表題曲「我が子に捧げる PUNK SONG」は、タイトルの通り中島が自身の子供に向けて作ったナンバー。これまで結婚や子供の誕生などについて公言していなかった彼は、今回の楽曲発表に際して「アーティストがプライベートなことを報告しなきゃならないという義務はないと強く思っています。このような詞が自分の中から生まれてこなかったら、結婚し父親になったことの報告はしなかったと言い切れます」「我が子の誕生を体験しやっと自分の人生に色が付いた、そう感じました。だからこそこの曲を書こうと決意しました。若い頃なら絶対に付けなかったタイトルだとも思います、でも倅(せがれ)を想うとこのタイトルしかありえなかった」と自身の心情を明かしている。YouTubeでは「我が子に捧げる PUNK SONG」のミュージックビデオを公開中。
なおシングルには表題曲のほか、
中島卓偉「我が子に捧げる PUNK SONG」収録曲
01. 我が子に捧げる PUNK SONG
02. たられば
03. 上手く言えない
04. 超えてみせろ
中島卓偉 コメント
アーティストがプライベートなことを報告しなきゃならないという義務はないと強く思っています。
このような詞が自分の中から生まれてこなかったら、結婚し父親になったことの報告はしなかったと言い切れます。
しかしこれだけSNSが発達した時代では報告しないことが「隠してる」と思われてしまうこともある。
ロックシンガーとして、曲を書き歌うだけの自分を評価してほしいという気持ちは常に変わりませんが、このタイトルでリリースをする為には説明が必要だと思い、この文章を書くに至りました。
デビューして18年、自分が感動したことだけを歌にして生きてきました。自分が感動出来るものじゃなければ絶対に人は感動させられない、それをポリシーに歌を書いてきました。
自分の人生にとって子供の誕生はかけがえのない感動でした。
自分の育ってきた環境は、そして今までの自分の人生はずっと灰色でした。ずっと色が付いていませんでした。
我が子の誕生を体験しやっと自分の人生に色が付いた、そう感じました。だからこそこの曲を書こうと決意しました。
若い頃なら絶対に付けなかったタイトルだとも思います、でも倅(せがれ)を想うとこのタイトルしかありえなかった。父親になったことで格好良さの基準も変わってきました。
この詞を書き終えて気付いたことがあります。自分の倅に対して書いたことは間違いないのですが、本当は自分の親父にこう言ってほしかったんだという答えが出ました。
厳格な親父は、高校も受験せず歌をやると決めた自分に反対し、最後は自分を勘当しました。
癌を煩った親父の余命が半年とわかっていながら、自分は上京し、何も解り合えないまま親父は死んでいきました。
でもあの時、この歌詞にあることを言ってもらえたらどれだけ強くなれただろうと思うのです。
それが甘えなのはわかっています。でも愛の後ろ盾がない今までの自分の人生は本当に苦しかった。
卑屈になり、心は欠落し、大人になるのに随分と時間がかかった。
だからこそ自分の倅にはこう言っておきたい、自分自身も父親であることを後悔したくない、そして親父に言ってほしかった言葉は何だったか、それを突き詰めながら何度も何度も書き直し完成させました。
アーティストが自分の子供に歌う曲はバラードが多いと思います。タイトルもこの曲ほど直接的なものは少ないと思うし、一見そういう曲に聴こえなくても、よく歌詞を読めば実は子供のことを歌っている曲も多い。
でも
これが自分なりの、真のLOVE SONGだと思っています。
この歌詞で一番好きなフレーズです。
「正解は一つじゃない でも人生は二つしか無い
挑まないで生きていくか 挑み続けて生きるか」
この先も挑み続ける人生を選んでどこまでもROCKしていきます。
今、三十代最後のアルバムを制作しています。楽しみにしていてください。
そして夢を叶えようと努力する人に、頑張って生きるすべての人にこの詞が届くことを願っています。
中島卓偉
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