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細野ゼミ 番外編(後編) [バックナンバー]

「HOSONO HOUSE」50周年記念企画

細野晴臣は「HOSONO HOUSE」を作りながら何を考えていたのか?

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「人生にも締め切りがあるじゃん。だから、なんかやんなきゃね、いろいろ」

──安部さん、様子がおかしいですが大丈夫ですか?

安部 ……いやあ。頭の中がいっぱいいっぱいになってきて、帰ってすぐに曲を作らないとって……。

ハマ あなた、ずっとこの連載で細野さんと話をしてて、いっつも頭がいっぱいになってるけど大丈夫?(笑)

安部 自分が細野さんに聞いてみたかったことだったり、想像していたことを、ご本人の言葉で言われると「ああああ!」ってなってしまう。自分の浅はかさとか、「家に帰ってもっとやらなければ」とか、そういうのを感じるんですよね。

細野 僕もそういう気持ちになりたいよ(笑)。「早く家に帰って作りたい」って。

安部 でも細野さんはずっと考えているわけですよね。「こんな曲を作ってみようかな」「よし作ろう」って。

細野 うーん……最近ちょっとダメかな(笑)。もちろん曲作りが嫌なわけじゃないんだ。やらないだけなんだよ(笑)。頭の中には、もう無限の可能性があるわけでしょ。でも、出すときは1つに絞らなけばならないわけで。だから今はそれを溜めているの。頭の中で遊ばせておくんだ。

安部 それを出そうかなって思うのは、どういうきっかけなんですか?

細野 締め切りがあるから。

ハマ はははは。

細野 人生にも締め切りがあるじゃん。僕もそろそろ締め切りが近いけど(笑)。だから、なんかやんなきゃね、いろいろ。

安部 焦りじゃないけどさ、僕も33歳になるわけで。「倍にすると60越えるな」と思うと、自分たちがあとどのくらい作品を残して、どのくらい演奏できるかが限られてきてるんだなってつくづく思う。

ハマ 今ツアーやっているんですけど、20代前半の頃に作った、ものすごいBPMでものすごい音符数の曲を、ひさしぶりに演奏してるんです。それが現段階でもギリギリなんですよ。「はっや!」って感じて。だから最近録るものは「自分が60歳になっても弾けるフレーズにしておこう」と(笑)。いい意味なんですけど、将来のことがチラつくようになったんです。細野さんのようにちゃんとステージに立ち続けたいからこそ、完全再現がすべて、みたいな時期はもう過ぎたんだなって気持ちになるよ。

細野 それが人の一生の面白さだよね。年齢によって違う表現になってくるのは大事なことなんだよ。いつまでも同じスタイルでがんばろうというのは見ててもツラいから。

ハマ そういうタイミングなのかもしれないですね、30代っていうのは。20代中盤とかは思わなかったでしょ?

安部 思わなかったけど、ミュージシャンってスポーツ選手と近いのかな。体を動かすものだし。

細野 ミュージシャンは応用が利くというか、自分でコントロールできるから楽なんだよ。大変なのはシンガーだよね。シンガーこそアスリートだよ。

安部 細野さんも歌うじゃないですか。歌うために何かやってたりするんですか? 運動とか、「ちょっと喉の調子悪いからボイストレーナーを入れてみようかな」とか。

細野 やってないよ(笑)。それをやり出すとホントにアスリートになっちゃうから。出なかったら出ないでしょうがないし。僕は基本的に声は出にくいんで、気にならない。

ハマ 勝手に言うのもアレだけど、細野さんはやってないよね(笑)。「実はライブ前にカラオケ行くんだよ」って言われたら「わあ!」とはなるけど、「それは違うよな」とも思うもん(笑)。

安部 歌を録り直したりすることは?

細野 いやいやいや、そりゃするさ。昔はエンジニアの人にお任せだったけど、「そこからパンチインしてください」ってことはよくあったね。今は自分で録ってるから、繰り返しのフレーズがある場合は同じファイルを貼り付けちゃおうかなと思うこともあるよ(笑)。でも、それをやると緻密な研究をやり出すリスナーの人に、「波形を合わせてみたら同じだった!」って言われるだろうなって。だからやらないようにしてる(笑)。

安部 マニアックなことする人多いですよね(笑)。

細野 だから、そういうことは考えるよ。

ハマ あとは、自分で気になっちゃってね(笑)。「ここ一緒だしな」って思いながら聴くことになっちゃうのは嫌だよね。

細野 嫌だね(笑)。

「絶望もしてないけど、希望も持ってない。やってることと言えば“誰が聴いてるのかわからない音楽”」

──話を「HOSONO HOUSE」に戻すんですが、細野さんが直近で聴いたのはいつですか?

細野 えっ?(笑) 聴いても聴かなくてもわかってるから。初めて聴く気持ちで聴いてみたいけど、さすがにそうはいかない。

ハマ そうですよね、めちゃめちゃ愚問でしたね(笑)。

──いや、細野さんは今どういう気持ちで「HOSONO HOUSE」をお聴きになるのかなって。

細野 習作の時代の作品だし、青臭い自分が恥ずかしいよ。

ハマ 当時をボンヤリと思い出したりもするんですか? 部屋の景色とか。

細野 それは思い出す。生活のサイクルの中で作っていたからね。セッションはだいたい夕食前には終わって、ごはん食べて、とか。

安部 めっちゃいいですね。

ハマ そういうことのほうがむしろ知りたいですよね。音楽的なデータは潤沢にあるから。

安部 メンバーに電話して招集をかけるんですか?

細野 いやいや、1カ月くらい合宿みたいな感じでレコーディングしてたから。近所にいっぱい空き家があって、ミュージシャンたちはそっちに寝泊まりして。当時はまだ狭山のアメリカ村はそこまで知られてなくて、空いてる家がいっぱいあったんだよ。

ハマ みんな同じ間取りなんですか?

細野 そう。けっこう部屋が多くて。レコーディングが終わってごはんを食べるときはミュージシャンも集まってね。エンジニアの吉野金次さんやアシスタントの人、自分の家族などを含めると7人くらいかな。

安部 家族ぐるみだったんですね……って、え? 20代前半でご結婚されているってこと?

細野 うん、24歳で。ってことは、「HOSONO HOUSE」は24歳の頃か。

安部 すごくない? 24歳であの音楽を作って、ご家族もいたって。今自分が33歳で、奥さんを持つのも不安だったりしていろいろ考えちゃうのに。

ハマ ご家族を持たれている方、周りも多かったんですか?

細野 うん。隣にいた小坂忠も夫婦で住んでいたね。

安部 そのときの年代の若者たちの感覚を知りたいんですけど、結婚が怖いとかないんですか? どういうテンションで結婚するんですか?

ハマ もう! 5個上の先輩と飲み屋で話してるんじゃないんだからさ(笑)。

安部 だってさ、今、細野さんの音楽が好きな若者って、その年で結婚しないじゃん。お金のこととか住まいのこととか時代的なところも含めて、今結婚できない若者、多いじゃん。結婚っておおごとだけど、細野さんの時代はもっと軽く、「結婚する?」みたいな感じだったのかなって。

細野 軽いよ。

ハマ 「軽いよ」って(笑)。

安部 「結婚すると機材代がなくなる」「子供のために蓄えなきゃ」とか、そういうことを考えちゃう気がするんです。

細野 そんなことは考えないよ。

安部 ああああ……。

ハマ ほら、あなたはその時点で無理だって(笑)。割けないんだから、機材に(笑)。

細野 その頃って、時代的なこともあると思うけど、みんなワクワクして結婚してたんだよ。はっぴいえんどでは、まずは松本隆が結婚したんだ。次に大瀧くんが結婚して、僕も結婚しなきゃって思ったんだよ(笑)。

ハマ へえ! はっぴいえんどは、あのとき2人がご結婚してたっていう……そんな見方ではっぴいえんどの写真を見たことないから新鮮。余計カッコいい。

安部 「結婚すると保守的になって尖れない」じゃないけど、作る物は変わると思っているんです。でも細野さんたちってあの時代に結婚していて、それでいてああいう作品を作っていたって……僕はただ結婚を言い訳にしてるだけなんだな。

細野 時代の空気もだいぶ違うからね。あの時代、日本なりにヒッピームーブメントがあったんだよ。多数派はヒッピーじゃなくて、フーテン系の人だったのかな。いずれにしても、アメリカナイズされている音楽が好きな人だと、どうしてもヒッピーになっちゃう。“バック・トゥ・ザ・カントリー”って言葉が流行って、結婚してコミュニティを作って……って。だから、そんな気持ちで結婚したんだよ。

安部 不安はなかったんですか? 若者が誰しも通る、「将来どうなるんだろう」「こんなんじゃ生活できない」みたいな。

細野 なかったんだよね。その日暮らしだったし、将来の展望もなかった。別に絶望もしてないけど、希望も持ってない。それでやってることと言えば、“誰が聴いてるのかわからない音楽”だし(笑)。

安部 「聴いてほしい!」のような承認欲求は?

細野 それもない。今の時代だったらあるかもしれないけど。ネットがこれだけあると気になっちゃうじゃん。でも当時はそういう情報を得られる手段もないし。だからフィードバックもなくて。

安部 友達とかの感想は?

細野 友達がいなかったからね(笑)。

ハマ っていうか、友達と作ってるから(笑)。

細野 うん。その中でのお互いの評価はするよね。でも、それ以外の人たちは関係なかったんだよ。今は全然違って、ほかの人のことも意識するけどね。だから同じフレーズは貼っちゃダメなんだよ(笑)。

ハマ バレるかもしれないから(笑)。

細野さんがいてくれてよかった

安部 「HOSONO HOUSE」の制作時の時代背景を伺って、当時と今では日本人のキャラクターも変わってきたんだなって。最近、「寅さん」(「男はつらいよ」シリーズ)とかクレージーキャッツの映画とか好きで観てるんですけど、「ホントにこんな日本人いたの?」って思ってたんです。明るくて、嫌味な感じもなくて。でも細野さんのお話を聞いていると、ホントだったんだなって。「そりゃ作るものも変わるよな」って思う。

細野 そういう国だったと思うんだよね。誰も急き立てないし、追い立てないし、注意もしない(笑)。ホント自由だったね。意識をしないほど自由だった。今は意識しちゃうよ。日本だけじゃなく、世界中そうだと思うけど。こんな時代になるとは思わなかったよ。全然馴染めないよね。

安部 そういう時代に作られた「HOSONO HOUSE」を聴いて、「もっとこんなことができるんだ」って考えさせられるし、やっぱり音楽って素晴らしいなと改めて思いました。

細野 僕が子供の頃に聴いてきたものもそういう音楽だったんだ。同じ気持ちだったよ。

安部 細野さんも上の世代の方から何かをもらって、こうやってまたバトンができているっていう。

細野 僕の上の人か……あまり日本にはいないけど、かまやつ(ひろし)さんとかかな。

ハマ そっか。そうですよね。

安部 僕にとってそういう気持ちにさせてくれるミュージシャンって日本だと数少ないから、ホントに細野さんがいてくれてよかったです。細野さんが作品を残したかどうかで音楽は全然変わってたんだろうな。細野さんがいなかったら僕、レスポールとかを低めに持って「ウオー!」って弾いていたかもしれないし。

細野 それはちょっと見てみたい(笑)。

安部 人の人生をいい意味で変えているという点では、自分も誰かにとってそういうふうになれたらいいなって思うけど。

ハマ なってんだよ、確実に。だって、50年前の「HOSONO HOUSE」がハリー・スタイルズにまでつながってるんだよ? で、ハリー・スタイルズのファンの人が「Harry's House」を聴いて、「なんでこのタイトルなんだろう?」って1人くらいは絶対に気にしてるじゃん。その時点でとんでもない枝分かれをしている。もちろん1人なわけないけどね。

<終わり>

細野晴臣

1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2021年7月に、高橋幸宏とのエレクトロニカユニット・SKETCH SHOWのアルバム「audio sponge」「tronika」「LOOPHOLE」の12inchアナログをリリース。2023年5月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」が発売50周年を迎え、アナログ盤が再発された。

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安部勇磨

1990年東京生まれ。2014年に結成されたnever young beachのボーカリスト兼ギタリスト。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演。2016年に2ndアルバム「fam fam」をリリースし、各地のフェスやライブイベントに参加した。2017年にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表。日本のみならず、上海、北京、成都、深セン、杭州、台北、ソウル、バンコクなどアジア圏内でライブ活動も行い、海外での活動の場を広げている。2021年6月に自身初となるソロアルバム「Fantasia」を自主レーベル・Thaian Recordsより発表。2023年5月に新作EP「Surprisingly Alright」を配信と12inchアナログでリリースした。

never young beach オフィシャルサイト
Thaian Records
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ハマ・オカモト

1991年東京生まれ。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシスト。中学生の頃にバンド活動を開始し、同級生とともにOKAMOTO'Sを結成。2010年5月に1stアルバム「10'S」を発表する。デビュー当時より国内外で精力的にライブ活動を展開しており、2023年1月にメンバーコラボレーションをテーマにしたアルバム「Flowers」を発表。またベーシストとしてさまざまなミュージシャンのサポートをすることも多く、2020年5月にはムック本「BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES『2009-2019“ハマ・オカモト”とはなんだったのか?』」を上梓した。

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