武田真一

私と音楽 第39回 [バックナンバー]

武田真一アナが語る佐野元春

時に近付いたり離れたり、ともに生き続けてきた40年

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各界の著名人に愛してやまないアーティストについて話を聞く連載「私と音楽」。第39回となる今回は、アナウンサー・武田真一に登場してもらった。

昨年2月までNHKのアナウンサーとして活躍し、退局後はフリーアナとして日本テレビ系の帯番組「DayDay.」のMCなどを務めている武田。学生時代はバンド活動もしており、大の音楽好きとしても知られる彼だが、その中でもひと際強い思い入れを持っているアーティストが佐野元春だ。

さかのぼること40年あまり。初めて佐野の音楽を聴いたその瞬間、彼は何に惹き付けられたのか。NHK「SONGS」で共演した際のエピソード(参照:佐野元春が9年ぶりに「SONGS」出演、インタビュアーは大ファンの武田真一アナ)を含め、佐野元春の作品とともに歩んできた40年を振り返ってもらった。

取材・/ 森朋之 撮影 / 大城為喜

「何かが違う!」という衝撃

佐野元春さんの音楽を初めて聴いたのは、中学2年生のとき。給食の時間の校内放送で、いきなり「アンジェリーナ」(1980年リリースの1stシングル)が流れたんです。フランジャー(音にうねりを加えるエフェクター)がかかったギターのイントロ、そしてあの歌声が聞こえてきた瞬間「なんだ、この曲は!?」とビックリして。佐野さん流に言うと「一発でノックアウトされた」という感じで、文字通り撃ち抜かれました。音楽に詳しいクラスメイトに「この曲、知ってる?」と聞いたら、「佐野くんだよ」と言われて。曲をかけたのは陸上部のMくん。彼とは「アンジェリーナ」をきっかけに知り合って、その後親友になりました。

私が佐野さんの存在を知ったときには、すでに2ndアルバム「Heart Beat」(1981年)がリリースされていて。1stアルバム「BACK TO THE STREET」(1980年)と「Heart Beat」をひたすら繰り返し聴いていました。当時自分はレコードを買えなかったから、誰かに頼んでカセットテープに録ってもらってたんじゃないかな。僕はそれまでも音楽が好きで、いろんな曲を聴いていたけど、佐野さんの作品はそれまで聴いてきた歌謡曲やポップスとは一線を画していて。聴いた瞬間に「何かが違う!」という衝撃が走ったんです。佐野さんと出会ったのと時を同じくして、RCサクセションやTHE MODS、ザ・スターリン、あとはTHE SQUAREやカシオペアといったフュージョン系の音楽、EPOさんなどに出会いました。どれも大好きで、それぞれのよさがあったけど、佐野さんの描く都会の世界は、地方で育った自分にとって強烈なものがあった。そういう意味で、佐野さんの音楽は、当時の自分にとって特別だったんだと思います。

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言葉や音を使って自由に遊んでる

そこまでのめり込んだポイントは、まず佐野さんのシャウトですね。ちょっとハスキーで、声自体に疾走感があって。「バック・トゥ・ザ・ストリート」(アルバム「BACK TO THE STREET」収録曲)ではないけど、まさに夜の街を駆け抜けるような声だなと。あとは歌詞の世界。「Night Life」の「パーティ・ライトにシャンペングラス」とか、都会の人たちはこんな“ナイトライフ”を送っているのかなと想像したりしていました。当時自分は中学生で、しかも熊本の田園地帯に住んでいましたからね。そりゃあ憧れますよ。

「夜のスウィンガー」は「都会の夜景って奴が 気絶しながら笑ってら」という歌詞で始まるんですが、ちょっと字余りのような感じで歌うんです。すごくスピード感があって、ライム(韻)も踏んでいて。それまで自分はそういう歌詞を聴いたことがなかったから、とても新鮮でした。「アンジェリーナ」に「Brrn エンジンうならせて」という歌詞があって、“ブルルル”と唇を震わせて歌うんですよ。そんな表現もやっぱり初めてだったし、言葉とリズム、音を使って自由に遊んでいるような印象がありました。「ハートビート(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」は8分近くあるバラードなんですが、そういう壮大な曲も聴いたことがなかった。アルバム「Heart Beat」は全体を通して物語があったし、単なるポップミュージックを超えて、完成されたアート作品として受け止めていたと思います。

武田真一

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ラジオ番組「サウンドストリート」に感じたジャーナリスティックな視点

音楽と並んで影響を受けたのが、佐野さんのラジオ番組。NHK-FMで放送されていた「サウンドストリート」です。佐野さんは月曜日のパーソナリティを担当されていたんですが、しゃべり方がめちゃくちゃカッコよくて。「オールナイトニッポン」などのAMラジオも聴いていたけど、そういうフリートークっぽいしゃべりではなくて、もっと計算され尽くしているというのかな。まるで映画のセリフのような語り口なんですよ。独特の抑揚があって、ちょっと舌足らずなところもあって。とにかく素敵でしたね。「サウンドストリート」でオンエアされていた音楽は、単に流行っている曲や仲間内の音楽ではなく、佐野さん自身がインスパイアされた楽曲が中心。ビルボードのトップチャートに入っている曲を流すこともあれば、“Good Old Songs”特集やリクエスト特集を放送したり、ゲストを招いてトークをすることもある。すべてにおいてジャーナリスティックな視点で番組を作られていたんだと思います。「リスナーに素晴らしい音楽を伝えたい」という思いがあったでしょうし、その姿勢に大きな信頼感を抱いていました。佐野さんのラジオを聴いていたからこそ、音楽が大好きになったんだと思います。佐野さんは1983年5月に渡米したのですが、ニューヨークからも放送を届けてくれました。アパートの一室で録音していたようなのですが、今思うとどうやって録っていたんだろう?と不思議な気もします。

初めて観た佐野さんのライブは、中学3年生のときに行った「Rock & Roll Night Tour」です。3rdアルバム「SOMEDAY」(1982年)が出た直後のツアーで、会場は熊本市民会館。もちろんカッコよかったですし、「So Young」「悲しきRADIO」など、ライブならではのアレンジで演奏された曲も印象的でした。あとでわかったのですが、私の妻も同じ会場にいたそうです。彼女も佐野さんの大ファンで、最初のツアー(「Welcome to the Heartland Tour」)にも行っていたんですよ。

武田夫妻が所有している、「サウンドストリート」を録音したカセットテープやツアーパンフレットなど。

武田夫妻が所有している、「サウンドストリート」を録音したカセットテープやツアーパンフレットなど。

作品ごとに新たなスタイルにチャレンジするのも佐野さんの特徴だと思います。アルバム「SOMEDAY」は、あの名曲が表題曲として入っていますし、キラキラしたポップチューンが並んでいるイメージ。一方で、ニューヨークで制作された4枚目のアルバム「VISITORS」(1984年)は佐野さんのアート性がすごく発揮された作品ですよね。「VISITORS」はラップが取り入れられたりしていて、「音楽性が変わって、賛否両論が起きた」と言われるアルバムなんですが、僕らガチ勢はそんなことは思っていなくて。リリース当初から「最高のアルバムだ!」と狂喜乱舞していましたよ(笑)。1曲目の「COMPLICATION SHAKEDOWN」を聴いたときに「なんてカッコいい曲なんだ!」と衝撃を受けました。

佐野元春「コンプリケイション・シェイクダウン」(LIVEフルバージョン)

近付いたり離れたりしながら、ここまでやって来た

1986年に大学に進学して音楽サークルに入ってからは、さらにいろいろな音楽を聴くようになりました。New OrderやThe Smithsなどイギリスのインディーシーンのバンドが好きで、一時期はそればっかり聴いていて。もちろん佐野さんの作品もずっとフォローしていましたが、中学・高校の頃のように佐野さん一色という感じではなくなった。遠ざかったわけではないんですが、少しだけ距離ができたのかもしれない。NHKに入局してからは仕事が忙しく、10代の頃のように音楽をじっくり聴く時間が取りづらくなりました。ライブにも行けなくなって、ライブアルバム「HEARTLAND」(1988年)を聴くのが精一杯。その後、佐野さんの活動をずっとサポートしてきたバンドTHE HEARTLANDが解散し、90年代半ばになるとThe Hobo King Bandが結成されて。どうしても新しいバンドのライブが観たくて、子供を友人に預かってもらい、妻と一緒にライブに行ったこともありました。あとはNHKのそばにある代々木公園は「ヤングブラッズ」のミュージックビデオが撮影された場所なので、通るたびに「ここで撮ったんだな」って思ったり……。

【1985年版】ヤングブラッズ 佐野元春 with The Heartland

ずっと10代のときのように音楽に接するのは難しいし、少し離れる時期もあれば、また近付く時期もある。人生ってそういうものなのかな、と思うんですよね。例えば幼馴染の友達がいたとしても、ずっと一緒にいられるわけではなくて、それぞれの人生の中でいろいろな出来事があり、2つの道がまた重なるときもある。佐野さんとリスナーの関係もそれと似たところがある気がするんです。リスナーにはリスナーの人生があるように、佐野さんには佐野さんの人生があって、音楽的にも変化を繰り返しながら、ご自分のキャリアを進んでいらっしゃる。僕らもそれぞれ紆余曲折があり、近付いたり離れたりしながら、ここまでやって来たんじゃないかなと。ただ、それでも佐野元春という人の音楽はずっと心の中にあったんですよね。僕が再び佐野さんの音楽にぐっと接近したのは、アルバム「COYOTE」(2007年)の頃。今も活動をともにしているTHE COYOTE BANDと一緒に制作された作品で、ギターロック的なサウンドがすごくいいなと思って。特に「コヨーテ、海へ」にはとても感動しました。

武田真一が所有している、佐野元春とBEAMSのコラボTシャツ。

武田真一が所有している、佐野元春とBEAMSのコラボTシャツ。

佐野元春の“社会へのスタンス”

佐野さんと初めてお会いしたのは、2020年10月に放送されたNHKの音楽番組「SONGS」。ちょうどデビュー40周年のタイミングでインタビューさせていただきました。実はその前にNHK近くのホテルでばったりお会いしたことがあったんですけど、そのときはまともに会話もできなくて。じっくりお話しできたのは「SONGS」の収録が最初でした。私は主に報道に携わってきたので、「SONGS」のインタビューでも佐野さんの音楽性や思い、あるいは佐野さんから見た世界や社会の状況を聞き出したいと思っていたんです。でも、質問の内容を考えているうちに「自分がすべきことは、そうではないのでは?」と気付いて。佐野さんのファンであれば、誰もが一度は佐野さんと話してみたいと思っているはず。であれば、40年という月日を佐野さんの音楽と一緒に歩んできた1人のファンとして話したほうがいいんじゃないかと思ったんです。聞きたいこと、お伝えしたいことはたくさんあったのですが、私が一番言いたかったのは「佐野さんの音楽があったからこそ、僕らはここまで生きてこられた」ということ。「たくさんのものをいただきました」と言うと、佐野さんは両手を広げて「まー!」とおっしゃっていました(笑)。

インタビューの中で印象に残っていることはいろいろありますが、1つは社会で起きていることに対するスタンスですね。紛争や分断など、僕らがニュースで伝えてきたことに佐野さんはとても関心があって、それをどうにかしたいと思って曲を作ったり、メッセージを発したりしてきたのでは?といった質問をしてみたら、「必ずしも具体的なイシューに対して直接何かを言いたいわけではありません」という趣旨の答えが返ってきたんです。楽曲の背景にはさまざまな要素があると思いますが、世の中に対して「こうあってほしい」と歌っているわけではないと。それはつまり、すべてはリスナーに委ねられているということだと思うんです。ポップミュージックは時代と切り離すことはできないし、佐野さんが曲に込めたメッセージは明確だけど、それをどう受け止めるかはリスナー1人ひとりに任せられている。それが佐野さんにとってのポエトリーなのかなと。

もう1つは「違うことは楽しい」という言葉。ニューヨークに行くと、いろんな人種の人がいて、それぞれにバックグランドがあることに気付いたと。1人ひとりが違う格好をして、違う価値観を持ち、違う音楽を楽しんでいる。佐野さんはそのことを「楽しい」と感じたそうなんです。今は“多様性”という言葉がよく使われますが、それをプレッシャーに感じている人もいると思っていて。「自分らしく生きるってそう簡単じゃないの」と新しい学校のリーダーズのSUZUKAさんが言っていましたけど、「自分は“ここが人と違う”なんて誇れるものは何もないよ」と思っている人もいるかもしれない。佐野さんの「違うということを楽しむ」という考え方は、この先、本当に多様な社会を切り開くための大事なキーワードじゃないかなと。そういった考え方だけではなく、もちろん作品からもいろいろな影響を受けていると思います。パッと思い浮かぶのは「ガラスのジェネレーション」(1980年)の「つまらない大人にはなりたくない」というフレーズかな。常に自問してますからね。「つまらない大人になってないか?」って(笑)。

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いつだって、今の佐野元春が最良の佐野元春

「ヤングブラッズ」の新バージョン「Youngbloods(New Recording 2024)」もすごくよかったですね。ライブでも、元春クラシックスとされている楽曲が演奏されていますが、アレンジは常にアップデートされていて“今”の音楽として表現されている。つまり、いつだってそのときの佐野さんが最良の佐野さんなんです。先日のZeppツアーも拝見しましたが、あまりにも素晴らしくて。初期から中期の曲の、驚くべき再定義がなされたアレンジ、成熟したアイデアにあふれたバンドアンサンブルなど、まさしく“最良の佐野元春”を目撃させていただきました。

【2024年版】Youngbloods (New Recording 2024) 佐野元春 & The Coyote Band

初期のアルバムも大好きだし、「The Circle」(1993年)あたりの時期の作品も、今聴き直すと「すごいな」と思います。でも「どのアルバムが一番好きですか?」と聞かれたら、最新アルバム「今、何処」(2022年)なんです。本当に素晴らしい作品だし、アルバムを引っさげたツアーも最高でした。これからも佐野さんには、思うがままに、自由に人生を楽しんでいただきたいなと思っています。ファンとしては「次はどんな音楽を届けてくれるのだろうか?」という期待もありますけどね、もちろん。

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プロフィール

武田真一(タケタシンイチ)

1967年生まれ、熊本出身のアナウンサー。1990年にNHKに入局し、「NHKニュース7」「クローズアップ現代+」の司会を務めるなど、主に報道の分野で活躍する。2023年2月にNHKを退局し、現在はフリーで活動。日本テレビ系の情報番組「DayDay.」にて、毎週月曜日から金曜日までMCを務めている。

武田真一 (@raspberrydrops)・Instagram

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