パンチライン・オブ・ザ・イヤー

パンチライン・オブ・ザ・イヤー2023 (前編) [バックナンバー]

Bad Bitch 美学、Elle Teresa、¥ellow Bucks、舐達麻、PUNPEE……2023年のラップはどうだった?

言葉という観点からシーンを振り返る日本語ラップ座談会

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ラッパーたちがマイクを通して日々放ち続ける、リスナーの心をわしづかみする言葉の数々。その中でも特に強烈な印象を残すリリックは一般的に“パンチライン”と呼ばれている。

音楽ナタリーでは「昨年もっともパンチラインだったリリックは何か?」を決める企画「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」を今年も実施。2023年に音源やミュージックビデオが発表された日本のラップを対象に、有識者がそれぞれの見地からあらかじめ選んできたパンチラインについて語り合う座談会を行った。

今回選者として参加したのは、音楽ライターの二木信、渡辺志保、MINORIと、ヒップホップ業界の人々をゲストに迎える配信ラジオ「GOLDNRUSH PODCAST」でMCを務めるIsaac Y. Takeuの4名。進行役は音楽ライターの宮崎敬太が務めた。

取材・/ 宮崎敬太 題字 / SITE(Ghetto Hollywood)

Mステに2回も出た「Bad Bitch 美学 Remix」

──選んだラインは違えど、今年は複数票入った楽曲がいくつもありましたね。

渡辺志保 まずは「Bad Bitch 美学 Remix」ですよね。今年もめっちゃ迷いました……。MINORIはゆりやんレトリィバァの「一括で買ったベンツで帰宅」を選んでいるけど、この曲ならNENEの「お薬手帳に書いたリリックが聖書」とかも捨てがたくて。

Awich, NENE, LANA, MaRI, AI & YURIYAN RETRIEVER「Bad B*tch 美学 Remix」

MINORI 私個人の感覚ではNENEのラインが最高なんですけど、ライブやクラブでみんなが合唱してたのはゆりやんの「一括で買ったベンツで帰宅」だったんですよ。つい一緒に言いたくなっちゃうというか。あのラインには抗えない魅力がある。

二木信 そのあとのスラングの使い方もユーモラスで。

MINORI ですです。私的には「一括で買ったベンツで帰宅」のあとの「Skrrrrrrr」まで込みで選んでます。あの言い方もそうだし、リズムも表現力も全体的にすごくカッコよかった。そりゃバズるなっていうか。ゆりやんは芸人だけど、1人で淡々と自分の面白を突き詰める生き方はラッパーにも通じるかなって。

渡辺 いちフィメールMCとしてカッコよく成立してたよね。私はゆりやんのヴァースをAwichが書いたことも大きいと思う。芸人の方がラップすると「ラップをするというネタ」みたいになるというか、ラップが単なるお笑いの装置になってしまいがちじゃないですか。それって単純にラップを搾取しているだけだよな、と感じることはあって。本人は無意識だったとしてもね。実際にアメリカのブラックの方と話していると、彼らは搾取されることをすごく嫌うんです。それは奴隷制の歴史に基づくもので。

Isaac Y. Takeu アフリカ系アメリカ人は文化やお金はもちろん、アイデンティティすらも奪い取られてきたんですよ。だから全部自分たちで作んなきゃいけなかった。クリエイティブに対する考え方がまったく違う。ここはすごく重要です。ヒップホップやラップ、ダンスを楽しむ人たち全員が知っておくべき大前提ですね。

渡辺 ヒップホップカルチャーにおいては、私たち日本人は常に主役ではなく、ゲストであるということを意識せねばならないな、と。

Isaac そこを踏まえて、僕らがどう自分たちに当てはめていくかっていう考え方をしなければならない。

──志保さんも「Bad Bitch 美学 Remix」から選ばれてましたね。

渡辺 はい。私が選んだのはAIの「自分で自分の荷物は持つ / 気分であなたの荷物も持つ / 人は助け合ってこそ長く持つ」です。「Bad Bitch 美学 Remix」はヒップホップフェス「POP YOURS」で初披露されたんだけど、AIはその約1週間前にG7のサミットで広島に集まった各国のファーストレディの前で歌唱したと伺って。

Isaac え、G7ってあの?

渡辺 そうそう、先進国の首脳たちが集まるという。マジ半端ないですよね? そうした形で日本を背負っている人が「Bad Bitch 美学」のテーマで書いたリリックがあれだと思うと、感慨深い気持ちになってしまいました。あと、常に隣人をケアすることは当たり前ではあるんだけど、「気分で」って言ってくれたのもいい。

MINORI 確かに。でもそれくらいの気軽さじゃないと、長く続けられないですよね。

渡辺 そうそう。これを聴いてエリカ・バドゥが「あんたの荷物多すぎだからちょっと下ろしなさい」って歌う「Bag Lady」を思い出したな。

Isaac 「Bad Bitch 美学」は間違いなく2023年を代表する1曲ですよね。

MINORI この曲でMステ(「ミュージックステーション」)に2回も出てますし(笑)。冷静に考えてそれはかなりすごいことだと思う。

Elle Teresaが示した、今までのどれとも違うギャル像

──Elle Teresaは複数曲ノミネートされています。

二木 僕が選んだのは「Bubble」の「お尻ぶりぶり / 平日、金、土曜日 / お金がどしゃぶり」です。

Elle Teresa「Bubble」

MINORI 私は「Nail Sounds」の「楽屋で鳴る、お金数える音 / よく言われるそれまるでウルヴァリン / 調べたらそれ、爪じゃない骨らしい」ですね。

Elle Teresa「Nail Sounds」

二木 Elle Teresaはほかにもいいラインがたくさんあって。1つは「Nail Sounds」の「爪が擦れる音カチ / 勝ち負けどうでもいい / ださいのはない価値 / チックタックしない / スライドする時計の針 / あの人カモだから搾り取るダシ」。ここは畳みかける韻がカッコいい。もう1つは「GO DJ(Hey Daddy)」の「元彼全員ファ~ン」。これも彼女の“不遜な態度を取るラッパー”というキャラクターを見事に表している。

Elle Teresa「GO DJ(Hey Daddy)」

Isaac MINORIさんが選んだ「Nail Sounds」のラインはどういう意味なんですか?

MINORI 映画にもなってる「X-MEN」というアメコミに、かぎ爪がトレードマークのウルヴァリンという人気キャラがいて、自分のなっがいネイルをそれにたとえているんです。たぶん楽屋でこういうやりとりがあったんだと思うんですよ。Elleがお金を数えてたら「ウルヴァリンみたいだね」みたいな。それを歌詞にしちゃうのがかわいい。

二木 「Nail Sounds」は、ツメが擦れる音っていう超ミクロなトピックで1曲書いちゃったのが素晴らしいなと。しかもその「カチ」っていう音を起点にして韻を踏んで、しかも彼女らしい主張を明確に伝えてきていますよね。

渡辺 そもそも、ツメのカチカチ音はギャルあるあるですよね。スマホとかをいじってると必ずカチカチいっちゃう。フックの「小銭拾えない」も共感。

MINORI そうそう! いちいち「わかるー!」って感じ。「Tsukema」の「つけまで前見えない」もめちゃくちゃ共感したし(笑)。面識なくても「Elleちゃん」って呼びたくなっちゃうんですよね。

Elle Teresa「Tsukema」

渡辺 その「Bubble」や「Nail Sounds」が入った「Pink Crocodile」という12月リリースのアルバムは、完全に吹っ切れた感じがしました。

二木 そう思います。「KAWAII BUBBLY LOVELY III」(2023年9月発表のアルバム)と「Pink Crocodile」の2枚の特徴の1つは、かねてからアメリカ南部、つまりサウスヒップホップ / ダーティサウスへの愛を語っていた彼女が、マイアミベースを取り入れたことです。前者収録で言えば、「GO DJ(Hey Daddy)」、そして後者の「Bubble」。しかも、「Bubble」はジュリアナテクノめいたサンプリングとマイアミベースの融合。いい意味で猥雑の極みで。そんな楽曲で、そのあとの「お金がどしゃぶり」で韻を踏みたかったからなのか、「お尻ふりふり」じゃなくて、「お尻ぶりぶり」と表現する。近年国内のヒップホップや、その他のカルチャーの分野においても、ギャルをコンセプトにしてエンパワメントを試みるという表現が少なからずあったと思います。例えば、数年前の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」でも話題に上ったグループ、Zoomgalsは明確にそうでした。一方、埼玉出身のAYA a.k.a. PANDAは、ヤンキーっぽいギャルの世界を映しているように見える。そんな中、文筆家のつやちゃんの考察を参考にして言うと、海外のセレブリティ文化やアメリカの西海岸カルチャーを取り入れたElle Teresaの毒気のある“グロカワイイ”がマイアミベースの猥雑さとミックスされて、どれとも違うギャルが立ち現れているというか。

渡辺 リアルなギャルじゃないと言えないことばっかりですしね。そういえば「Pink Crocodile」とほぼ同時期にニッキー・ミナージュが「Pink Friday 2」というアルバムを出したんです。ここ数年、ヒップホップシーンの女の子は女の子同士で団結する雰囲気を売りにしてたけど、ニッキーは今作で「嫌いな女はマジ嫌い」って言っていて。「ブレないなあ」と思ってたら、Elleもアルバムの中で同じようなことを言っていて、そういうところも最高だなと思いました。

ミクロなトピックをちょっと面白くするのがラップの醍醐味の1つ

Isaac フィメールMCの流れでいくと、僕は志保さんが選ばれていた7の「NANA」がめっちゃ好きでした。

7「NANA」

渡辺 「奴隷のように働いたUNIQLO / 服畳みながら鼻歌でもフロー / 荒れた肌とリリックが証拠 / 帰ったらサンクラにでもあげよう」ですよね。ユニクロっていうのがポイントだと思う。どんな地方の、どんなロードサイドにもあるチェーン店で「奴隷のように働いた」っていう。ユニクロのブラックな労働環境に関してはルポルタージュ(横田増生著「ユニクロ潜入一年」)も出てますよね。こうした現実を7がどこまで意識してるかわからないけど、すごくリアリティがにじみ出ていると思ったんですよ。

──続く「服畳みながら鼻歌でもフロー」もいいですよね。キャラクターを感じられるし、どんな気持ちだったんだろうって想像できる。

渡辺 「荒れた肌」って表現もすごくリアルなんですよね。私が好きなのは最後の「帰ったらサンクラにでもあげよう」。SoundCloudにパッとあげちゃう感じ。「この曲いい感じだからサンクラにあげとこ」みたいな。世代感も出てるし、この曲が入ってる「7」ってアルバムにもいろんなところで彼女の日常を感じられたんですよ。

二木 和歌山出身なんですよね。

渡辺 はい。さっき二木さんもおっしゃっていたけど、ミクロなトピックをちょっと面白くするのがラップの醍醐味の1つだと思う。アメリカのサウスのラッパーたちの曲を聴いていると、唐突に近所のチキン屋の話とかが入ってきたりするんですよ。「なんで、そこなの?」みたいなタイミングで。でもカッコいいし、面白いんですよね。7や、ほかにもWatsonとかはそういうことを自然にやれてるなって思いました。

Isaac 7は「ラップスタア誕生 2023」でもすごく存在感があった。最初っからすごく光ってた印象でした。ラップもヤバいし。

7「ラップスタア誕生2023」FINAL STAGE

渡辺 「ラップスタア」流れだとMINORIちゃんはMAXを選んでたね。

MINORI 「BLAH BLAH BLAH」の「こんなん誰でもできるって? / やらんかったのお前らやんけ」ですね。「ラップスタア」ではサイファーまでしか進めなかったけど、個人的には番組以降に出した曲がすごくよかったんです。私がノミネートしたラインもめちゃ気持ちいいし、これ以外にも「あれダメ、これダメ、言ってるお前の人間性がダメ」とか。

MAX「BLAH BLAH BLAH」

Isaac 最高(笑)。

MINORI ですよね。「ラップスタア」では英語でラップしてたけど、日本語で伝えるのもすごくうまいし面白い。

二木 MAXは「ラップスタア」に出たあと、valkneeたちがやってるポッドキャスト「ラジオ屋さんごっこ」にラッパーのItaqと一緒に出演して反省会してましたね。そこでは、SNSやコメント欄で浴びせられる誹謗中傷やバッシング、それにいかに向き合うかについての意見も交わされていて。そういうきわめて現代的なネットカルチャーとの闘いを経て作られた曲なんだと思いました。

ラップスタア大反省会(ゲスト: MAX、Itaq)

MINORI 知りませんでした! チェックしてみます。MAXはすごくカッコいいので、2024年はいっぱい曲を出してほしいです。

Isaac あと「BLAH BLAH BLAH」のMVをアップしてるスラムフッドスターってYouTubeチャンネルは、ほかにもJETGとか勢いあるラッパーを取り上げててすごく面白いです。

JETG feat. sh1t , 雅 , Vega KfK ,Akira Jun「GET UP」

──MINORIさんはMARIAの「Perfect」のラインもノミネートされましたね。

MINORI この「ネイル まつげ 髪の毛 長め / 体 態度 うつわもでかめ」というラインは、改めてMARIAのカッコよさを再認識させられましたね。勝手に「女は海だ~」って思っちゃいました(笑)。

MARIA「Perfect」

二木 山本リンダの「狙いうち」をサンプリングしていますよね。

MINORI 「この世は私のためにある」ですね。この曲を聴くとめっちゃ強気になれる。私はヒップホップのそういうところが好き。MARIAのリリースペースは現行のシーンでは遅いほうかもしれないけど、こういう曲をボンッと出してくれると「やっぱ最高」ってなります。

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2023年を語るうえでビーフは避けて通れない

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