらに勢いを加速)。虹コンは各担当カラーが2人ずついるんですけど、虹って7色なのに、それまでオレンジのメンバーが1人もいなかったんですよ。私たちもその理由をよくわかってなくて、単にメンバーの人数の関係でオレンジがいないだけで、“箱推し”の色という認識なのかなと思っていたんですけど、去年ついに橙盤が入ってきて。グループから羽ばたいていくメンバーもいますが、7色そろって虹が完成した瞬間をファンの方に見せられたことが何よりうれしかったです。

清水理子

清水理子

大塚望由

大塚望由

石原愛梨沙 私はずっとアイドルになりたかったので、先輩たちと一緒に衣装を着てステージに立っているのが夢みたいでした。一番印象に残っているのが衣装を初めて着たときの自分で。「私、アイドルになれたんだ!」と改めて実感しました。今、しみりこ(清水)先輩が言ってくれたことがうれしくて、あまり言葉が出てこないんですけど……。

清水 私がお披露目ライブのこと先にしゃべっちゃったからね(笑)。ごめんごめん!

岡田 新メンバー2人、ホントにオレンジ色が似合ってるよね。ジュナちゃんと愛梨沙ちゃんは同い年で、身長もほぼ同じで、初めて会ったときにたまたま同じ靴下を履いてて(笑)。めちゃくちゃ仲よくて、オレンジ盤としてフレッシュな風を吹かせてくれています。空いていたピースがぴったりハマったなと思いましたね。「ずっサマ」の「今を生きる わたしたちは 無敵だっ!」という歌詞が胸に刺さる今日この頃です。

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“赤盤”萌えの起源